決意をした次の日。
試合前に連絡先を交換した了平から、昨日の夜、恐らくすぐにメールを入れてくれたのだろう勝利報告のメールを朝、確認した唯は一つ伸びをして「よし」と気合を入れる。
唯の母が自宅に帰ってきていることと、出ていくのは夕方だということも知っている。
恐らく今は眠っている頃だろうと予想して唯はなんとなくいつもより音を立てないように家を出た。
朝日が顔にあたり、唯は思わず手で目元を光から守る。
「少し、寒くなってきたかな?」
よくよく考えれば10月の中旬、肌寒さが目立ち始めるこの時期の朝の空気が、夏から秋に変わって久しく、とてもひんやりとしていたものだった。
いつもならば気にならない気候がなんとなく気になったのは、天気が曇だったというのもあるだろう。
(夜、雨振らないといいなぁ)
今日の戦いがあの牛の子供と自分たちを二番目に襲ってきた雷の幹部だということは了平のメールに書いてあったのであまり天気が荒れないことを唯は願いながら商店街への道を歩く。
商店街につくと、目的の店を探しつつ歩いていた唯の目に見覚えのある親子の姿が。
「綱吉のお母さん?」
「あら、唯ちゃん!この間ぶりねぇ!」
唯が声を掛けると嬉しそうに唯に近づく奈々に唯も笑顔で頷く。
「あ、絆創膏くれた人!」
「あ、ツナのこしぎんちゃく!」
「コラ、ランボ!」
奈々の足元に居たイーピンが唯を指さしてあのときのお礼を言おうと続けようとしたら、ランボがバカにしたように指さしたので、フゥ太がランボの口を手で塞ぎ怒る。
一連の流れがまるで台本でもあるかのように鮮やかだったので唯は思わず笑ってしまった。
「ごめんね、唯ちゃん」
「いいですよ、気にしていませんから」
流石に悪いと思った奈々もランボに代わって謝ってきたので唯は笑顔で首を横に振る。
それでホッとした表情を見せたかと思えば「そうだわ!」と手を合わせる。
「唯ちゃん、この後の予定は?」
「夕飯までに母にケーキを買っていくだけなので特には」
「あら、お母さんのお誕生日?」
「まぁ、そんなところです」
実際の理由は違うが似たようなものなので唯は頷いた。
奈々は感心して思わず唯の頭をなでて唯を褒める。
「偉いわぁ!それじゃあそのケーキ選びついでにお昼をご馳走させてちょうだい!」
「え、そんな悪いですよ」
「いいのよ、それに」
奈々が少し目を細め、優しく笑うので、唯は首を傾げた。
「何があったかはわからないけれど、ツー君が随分と逞しくなったの!あの子が何か変わろうとした時、最近じゃいつも貴方絡みだったから、今回もそうだと思うの、だから、今までのことも兼ねてお礼させてほしいわ」
奈々の言葉に唯はまさかそんな風に思われていたとは、思ってもみなかったので驚いたが、どうやら奈々が唯の反応を待っているようなのでなんとか唯が出来た返事といえば。
「……わかり、ました」
ぎこちなくも笑顔で頷くことだけだった。
**
「好きなの選んでいいからね」
「あ、ありがとうございます」
場所はナミモリーヌのカフェスペースの五人席にて向かい合うように座った奈々と唯。
それぞれの隣にはランボ、イーピン、フゥ太が思い思いに座ってドリンクを選んでおり、全員久しぶりの外食なのか目をキラキラとさせていた。
唯も手元にあるメニューを開いて見る。
ケーキだけではなくパスタなども用意されており、確かにお昼にはちょうどいいと言えるのだが、唯としてはケーキをさっさと選んで帰るつもりだったので、これは誤算だった。
(世間話だけして帰るつもりが、なんでこんなことに…)
チラリと奈々を見れば、頼むものはもう決まっているのか子どもたちのメニュー決めを微笑ましく眺めている。
「ランボさんこれにするー!」
「イーピンこれ!」
「僕はこれにする!」
三人の頼むものが決まったのを見て唯も慌ててメニューを見た。
「唯ちゃんは…ふふ、そんなに慌てなくてもいいわ、注文しているときに決めればいいんだから」
「あ、だ、大丈夫です!もう決まりましたから、すみません!」
唯が従業員を呼び、注文を済ませる。
ちなみに唯が頼んだのは一番安いミートパスタとコーヒーだ。
