ハッと意識が覚醒し、しばらく天井を見つめていた唯はカーテンから差し込む光が眩しくて目元に手の甲を当てた。
すると感じた冷たさに驚いて手を見ると、朝日で手の甲が輝いていてまた驚く。
「……泣いてる」
呟いて脱力感から手をパタリと布団の上に倒した唯は、また天井を眺める。
それからゆっくりと起き上がって大きくあくびをし、腕を上に伸ばした。
ベッドから降りて部屋を見渡しても、眠っていた間に見ていたあの景色ではなく、現実的な部屋の中で、無機質なもの。
その時、机の上の充電コードに繋がっている携帯電話が点滅していることに気づき、唯はそれを起動してつい1時間前に来ていたらしいメールを開いた。
[おはよう!いいぜ、待ち合わせ場所変えるか?]
[おはよう、そのままでいいよ、ありがとう!またあとで!]
返信を送って画面を暗くした唯は携帯を持ったまま一階に下りてリビングに入ると、食卓の椅子に座って新聞を読む父親がいた。
「あ、お父さん」
「ん、おはよう、唯」
「お、おはよう」
「お湯、湧いているよ」
ゆっくりと唯の方に顔を向けた父親はのんびりと笑った。
まさか父親がここにいるとは思っていなかった唯は驚きながらもキッチンに入りポットの取っ手を掴んで中身の重さを確認した唯は思った疑問をそのまま投げた。
「仕事は?もう、出なきゃいけない時間じゃ……」
「ああ、今日は、休みをもらったんだ、夕飯を、久しぶりに、作ろうと思ってね」
相変わらずゆっくりな口調で出てきた言葉に唯は言葉を返せなかった。
棚から青色のマグカップを取って、コーヒーのパックを開いてマグカップに取り付け、そこにお湯を注ぐ。
パックが溢れないように気をつけながら数回お湯を注ぐと、湯気に混じったコーヒーの香りがキッチンに広がった。
「今日は、おでかけかい?」
いつの間にか新聞に視線を戻していた父親がそのまま問いかけてきて、マグカップからパックを取っていた唯は何故か落としそうになった。
別におかしなことは聞かれていないはずなのに動揺した自分自身に驚いていた唯は、とにかく自然に返事をしなくてはと、何気ない声を出して肯定する。
「うん、学校の友達と」
「いいね、父さんも昔、友達と学校をサボって、遊びに行ったなぁ」
懐かしんでいるのか目尻を下げた父親の対面の場所に青いマグカップを置いて椅子に座った唯は、思わず「へぇ」と声を出した。それくらい意外だったのだ。
「お父さんも、そういうことしてたんだ」
「うん、楽しかったよ、とても」
そういえば、と父親が新聞を折りたたみながら続ける。
「どこに行くか、聞いてもいい?」
「ああ、うん、おばあちゃんのところ」
なんとなく、テーブルの木目に視線をやってそう答えた唯はコーヒーを啜りつつも、視線を父親の方に戻すことができなかった。
しばらく、沈黙が続いて、家の近くに来た小鳥の鳴き声が少しうるさく感じた頃、ようやく父親が「そうか」とだけ返事した。
「うん」
唯もそれしか声を出せなくて、またもや沈黙。
視線を一切よそに向けることなく、父親は唯のつむじを眺めながら沈黙をゆっくりと破った。
「そういえば、今日は命日、だったか」
「そうだっけ」
「それで、行くんじゃないのかい?」
「もう少し後かと思ってたの」
マグカップに口をつけて喋らなくなった唯に父親はテーブルに置かれた小さなカレンダーを見つめ、今日のところに赤い丸がついていることに気づいた。
思わず口元を緩ませた父親は元々傍に置いていた黄色のマグカップを掴んで冷めてしまったコーヒーを啜り、ゆっくりと顔を庭に繋がっている窓に向けた。
「まぁ、何にしても」
唯はそのあまりにのんびりな声にマグカップを置いて顔を上げ、父親の目線を追って窓を見る。
「晴れて、よかったね」
穏やかに父親がそういったものだから、唯も同じ様にのんびり返事をした。
「うん」
外は、一昨日の雷雨が嘘のように、清々しい天気だ。