「わりぃ!待ったか?」
慌てた表情で、屋上で一人の唯に駆け寄った山本が謝罪する。
時刻は11時ちょっと過ぎ、その後メールで待ち合わせ時間を決めて集まった2人は唯の提案で唯の祖母の家に向かっていた。
「沢村のばあちゃん家って、どこにあんだ?」
「電車で二駅くらいのとこ、距離は遠いけど夜までには帰ってこられるよ」
駅に入ったところで困ったように聞いた山本が何を心配していたのか察したのだろう、唯はすぐさま答えた。
改札を通ってホームに並んで立ち、電車を待つ。
「向こうついたら、ちょっと花屋さん行ってもいい?」
「……ああ、俺も一緒に選んでいいか?」
「うん!」
ちょうど電車が来たので下車する人を優先して、電車に乗る。
平日で、しかも昼間であるからか唯たちと同じ歳くらいの人はおらず、なんとなく唯はそわそわしながら空いている席に山本と並んで座った。
「そ、そういえば、山本君はどこか行きたいとこあったんじゃないの?」
「ん?ああ、まぁ、俺ん家で寿司でも一緒に食おうかって思っていたんだ、まぁ、特に行きたいとこはなかったのな!」
「あー、なるほど」
自分の家以外に思いつく場所がなかったのだから、本当に行きたい場所はなかったのだろう。
それから唯の方からは話題が思いつくことがなく、なんとなく黙ってしまう時間が続いた。
唯たちが座っているのとは反対の席には日差しが差し込んでいて、ぼんやりと温かいだろうなと思っていたとき。
「なぁ、沢村」
山本がポツリ呟いた。
「俺さ、難しいことはよくわかんねぇけど」
唯は遠くを見つめている山本の顔を眺める。
それは、唯に核心を突く質問をしたあの時と同じ表情。
あの時はきっと不安を表に出さないようにしていたのと、唯を警戒していたが故のものだったが、今はどんな気持ちなのだろう。
しかし、探る気になれず、なんとなく、唯は山本を眺めた。
「……やっぱいいや」
「なんだそりゃ」
「いい、気にすんな!」
コケた気持ちの唯は思わず声に出して笑い、それに合わせるような山本の声がその場に響く。
そしてすぐさま唯はここが公共の場であることを思い出して、慌てて山本の口をふさいで空いている方の手の人差し指を自分の口に当てた。
「ここ電車!」
その必死な顔が何故か山本のツボに入ったのか、声を押し殺して先程よりも笑う山本と会話ができなかった唯は戸惑いながらも、何もできないので窓の外を眺めることを再開した。
そのうちアナウンスで次が降りる駅だとわかり、山本の肩を優しく叩いて降りることをジェスチャーで伝え、荷物を持って唯は電車を降りる。
まだ笑いを引きずっている山本も、なんとか荷物を背負って口元を自分で押さえながら電車を降りて先に行った唯を追いかけた。
改札を出た頃には山本も治まっていて、唯と一緒に花屋探しをする。
「駅前にはないのな」
「おばあちゃん、花が好きだったから多分家の近くにはあると思う」
そういう家を探していたから、と唯が説明しながら唯の祖母の家がある方に歩き出し、山本もそれに続く。
「庭で花を育てていたの、今はおばあちゃんの知り合いの庭師さんを雇って手入れだけしてもらってる」
「家残ってんのか?」
「私がもらったの、所謂遺産を相続したってやつだね、お金はもちろんお父さんとかだけど」
「すげぇな」
「うん……それだけは、他の親戚にも譲らなかったよ、生きているうちにも言ってたし、遺書にも書いてた、あと弁護士さん雇って話してたみたい」
「……すげー」
唯の祖母の徹底ぶりにその言葉しか出てこなかった山本は「じゃあ」と花屋を探しながら言った。
「ばあちゃんの好きな花、買ってやらねぇとな!」
ニカッと笑った山本に、唯はなんだか嬉しくなって大きく頷いて返事をした。
「うん!」
**
「なんか、外国の田舎にある家って感じだな」
「あはは、よく言われる」
無事に花屋を見つけ、目的の花を数輪選んで2つの花束にした2人は唯の祖母の家に来ていた。
山本は初めて見るが、唯は度々精神世界で見ていたのでそこまで久しぶりとは思えなくて、当たり前のように家の鍵を開ける。
「立派な木なのな」
「ん?ああ、あれね」
庭にある楓の木を眺めている山本と同じようにそれに一瞬だけ視線を向けて扉に戻した唯は、それを開けながら説明する。
「それ、おじいちゃんがこの家を買う時におばあちゃんを喜ばせたくて買ったんだって」
「へぇ」
「おばあちゃん、日本の紅葉の景色が好きだったから、すごく嬉しかったって言ってた」
ほら、中に入って、と山本を招く唯の言葉に感心しながら視線を家の方に移動させた山本は唯に続いて「お邪魔します」と言いながら家に入る。
外国式の家は靴を履いたまま家の中を歩くことができていて、山本はそこでも驚いた。
リビングに入ると、木の温かさが香り、外から差し込む日差しと相まって穏やかな空気が感じられる。
「花はどうしたらいい?」
「テーブルに置いといて、こっち仏壇あるから挨拶しよ」
「仏壇?」
唯の言うとおりにリビングのテーブルの上に2つの花束をおいた山本は手招きされるまま木製の扉の部屋に入って目を見開いた。
「そこ、靴脱いでね」
山本に当たり前のように言って、仏壇を開けている唯だが山本にとってはいきなり世界観が変わったように見えた。
山本が立っている場所は先程のリビングと同じだが、玄関のようになっていて少し段差があり、部屋の床全部が畳となっていて、和風の香りが部屋に広がっていて、リビングとのギャップが酷い。
いつまでも立っているわけにもいかないと山本は慌てて靴を脱いで畳に足を乗せ、唯のいる部屋の一番奥の右の壁に面している仏壇まで近づいた。
自然と座り方も正座となり、唯が鈴棒を持ったのを見て両手を合わす。
2人以外は誰もいない家のせいか、しんとなった空間にこーんこーんという鈴の澄んだ音が響いているだけ。
両手を合わせ、唯は目も閉じている。
先に顔を上げたのは山本で、少ししてから目を開いて顔を上げた唯は仏壇を閉じた。
「お墓はまた別の場所にあるんだけど、一応おじいちゃんが先に死んでここに仏壇できたからそのままなの」
「あー、それでこの仏壇か」
家主は全員死んでいるのにあるのがなんだか不思議だった山本は合点がいってもう一度部屋全体を見渡す。
山本にとっては馴染み深い香りが広がるこの部屋は、おそらく家主がせめて仏壇の人が過ごしやすいようにと思っての気遣いを感じられる部屋だった。
何せ、この部屋の窓からは先程の楓がよく見える。
「それじゃ、お墓の方にいくよー」
唯は靴を履いてリビングに戻ると、すぐに外に出ようとしたので山本は慌てて靴を履いてリビングにある花束を持ってすぐに外に出た。
それを見てから唯は家の扉を締めて鍵をかける。