ほどほどに笑う君へ。   作:四十三ではない人

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負け犬と白馬の凱旋②

***

 

 

「今だぁ!! ボクは鳥になるクマッ!! ダラッシャァァァ!!」

 

 

 ふわキャラ選手権当日。

 

 

 俺は鳥になっていた。

 鳥となった俺は、この広い大空へと夢と希望と僅かなセンチメンタルを胸に羽ばたいた。

 風を、景色を、音すらも置き去りにした俺の体躯は、このまま己の輝かしい未来を体現するがごとく華麗に飛び出した。

 

 

 ――ゴンザレス選手!! 記録1メートル3センチです!!

 

 

 しかし、どうあがいても俺の格好は黒クマのゴンザレスであり、鳥とは似ても似つかない、見事にかけ離れた『ボン・ボン・ボン』の寸胴体型である。

 

 

 夢も希望もないセンチメンタルしか残っていない俺の体は重力に負け砂場へと墜落した。

 

 

 

 ふわキャラ選手権第一種目。

 

 

 

 

『走り幅跳び』

 

 

 

「はぁ……はぁ。ク、クマ……ァ」

 

 

 

 両手、両ひざを地面につけ仮装し助走し疲弊した体を支える。

 息を大きく吸い込んだ。

 

 

 今この時、一番言いたいことを言うがために。

 

 

 

 

「『ふわキャラ』関係ないじゃないかクマァァァ!!」

 

 

 

 

 あまりの体力推しの種目に俺は打ちひしがれ叫ばずにはいられなかった。

 肩で息をしながら振り絞った叫びもキグルミ内部で響くだけで外部まで届くことはない。

 

 

 日差しがギラギラッと容赦なく照り付けるふわキャラ選手権会場。

 まんまと坂本さんの口車に乗せられた俺は、約束通りこの炎天下の中ゴンザレスとして参加を果たしていた。

 

 

『ゴンザレス選手ありがとうございました。記録はアレでしたが見事な幅跳びでしたね』

 

 

 少々、棘のあるアナウンスを背中に選手待機所へとフラフラとした足取りで歩んでいく。

 というか、このアナウンサーよく見たら坂本さんじゃない?

 

 あれ? 

 誘導係は?

 炎天下の中、給水もままならない誘導係はどうしたの?

 ねえ、なんで本部テント元で涼しげに座ってるの?

 

 

 騙したの?

 うら若き純粋な少年を騙したの?

 

 

 汚っ!!

 大人ってホント汚いわ!!

 

 

『さあ、現在最高記録である”皇帝陛下選手”の記録を越せるふわキャラは果たして現れるのでしょうか?』

 

 

 いけしゃあしゃあとした口調でアナウンスの仕事を淡々と続ける坂本さん。

 

 

「……はぁ」

 

 

 そう、大きなため息を溢す。

 まあ、じゃあ逆に俺があの仕事をできるのかと聞かれれば簡単には返事はできなかっただろうし、結局最後にこっちを選んだのは俺自身の意思だ。

 

 

 文句の一つも言いたいが自分で選んだ手前、適当にはできない。

 これで不貞腐れて仕事を疎かにすれば結局悪いのは俺になる。

 

 文句を言うためにも俺はこのふわキャラ選手権を最後までやり遂げなければならない。

 

 

 

『それでは続きまして、エントリーナンバー35!! マリー・アンドロメダ選手です!!』

 

 

 そのアナウンスに導かれるようにつぎはぎだらけの紫色のウサギがスタートラインへと近づいていく。

 

 

 何とも眠そうな表情をしたウサギのキグルミである。

 その表情のせいなのか、やる気というやる気がないような印象を持ってしまう。

 

 うん。

 わかるわかる。

 このクソ暑い中、走り幅跳びなんてやる気出ないよね。

 

 しかも、記録が高かろうが低かろうが結局は観客の投票で結果が決まるインパクト残したもん勝ちの印象勝負とくれば、もはや走り幅跳び自体の結果なんてあってないようなもんだ。

 

 そうなれば、もうなんというか何を頑張ればいいのかすらわからない。

 

 

 俺なんてインパクト残そうとして頑張った挙句、結局何もいい案が浮かばず虚言を叫びながら普通に飛んじゃったからね?

