千沙は目の前で起こった光景から目を離せなかった。
二十年後の姿になったランボを見て、圧倒的な力の差にレビィの敗北を予想していたが、まさか十年バズーカの効果が全体を通して五分間だとは思わなかったのだ。
だからこそ、安心した気持ちが裏切られ、静かに目を閉じた。
ランボの死を、泣き叫ぶだろう沢田綱吉の声を受け入れるために。
しかし舞台装置が壊れる音を聞いて、即座に目を開いた千沙の視界に映ったのは、オレンジ色の炎を頭と両手に纏わせた鋭い目の沢田綱吉の姿。
(沢田君は……あんな顔をするのか……)
「いくら大事だと言われても、ボンゴレだとか、次期ボスの座だとか、そんなもののために俺は戦えない」
綱吉の言葉に千沙は肩がはねた。
「でも友達が、仲間が傷つくのは嫌なんだ!」
「ほざくな」
叫んだ綱吉に容赦のない攻撃があたり、綱吉の体が倒れる。
周りが綱吉ではなく、攻撃した本人に視線を向ける中、千沙だけは綱吉から視線を外せなかった。
(知ってる目だ……ゆっちゃんと、同じ……まっすぐな……)
突然現れたザンザスを見る綱吉の目を千沙は見つめる。
「何だ、その目は……まさか本気で俺を倒して後継者の座を取れるとでも思っているのか?」
「そんなことは思ってないよ!俺はただ……この戦いで誰一人仲間を失いたくないんだ!」
膨らんだ殺気に千沙の体は思わず身構えた。
そのことに千沙自身が驚く。
「ザンザス様おやめください!これでは、リング争奪戦の意味が……!」
「うるせぇ!」
チェルベッロの一人がザンザスを止めるが即座に攻撃され、黙らされる。
気絶したチェルベッロを視界に入れながら、千沙はどうしても綱吉から視線が外せなかった。
それから、綱吉のリングがザンザスに渡り、ザンザスの気まぐれで争奪戦が続行されることが宣言される。
ヴァリアー全員が帰っていく中、千沙はどうしても綱吉から視線を外せず、その場から動くことも出来なかった。
それに気づいた綱吉が顔を上げて千沙を見る。
瞬間、千沙は地を蹴り、綱吉の目前で手を伸ばしていた。
「寺田さん?」
千沙の耳に綱吉の声が届き、千沙は今しがた綱吉の首を絞めようとしていた自分の手を見つめて固まる。
その時、千沙はどうしようもなく綱吉を叩きのめしてしまいたくて仕方がない気持ちになり、また、そんな気持ちになった自分に何度も驚いていた。
「……なんで」
やがて千沙から出てきたのは、自分と目が合った時の綱吉を見た時の疑問だった。
「……どうして、君は、友達を大事にするんだ」
先程から千沙の行動に驚きっぱなしの綱吉は、また突然の質問に驚きつつも、ザンザスに言い返した時と同じ、真っ直ぐな目をして答える。
「俺にとって、友達は日常なんだ」
「日常……?」
「なんでもない日を普通に過ごして、バカなことでも笑い合える…俺にとって友達は、そういう存在なんだ」
何気ない日常に組み込まれる当たり前の存在であり、それがとても貴重であることを綱吉は唯や獄寺達のことを思い出しながら告げた。
「俺ってさ、ほら、ダメダメじゃん?でも、そんな俺に話しかけてくれて、馬鹿騒ぎに混ぜてくれて……それって、俺にとってはすごく嬉しいことなんだ、だから、守りたい」
照れくさそうに笑って締めくくった綱吉。
(ああ……そうか……)
千沙は唯の隣にいる綱吉の存在を認識し、嫉妬の炎を燃やしている二年間に気づくことの叶わなかった事実をようやく理解した。
沢田綱吉は普通に育てられた平民だ。
温かい家庭かどうかはさておき、優しい母親に育てられ、平凡な小学校生活を送り、その性格の甘さから周りから舐められいじめにあうような、そんな気弱なただの中学生男子。
