ほどほどに笑う君へ。   作:四十三ではない人

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負け犬と白馬の凱旋①

***

 

 

「奥沢って名前か……あの時のゴンザレス担当」

 

 

 バイト先にて掲示されているシフト表を眺めながら俺はポツリとそう呟いた。

 奥沢『さん』なのか『君』なのか『ちゃん』なのか、はたまた『様』なのかは俺の預かり知るところではないわけなのだが。

 

 

「奥沢……奥沢……? やっぱり知らんなぁ。一体誰ぞ?」

 

 

 己の頭をひねってみてもその苗字でピンとくる人物像が全く浮かんでこない。

 別段、珍しい類の苗字というわけではないのだから印象が残りにくいのは確かではあるのだけれども、そうだとしても同じ職場にいる人物の顔と名前が一致しないというのはそれはそれでいささか失礼な気もする。

 

 そりゃまあ、『梔子』なんてけったいな名字に比べれば平々凡々な名字ではあるけれど。

 それでも覚えていないというのは少々罪悪感がやばい。

 

 どの位やばいかというと、その申し訳なさからお家に引き籠って親の脛(すね)かじって生きていくと決意しだす位にはやばい。

 

 

 親泣かすレベル。

 そりゃ弁慶でも泣くんだもん、親だって泣くさ脛かじられたら。

 

 

「というかあれか。この人もゴンザレス担当なら俺の非番の日にシフトが入ってることになるのか」

 

 

 なんだ、だったら面識なくてもおかしくないな。

 そもそも、お互いがお互いのいない日に出勤しているわけだから出会うことがないのは当然だ。

 つまり顔と名前を知らなくて当たり前ということ。

 

 

「ふむ……」

 

 

 ならばなおのこと、あの北沢精肉店の前で俺の方に向かって迫ってきていた理由が分からない。

 それともあれは俺の思い過ごしだったのだろうか。

 まあ確かに、俺のいる方向に向かっていただけで俺に向かっていたという証拠がないのは事実だし。

 

 結局のところ今この場でいろいろ考えたところで明確な答えが出てくるわけでもないし、本人がいるわけでもないのだから確認のしようもない。

 確認する必要性もないと言えばないのだけど。

 

 

「まあ、どうでもいいわな」

 

 

 自意識過剰乙。

 すべてを終わりへと収束させる魔法の言葉なり~。

 

 

「こんにちはぁ。お疲れ様でーす」

 

 

 そう言ってバイト先の休憩室の扉をけだる気に開けた。

 そして俺の仕事着であるゴンザレスに着替えるべく男子更衣室と書かれた扉に手をかけたとき。

 

 

「おっ、梔子。いいところに来た。話がある、少々カモン」

 

 

 という呼び声。

 振り向いた先には休憩室に備えられた机で何やら作業していた人物が俺を手招きしていた。

 

 

「なんですか? 坂本さん? どうかしましたか?」

 

 

 一見すれば女性ともとれる容姿だし、男性ともいえる雰囲気もある。

 所謂、中性的な風貌。

 

 女性なのか男性なのか未だ誰も知らないそんな我がバイト先の生きる七不思議。

 密かに社員内で『シュレーディンガーのオカマ』と囁かれ、謂れのない誹謗中傷を受けている人物。(一番の被害者がシュレーディンガーであることは言うまでもない)

 

 

 この人の名前は『パピヨン坂本』。

 通称『坂本さん』

 

 

 俺のバイト先の責任者。

 というか責任者だという事しか知らない。

 完全に偽名なのにもかかわらず本人は本名だと言い張っているのも謎ポイントの一つである。

 

 噂では最近、ライブ館の手伝いなどもしているらしく出入りしている姿が確認されるなど何かとこの商店街で顔が広い人物でもあるらしい。

 

 

「ああ、ちょっとな。梔子、君これのこと知ってるか?」

 

 

 そう口にした坂本さんは俺に一枚のポスターを差し出してきた。

 俺は目の前に置かれたポスターに視線を落とした。

 

 

「『ふわキャラ選手権』? ……なんですかこれ?」

 

 

 そう書かれたポスターには所狭しとマスコット的なキャラクターがプリントされている。

 そのポスターを見たと同時に坂本さんの手元の『エントリー用紙』と印刷された紙も俺の視界に飛び込んできた。

 エントリー用紙にはすでに『ゴンザレス』と記入済みだったことも見逃さない。

 

 察しがいい奴ならばこれだけでなぜ俺が呼び止められたのかなんて、容易に予想できることだろう。

 

 

 そして悲しいことに俺は察しがよく、往生際が悪い男。 

 そんな男がとる行動は一つ。

 

 

「へえ、結構大きなイベントなんですねぇ。これは花咲川町民として見逃せないイベントじゃないですか。是が非でも見に行かなくちゃですね。いつやるんですか、これ? あっ、駄目だ。この日、親戚の法事があるんで見に行けないやぁ。くっそぉ、残念だなぁ。それでこのイベントがどうかしたんですか坂本さん?」