 

 自分でも何をしたかったのかすらわからない結果に終わったけど。

  

 そういう意味では、あの時の坂本さんの棘のあるアナウンスはインパクトを残すための印象操作ともとれる。

 

 

 いやホント汚いね大人は。

 

 

 

『それでは、跳んでいただきましょう!! どうぞ!!』

 

 

 

 その合図と共にスタートを切るウサギのキグルミ。

 

 もはや此処までくるとほかの選手がどうやってインパクトを残そうとするのかの方が気になる。

 いやはや、どうなるどうなる?

 

 

 

 ――――!!

 

 

 

 会場が観客のどよめき声で沸き上がった。

 

 

 

『マリー選手、跳んだー!! 記録、3メートル98!!』

 

 

 

 目が点になる。

 

 

 ――花咲川軍のキグルミは化け物か……!!

 

 

 そう思わざるおえないほどの跳躍の結果がそこにはあった。

 キグルミを着ているとは思えないほどの助走と跳躍。

 

 

 もう、なぜ紫色で銀河を名乗っているのかが分からない。

 

 

 赤色にして彗星名乗れよ。

 多分、ステータス三倍くらい跳ね上がるから。  

 

 

 というか、印象勝負としてはこれ以上のインパクトなどあり得ない。

 暫定一位の記録を大きく更新しての玉座への君臨。

 

 

 これはもはやこの走り幅跳びの一位は名実ともに確定だろう。

 何というか、先に跳んでいてよかったと心の底から思う。

 正直この記録の後に跳ぶのは、かなり恥ずかしい。

 

 

 この後に控えている選手には本当に同情する……。

 

 

 

『それでは続きまして!! エントリーナンバー36……』

 

 

 ――ミッシェルー!! がんばってー!! 宇宙へ行くのよー!!

 

 

 そんな聞き覚えのある声が聞こえた。

 その声の方を向くとやはり見たことのある集団が目に入る。

 

 

「さあ、跳ぶんだミッシェル!! 銀河の彼方へ!!」

 

 

 見覚えのある宝塚俳優のような人物。

 

 

「あっ。薫様だ……」

 

 

 それともう一人は確か、花音先輩……だったけ? 

 あの路地裏ですれ違った人物。

 

 

『ハロー、ハッピーワールド!』

 

 

 その御一行。

 

 

 ぬ? 

 メンバーがだいぶ足らないような気がする。

 あの子は?

 

 北沢さんちのはぐみちゃんは?

 

 

 あとはあの『キグルミの人』……。

 

 

 

「あぁ……」

 

 

 

 彼女らの視線の先を見て理解する。

 スタート地点へと歩み寄る『ピンク色のクマ』。

 

 

 ――彼女も出ていたのか。

 

 

 そんな感想。

 彼女も出ているからと言って『だからなんだ』という話でもあるのだけれど。

 

 

 思い出すのは、あの猛暑の日に脱水症状手前まで来て意識朦朧としていた彼女。

 そんな姿を見たことのある俺が思う事。

 

 

 大したことではないが。 

 まあ、あれだな。

 

 

 

「……元気そうで何よりですわ」

 

 

 

 坂本さんの合図と共に走り出すピンクのクマを見ながら俺は。

 

 

 そう呟いたのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 ふわキャラ選手権第二種目。

 

 

 

『社交ダンス』

 

 

 ふわキャラとは何なのか。

 おそらくその答えがこの社交ダンスという種目に詰まっているのだと信じたい。

 

 

 えっ? 

 走り幅跳び? 

