何度も好きな人について聞いてくるベルをなんとか撒いて自室に戻り、壁の方に持っていた物を全て置いて、椅子に座り部屋を見渡す。
唯の家の隣にあった千沙の家は、公立の中学に通う千沙が一般人から浮かないために用意されたもので、元々千沙しか住んでいなかったので、ヴァリアーの拠点であるここに荷物を移動させるのにそこまで苦労はなかった。
そもそも、私物というものが少ない千沙の今いる部屋にはベッドと机と椅子、それから壁に千沙の武器が掛けられているだけでそれ以外の物はなかった。
しばらく学校を休むことも連絡済みなので制服やスクールバッグも存在しないこの部屋に、中学生らしいものは何もない。
昼食の時のベルの驚きようを思い出して、思わずクスクスと笑う千沙。
「私に好きな人がいるのが、そんなに珍しいのか」
「そりゃあね、君は少し謎が多すぎる」
「……マーモン、だったか、不法侵入の上覗きとは感心しないな」
声のした方を睨みつけながら千沙が言えば、浮かび上がるかのようにマーモンが姿を現す。
「そんな趣味、僕にはないよ」
「現在進行系で行っている者が何を言うか、現行犯だぞ」
「それ以上の罪を犯している僕に言ってて虚しくないのかい?」
「ああ言えば、こう言うやつだな…まぁいい、それで?いつの間に私はミステリアスな美少女ということになっているのだ?」
「そこまでは言ってないよ」
一つため息を吐いたマーモンは改めて顔を千沙に向ける。
「……正直に言うと、僕はそこまで君のこと嫌ってはいないよ」
「いきなりの告白嬉しいが、先程も言ったように、私には心を捧げたい者がいるのでな、申し出は嬉しいが付き合うことはできない」
「そのつもりは欠片もないから思い上がらなくていいよ」
「冷たいやつだ」
「茶化さないでよ、僕は君と手を組みたいって言っているのさ」
「……諭吉十枚」
「やっぱり嫌いだ」
口をへの字にしたマーモンがそっぽを向くが、千沙はそこに欠片も興味が無いのか、そもそもマーモンに視線を向けていなかった。
表面上では茶化し合いをしている仲の良さそうな二人だが、千沙にはまったく興味も関心もない相手だったので適当に返事をしているだけに過ぎず、むしろ焦っているのはマーモンの方だ。
「冗談はともかく、本気で僕と手を組む気はないのかい?」
「無いな」
「少しも?」
「ミリ単位もないくらいだ」
「沢村唯についている家庭教師について教えると言っても?」
「……あのクソマッドサイエンティストのことなんて考えるだけでも反吐が出る」
ヴェルデのことを思い出したのか、目に見えてわかるほど纏う空気や表情が鋭くなり不機嫌となった千沙にマーモンは少しだけ笑う。
(調べた通り、こいつはあいつのことが嫌いなんだ……さて、どう交渉するかな)
「……その家庭教師が、今沢村唯の元から離れていると言ったらどうする?」
「……は?」
目を見開き、口をぽかんと開けた千沙はようやくマーモンに顔を向けた。
真正面から見る千沙の間抜け面にクスクスと笑うマーモンは交渉のための言葉を続ける。
「何が目的かは知らないけれど、あの家庭教師は今沢村唯の傍を離れ、どこかに行っているみたいだ……今なら沢村唯に近づくこともできるけれど、どうする?」
ジッとマーモンを見つめていた千沙は目を細める。
確かに千沙にとって、唯をこんな戦いから逃れさせる絶好のチャンス。
マーモンの幻術を使えば、自分の姿などどうとでもできるし、唯に幻術を見抜く力があるとは到底思えない。
癪ではあるが、ヴェルデの姿になって説得をすれば唯はおそらくこの戦いから身を引いてくれるだろう。
(そうすれば、あとは私の家で保護をすればボンゴレを狙う者からも守ることができるようになる……そうなれば……)
唯と一緒にいる口実ができる、唯のことを堂々と守ることができるようになる。
千沙は目を輝かせ、頷こうとした。
その様子を見てマーモンもニヤリとし、交渉成立を確信する。
だが、その時千沙の脳内に緑のまっすぐな目と嫌味な緑の目が浮かび、動きが止まった。
「……?どうしたんだい?」
突然動きを止めた千沙にマーモンは首を傾げる。
千沙はしばらくそうして固まっていたが、そこからゆっくりと首を横に振った。
「なっ!?どうして!君にとっては良い話じゃないか!」
「……確かに
呆れた顔で笑うが、そこにほんの少しの寂しさが混じっていることに気づいたマーモンは混乱したまま首を傾げた。
「悪い話?」
「ああ、彼女にとってはただ損しかない話だ、私は…ゆっちゃんには心から笑っていてほしいと思う、だから、悪いなマーモン」
「それが意味がわからないっていうんだ、どうして君は…」
「……金と自分が一番のお前にはわからない話だ、それこそ互いに不毛だろう?」
平行線をたどるだろうと口を三日月のようにした千沙にマーモンは口を噤む。
千沙の言うことは、確かにマーモンにとっては理解しがたいことだ。
金をこよなく愛し、自分が元の姿になることを第一優先して、その次にようやくヴァリアーとボスのために動くような人間には、千沙の感情を優先した行動は理解できない。
マーモンには不思議でならなかった。
千沙の行動の真意が掴めない、利益では動かない人間なのに、利益のみで動いているようにしか見えなかったのだ。
しかしここでその疑問を投げたとしても答えなんて返ってこないことも予想できる。
だからこそ、返ってきたらラッキーくらいの気持ちでマーモンは口を開いた。
「彼女が本気でそれを望んでいるかもわからないくせに、君は君が彼女を笑顔にしたいという君の願望でその選択をしてしまうのかい?それは」
少し、矛盾していないかい?
千沙の顔から表情が消え、ゆっくりと下を向く。
答えはなかったので、マーモンはその場から姿を消した。