綱吉のいる病室の窓に張り付いてすべての話を聞いていたヴェルデは思案顔になるが全て合点が言ったのか楽しそうに笑った。
「そうか、そういうことだったんだな」
そう呟いてまた飛んで行ったヴェルデの向かう先は病院から出てきた千沙。
突然空から機械に乗った赤ん坊が来て警戒しつつも笑顔になる千沙には特に気にも留めずにヴェルデは挨拶をした。
「やぁ、初めまして」
「…ゆっちゃんの家庭教師だな」
笑顔は崩さないがその眼の奥にある強い感情にヴェルデは気付いた、その理由も。
しかしそんなことはヴェルデの知ったことではない。
「ここでは少し目立つ、場所を移そう」
ヴェルデの提案に千沙は少し考えてから頷いた。
***
千沙宅にて。
「さて、一応自己紹介をしておこうか、私はヴェルデ、科学者をやっているよ」
「…寺田千沙、中学二年だ」
お互い形式的な挨拶を済ませて、しばしの沈黙。
先にそれを破ったのは千沙だ。
「御託は良い、回りくどいの好きじゃないんだ、単刀直入に本題を頼む」
「おや、君とは気が合いそうだ、私もそういうのは嫌いでね、では本題に入ろう、君は…誰と繋がっているのかな?」
「…貴方はもう少しオブラートに聞いてきそうなイメージがありました」
「回りくどいのは嫌いじゃなかったかい?」
千沙はもはや隠しもせずにヴェルデを睨みつける。
「…教えるとでも?」
「君の想い人が私の教え子だってことを忘れてもらっては困るね」
「ゆっちゃんに何をする気だ!?」
千沙の怒鳴り声にヴェルデは怯むことなく笑みを浮かべた。
「今の挑発に乗るようでは君もファミリーを継ぐ者としてはまだまだだね」
「ぐっ…ボンゴレだ、それ以外に何がある」
「ほう、ボンゴレか」
ヴェルデはますます当てはまる情報のパズルに内心楽しくて仕方なかったがそれを悟れるものはこの場にはいない。
千沙はヴェルデの心情を読もうとするが未熟者の千沙がそれをするのは不可能であり、ヴェルデをさらに睨むことしかできなかった。
「しかしそれだと妙だな、ボンゴレと繋がっているというのならどうしてボンゴレの次期ボス候補を狙う?」
「ボンゴレの名の大きさもわからないほど愚かか?」
「ああいや、そういう意味ではないさ、ただ、君があまりにもファミリーのために動いているようには見えなかったものだからさ」
「何?」
千沙の眼付きの鋭さが増すがヴェルデはそれを涼しい顔で受け流し、さらに語る。
「だってそうだろう?君は恐らく唯と同じ能力を持ち、かつ彼女よりも有能だ」
唯と千沙の能力、それは相手の懐に入り込む諜報員としての能力、それは2人とも共通して高く、さらに千沙のそれは相手に悟られないようにするのが巧妙であり、年頃の娘にしては殺人への躊躇いも少ない。
「君の力があれば沢田綱吉の暗殺は容易だっただろう、けれど君の苦手な正面突破をした上に失敗に終わった…本気で沢田綱吉を殺す気はあったのかと疑問に思ってね」
気さくに話しかけてどこかしらのタイミングでバレないように毒を飲ませたり、または出会い頭にナイフを腹にさすことだってできただろう。
前者、後者のどちらも沢田綱吉の中にある超直感によって難しいかもしれないがそれでも彼女なら実行できたはず。
沢田綱吉は自分の身内に関しては自分の直感よりもそれまでの経験を大事にするタイプだからだ。
けれど彼女は自分の最も苦手とする正面からの勝負を挑み、そして失敗した。
幼いころからマフィアの世界で生きてきたものとしては痛恨のミスだ、けれど、本当にそれが偶然なのかヴェルデにはどうしても思えなかった。
意図的な失敗のようにしか見えない、それはもしかしたらヴェルデの捻くれた見方だったのかもしれないがけれど唯を見る時の千沙の表情と綱吉を見る時の千沙の表情がどうしても、どうしても。
「あの」
千沙が話の流れを切るように声をかけた。
「何かな?」
「…どうして、ゆっちゃんが貴方の教え子に?」
ヴェルデは驚いたように千沙を見たが先ほどの話を思い出して、納得する。
千沙は唯のことにしては詳しいところまで知ることはしていない。
そのことがばれて唯に嫌われるのを良しとしないからだ。
だから千沙は唯のことに関してだけは何も知らない、知ろうとしない。
(…いや、知ろうとしないは語弊があるか…けれど、ばかばかしいな)
ヴェルデは心の中で千沙の態度を愚かに思うがそれをわざわざ口には出さない。
出したところで所詮はまだ14歳の少女だ、思春期の少女の恋愛に口を出しても面倒なだけだというのはこれまでの経験で理解している。
だが、素直に何の対価もなしに教えてやれるほどヴェルデは千沙のことを好いてもいなかった。
「調べることができるだろう?」
「私は独自のルートで彼女の全てを知るつもりはない」
「ならば今こうして私から聞くことも君の嫌う方法で唯のことを知るということになるのではないかな?」
「それは…っ」
千沙は言葉を詰まらせる。
「私はお前が嫌いだ」
「君とはつくづく気が合うね」
「気付いているくせに」
ヴェルデは千沙の言葉に首を傾げる。
千沙はヴェルデを睨んでいたがやがてヴェルデの表情が
「お前は、どれだけ…っ!」
千沙はこぶしに力を込めてヴェルデにふるうがヴェルデはそれをよける。
しかし即座にそれを見切った千沙がヴェルデの胸倉をつかむことに成功して一気につかみあげられる。
「どれだけ鈍いんだ!!そんなに周りに興味がないのか!?お前は自分の好奇心が満たされれば誰が傷つこうと構わないのか!」
揺さぶるようにして怒鳴りつける千沙にヴェルデは涼しい声で答える。
「当たり前だろう?それ以外に
「っ!!!」
千沙は思い切りヴェルデを殴り飛ばした。
部屋の壁にヴェルデはぶつかるが、それにさらに一発殴ろうとした千沙はヴェルデの機械によってその動きを阻止される。
マジックアームで千沙の体をしっかりとつかんだ機械に向ける千沙。
しかし思い切りヴェルデを睨みつけるがそれでも足りない感情が千沙のからだじゅうを埋め尽くしている。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!
この男が憎くて仕方がない!!
こんな男にどうして、どうしてあの子は…!
「絶対に、いつか絶対後悔するときがくるぞ!!」
まるで怨霊のように恐ろしく低い声で唸るように言った千沙の言葉の意味をヴェルデはまだ理解できない。
ただただ無駄な時間を過ごしているとしか思えなくなってきたヴェルデの興味は、すでに千沙からは外れていた。
だからこそ、ヴェルデはあくまでも冷静に答えた。
「ありえん」
そのままヴェルデは機械を操作し電気ショックを千沙に与え、気絶させる。
意識を無くすその瞬間まで親の仇を見るようだった千沙の目をヴェルデはすぐさま記憶の奥底に追いやって、その場に千沙を捨て置いて自分はさっさと機械に乗って窓から外へ。
穏やかな春の空はすっかり暗くなっており、澄んだ空気が肺に入り込んでくる。
ヴェルデは唯の部屋の窓から中に静かに入った。