 あれもきっとふわキャラに関係がある。 

 

 多分あれ。

 ふわキャラの『ふ』の部分と関係が深いんじゃないかなって個人的には思ってる。

 

 

 そうでも思わないとやってられん。

 

 

 

 結果も予想通りのシャア専用キグルミの独走。

 俺こと、ゴンザレスの結果はというと下から数えさせれば幼稚園児のすうじのお勉強に丁度いいんじゃないかなって位の順位だったとだけ言っておく。

 

 

 

 しかし、この社交ダンス。

 最悪なことに『待機時間』が存在しない。

 

 出場者全員で同時に行うため待機する時間が発生しない。

 つまり、坂本さんが提案していた待機時間=休憩時間という公式が当てはまらない。

 

 

 いや待て。

 最初の種目に待機時間があったから気にしてなかったけど、この後の種目も全員同時参加型だった場合、坂本さんの理論は根底から破綻するんじゃないか?

 

 今現時点じゃなんとも判断できないが、もしもそうだった場合俺は本当に坂本さんにはめられた形になるのではないか?

 

 

「坂本さぁん♡ 一緒に踊ろうクマぁ♡」

 

 

 俺は、軽い足取りで坂本さんのいる本部テントに訪れた。

 この社交ダンスという種目、ふわキャラ本人がダンスの相方を選んでいいというルール。

 

 そう言われたら俺が選ぶのは当然一人しかいない。

 

 

「おっ、ゴンザレス。思ったより元気そうじゃないか。君のことだからもっとぷりぷり怒っているんじゃないかと思っていたんだがどうやら杞憂だったみたいだな」

 

 

「な、なに言ってるんだクマぁ。ボクが怒るわけないじゃないかクマぁ。ほ、本当に坂本さんは面白い人だクマぁ」

 

 

 

 説明をさせて欲しい。 

 俺だって好きでさっきから語尾に「クマぁ」をつけているわけじゃない。

 

 

 これはこのふわキャラ選手権エントリー時に坂本さんが決めた『ゴンザレスの設定』なのだ。

 

 

 その設定を抜粋し並べるとこのような感じになる。

 

 

 

『語尾に”クマぁ”をつける』

 

 

 まあ、これはまだわかる。

 語尾を固定するのは単純かつあり来たりではあるが個性を出すという意味ではメジャーであり違和感がない。

 

 

『リンゴが好物』

 

 

 いいじゃないか。

 子供が好きなものを好物に設定することで共感と親しみやすさを匂わせる。

 これも単純だが効果的だ。

 

 

『名前を書くと書いた名前の人とお友達になれる”ダチ・ノート”を持っている』

 

 

 ここらへんから「ん?」という疑問詞が出てくる。

 まあ、個性を出すなら一つくらい奇抜な設定があってもいいかもしれない。

 そう思って流せるような設定ではある。

 

 

『暇だったからダチ・ノートを人間界に落として自分も人間界に降りてきた。ゴンザレスの姿はノートに触れた人しか見えない』

 

 

 何か既視感を感じる。

 どこかで聞いたことのあるような設定なような気がするくらいの小さな既視感。

 いやでも設定の掘り下げは大事だし、細かく決めれば古今東西、幾多数多の物語がある以上どこかで被るのは仕方がない、とどうにか割り切れる範囲。

 

 

 これで死神だったらアウトだけど。

 

 

 

『実は死神』 

 

 

 

 真っ黒だった。

 きっとゴンザレスはいつか「ボクは新世界の神になるクマぁ!!」とか言うんじゃないかな?

 って思った。

 

 超意識高い系。

 将来有望にもほどがある。

 

 

 やばい、消される。

 何かよくわからない意思で消される。

 

 

 そしてその坂本さんが作った設定を俺がどうにかぼやけにぼかし、体現させたのが今のこのキャラクターなのだ。

 

 

「逃がさないクマぁ。坂本さんもボクと一緒に体を動かすクマぁ」

 

 

 さあ、このお日様の下でダンシングだクマァ!!

 貴様も道連れだクマァ!!

 

 

「悪いが私は役員の仕事でここを離れるわけにはいかないんだ。だがそれでは君の相方がいないだろうから代わりを探しておいた」

 

 

 そう言い、手招きして誰かを呼ぶ坂本さん。

 

 

 代わり? 