それが、沢田綱吉という人間だった。
(違うんだ……私とは、何も……かも……)
マフィアの世界で生きることを前提に一般市民に紛れ込んで育てられた、平凡とは程遠い世界に身を置いてきた千沙とはまるで真逆の存在。
友達という存在すら、選ばなくてはいけなかった千沙とは、まったく違う。
何も気負うことなく友達という存在を当たり前のように受け入れることができる、そんな生活を生まれたときからできていた綱吉に、千沙は今、とてつもなく敗北感を覚えさせられていた。
そして、羨ましいとも、思ったのだ。
下唇を思い切り噛んだかと思えば、千沙はその綺麗な目から流れ出る水を雨の一部だと思い込み、そして綱吉の足元を睨みつけて怒鳴った。
「私はお前が大嫌いだ!!」
綱吉の足が一歩後ろに行ったのを見送りながら千沙は激情を言葉に乗せて叫んだ。
「本来ならば、お前と私はゆっちゃんを守るために共闘するべき仲間なのだろう!けれど、私は、お前が大嫌いで、お前がどうしようもなく憎いのだ!!お前を殺したくて殺してくて仕方がない!なのに、それをしたらゆっちゃんが泣いてしまうことを私が一番理解しているのだ!!!」
綱吉の目が揺れるが、千沙にそれは見えない。
千沙は綱吉の足元に向かって大きく息を吸って叫ぶ。
「どうしてお前はゆっちゃんと出会ったのだ!お前さえいなければ、ゆっちゃんは私と相談して門外顧問の座も私に譲り、平和に暮らすことだって出来たはずなんだ!!」
お前さえ居なければと、呪詛のように永遠と叫び続ける千沙を綱吉は黙って受け入れていた。
そして、そんな千沙の言葉が段々と嗚咽と共に小さくなっていくのを見てから、綱吉は落ち着いて口を開く。
「それでもきっと、俺は村さんと出会ったと思う」
千沙の目が見開き、嗚咽が止まる。
「だって、俺と村さんはただの前後席だったけど、俺が一人でいたように、村さんも一人でいたから……クラスが違っても、お互いのことを見つけたと思う」
ゆっくりと千沙の顔が上がり、綱吉の顔が視界に映る頃には綱吉の声が涙で濡れていることに気づけた。
「俺、超直感っていうのがあるらしいんだ、だから、多分、見つけるよ、村さんが同じ学校なら、必ず」
雨のせいで分かりづらいが、綱吉の目からも涙が流れ、それでもゆっくりと千沙に聞こえるようにはっきりと言葉を紡いだ。
千沙は先程と、同じ言葉が頭の中に浮かぶ。
(ゆっちゃんと……同じ目だ……)
まっすぐに千沙を見る綱吉の目と、過去に自分に謝罪して離れていった唯の目が重なる。
人から目を背けることなく、辛い現実も何もかもを見つめながらも逃げていくその目が、千沙はどうしようもなく憎く、そして愛おしかった。
千沙は目の前が真っ暗になった気分になり、思い切り顔を叩いて顔の水を手で拭い、綱吉を睨む。
「……やはり、私はお前が嫌いだ」
吐き捨ててすぐに千沙はその場から立ち去り、自宅に帰る。
びしょ濡れの状態で自室に入り、コートを床に脱ぎ捨ててベッドに倒れ込んだ。
シーツに雨水が染みていくのも気にならないほど千沙の気を独占していたのは綱吉の真っ直ぐすぎる表情と言葉。
滲んでしまう視界を見ないように千沙は顔を枕に埋めた。
「……大嫌いだ、お前なんか」
ポツリと零れたそれは、まるで自分に言い聞かせているような響きを持っていて、千沙はそれら全てを沢田綱吉のせいにした。
ゆっくりと目を閉じた千沙は、意識を全て闇の中を放り出す。
(……ゆっちゃんに会いたいなぁ……)
ほんの少しの弱音を、薄らぐ意識とともに千沙は消したのだった。