千沙と綱吉の言葉が重なる。
獄寺とベルの動きが止まった。
「なんのために戦っていると思っているんだよ!!」
「何を思ってそうまでして勝ちにこだわるんだ!」
それは嘆いているような声だった。
「また皆で雪合戦するんだ、花火見るんだ!」
「今度は手加減なしに手合わせをしたい、お互いに無傷だったじゃないか!」
己の欲望を、初めて曝け出すことを許してくれる相手だった。
「だから戦うんだ!だから強くなるんだ!」
「また不味いパスタを一緒に食べるんだろう!?」
穏やかな時間を、自分を大事に守ってほしかっただけだった。
「また皆で笑いたいのに、君が死んだら意味がないじゃないか!」
「お前が勝手に約束をしたのに、それを台無しにするつもりか、無責任野郎!!」
祈るようなその言葉が、全ての本心だ。
獄寺は呆然とし、ベルは笑みを消した。
「十代目…」
「……チサ?」
それぞれのかすれた声を最後に爆発音の後、画面は砂嵐となる。
綱吉と千沙はうまく足に力が入らず、画面を見つめたまま座り込み、その場に砂嵐の音と火薬などの無機質なものだけが広がっていた。
綱吉達の嘆き声に混ざるように、千沙は一切画面から視線を外せないまま呟く。
「……ベル」
もはや、状況は最悪だった。
「……ん?あそこを見ろ」
その時、なにかに気づいたリボーンが煙の先を指した。
全員がそちらを向くと、煙の中からボロボロになりながらもなんとか歩いてやってくる獄寺の姿が。
シャマルがセンサーの確認をして、もう止まっていることを告げると綱吉たちは一斉に獄寺のところへ駆け寄った。
ベルがやってこなかったことを理解した千沙は、ふらつきながらも立ち上がって、綱吉達の横をフラフラと通り過ぎて煙の中に入る。
視線をさまよわせるかのように千沙はあの男を探した。
「ベル」
遠くの方で、獄寺が花火見たさに戻ってきたことが聞こえてきて、それに安堵の声を発する綱吉がわかった。
しかし、千沙の声に返事はない。
「ベル」
「……チサ」
か細い声で名前を呼んでいたのに返事がきて、千沙の意識はようやくはっきりとし、すぐさま声のした方にしっかりと近づいた。
リングの繋がったチェーンを2つ掲げているベルが、仰向けになって寝ていて、自然と千沙は詰めていた息を吐く。
「馬鹿者」
「でも勝った、これで約束はだいじょーぶ」
うししと笑ってリングを千沙に渡したベルは、そのまま千沙の手を握る。
「その怪我では食事もままならないだろ、どうするつもりだ」
「ほら、ドラマとかであんじゃん、あーんってやつ、あれやって」
「……私は、お前の恋人ではない」
「固いこと言わないでよ」
ニギニギと何かを確かめるように千沙の手を握るベルに、とうとう千沙は質問する。
「気持ち悪い、なんなんだ、戦いの前も、今も」
「ん?」
「手だ、手」
「あー……チサの手、かさぶただらけだなぁって、姫らしくない」
「白魚のようなものでなくて残念だったな」
片眉を上げてふんと鼻を鳴らした千沙にベルは「ししし」と笑って、千沙の右手を両手で包む。
「そういう意味じゃないよ、大丈夫、姫らしくないだけで、チサの手はとってもきれいだよ」
「……どういう意味だ」
今度こそ可笑しそうに体を揺らしたベルは、怪我で痛みもあるはずなのに、まるで無傷のように起き上がって改めて千沙の両手を自身の両手で包んだ。
「俺が勝ちにこだわってるように、チサにもこだわってるものあるんだろ?それが伝わってくる、良い手だと思っただけ、ただ、ささくれ多すぎ!」
(あ……)
にししと片手で鼻をこすって余計に鼻の下を汚したベルは、決して王子のようには見えなかった。
高貴な空気というのは完全に消えたわけではない、そういう意味ではない。
ただ、今の千沙には、自分の手を包んでくれているベルの手が大きく思えた。
男社会の家で育った千沙には珍しくないはずの感想だ。
それでも、初めてだと思えた。
伸ばしてちゃんと掴んでくれた手がこんなに安心できるなんて、千沙は知らなかった。
ぽたりと、千沙の手を包んでいるベルの手に雫が落ちる。
「チサ!?」
ベルは慌ててポケットからボロボロの白かったハンカチを出してチサの頬に当てる。
千沙は、自身が泣いているということを理解した瞬間、それの止め方を今だけは全て無視した。
「いなくならないでくれたのか」
ボロボロと溢れる涙のように、感情いっぱいに言う。
「は?別に俺死なないよ?」
「でも、ばくはつにまきこまれてた」
キョトンとした顔に、ムッとしながら千沙が言い返したら、ベルは天井を見上げ、思い出しながらこたえる。
「あー、ヴァリアークオリティー?だったかな、そういうのあるから爆発じゃ死なないって」
「やくそく、なかったことになるのかと」
つい、こぼれた言葉だった。
「しないって!俺約束はちゃんと守るよ、なんたって王子だからね!」
そう言って笑ったベルを前に、千沙は認めざるを得なかった。
「じゃあ、約束、してくれるか」
だから、きっとこれも受け入れてくれるかもしれないと、千沙はほんの少しの欲張りをしてみた。
「なーに?」
ベルのハンカチをぶんどってごしごしと自身の涙を拭った千沙はまっすぐにベルを見つめて問う。
「この戦いが終わっても、一緒にいるって」
硬い声だった。
しかし、ベルは嬉しそうに優しくこたえた。
「もちろん!」
ほんのり頬を染めたその答えに、たった一日の付き合いである目の前の男を、千沙は認めざるを得なかった。
彼が、自分にとって“特別”であるということを。
千沙は声もなく大きく泣いた。