 一体誰だ?

 

 なんて思案を巡らせたとき、思い出した。

 思い出してしまった。

 

 そういえばこの会場には俺の『知り合い』がもう一人いるということを。

 背中から嫌な汗が噴き出す。

 

 

 

 ――宝一!!

 

 

 

 そう、ゴンザレスの中の名前を呼ぶ人物。

 

 

 今選手権の役員の一人。

 

 

 

 ――俺の『母親』である。

 

 

 

 堪らずその人物を宛がった存在に視線を向ける。

 

 

「因みにインパクトを出すために君が母親と踊るという情報はすでに触れ回っておいた。存分に楽しんできてくれ」

 

 

 坂本さんは悪びれず、さわやかにほほ笑んできた。

 

 

 

「Shall we dance?」

 

 

 

 とだけほざいて。

 

 

 

「クマぁぁァァァ!!」

 

 

 

 実の母親と踊るという俺だけの公開処刑決定の瞬間であった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 結果は三位でした。

 一位でも二位でもなく三位でした。

 

 

 大健闘? 

 健闘を称えるには犠牲を多く出しすぎたんじゃないかなってゴンザレスは思うな、うん。

 

 肉体の疲労はまあ何とか耐えられるさ。

 でもまさか精神攻撃までされるとは思わなかったな。

 

 

 途中からあのハロー、ハッピーワールドの人たちが乱入して踊り始めたため観客の意識が分散されたから一命は取り留めたものの正直、一歩間違えれば大声出して逃げ出してたかもしれない。

 

 

 なんかもう順位とかどうでもいい。

 終わってくれた、その事実だけが俺の癒しだ。

 

 

 

『続いてのふわキャラ選手権第三種目は――』

 

 

 俺がここま疲弊した原因を作った元凶の声が響き渡る。

 

 

 もういい、わかった。

 このふわキャラ選手権がまともじゃないことは十分わかったから。

 

 次は何?

 穴でも掘らせるか? それともいっそのことナンバープレートに点数つけて奪い合いさせるか? 何なら釣り竿だって持ってくるぞ俺は。

 

 

 

『風船配りです!!』

 

 

 

 という坂本さんの声。

 

 

「……あれ? まともだ……」

 

 

 ここに来て初めてふわキャラっぽいことを競う種目。

 

 

『ルールは簡単!! 時間内に観客の子供たちにより多くの風船を配れたふわキャラたちの中で一番票が集まったキャラクターが勝者です!!』

 

 

 紛らわしっ……!!

 だから最終的にインパクト勝負になるなら種目設定の意味が全くない!!

 

 

 いや、まあ確かに現実問題、子供の数という分母が少ない対象をターゲットにするのなら風船の数を基準にしたら勝負にならないのは事実だ。

 

 

 だとすれば、対象が子供である以上下手に手の込んだ小細工は無意味。

 その限られた条件の中、確実に票を集めるのなら手段は一つ。

 

 

『猫かぶり』である。

 

 

 ここはバイトとはいえ本業職の腕の見せ所というわけか。

 

 

 

『それでは風船配り……スタートですっ!!』

 

 

 

 そういえば、これも全員同時参加型の種目だよな。

 結局坂本さん理論が実証できたのって最初の走り幅跳びだけじゃね?

 いや、やめだ。考えるのはやめよう。

 

 考えれば考えるほどドツボにはまるのは目に見えてる。 

 

 

「クマぁ~!! みんなぁ、ゴンザレスだクマぁ!! みんなボクと一緒に遊ぶクマぁ!!」

 

 

 そう大きな声で子供たちの方へとよちよちとした歩みで近づいていく。

 

 

 子供たちは一様に皆少なからず警戒している。 

 それもそうだろう、子供たち側からすれば意味も分からずにこの種目の一部として放り込まれたという形なのだから。

 

 そりゃ怖いさ。

 

