俺にとって《この世界〈ソードアート・オンライン〉》で自分の好きなことをして楽しむことが出来たのは、2年前の2022/11/6 PM5:00までだった。
「な、何だ!?」
数時間の戦闘によりストレージ容量の限界が来て、アイテム整理をしていると、突如としてリンゴーン、リンゴーン、という鐘の音のような音が大音量で響き、柄にもなく俺は飛び上がってしまった。
「これは!?」
そして身体が淡く発光し始めた。いやこの淡い青色の光の柱はRPGゲームでよく発生する《
だが不可解なのは俺が何もしていないのに《転移》が始まったことだ。俺は転移アイテムを使ってもいないしコマンドも唱えていない。そもそも第1層で転移アイテムなどは、ドロップや購入などはありえないのでこれは運営による《
だが今回はそれがなかった。
どういうことか考えていると、ひときわ眩しく輝いて俺の視界を奪った。眼を開けれるようになった頃には、俺は転移を完了していた。中世風の建物と黒い宮殿があるこの場所は、第1層《始まりの街》だ。周りを見渡すと続々と他のプレイヤー達が現れてきたので、俺個人だけがここに飛ばされたのではないと一安堵した。
それからのことは思い出したくない。確か大きなローブが第1層の天井が現れてこう告げたのだ。
『この世界から君達がログアウトできるのはこの城、《アインクラッド》第100層をクリアした場合のみ。今後あらゆる蘇生手段は機能しない。この世界でHPがゼロになると、《この世界》からも《現実世界》からも永久退場することになる』
RPGゲームというものは何度も何度も死んでその度に学ぶものだ。それがRPGゲームというものの醍醐味であり、それなくして何だと言うのだろうか。
俺達を《この世界》に閉じ込めた張本人、茅場晶彦のある意味死の宣告である言葉を聞いた瞬間、俺は気が動転しても可笑しくないほどのショックを受けたが同時に冷静さを取り戻していた。
物事を正確に捉えるためには常に冷静でいなければならない。逆に言えば、意図的に落ち着かせた結果でもあった。茅場の死の宣告を聞き終えた後のプレイヤー達の反応は狂乱の一言に尽きる。俺はここにいるであろう幼馴染を探してみると案外近いところにいたので声をかけようとしたが、隣の背の高い男を連れて街路に消えていった。
この先後悔することになる選択を選んで、俺は幼馴染に背を向ける。俺は生き残る。その為には強くならなこればならない。余計な感情は捨てろ。他人など後回しだ。生き残ることだけ考えろ。あいつならいつかどこかで会える。あいつは強いんだ。誰にも負けない強さがある。
だから俺は生きる!
狂乱しているプレイヤー達をかき分け、北西にある村に向かって走り出す。どこまでも広がる草原を左右に分ける一本道を、出せる可能な限りの速度で走り抜ける。
気象設定や時間帯設定は《現実世界》と同期されているため、肌寒い初冬の風を受けながら走り続ける。
途中
「どけぇぇぇぇ!」
背中から初期武装である簡素な片手剣〈スチールブレード〉を抜き、右腰と右肩の中間地点の高さに溜めるように引く。するとシステムが規定モーションを検知し、ペールブルーのライトエフェクトが片手剣を包み込む。
とてつもない速度で突き出された右腕が、跳びかかってきた《ダイアー・ウルフ》の右側面を貫いた。〈片手剣基本突進技《レイジスパイク》〉が、踏み込んだ足と引き絞った右腕を突き出した際の二段ブーストによって、《ダイアー・ウルフ》の満タンHPを1ドット余さず吹き飛ばした。
ポリゴンの欠片を背中に感じながら、加算経験値やアイテムを一瞥して俺は再度走り始めた。
振り返れば見える町並みを、記憶に残さぬように視線を向けることなく走り続ける。狂乱している他のプレイヤー達を放置して俺は走り続けた。