 

 

 しらばっくれる。

 まさにこれに限る。

 

 

 どうだ。

 非の打ちどころのない完璧な回答。

 自分で言っていてほれぼれするぜ。

 

 仕事を押し付けられる前に用事の捏造。

 しかし、これで仕事を頼みずらい状況になったはずだ。

 

 

 ふわキャラ選手権というどう考えてもキグルミが主役であろうイベント。

 うちのバイトに唯一あるキグルミ、ゴンザレスのエントリー。

 

 そして、そのゴンザレスを日ごろから着て業務をしている俺を引き留めてのイベントの認知確認。

 

 

 この三つの現場証拠から導き出される答えは一つ。

 

 

『死んでもそんなイベント出場してなるものか』

 

 

 先ほどの回答はそんな俺の断固とした意志の表れである。

 というか、この暑さの中ゴンザレスに入ってなにかするなんて冗談抜きで死ぬ。

 現代のもやしっ子舐めない方がいい。

 

 ふふん。

 だがどうだ、ぐうの音も出まい。

「親戚の法事」という言葉には手も足も出るまいて。

 

 

『親戚の葬儀』の次に便利な言葉『親戚の法事』。

 

 

 葬儀とは違い親戚の法事には仕事を休みにするほどの効果はない。だが、休日が仕事になることを事前に防ぐ効果がある。

 つまり他人が踏み入ることのできない聖域(サンクチュアリ)を作ることのできる社会人便利ワード。

 

 それが親戚の法事なのだ。

 

 ソースは俺の親父。

 だいぶ社会のゴミである。

 

 

「ああ、悪い。事後報告になるが、その日君をもうシフト入れてあるんだ」

 

 

 内心ドヤ顔を決め込んでいた俺の顔面に豆鉄砲が飛んできた。

 

 

 俺は鳩になった。

 

 

 鳩になったので「クルーポッポー?」としか言えなくなった、なんてことは決してなく「いやいや、話聞いてました? その日は親戚の法事なんで無理ですよ」と思いもよらぬ展開に露骨に焦る。

 

 

「いや、しかしだなぁ梔子。君の母親、このイベントの役員の一人で当日も出席するはずなんだよ。この日に法事があるだなんて私は全く聞いてないぞ?」

 

 意地悪な笑みを浮かべながら椅子の背受けに体を傾け胸を張りながら、器用に右手のペンを指先で遊ばせ始める坂本さん。

 

 うむ、やはり胸がない。

 男性説が濃厚だというのも頷けるほどの説得力がそこにはあった。

 

 

「えっ? って、あれぇ? よく考えたら法事があるのは来月でしたぁ。俺どうやら勘違いしてたみたいです、あははは……」

 

 

 完全なる藪蛇である。

 これ以上つつかれたらボロが出るのは明白。

 笑って誤魔化せるうちに誤魔化しといたほうが後々傷が浅くて済むだろうという考えのもとの軌道修正。

 

 

「そうか、それはよかった」といってニコリと柔らかく笑うその姿はまさに妖艶の言葉そのもの。

 この笑みに何人もの男性が精神を侵され人生を狂わされたというのだから恐るべしである。

 女性説支持者の多くはこの被害者たちだといっても過言ではないことだろう。

 

 

「それで、話を戻すとだな梔子。うちの会長……まあつまり私の上司にあたるんだが、その人がこのふわキャラ選手権に出て町民から知名度を獲得するなんてことを言い始めてな。急遽ゴンザレスでこの選手権に出場せねばならなくなった」

 

 

 ――毎度毎度、思い付きで口にしやがってあの老害が。

 

 

 と聞いてはいけない言葉が聞こえたような気がしたけど、聞いてはいけないので聞かなかったことにした。

 

 

「それでその日に君をシフトに入れた。その意味、分かるよな?」

 

 

 察しろとそういう事ですか……。

 

 

「いやいや、待ってくださいよ。知名度を獲得するってつまりその選手権で結果を出さなきゃいけないわけですよね? だったら尚更そういう事はもっとプロの人に頼むべきじゃないですか? そんな責任重大なこと一学生である俺に託されても困りますって」

 

 

 この流れは非常にまずい。

 このままでは押し切られて出場させられる恐れがある。

 

 

「安心していい。別に結果を出せとまでは私も言わん。そもそもこの選手権の評価基準も結構曖昧でな観衆の投票、印象、好感度で決まるくらいふわふわしている。ふわキャラ選手権だけにな。つまり正直出場さえすれば中に入るのは誰でもいいわけだ」

 

 

「だったら俺じゃなくてもいいわけですよね? ほらもう一人のゴンザレス担当のえーと……奥沢!! その奥沢って人でも全然いいわけですよね?」

 

 

 俺が先ほど知ったばかりの人物の名前を口にすると坂本さんは言いにくそうに頭を掻き出した。

 