 親もその姿をほほえましく見ているだろうが子供たちからすればなぜ一緒に来てくれないのかわかっていない子もいるだろう。

 

 そういう子はなおのこと警戒心が強くなる。

 この警戒心を解くのが一番重要。

 

 警戒心のない活発な子は放っておいてもいい。

 そういう子は自分で勝手に貰いに来る。

 だが勝手に貰いにくる子はいちいち貰ったキグルミが誰かなんて覚えてない。

 そういう子供は風船をもらうことが目的ではなく『風船を集めること』が目的になる場合が多くなる。

 そうなればなおのこと覚えてはもらえない。

 そういう手合いを対象にするのは効率が悪い。

 

 

 つまりこの場合、警戒心が強い子を狙い確実な票を稼ぐことこそが効率がいい。

 

 

 その差は子供たちの風船取得数で確認できる。

 風船の取得数が少ない子はそれだけキグルミと接触していないという証拠になる。

 

 つまり印象の上塗りがしやすくまた、記憶に残りやすいということだ。

 

 

「はいっクマぁ!! 君のカッコイイ服と同じ赤色クマぁ!!」

 

 

「あ……ありがとぅ」

 

 

 ――どういたしましてクマぁ!!

 

 

 あとはひたすら可愛く、元気よく。

 印象に残りやすいよう一言言葉を添えるのも効果的だ。

 

 誉め言葉でも何でもいい。

 

 

 どうだ、トーシロー共!!

 印象残せてますかぁ?

 

 

 ――――…………!!

 

 

 そんな己の美技に酔いしれていると不意に会場の一角からあわただしい音が響いてきた。

 

 

 うん? なんぞ?

 よくよく聞けばもっとリズムカルな。

 打楽器のような。

 

 打楽器? 

 つまりは音楽?

 

 

「ま、まさか……」

 

 

 その音のする方を直視すれば子供たちがあのピンク色のクマのもとへと集まっている。

 クマの傍らにはマーチングスネアを携えたあの気弱そうな少女、花音先輩とやらが独奏していた。

 

 彼女の演奏に興味を持った子供たちがあれよあれよと人だかりを築き上げていく。

 

 

「『バンドワゴンの誤謬(ごびゅう)』だと……!?」

 

 

 バンドワゴンの誤謬を用いた『バンドワゴン効果』を狙っているのか!?

 

 

 ま、まずい!!

 バンドワゴン効果なんて子供には効果覿面だ!!

 

 

『人気があることが人気の理由なっている状態』

 

 

 昔選挙演説の際、バンドワゴン車を引き連れ演奏しながら演説を行い市民にインパクトと印象を与え投票数を稼いだということから生まれた言葉。

 

 

『バンドワゴンの誤謬』

 

 

 現代の選挙でやったら一発退場の違法行為だぞ!?

 だけどこれは選挙ではないから全然いいのか!?

 

 ルールがふわふわにもほどがあるぞ!

 

 セコイッ……!!

 セコすぎる!!

 

 

「……駄目だこりゃ」

 

 

 あんなのやられちゃ印象を残すもクソもない。

 

 

 集まる子供子供一人に風船を手渡していくピンクのクマ。

 子供たちも目を輝かせて彼女らのもとではしゃいでいる。

 

 実に嬉しそうである。

 少なくともあの場にいる子共たちは全員笑っている。

 

 

「……ふむ」

 

 

 ここからどうあがいても印象の上塗りなんかできない。

 いや、違うな。

 

 

 できないのではない。

 

 

「――しちゃいけないんだな」

 

 

 そう思ってしまった時点で俺の勝ちの芽はない。

 まさに完敗である。

 

 子供たちの今日という思い出にしゃしゃるべきではない。

 

 

「まっいいか」

 

 

 素直に拍手を送りましょう。

 

 

 

 

***

 

 

「い……今だ。ボクは鳥になる、ぅ……。クマぁぁぁ」

 

 

 俺は鳥ではありませんでした。

 地面を這いつくばる芋虫さんでした。

 

