俺は今第70層の迷宮区に武器の強化素材を採りに来ている。
現在の最上層である第74層から僅か4層下であれば、十分強力なモンスターが出現するのでソロプレイヤーにはあまりオススメできない場所だ。だが俺がそれでもここに来る理由は、滅多に出現しないレアモンスター〈オボロアゲハ〉が攻略層の中でもっとも出現率が高いためだ。
そして何故かプレイヤーが少ないほど出現率が高くなるという迷惑極まる特性があるのだ。元からソロ敢行の俺からすればいつでも出現率は変わらないのだが…。
普通ならば蝶は仮想のオブジェクトであるため、捕獲不可能だがこのモンスターだけは討伐可能なのだ。モンスターによってはモンスター名の表示が異なる。エリアボスやフロアボスには定冠詞が付く上にアルファベット表示だ。通常の出現モンスターはカタカナ表示が多い。
俺の背中に携えられた愛剣の強化回数は50であり、今だ半分も到達していない。普通ならこんな強化回数はありえないのだが、ボスドロップの魔剣クラスなので有り得るとキリトは言っていた。実際キリトが使っている〈エリュシデータ〉も、第50層のボスドロップであり強化回数が40なので説得力はある。
だが彼より10も強化回数が上となると、完全強化した時にはどうなることやら。現在の強化数は23であり、今強化できる最大回数は25までだ。一度に強化出来る回数は上限までだが、アイテム数が足りなければ途中で止まってしまう。
だが俺の場合はアイテム数が揃っているのに25までしか強化できないのだ。その理由は26以上の必須アイテム欄に?が陳列しているせいである。つまり第74層までではゲットできないアイテムが必要になるということである。
ここで1日狩れば強化回数25にはなるだろう。といってもエンカウント率は一桁以下。何体モンスターを倒せば残り10個を集めればいいのだろうか。
〈片手剣スキル〉は《完全習得》だし必要の無い〈投擲スキル〉をここで上げるべきだろうか。これは第64層での飛行モンスターを倒すために上げたスキルだ。もともと空いているスキル欄を埋めるために習得したが、使い道はほぼなく800まで上げたところでそのまま残していた。
「第64層で有利に働くとは思わなかったな」
呟く声を聞く者はいない。それもそのはず今頃攻略組は第74層のボス部屋マッピングをしている頃なのだから当然だ。
「おっとこりゃまた奇跡か?いきなり現れるとは」
蝶と聞けば可愛く思うだろうが、〈オボロアゲハ〉は可愛くないことに俺の背丈を軽く超える全長2m程だ。羽を広げた幅は3mにもなり、その翼から放たれる突風はタンク勢を意図も容易く吹き飛ばすほどなので可愛さの欠片もない。
こちらに気付いていない今ならファーストアタックで大ダメージを与えられる。だが突進系のスキルでも音で気付かれるのでここは〈投擲スキル〉が役に立つだろう。
俺は腰に刺しているピックを2本取り出し、まず右肩に構えると初期モーションを検出したシステムが淡い水色のライトエフェクト発生させてピックを包む。右手が煌めいたと思った頃には、既に右手からピックが投げられていた。
〈投擲スキル基本技《シングルシュート》〉。
投げた瞬間に〈オボロアゲハ〉のカーソルが戦闘モードに変わるが、俺は構わず2本目のピックを左手で投げる。
背後から投げられた1本目は右の羽に。2本目は左の羽に一際明るいライトエフェクトを発生させて刺さって地面に落下させた。その瞬間俺は走り出しており、単発奥義《スラント》を発動させて地面で暴れている〈オボロアゲハ〉の残りHPを呆気なく吹き飛ばした。
第70層の〈オボロアゲハ〉をこれほど呆気なく倒せるのはもともとのHPが極端に少ないのもあるが、異常な敏捷力の高さによって投擲された2回のピックによって4割ほど減らしてたからだ。
各スキルは50上がるごとに特典を付けることができる。