 

「あー奥沢か……。あいつは少し特別でなぁ。花咲川代表として別枠出場がもう既に決まってるんだ。だから彼女には頼めないんだよ」

 

 

 速報。

 奥沢という人物は女性であることが判明しました。

 

 いや、今はそんなことはどうでもいい。 

 ことごとく俺の屁理屈が理屈で論破されていく。

 

 これでは雲行きが怪しくなる一方だ。

 

 

「だったら、その出場にあたり特別手当とかは支給されるんですか? 特別業務としての賞与などは?」

 

 

「いや。特にこの業務に際しての特別賞与は考えてないな」

 

 

 自分でもわかる。 

 今、己の瞳が光ったであろうことが。

 

 見つけた。

 つけ入るのならここしかない。

 

 

「通常業務とは異なる業務で恐らくある程度の運動を炎天下の中強いられるにもかかわらずこの業務に関しての有益なことが全くないなんてそんなの誰だってやりたくないですよ。それならまだ通常のビラ配りしてる方がよっぽどいいです、そうは思いませんか?」

 

 

 金銭的な問題ばかりは難しい。

 おいそれと独断で上げたり下げたりできるものではない。

 

 ここをなあなあにするといつの間にかそれが当たり前になり、気が付くと給料は変わらないのに仕事量だけが増えるという理不尽な状況が出来上がる。

 そしてその事実をさらに野放しにすれば今度は給料、仕事量は変わらないのにもかかわらず勤務時間を削られ始める。

 

 

 所謂『時短ハラスメント』である。

 

 

 これはすべて上層部の現場の環境に対する認識、理解の低さが原因である。

 

 

 どうだ。

 これでもまだ食い下がらんか。

 

 

 ――君のその仕事をしたくないとき、饒舌になるのには相変わらず目を見張るものがあるな。

 

 

 と半ば呆れられた雰囲気が漂う。

 

 

 何とでも言うがいい。

 俺はできれば楽がしたい。

 

 行動原理はすべてそれだといっても過言じゃない。

 

 

「では、こう考えるのはどうだ梔子。確かに選手権中は炎天下の中少なからず運動を強いられるだろう。そこに関しては私もそう思うし変な言い訳もしない。だがそれ以外はどうだろう? ほかの出場者がいる上、優劣を決める祭典である以上選手には審査順、逆を言えば待機時間があるわけだ。待機時間、言い換えれば休憩時間ともいえるな。その休憩時間でも給料が発生することになる」

 

 仮に一種目審査時間が十分だったとしてもエントリー人数が六人以上いれば最短一時間の待機時間が発生する。

 

 つまり、実質十分の労働に対し五十分の休憩時間が生まれる。

 だが支払われる時給は変動しないわけだから十分の労働が一時間分の給料と同等の価値になる。

 

 

 というのが坂本さんの意見。

 

 

「どうだ梔子? こちらの方が楽な仕事だとは思わんか? ん?」

 

 

「うっ……!!」

 

 

 物は言いようである。

 そういう視点から見れば確かに魅力的な。

 いやむしろ魅力しかないような気さえしてくる。

 

 

 いや……しかし!!

 

 

「まあ、お前がそんなに嫌だっていうなら仕方がない。私が代わりにゴンザレスに入って出場することにしよう」

 

 

 俺が優柔不断にも視線を泳がせていると坂本さんはそう結論を急がせた。

 すると、今度は何かを思い出したように独り言のように語りだした。

 

 

「ああ、そう言えば私はこのイベントに選手誘導係を任されているんだったなぁ。炎天下の中、給水もままならず日陰にも行けず、延々動き続けないといけない仕事だと言ってたっけなぁ。私は出れなくなるから誰か代わりのやつを宛がわなきゃなぁ。この日のシフトで手が空いてそうな奴はっと……」

 

 

 そう言ってこれ見よがしにシフトを取り出し確認しだす。

 これは最早、いやな予感しかしない。

 

 

「あれれー? ちょうどこの日、手が空いてるやつがいるぞ~。一体誰なんだぁ? このまるでお口にお経を書き忘れて怨霊に口をとられちゃいそうな名前のやつはぁ?」

 

 

 あ、どうも。 

 梔子宝一です。

 

 いや、というか『耳なし芳一』なんてすぐさま反応できる奴なんてどれだけいるんだよ。

 わかりずらいにもほどがあるだろ……。

 

 

 無言でその寸劇を聞く俺を全く気にも留めず大きい独り言はなおも続いた。

 

 

「これは大変だぁ。怨霊にお口を取られちゃう前に本人に確認取らなくちゃぁ!!」

 

 

 そこまで行ったかと思うと体ごと俺の方に向き一瞥する坂本さん。

 そして一言こう吐き捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――さあ、どっちがいい?

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 俺は無言でエントリー用紙に手を出した。

 

 

 

 労働マジ最高。

 

 

   

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