βテストに100倍という倍率の関門をくぐり抜けた幼馴染が、毎日ゲーム内で何をしていたのか何があったのかを教えてもらうのが俺の日課だった。モンスターの名前・技・出現場所・危険区域・安全エリア・安全ルートなど。ありとあらゆることをベータテスト期間中である2カ月もの間、学校で飽きることなく話してくれた。
度々「この話ばっかで嫌じゃないのか?」と聞かれたことがある。俺はむしろ聞きたかった。夢のようだったのだ。《剣の世界》という誰もが夢見るアクションが体感できる。魔法に頼らず、己の身体で戦い抜く発想のゲームに。今思えば、ある意味俺も取り憑かれたゲーマーだったのだろう。
そのお陰で俺はこのデスゲームが始まってから2カ月間、一度もHPが黄色ゲージに落ちることもなく果てしない数のモンスターを倒し続けた。そしていつの間にか安全マージンに近いLv.8にまで到達していた。
そして今俺は、かなりの窮地に立たされている。今日は第1層ボス攻略会議が、ここ《トールバーナ》という迷宮区にほど近い町で開かれている。
50名ほどが集まっており、この会議を侵攻している蒼い髪にかなりのイケメンである青年が「パーティを組んでくれ」と言い放った。近くのプレイヤーはこぞって集まり始め、俺の周りには誰もいなくなった。かなり離れたところに2人ほどプレイヤーがいたので声をかけることにした。
「すいませんあぶれてしまったのでパーティ組んでもらえませんか?」
「え?ああ、いいですよどうぞって…お前は!?」
あまりの驚きぶりに笑いがこぼれそうになったが笑みだけに留める。
「久しぶり。名前はあのままか?」
「そうだお前の名前は?」
「カイトだ。よろしくキリト」
「こちらこそ会えて嬉しいよ」
キリトが掲示したパーティ招待のウインドウの〈イエス〉ボタンに触れると、3人目のHPバーと名前が視界の左上に浮かび上がった。
「勝手に参加してごめん。よろしくカイトだ」
「…コクン」
名前は名乗らず頷きだけで答えたことに、俺は怒りも苛立ちも感じなかった。人と関わるのが得意でない人間もいる。俺だってそうだ。キリトも似た感じだから不満感は無い。
それ以上に3人目の服装が気になったのだ。
左腰に携えられた
まさか最前線、最初の攻略会議に女性プレイヤーと出会うとは思っていなかった。
パーティを組んだ後は、ボスの攻撃パターンと誰がどこをあたるかの部隊の構成がされた。俺達3人に与えられた役目は《ルインコボルド・センチメル》という取り巻き3匹の殲滅だった。
必然的に人数の余った俺達がそこにあてられるのは容易に想像できたが、3人で取り巻きの迎撃は難易度が少し高めである。
取り巻きはボスの4本あるHPバーが1本減るごとに
ケープを着た女性プレイヤーが会議終了後どこかに消え去っていたため、キリトに提案することにした。
「〈スイッチ〉の練習でもしとくか?」
〈スイッチ〉とはパーティを組む上で必然と必要になる高度なテクニックである。
〈ソードスキル〉を一度使うと技後硬直という動けない時間が発生し、ソロプレイであれば致命的である。しかしパーティではあえて〈ソードスキル〉を使い、ブレイクポイントを作り出して連携を繋げる。
余程の信頼関係や状況把握能力がなければできない芸当だ。
「〈スイッチ〉するような敵はここらじゃいないだろ?それにLv.的には問題ないはずだ今どのくらい?」
「Lv.8かな」
「上げすぎだっての。片手剣の熟練度は?」
「80ってとこかな」
「十分だ」
矢継ぎ早に質問されるが、別に隠す必要もなくパーティを組むのであれば知っておくべきだ。キリトのことも聞き出し自分とそれほど大差ないことに安堵しながら、残りのパーティメンバーの話になっていた。
「あの女性はどうなんだ?」
「心配ない何回か見たけど
キリトが手放しで褒めるとはいかほどなのか気になったが、どうせ明日見ることになるのだ。今この場で聞く必要はない。俺達は軽く汗を流す(この世界では汗はかかないが…。)ために迷宮区に向かうのだった。