〈投擲スキル〉を800まで上げている俺は、クリティカル率+7 貫通力+5 命中率+4に割り振っている。今回は〈クリティカル率小up〉が発生し全体HPの4割を奪ったというわけだ。
+5を超えると補正〈少〉から補正〈中〉に変わりMAXである+15になると〈大〉に移行する。
単発ソードスキルしかも初期の攻撃で残り6割を余裕を持って吹き飛ばしたのは、強化回数23 頑丈さ+8 クリティカル率+7 鋭さ+3 重さ+5に筋力パラメータをプラスしたことによるものだ。
1年前の事件以来攻略組のメンバーであるキリト・アスナ・エギルからも無理をしすぎだと言われるほどのレベリングを2週間続けた結果、第74層時点で既にLv.99に達している。詳しく見たわけではないが現攻略組500人の中でもおそらくトップのレベルだろう。
数日前の近況報告では「Lv.97になったばかりだ」とキリトは言っていたので間違いない。キリトも半年以上前に俺と似たようないやむしろキリトの方が辛い経験をしていた。だからキリトの無茶なレベリングをしていたのも知っている。
キリトが危険なレベリングをしていても人並み以上の心配はしなかった。それ以上踏み込めば幼馴染としての関係が崩れてしまうのではないかと心配になったのだ。
「嫌なことを思い出したな」
独り言を呟きながら俺はまた〈オボロアゲハ〉がリポップするまでの間歩き回り、偶然現れないか迷宮区を適当に歩き回り始めるのだった。
効率が良かったのかそれとも運が良かったのか。どちらでもいいのだが1日で残り9個の《オボロアゲハの煌液》(倒せば確定ドロップアイテム)を集め終わり、夕方6時に主催区〈アイナース〉に帰還しほっとため息を吐く。
ねぐらに帰る前に明日から第74層のマッピングをするため、集めたアイテムで友人の鍛冶屋で強化してもらうことにした。
「転移〈リンダース〉!」
転移門で転移場所を唱えると、淡い水色の光が俺の全身を覆い視界が戻ったときには転移が終了していた。普段訪れることのない観光したい欲求に苛まれるが、我慢して友人の出店している鍛冶屋に向かうため足を動かす。
すでに服の着替えは済ませているため、数多のプレイヤーと擦れ違っても視線を向けられることはない。
転移門から北西に数分歩くと目的地に着く。〈open〉と書かれた板をかけられているドアを開けると、客の訪問を知らせる鈴の音が高らかに鳴って店主が店の奥から現れる。
ウェーブしたピンク色の髪を短くまとめ、負けん気溢れる少女はいかにも鍛冶屋の雰囲気を纏っている。
「いらっしゃいませ~っとなんだあんたか」
「相変わらず失礼な奴だな。そんな対応だったらこの店いつかつぶれるぞ」
普段通りのもはや恒例となりかけているやり取りをしながら笑い合う。
「こんな対応するのはごく一部よ。それで今日はどうしたの?」
「今回はこいつの強化を頼みたくてな。アイテムはもう送ってある」
背中からこの店の紋章の入った剣の鞘ごと外して渡す。俺が片手で渡したものを両手で必死に支えるを見て少しほくそ笑む。鍛冶屋でありマスターメイサーでもある彼女リズベッドは、かなり筋力値を上げているはずだが。それでも重そうにするのだからこの剣がどれほどの要求筋力値なのかが分かるだろう。
「相変わらず腹立つ顔。それにしてもいつ持ってもとてつもない重さね。強化するからちょっと待ってて」
店の奥に向かうリズベット愛称リズは背を向ける。俺以外の客が来たらどうするのかと思うかもしれないがご心配なく。NPCがリズの代わりに対応してくれるので問題ない。
ちなみに強化内容はアイテムと一緒にメモで送ってある。
「そういえばリズ、ここに置いてた片手剣はどこにいったんだ?」
「…折られたのよ黒ずくめの男にね」
カウンターの後ろに置かれていた薄赤色のスピード重視の片手剣が無くなっていたので、聞いてみるとよほどのことがあったようで沈んだ表情をしていた。
