ほどほどに笑う君へ。   作:四十三ではない人

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平凡な少年

 労働とは時間の売買である。

 

 

 

 雇用主が労働者の人生という時間、もとい商品を受け渡しすることで結ばれる契約だ。

 時は金なりという言葉があるよう、己の時間を提供している時点で金銭は支払われるべきであり、事績、実益、貢献率とは二の次なのだ。

 

 ましてや、それに付随して生まれる失敗に対しペナルティとしての減給という処置は最も愚かしく、糾弾されるべき風習だといえる。

 

 

 

 繰り返して言うようだが時は金である。

 

 

 

 時間は金に換えられる。だがしかし金は時間に換えることはできない。

 過去、未来を金で買える世界が生まれてしまえばその時点で銀行券の価値が暴落することは想像するに難くないからだ。

 

 

 したがって、いかなるペナルティだったとしても時間を払った労働者に対し金銭を取り上げるという行為は悪だといえよう。

 

 このことから雇用主は悪であり、その被害を被っている労働者は弱者なのだ。

 弱者は虐げられ、悪は粛清されるのが世の常である。

 いかなる成功を収めた経営者であろうと労働者を雇用している時点で例外なく、それは悪だといえよう。

 

 

 

 悪と弱者。

 

 

 

 だとすれば真の意味での勝者とは一体何だというのか。

 この不純理な世界においての勝利とは一体なんだというのだろう。

 

 

 

 その答えは単純明快である。

 結論から延べよう。

 

 

 

 世に存在する未来ある若人どもよ……。

 

 

 

 

 

 

 ――働いたら負けだ。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 例えば。

 そう例えば。

 

 

 

『世界中を笑顔にしたい』

 

 

 

 そのような世迷言を口にする人物が自分の前に現れたとする。

 そんな人物が現れたのなら俺は、迷うことなくそいつの顔面を指さして爆笑してみせる。

 

 

 いや、爆笑は一人ではできないのだからこの場合は、笑い転げるが正しい。

 

 

 俺自身がその「世界中を笑顔に」の最初の一人として足掛かりになるのだから、俺という人物がどれほど心優しく人思いな人物なのかを伺うことのできない代表的エピソードになること請け合いだろう。

 

 

 自分で言っていて実に意味わからないことを言っているものだと思う。

 少なくともその言葉はそう思わせるほどに滑稽であり、無理な物だというのはある程度の年端を過ぎれば誰しも悟るもの。

 

 サンタクロースのように、宇宙人のように、幽霊のように、異世界人のように。

 存在しないものと悟る。

 

 

 みんな仲良し、お手て繋いで仲直りがまかり通る世界などが存在しないのもまたしかり。

 笑う者あれば影、泣く子あり。

 

 

 

 かの福沢諭吉も『天は人の上に人を作らず人の下に人を作らずといえり』と綴った。

 

 

 

 ならば、その差を作るものが何なのかと問われれば彼は「学問だお」と明確な答えを返してくれるだろう。

 すべての道がローマに通ずるように、すべての学問ひいて勉学は労働社会へと通ずるといっても過言ではない。

 

 そう考えればその学問の温床ともいうべき学校、さらにはそこで繰り広げられる青春とは労働悪の苗床であり朱夏へと行きつく権化ともいえる。

 

 

 労働に与するものは等しく敗者。

 

 

 敗者しか存在しないこの世界に笑顔を広めようなど滑稽を通り過ぎて、すでに狂言。

 そう、江戸時代から続く伝統芸能なのだ。

 

 

 それはまさに喜劇であり歌劇であり歌舞伎的なのであろう。

 

 

 

「……あほくさ」

 

 

 

 俺はカフェテリアに置かれているフライヤーを眺めながらそんなことを呟いていた。

 そこにはとても可愛らしい同年代の女子たちが楽しそうに笑っている姿が映っている。

 

 

 

 バンド名『ハロー、ハッピーワールド!』

 

 世界を笑顔に――!!

 

 

 

 フライヤーに映っている彼女たちは過去どのような経緯をもってしてこの地位にいるのだろうか。

 

 

 このバンド活動という労働を担ってきたのだろう。

 こうしてフライヤーになっている時点でライブ館の大元から多少の出演料を支払われていることは明白。

 

 年端もいかぬ俺と同じ学生である彼女達がなぜこの道を今歩んでいるのか。

 

 

 

 雇用主は悪であり、労働者は弱者。

 だとすれば彼女たちはどちらに分類されるのだろうか。

 もしかしたら彼女らこそが現時点における勝者という位置づけなのかもしれない。

 

 

 

「……どうでもいいわな、そんなこと」

 

 

 

 そう、どうでもいい。

 これも所詮は世迷言。

 

 

 俺の人生には関わりのない他人事だ。

 

 

 

「それにしても暑すぎだろ……。なに? 太陽さんってば俺のこと嫌いなの?」

 

 

 

 自分の手のひらで日さしを作り天を仰いだ。

 憎たらしいほどに青々とした空を訝しむ。

 

 

 この晴天の下ではすべてが平等だ。

 悪も弱者も勝者さえも。

 

 

 

「だとすれば俺は圧倒的弱者なのだろうなぁ……」

 

 

 

 そうポツリと呟く。

 

 

 

 ――あぁ!! クマさんだぁ!!

 

 

 

 と叫ぶ幼い声が聞こえてきた。

 声のする元へと振り向くと母親に手を引かれている子供と目が合う。

 

 

「クマさぁん!!」と張り上げる声は俺のもとへと駆け足で近づいてきた。

 目を輝かせて近づいてくる子供に持っていた風船を一つ手渡す。

 

 

「クマさんありがとう!!」と言って母親の元へと戻っていくその後から小さく手を振った。

 

 

 母親はそんな俺を見て小さくお辞儀をした。

 その姿にはまるで「この暑い中、ご苦労様です」といった労いの意が込められているように感じる。

 

 

 そんな憐憫の情には慣れたものだ。

 こんな姿でいれば嫌でも慣れざる負えない。

 

 

 

「キグルミ着てビラ配りって頭悪すぎだろ……これ以上馬鹿になったら本気で笑うしかないぞ」

 

 

 

 今の俺は周りから黒いクマさんのキグルミを着た憐みの対象として映っていることだろう。

「はぁ……」と今日何度目かも知れないため息をつく。

 

 

 

 そういえば先ほどのフライヤーにもマスコット的なピンク色のクマのキグルミがいたなぁ、と暑さにより朧げとなっている頭で思考を巡らせる。

 

 

 

「いや、本当……この暑い中ご苦労様ですわ」

 

 

 

 俺は陽炎が出る商店街へと向かう道をおぼつかない可愛らしいクマさんの足でゆっくりと歩を進める。

 

 

 

「あちぃ……バイト、早く終わんないかねぇ」

 

 

 

 ――世界を笑顔に!!

 

 

 

 そのフレーズが頭に浮かぶ。

 

 

 

 いやホント、やれるもんならやって欲しいもんだわ。

 そう言って、ストレスと幸せを手放すように一際大きなため息を重ねた。

 

 

 

 

 

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