注文が来るまで子どもたちは子どもたちで話をしており、必然的に唯は奈々と会話することになるのだが、先程から何故か奈々がニコニコしながら黙って唯を見ているので、どんな話題を出せばいいのかわからず唯は困り果てて、先にやってきたコーヒーを啜る。
「な、奈々さん」
「はーい」
沈黙に耐えきれず唯が声を出すと、すかさず奈々は嬉しそうに返事をする。
「さっき、綱吉が変わるのは私が原因っていうのが多いってどういうことですか?」
「ああ、あれね…言葉の通りよ、あなた達の間で何があったのか私は知らないけど……ふふ」
何を思い出したのか小さく笑った奈々に唯は困惑する。
「あの、何か?」
「いいえ、なんでも……でも、そうね、本人に止められたわけじゃないし……あのね、唯ちゃん」
「は、はい」
「去年だったかしら、中学生になって一週間たったとき、どうしてか上機嫌でツー君が帰ってきたから、何かいいことでもあったの?って聞いたら、ツー君なんて答えたと思う?」
唯は自身が並盛中に入って一週間のことを思い出すが、クラス内で綱吉をダメツナと呼ぶ人が彼と同じ小学校の者だけだったので彼にとっては良いことはあまりなかったように想像する。
良いこと、といえば彼にとって初恋とも言える笹川京子とその一週間だけは隣の席になれていたことくらい。
けれど、まともに話もできていなかったはずだったと唯はそこまで考えて分からないと首を横に振る。
奈々はそれがおかしかったのか、クスクス笑いながら正解を告げた。
「今日、友達ができたのーって、こう、ソワソワしながら答えてくれたのよ!よっぽど嬉しかったのね、今度お昼一緒に食べるからあんまり恥ずかしくないお弁当にしてよ母さん!なんて言ってきておかしいったら!」
当時を思い出して笑いだした奈々に唯はポカンと固まった。
確かに綱吉とはその時から前後席で、話も合うので中学最初に出来た友達と唯は思っていた。
当時はなんてことはなく、唯の中では疑心暗鬼がすでに出来上がっていたので、どうせこの子も自分と他を比べるんだと勝手に予想して当たり障りない会話をしていたつもりだ。
けれど、まさか、そんな風に綱吉が考えていたとは思ってもいなかった。
「あの子、優しすぎるでしょう?だからいじめられることも多かったみたいで、ちゃんとした友達はいなかったの、だから…本当に嬉しそうに貴方のことを話してくれたわ」
優しく微笑む奈々は唯を見つめる。
唯はなんとなくその眼差しが痒く感じてそっぽを向きたくなったが、なんとなく視線を奈々の顔から外せなかった。
「…貴方がどうしてまだ授業もあるはずのこんなお昼時にここにいるか、気になると言えば気になるけれど…でも、貴方にとっては学校よりも、貴方のお母さんのケーキ選びの方が大事だったのよね?」
「…はい」
ずっと聞かれるかどうか怯えていた唯にとっては奈々の言葉に一瞬体を震わせたが、その後に続いた言葉に唯は自然と頷いていた。
とても、あっさりと。
それを見て奈々は満足そうに笑って頷く。
「それなら、とびっきり美味しいケーキ、選ばなくちゃね!」
聞きたいことはたくさんあるだろうに、何も聞かずに唯の手伝いをしてくれると言ってくれる目の前の女性を唯は改めて認識した。
(ああ、この人は、やっぱりお母さんなんだなぁ…)
どんなに若々しくても、どんなに抜けている部分が目立つとしても。
唯の目の前にいるのは一児の母なのだと。
それを改めて理解した唯は珍しく、本当にとても珍しく。
自身が長年母親だと思っていたあの女性の顔が見たくなった。
こんにちは、こんばんは!
ケロです。
いつも誤字報告ありがとうございます!
気をつけているつもりでも見つけられないのはとても申し訳ないです。
いつも報告をくれる方、本当に助かっています!
奈々さんはなんだかんだ言って主人公を生んだ母親なので、とても強い女性ではあると思います、何より家光さんを射止めていますし。
一応、Ifとして奈々さんが唯の母親になったかもしれないっていうのは考えたことはありますけれど、そうなったら唯は全く違う人生を歩んでいたでしょうね。