声に怒気が含まれていたから、一瞬殺害宣言を受けたのかと勘違いしそうになった唯は雲雀の言葉を頭の中で繰り返す。
固まってしまった唯に雲雀はため息を一つ吐いて、掴んでいた唯の胸ぐらを離す。
二人の間に少し距離ができたが、雲雀が人差し指で唯の胸をとんとついた。
「言っておくけど、友達って意味って勘違いしたら本気で噛み殺すよ」
「え、あ、え、あの…友達じゃないなら、それ、あの…」
みるみるうちに唯の顔が赤くなっていく。
友達という意味以外で、誰かのことを大好きというのは一つしかない。
そんなのは唯にだって理解できているし、現在進行系でその感情に悩まされている唯にとっては身近すぎる問題だった。
しかし、まさか千沙が唯のことをそういう意味で。
恋愛的な意味で好きだなんて!
「そ、そんなの」
「ありえないとか言ったら噛み殺す」
「で、でも」
「そんなに噛み殺されたいの?」
雲雀の目の鋭さが増していき、唯は震えながら口を閉じる。
本気だった、雲雀は。
そして唯は気づいてしまった、ここまで殺気を唯に送りながらも雲雀がどうして攻撃してこないのか。
雲雀が、ただ友達だからという理由だけでここまでするような男だったか。
(…ありえない)
唯は頭の中で一つの可能性を出す。
「…雲雀さんって」
「何?」
「…ちーちゃんのこと、好きなんですか?」
今度は雲雀が目に見えて動揺する番だった。
顔は真っ赤になるし、それまで唯の近くに居たのに急に距離は取るし、トンファー落としたし。
トンファーが地面にぶつかる音だけがその場に響く。
もはやカオスと化してきたその場の空気に唯一最初から置いてけぼりを食らっていたディーノは今自分のことを追いかけてきてくれている部下の到着を今か今かと待っていた。
涙目で。
(ロマーリオ!早く!俺この状況一人はきつい!)
ディーノの心の叫びは誰にも届くことはなく、そして雲雀達の方はディーノと関係なく進んでいく。
「そ、そうだって言ったらどうするの」
もはやヤケなのかそっぽを向いた雲雀の言葉に唯も何故か顔の赤みを引かせられない。
イケナイことを聞いた気がした、いけないというか、イケナイ。
お互いに顔を真っ赤にして、心にダメージを食らっているが唯は意を決して口を開いた。
「雲雀さん!」
「…なに」
相も変わらず雲雀はそっぽを向いたままだが、唯は絶対にこれだけは言わなければいけないと思ったので、その先を言う。
「私には好きな人が居ます!もちろん、れ、恋愛的な意味で!」
雲雀の顔の赤みがすっと消えた、しかし唯は言葉を続ける。
「ちーちゃんが私に対してそういう気持ちを持っているのは驚いたけれど、嫌われていたわけじゃないってわかって嬉しかったです!でも、気持ちに応えることはできません!だって、私は!」
ゆっくりと雲雀は目を見開いて唯を見る。
雲雀に伝えなくてはいけないこと、雲雀の先にいる千沙にもいつかは唯の口から伝えるべきこと。
たくさんあるけれど、今はこれだけ言わなければいけなかった。
「もう、生涯を捧げたいほどの相手がいるんです!」
まっすぐに唯は雲雀の目を見た。
そこで雲雀はようやく気づく、ここまで来て唯が雲雀から視線を外したのは一度もなかったこと。
外したのはいつだって雲雀の方からだったこと。
どんなに辛いことを言わされても、どんなに悲しい思いをしても決して雲雀から目を離さなかった唯の言葉に嘘は感じられなかった。
(…そっか…だから、千沙は…)
【私には好きな人がいる、でも、その人はきっと、私のことは選ばない】
【それで構わないから傍に居たかったんだがなぁ、難しいものだ】
【どうして好きになったかって?】
【まっすぐ、人を見るんだよ、それが、すごく、綺麗だと思ったんだ】
千沙が語ったことが雲雀の頭の中に響く。
きっと唯よりもずっと一緒に居た雲雀だからわかることだが、千沙は人と目を合わせるのが苦手だ。
もしもそれが、自然とできてしまう人間が居たとするなら、それが唯だったとしたら。