「黒ずくめのってキリトか?」
「知ってるの?」
「まあいろいろとね。攻略組で何度も顔を合わしてるし。それ)りも早く強化しようぜ。待ち遠しくてしょうがない」
リズが店の奥に消えた後、俺はしばらくの間店の中で防具を見ていた。〈コート・オブ・ジェイド〉はそれゆえの特殊効果で麻痺・毒などあらゆる状態異常を大幅に軽減してくれる。更に防御力もなかなか素晴らしい。
だが革製品なので金属防具よりは防御力が劣る。俺が金属防具を装備しない理由は、金属防具を装備すると片手剣の醍醐味でもある高速近接戦闘ができなくなるからだ。俺は超高速でめまぐるしく位置を変え、剣を振るう高速戦闘が好きなので速度が遅くなる金属防具は装備しないのだ。
ダメージディーラーである俺は、タンク役メンバーより攻撃を喰らう確率が高く防具が弱いのでダメージが大きいのは事実。そのため防御スキルとして〈軽金属スキル〉と〈防御上昇スキル〉を習得している。
どちらも〈完全習得〉しているのでそれなりにはダメージを防げるが、やはり物理的な正規の装備でないのでダメージ軽減率はやや劣る。
それでここで何か増やしておこうかと思って見ているのだ。
「75層も近づいてきたし、そろそろ金属防具装備しようかな。でも少し速度落ちるしな…。最低限の胸当なでもするか?」
「それならこれはどう?」
「おわ!」
既に強化が終わっているとは思っていなかったので、突然背中から声をかけられ驚く。
「驚かすなよ…」
「たまにはこっちが仕返ししないと気が済まないのよね〜」
「ちゃんと店の宣伝をしてやってるだろ。勘弁してくれ」
正直なところ俺はビビりである。戦闘スイッチが入っている時以外は敏感に反応しすぎるので心臓が痛い。
「で、見せてくれるのはどれだ?」
「これよ」
リズが見せてくれたのは〈コート・オブ・ジェイド〉と対照的な薄いピンク色の胸当なのだが意外とマッチしそうだった。右腕を振りシステムウインドウを開いていつものコートに着替える。
簡素なシャツとズボンを下に着ているので、防具を変更している瞬間に下着が見えることはない。胸当を装着すると、思った通り対照的なコントラストだが似合っていた。
この状態ではこの胸当は俺の持ち物ではなく、リズが所有者なので俺がこのまま逃げ出してもとりかえせる。もちろん俺にそんなことをするつもりはさらさらないが。
「合ってるじゃない」
「同感。これは何から作ったんだ?」
「かなり前アスナのために〈ランベントライト鉱石〉を取りに行った時にレアモンスターと遭遇してなんとかゲットしたの」
「よくもまあ倒せたないくら?」
「いろいろと大変だったから30万コルかな」
レアモンスターから作ったとすれば安いだろう。ならば特殊効果によっては買いだ。金属防具並みに固いが金属防具よりは柔らかく革防具よりは固い不思議な感触だ。
「特殊効果は?」
「敏捷力補正〈小〉防御上昇〈小〉ダメージ軽減〈小確率〉かな。性能の割に安いと思うけど」
「破格だよ。だが買えるのであれば買おう」
これは販売品ではなくリズの所有物だったらしく、トレードウインドウで交渉することになった。
着用は明日からだが新しい防具〈ランベンメイル〉は早く戦闘に出ろと催促するかのようにウインドウの中で震えるのを感じた。もちろんそれはポリゴンでできたオブジェクトなので、ありえないのだがそんな気がしたのだ。
「良い商品をありがとう。満足できる買い物が出来たよ」
「こちらこそまいどあり。それでメンテはいいの?」
「別にまだしなくていいと思う。まだ3分の2残ってるし」
「明日からまた攻略なんでしょう?特別に無料でやってあげるから早く渡しなさい」
何故か強制的にメンテさせられてしまった。〈現実世界〉のように刀身を削ってもなくなることはないので、何度でも磨ぐのは可能だ。元の鮮やかさを取り戻した愛剣を背中の鞘に仕舞い込み、お礼を再度言ってからねぐらに向かった。