 芋虫さんなので地面に這いつくばることにしました。

 

 

「殺せぇ……いっそ殺せぇ」

 

 

 ふわキャラ選手権最終種目。

 

 

 

『マラソン』

 

 

 

 死屍累々。

 戦々恐々。

 阿鼻叫喚。

 

 

 現代の地獄絵図がここにはあった。

 

 

 花咲川町を一周する全員同時参加型種目。

 

 

 もう坂本さんに騙されたことはどうだっていい。

 いや、正直どうでもよくないけど、そう思えるほどにどうでもいいところまで来てる。

 

 

 ああ、くそ。

 なんで俺はこんなことしてるんだ。

 

 これも仕事だ。

 俺の任された仕事だ。

 

 

「はあ……、はあ……」

 

 

 そりゃきついさ。

 やりたくなかったさ。

 

 別に俺がしなくちゃいけない仕事でもない。

 俺しかできない仕事でもない。

 

 誰だってできる。

 

 今この時にこのゴンザレスのキグルミを脱いで誰かに代わりを頼んでもゴンザレスという選手は元気にゴールして仕事を完遂したことになる。

 

 

 これはそれっぽっちのことでしかない。

 

 

 努力しても何も残らない。

 極論、俺には優勝したって一銭の価値もない。

 

 

 月末にいつもどおりの給与が振り込まれるだけだ。

 

 

 それで終わり。

 最後まで完遂しようがサボろうが行きつく先に違いはないのだ。

 

 

 そんな努力に何の価値がある?

 

 

 俺は平凡だ。

 真面目にもなれずサボることもしない普通の蟻だ。

 

 

 どうしようもないほどの負け犬。

 坂本さんのような人物こそが勝ち組の名に相応しい。

 

 

 俺はあの人のようにはなれない。

 

 

 それは俺がまだ子供だからなのか? 

 大人になれば行きつく境地なのか?

 

 

 俺はあの人のようになりたいのか?

 そりゃなれるならあの人のように生きたいさ。

 

 

「ダラッシャァァァ……!!」

 

 

 真面目は美徳か?

 真面目は惨めだ。

 

 半角一文字違うだけでこれだけ変わる。

 

 

「だったらどうしたぁ……!! 俺には関係ないわぁぁぁ!!」

 

 

 そう所詮は他人事。

 隣の芝生が青く見えるのは青く見せるために努力した結果だ。

 

 

 過程なんてどうでもいい。

 この世は結果しか残らないようにできている。

 

 坂本さんが羨ましい?

 それはあの人の努力を知らず結果だけを見ている証拠だ。

 

 

 そのくせ自分は過程を見て評価して欲しいなんてちゃんちゃらおかしな話だ。

 

 

 俺は今努力した。

 だったら結果を残して然るべきだ。

 

 

 ここで諦める奴は……。

 

 

 

 ――本当の負け犬だ。

 

 

 

「もう……ムリぽ」

 

 

 

 でも僕は負け犬じゃなくて芋虫さんなので地面に這いつくばることにしました。

 地面大好き。

 

 もうボク一生地面から離れない。

 

 

「いや、ちょっとホント頑張って根性出してみたけど……これは冗談抜きで無理だって」

 

 

 これは本気で死ぬ。

 キグルミ着てやることじゃないもんマラソンなんて。

 

 

「もう……ボク、ゴールしていいかなぁ?」

 

 

 さよなら現世。

 ハロー、ハッピーワールド……。

 

 

 

「はぁ……はぁ……み、水ぅ」

 

 

 

 俺が世界と一つになろうとした意識の狭間からそんな声が聞こえてくる。

 狭間というか真横だった。

 

 

 このふわキャラ選手権の合間いくとどなく目にしたピンク色のクマ。

 あの時のキグルミの彼女。

 

 その姿があった。

 

 彼女は今も懸命に歩みをおのれの前へと進ませていた。

 

 

 何のために頑張っているんだ?

 バンドのためか?

