日が落ちきる前の並盛中学校の校門前についた唯はほかのメンバーを探して、近くを見渡す。
すると、一人の男子と目が合った。
「お、君はたしか、沢田の友人だったな!」
「あ、えっと京子ちゃんのお兄さん、でしたっけ」
一番乗りしていたらしい、笹川了平が話しかけてきて、自己紹介を済ませてまた周りを見る。
「他の人は…」
「まだ、来ていないぞ!」
「…まぁ、まだ五時半に来ちゃっていますもんね」
時刻は五時半、なんとなく落ち着かなかったので教室や屋上を行き来して時間を潰していた唯はぼんやりと集合場所になりそうな学校の校門前に来たという次第だ。
了平も同じ気持ちだったらしく、落ち着かなかったから学校の周りを何周も走った後だといい、少し休憩していたところだとか。
「…体力切れだけは、起こさないようにしてくださいね」
「うむ、わかっている!」
「なら、いいです」
特に話題もなく、そこで会話は途切れる。
よくよく考えれば、唯は綱吉の守護者に関しては雲雀と獄寺、山本の三人くらいしか顔を知っているものはいなかったことに気づく。
校門の壁に寄りかかって休憩している了平をチラリと見る。
その視線に気づいたのか、了平が首を傾げて唯を見てきた。
「どうかしたのか?」
「あ、いや…その、京子ちゃんにはこのことは…」
「ああ、相撲大会だと言ってきた!」
とても良い笑顔で嘘をついたと報告されて唯は思わず苦笑。
「いつかバレるかもしれませんよ?」
「その時は、その時だ!」
了平の言葉に、唯は一瞬動きを止める。
しかしそれに気づいていない了平は照れくさそうに人差し指で鼻の下をこする。
「バレてしまったその時は、その時に謝って正直なことを言えばいい」
「…許してもらえなかったら、どうするんですか?」
「その時は…」
唯がようやく出せた質問に了平は顎に手を当てて空を見た。
それで何を思い出したのかわからないが、少し目を細めたかと思えばすぐに唯の方を見て溌剌とした笑みを浮かべた。
「それでも俺は多分、こういうことはやめないだろうな!」
清々しいほどにどうしようもないことを言ってのけた眼の前の男に唯はフッと、自身の兄が重なった。
海外に留学している兄を見送ったのは随分前の話だ。
その時にした、兄との会話は今でも覚えており、それが原因で兄と今まで連絡を取れないでいたのだ。
「京子は心配性だしな、きっと泣くんだろうけど…それでも」
京子のことを思い出していたのか少し視線を下にして頬をかく了平。
唯の頭の中には昔兄とした会話が聞こえてきていた。
【なぁ、唯】
【何?】
【…唯はきっと、僕のことあまり好きじゃないんだろうな】
【…いきなりどうしたの、そんなことないよ、お兄ちゃん】
【…ありがとう、もしも、あの女やあの人がお前に何かしたらすぐに言うんだよ?すぐにこっちに帰ってくるから、だって…】
了平がまた視線を唯に戻し、今度は彼らしくもない穏やかで、けれど歯を見せた輝かしい笑顔になった。
唯が最後に見た唯の兄と、全く同じ、ほんの少しだけ寂しそうな色が混じる。
太陽のようなそれと。
「俺は京子の【僕は唯の】お兄ちゃんだからな、だから、俺は京子を【僕は唯を】守らなきゃいけない、京子は【唯は】泣き虫だからな」
(ああ、そっか…そっか、そっか…)
「ん?どうした、お、おい!沢村!?」
【唯?転んだのか?兄ちゃんに見せてみろ】
突然うずくまってしまった唯に了平はすぐに心配そうに声をかける。
その声がまた、唯の兄と重なる。
唯は理解した、2つのことを。
一つは、どうして笹川了平が晴れの守護者に選ばれたのか。
体力バカで直情的なタイプだと唯は了平のことを思っていた。
それは概ね合っていたのだろう、しかし、彼は決して考えなしのバカではなかった。
しっかりと周りを見て、自分のできる最善を考える。
幼い笹川兄弟に何があったのかは、唯にはわからないが彼が妹を守るために強くなる方法の一つがボクシングだったのだろう。
大切な人を守るために己の肉体を鍛え、更には持ち前の明るさを歪ませることなく成長した彼は文字通り強くなったのだろう、そして、それはまだまだ成長途中。
晴れの守護者に求められるのはその明るさと強さ。
ファミリー全体が暗く逆境に負けそうな時に差し込む一筋の光のような、そんな存在になること、常に明るく安心感を与える、そんな存在であること。
彼ならばそれになれる。
唯はそれを確信できた。
そして、もう一つ理解できたことは兄の気持ち。
いつも母親や周りから比較されてきて兄のことを信頼できなかった唯だったが、思い返してみれば唯の兄はいつだって唯に優しかった。
それを唯は卑屈になって、兄もどうせ心の中で他と比べていると思い込んでいた。
唯の味方で在り続けていてくれた人の言葉を、唯自身が拒絶して、唯は自分が不幸だと駄々をこねていたと、理解できたのだ。
笹川了平が自身の肉体を鍛えることで妹を守る力を得ようとしたように、唯の兄はそのよく回る頭を鍛えて唯を守る力を得ようとしていた。
唯の兄はいつだって、唯を守るために動いていたのに。
確かに唯は不運だったのだろう、けれどそれを救ってくれようとしてくれた人がいることにすら気づこうとしなかった、目を向けようともしなかったのは唯自身だった。
海外に留学する際に見せたほんの少し寂しそうな色の中に混じっていた他の感情に、唯は今更気づいたのだ。
両親に頼ることも、友人に頼ることも出来ない唯を一人にしてしまう不安と歯がゆさ。
(お兄ちゃんは…全部、わかっていたんだ…なのに、私は…)
【唯、大丈夫だ】
暗くなりそうな思考を記憶の中の兄が止める。
【大丈夫、こんなに頑張っている唯なんだ、だから、もう泣くなよ、お兄ちゃんが一緒にいるから】
必死に繋いでくれていた手を放したのは唯だ、けれど、唯は今、とても兄の声を聞きたくなった。
兄に聞いてほしいことがたくさんある、たくさん、できた。
唯はゆっくりと顔を上げて、心配する了平の顔を見てすぐに涙を服の裾で拭ってゆっくり笑う。
何故か急にスッキリしたような顔をした唯に了平は首をかしげる。
「なんでもないです、ただ…笹川先輩の話を聞いていたら、海外に留学している兄を思い出して寂しくなっただけですよ」
「そうか?まぁ、そういうことなら」
「え?」
了平は合点がいったように笑って、唯の頭を突然撫でた。
少し乱暴にも思えるその力強いものに唯は戸惑いながら了平を見上げる。
「俺で良ければ、いつでも兄貴の代わりになろう!何、妹が一人増えても守るやつが増えるだけで俺のやることは変わらんからな!」
夕焼けで少し見えづらくなってしまった了平の顔を唯はきっと晴れ渡る青空のように綺麗なのだろうと。
そう、予想できた。
「はい、ありがとうございます、了平さん!」
だから唯も、安心して素直に頷くことが出来た。