千沙にとって、それはどれだけ得難いものだっただろうか。
【君、怪我してるね、手当しよう】
【私は寺田千沙、なんとでも呼んでくれ、不良少年】
【雲雀恭弥、か…じゃあ恭弥と呼ぼう!よろしく、恭弥!】
【あ、はは…見られてしまったか…お察しの通り、私はマフィアの跡取り娘だ】
【強くなりたい?ちょうどいい!私も強くなりたかったんだ!一緒に特訓しようか、恭弥!】
小学校の頃、まだ雲雀が弱かった頃、ボロボロの状態で倒れていた雲雀を誰も助けたがらなかったのに千沙だけが助けてくれた。
誰の助けも必要としていなかったのに千沙は構わず雲雀の手当をし、聞いてもいないのに自己紹介をしてきた少女。
日々自分が怪我をしたら助けに来てくれて、喧嘩の手助けまでしてきた。
気まぐれに自分の名前を教えれば、嬉しそうに下の名前で呼んでくる。
ある日、雲雀は千沙が怖そうな大人と話をしているのを見てしまう。
それに気づいた千沙が正直に自分のことを話してくれた時、思わず逃げ出してしまって、ものすごく後悔をした。
あんなに明るく優しい千沙が、そんなはずはない、と。
けれど、そんな気持ちもすぐに吹き飛んだ事実が千沙の好きな人のことだった。
悔しかった、単純に。
だからいつかそいつを倒すと決意した。
それが、そいつが、今目の前にいる。
緊張した顔で口を一文字に結んでまっすぐ、ただひたすらに真っ直ぐに雲雀を見つめる少女。
彼女は知らない、千沙が沢田綱吉に対して嫉妬して八つ当たりをし、病院送りにしたことなど。
彼女は知らない、千沙が沢田本人に泣きながら自分の思いをぶつけたことを。
彼女は知らない、千沙が彼女のために毎日ボロボロになりながらも強くなっていることを。
彼女は、何も、知らない。
雲雀だけが、全部、見てきた。
最初は許せないと思った。
どうして彼女だけがこんなに不幸なのか、つらい思いをしているのかと、理不尽だと思ったのだ。
しかし、唯を観察していくうちに、雲雀はだんだんと気づいた、気づいてしまった。
唯は人を選ばない、人を見た目や上辺では断定しない。
元々見る目があったのかどうか知らないが、唯の周りはいつだって強い人間がいた。
その誰もが唯のことを大切にしている。
唯が、周りを大切にするから、周りも唯を大切にするのだ。
それが、今、わかった。
今も雲雀を見つめる唯に、一つため息をつく。
「君は」
ビクリと唯の体が震えた。
そこまで怯える必要はないと、雲雀は笑って続きを言う。
「狐みたいだね」
「へ?」
素っ頓狂な声を発した唯に雲雀はクスクスと笑う。
(ああ、間抜けだ、なんて間抜けなんだろう!本当に…!)
「虎から威を借りていいと言われるタイプだ、君」
「あの、意味がよくわからないのですが…」
首を傾げ戸惑う唯に、雲雀は気分が良くなって、背を向けた。
「君になら、君の力でもない僕の力を自慢されるのも悪くないと思っただけだよ」
「えっと?」
「…困ったことがあれば、僕の名前を出していいよ、まぁ、この町では、大抵のことは片付くかもね」
山の方に歩き出しながら雲雀は唯に手を振ろうとし、やめて、振り返る。
「君には、負けないから」
唯を指でさして宣言する。
それからまた歩きだして、それじゃあね、と手を振った。
ディーノが慌てて「待てよ、恭弥!」と追いかける。
残された唯は雲雀の背中が見えなくなるまでずっと、雲雀が歩いていった方をポカンと見つめていた。
ディーノから先程のことを質問されながら、それを無視して雲雀は小さく笑う。
千沙にとって唯が特別であるように、雲雀にとっても千沙は特別だ。
しかし、自分よりも千沙を救うことのできた唯に対して八つ当たりをするのはなんだか癪。
結局、雲雀恭弥も中学生で男子だったのかと自分で実感した。
恩返しではない。
しかし、どうして千沙が彼女を守りたいと思ったのか、わかった気がしたから。
(まぁ、恩を売っておくってことで)
スキップでもしそうな勢いの雲雀はこのあとのディーノとの戦闘を楽しみにした。