 

 そりゃ、彼女が優勝すれば彼女たちのバンド名は今よりも知れ渡るだろう。

 

 

 それを彼女一人で?

 ほかの人たちは?

 

 

 彼女一人に任せているのか?

 確かに彼女たちは協力してこの選手権に臨んでいた。

 

 主催者側が認めている以上卑怯だと言う気もない。

 

 

 いや、協力してくれたからこそ彼女は今一人でこうして諦めずに走っているのだろう。 一人ではないから、努力を見ていてくれる人たちがいるから頑張れるのか。

 

 

 ――世界を笑顔に!!

 

 

 出来るかなではなく、やっているのだ彼女たちは。

 邁進しているのだ。

 

 少なくとも風船配りで俺はそう感じた。

 

 

 それなのに俺は一体どうだ?

 彼女たちの志を無理だと一方的に決めつけ毒づいた。

 

 

「はぁ……はぁ……俺には関係ない……」 

 

 

 と、割り切るのは簡単だ。

 

 対抗心だとか、嫉妬だからとそんなものではない。

 本当に単純な動機だ。

 

 

「チクショウ……」

 

 

 生まれたての小鹿のように震える足に喝を入れて奮い立たせる。

 それはただただ単純なこと。

 

 

「女の子が走ってるのに、男が諦めるなんてみっともない真似できないでしょうが……」

 

 

 

 ――クマぁぁァァァ!!

 

 

 

 人間結構頑張れるもんだと今更ながらそう感じた。

 

 

 

***

 

 

『優勝は同率一位のマリー・アンドロメダ選手とミッシェル選手です!!』

 

 

 沸き上がる会場をしり目にため息をつく。

 まあ、まあ予想どおりの結末である。

 

 思い返してみても全然目立ってなかったし期待するだけ無駄ではあったのだが。

 

 しかし終わってみてもやはり得られたものというのが全くない。

 まあ、これもわかっていたことさね。

 

 

「お勤めご苦労だった、ゴンザレス」

 

「あ、坂本さん。お疲れ様です。もう表彰式の方はいいんですか?」

 

「私が担当の仕事はもう終わったからな、あとは会場の後かたずけくらいだ。まあそれなりに人がはけるまで待機といったところだな」

 

 

 うぇ、この後にあとかたずけまでするのか本当に大変だな。

 

 

「もう、俺ってゴンザレス脱いでいいんですかね? なんかこのままだと脱ぐタイミング失いそうなんですけど」

 

 

 さすがにゴンザレスの中は汗でべとべとだ。

 さっさと脱いで楽になりたい。

 

 

「さっきまで更衣室に人がごった返していたがもうだいぶすいてきている頃合いじゃないか? またもう少しすると後続組が着替えに向かいだすだろうから今のうちに行った方がいいかもな」

 

 

 うお!! まじか。

 ならばすぐにでも行かねば。

 

 俺が急いで更衣室に向かおうと坂本さんに背を向けたところで「梔子!!」と呼び止められる。

 

 

「大変だったか?」

 

 

 という質問。

 

 

「くそ大変でした」

 

 

 と即答する。

 その返しに「ふふっ」と笑う。

 

 その笑みに不覚にも「どきっ!!」としてしまう。

 

 

「着替え終わったら私のところに来い。少しばかりだが労いの品を渡してやる」

 

 

 ――いらんのならば来なくていいがな。

 

 

 そう言って後ろ姿で手を振りながら立ち去る坂本さん。

 

 

「……」

 

 

 ああいうところがあるから嫌いにはなれないんだろうなぁ、と漠然と考える。

 

 

「はよ着替えよ」

 

 

 さっさとこのゴンザレスの姿ともお別れだい。 

 今までにないほどの軽い足取りで更衣室へと向かう俺。

 

 その正面から見たことのある人物がやってきた。

 

 

「……あ」

 

 

 キグルミの人だった。

 あのピンク色のクマのキグルミの人が目の前からやってきた。

 

 名前なんだったかなぁ。

 あのピンクのクマの名前も忘れちゃったからなんか地味に不便だ。

 

