翌日、アルゴからのお願いとして35層に来た俺は僅か2時間で目的の〈ネンチャク草〉を摘み終え、帰ろうと思い何気なく〈索敵スキル〉を発動させる。すると遠くのエリアで、1つの緑のカーソルが5つのオレンジのカーソルに囲まれていたのを見つけた。
俺は考える間も無く、敏捷力にものを言わせてカーソルのあった場所に向かって疾走した。その距離は僅か500mだが砂煙が舞う砂漠地帯では、目視で2~3m先しか見えないため索敵スキルを使用していなければ大変なことになる。
このように。
「おっと、忘れてたな〈蟻地獄〉が大量にいること」
回転させている足をハサミで挟もうとしてきたモンスターを、ジャンプで避けながら頭を剣で貫く。筋力値の異常な高さとレベル差で、〈ソードスキル〉を使用せず一発でポリゴンになったのを確認する間を惜しみ、着地した瞬間に走り出す。
〈迷いの森〉と〈甲虫の巣窟〉の間にあるこの砂漠地帯では、〈蟻地獄〉に囲まれるとすぐに御陀仏だ。下からハサミで掴まれて巣に引きずり込まれるプレイヤーが多発し、βテストでも多くが犠牲になったらしい。
今は攻略ブックが配布されているため、中層プレイヤーはこの砂漠地帯の中心を通らず淵に沿って〈迷いの森〉へ向かうが、俺は回り道をする時間を惜しんで一気に突っ切る。敏捷力が半端ないためか〈蟻地獄〉は俺の足をツーテンポ遅れて挟むので、後ろを振り返るとモグラ叩きしたくなる。かぶりを振って雑念を追い出し足の回転数を上げる。
「っ!」
無声の気合いを吐き出し少女に振り下ろされていた斧を、〈ソードスキル〉を使わず筋力だけで振り抜いた愛剣で下から切り上げる。体勢を崩した男の足を右足で払い尻餅をつかせる。
その間にHPバーが危険域に達している少女を抱え上げ、5人組から安全な距離を取りつつ回復ポーションがあるかどうか聞く。しかし持っていないらしいので回復クリスタルで完全回復させる。回復ポーションは安価だが回復スピードが著しく低いので、今のような危険な状態では回復を待つ時間はない。
「大勢の男達が1人の少女を狙うのはちょっとかっこよくないな」
適当にあしらい回廊結晶で5人組を黒鉄宮に送り込んだ後、少女を連れて35層の主催区の〈ミーシェ〉に安全ルートで向かう。
圏内に入る前に翡翠色のコートから、見た目は地味だが防御力や特性も最前線並みの黒を基本としたコートにその少年は着替える。
「何で着替えるんですか?」
「あのコートを着てたら俺だってバレる。だから帰る前に着替えるんだ」
一切警戒せずに顔を覗き込む私に答える。圏内に入ると安心からか疲労が襲ってくる。といってもこの程度は日常茶飯事なのでなんともない。
「もう安全だからさっきみたいなことにならないよう安全マージンは余分に取っとくべきだ。それじゃあね」
「あ…」
心を込めたお礼を言う前に助けてくれた攻略組きっての実力者且つ名前も知らない少年は、人波にのまれてすぐに見失ってしまった。Lv.50の自分でさえ歯が立たなかったオレンジプレイヤーをいとも容易く怖気付かせ、《黒鉄宮の牢獄》に送り込んだ彼のLv.は果たしていくらなのだろうか。
攻略組の《双龍》と言われるのだから自分には想像できないようなレベリングを繰り返し、誰にも負けないような高みまで登りつめているのだろう。
「Lv.90ぐらいいってるのかな?」
各層をクリアするためにはそれなりにスキルとLv.を両方とも上げなければならない。デスゲームと化した《この世界》では各層をクリアするために安全マージンとして、その階層プラスでLv.10〜Lv.15.ほどが必要となってくる。
なので今の最前線である第74層であるならば、攻略組のトップはLv.90からLv.95といったところ。スキルや役回りによっては多少の違いはあるけど平均すればLv.85〜Lv.90の間かな。自分が2年かけてLv.50なのだから、攻略組は本当にどれだけの責任を背負って戦い続けるのだろうか。たぶん私には想像を絶するもののはず。