 ミカエルだったかミケランジェロだったかそんな感じの名前だったような気がするんだけど。 

 どうでもいいことは結構覚えてるのにこういう事はなかなか覚えられないのは昔からの悪い癖だと思う。

 

 

「あ、お疲れ様です」

 

 

 そうねぎらいの言葉とともに軽い会釈をして立ち去る彼女。

 俺もそれをまねするように一拍遅れてお辞儀を返す。

 

 

 礼儀正しいなぁ。

 まあ、この会場でキグルミを着ている人物で疲れていない人はいないだろうけども。

 

 そう思いながら更衣室へと足を進めるもその足も再びかけられる声で妨げられてしまう。

 

 

「すまない。そこの『クマの子猫ちゃん』。少しいいかな?」

 

 

 へ? クマの子猫ちゃん?

 とそう訝しみながら声のもとへと振り返る。

 

 

「あ……薫様」

 

 

 ついつい目の前の人物の名前を口にしてしまった。

 

「おやおや、君のようなかわいい子猫ちゃんに覚えてもらえているなんて、なんて光栄なことなのだろう。自分で自分のことが恐ろしいよ」

 

 

「え? はぁ……そうですか?」

 

 

 ちょっと、だいぶ想像していたのと違う。

 なに、え? こういう感じの人なの?

 

 

「えっと……それで何の用ですか?」

 

 

「おや、緊張しているのかい? 語尾の『クマ』を忘れているじゃないか。そんなに怯えないでくれ」

 

 

 うそ? まだその設定続けないといけない感じなのこれ?

 

 

「……ぼ、ボクに何の用クマかぁ?」

 

 

「おっと、すまない。ここで君にそっくりなミッシェルを見なかったかい? 探しているんだが見失ってしまってね」

 

 

「み、ミッシェルクマぁ?」

 

 

 そうだ確かそんな名前だった。

 あの北沢さんちのはぐみちゃんもそんなこと言って様な気がする。

 

 

 というか、ミッシェルってさっきの女の子のキグルミだよな?

 だったらもう着替え終わってるんじゃないか?

 

 

「さっきすれ違ったクマぁ。ほらあそこにいるクマぁ」

 

 

 そう言って先ほどの彼女を指さすと、彼女は慌てたような様子でこちらへと駆け出してきた。

 

 

「ちょっと薫さん!! 何やってるんですか!!」

 

 

「なにって、ミッシェルを探しているんじゃないか。一言ねぎらいの言葉をかけたくてね」

 

 

 うん? 話が見えないぞ?

 ミッシェルってあのピンククマだよね?

 

 あれ? 彼女のこと言ってたんじゃないの?

 

 

「あーもう!! だからミッシェルはもう帰ったんですってば!! ほら薫さん!! ゴンザレスも疲れてるんですから休ませてあげてください!!」

 

 

 その言葉に心底残念そうな表情をする薫様。

 

 

「そうか。ミッシェルも今日は一段と輝いていたからね疲れてしまっても無理はない。仕方がない、労いの言葉はまた今度にするとしよう。すまないね、美咲」

 

 

 速報。

 彼女の名前が美咲であることが判明しました。

 

 知ってどうするのよ?

 呼ぶ機会があるわけでもないのに。

 

 

 

「よびとめてすまなかったね。それではまた会おうクマの子猫ちゃん!!」

 

 

 

 そう言って手を引かれながら連れていかれる薫様。

 

 

「クマの子猫ちゃんって……」

 

 

 それ最早ただの『レッサーパンダ』なんですがその……。

 

 

「ゴンザレスって言ってたよな、さっきの美咲って子」

 

 

 元々は認知度を獲得するための出場だった。

 そう言う意味でなら彼女一人にでも覚えて貰えただけでも努力した価値があったのかもしれない。

 

 

「一人に覚えてもらってもなぁ」

 

 

 そんな嵐のような出来事を最後に俺のふわキャラ選手権は幕を閉じたのだった。

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