「こんなところで立ち止まってたら邪魔だし帰ろうかな」
独り言を呟きながら栗色のセミロングに切り揃えた髪を、空中に流しながら自分のねぐらに向かう。プレイヤーとすれ違うたびに邪な視線をもらって嫌悪感が湧いてくる。生き残った6千人の中でも圧倒的に数の少ない女性プレイヤーは全体で2割程度しかいない。容姿が整っているプレイヤーはさらに希少だそうだ。
《閃光》の二つ名を持つ攻略組きっての鬼神はあまりにも強いため崇めること以外ほぼできない。女性プレイヤーの大半は中層辺りで固まって日々生活しているため、男性プレイヤーからすれば会う機会が意外と多々ある。
自分も何度か交際やプロポーズを申し込まれたこともあったけど、下心丸出しなプレイヤーが多かったため全部断っている。
挙げ句の果てには実力行使しようとしたプレイヤーもいた。そいつらには、スキルが中層プレイヤーの中でもトップクラスである私の細剣で二度と手出しできないような恐怖を与えておいた。それでも言い寄ってくる奴らがいたので、問答無用で《黒鉄宮の牢獄》に時間指定で送り込んだ。実害がないので数日程度の更迭だけど。
しかし今日助けてくれた少年はそんな気すら見せなかった。むしろ興味ないとでも言いたげな雰囲気を醸し出していた。自分もそれなりに恋愛をしたいと思うことがあり、交際するなら先ほどの少年のような人がいいなと思う。
「ふぁ〜」
乙女らしからぬ声を上げるが、外から完全隔離されたプレイヤーホームではどんなことをしても外に聞こえることはない。借宿とは違い、〈聞き耳スキル〉を用いても中の音を聞くことはできない。そもそもこのスキルを使うのは情報屋か薄汚れたプレイヤーのみだ。
ここでオレンジプレイヤーと言わなかったのは理由がある。オレンジプレイヤーが圏内に入ろうとすると、攻略組でも太刀打ちできないような超強力なNPCによって追い返されるから。オレンジプレイヤーの仲間であり、直接的な犯罪を犯していないことを示すグリーンのカーソルを持つプレイヤーも僅かではあるけどいるらしい。
〈ビーストテイマー〉である友人が、攻略組《双龍〉の片割れの〈漆黒の龍〉または〈黒の剣士〉の異名を持つ少年と希少な花を見つけにいったと時、オレンジギルドの中にグリーンプレイヤーもいたという話を聞いたことがある。それを聞いてからは、可能な限り厳重なセキュリティのある場所に拠点を移した。
プレイヤーホームはかなり努力しない限り購入できない。それでも今までほぼ使わずに貯めていた金額は、中層プレイヤーにしては異常な額である100万コルに達していた。これだけあれば、35層でもそこそこのプレイヤーホームが買える。
気に入った物件が50万コルだったので速攻購入して、一安心したのが3ヶ月前。《この世界》に来たばかりのようにツンツンせず、とても優しくなった姉もよく来てお茶をしながら情報を交換している。〈ビーストテイマー〉の友人も姉の友人もよく訪れる。その理由を聞いたときは、「何故かここに来たくなる」と口を揃えて答えた。
姉のプレイヤーホームは400万コルであるため、高級なのはそっちなのだけど何故かこっちの方が落ち着くとのこと。
「また会いたいな〜」
衣服を解除して下着だけになった自分は、ベッドに寝転がりながら無意識のうちに呟いていた。
「会って1時間しか一緒にいなかったのに何言ってるの私は!?」
真っ赤になりながら枕に拳を打ち付けるけど、モヤモヤとした感情は消えない。
「明日アルゴさんに聞いてみようかな」
眠気に抗えなくなったのか落ちてくる瞼を止めようともせず、榛色の瞳が閉じられ夢の世界に入り込んで行った。