「とは言ったものの……」
ゲッカビジンは私室で独り言ちる。
件の団長は他の男とは違うと確信めいた思いがあったもののやはり心配である。
彼の信頼を裏切るような真似であることは百も承知だが間者を騎士団へ送ることにした。
自警団に所属する忍の名前を空へ呼ぶ。
「――オトギリソウ」
「はいはーい!」
名前を口にすると快活な声が部屋に響いた。
隠密を主とする忍とは思えない元気の良い返事とともにゲッカビジンの前に登場する。
「この前来た騎士団長を知っているかしら?」
「え!?騎士団長が来たの?なんでなんで!騎士団長なんてみーんな権力を笠に着て威張ってるだけじゃん!もしかして、ナデシコちゃん連れ去られちゃったの!?」
団長が来た件についてオトギリソウに説明をする。
「オトギリソウ落ち着くでありんす。ナデシコは自分の意志でついていったわ。けど、信頼のおける相手でもやっぱり心配だから」
「脅せばいいの?」
直球の言葉に頭を抱えるゲッカビジン。
それでも何とか言葉を口にする。
「いいえ、監視して頂戴。ナデシコも先に行っているけれどナデシコには内緒よ。万が一ナデシコがひどい目にあっていたら報告してくれるかしら?」
「はーい!忍法ゲッカビジンちゃんの前から消えるの術!」
大きな声でそう言うとゲッカビジンの前からいなくなったのだった。
………
……
…
一方団長は桃源郷から戻り、普段通り執務を行っていた。
戻ってからというものの特に波乱が起こるわけでもなく過ごしていた。
ナデシコはアブラナたちとの仲も良好でお互いに切磋琢磨しているようだ。
「こんなもんかな」
椅子に座ったままグッと伸びをしてお茶を啜る。
花騎士の皆は城の訓練場で訓練をしているし、ナズナも外出していて一人だ。
ナンテンと会うまでは一人旅を続けていたのに一人になるのも久々だと感じた。
ちょっと休憩がてら散歩でもするかと椅子から立ち上がった時だった。
「いっくしょんっ!」
「ん?誰かいるのか?」
自分以外にいないはずの部屋にくしゃみをする声が響いた。
普通の人間からしたら不気味な現象なのだが、当の本人は割と暢気である。
声が聞こえた壁を見つめているとプルプルと震え始める。
「……はわわわ、バレちゃった!」
そんな声とともにバサッと壁柄の布が取り払われ、忍が現れた。
その姿をまじまじと見つめ団長は言葉を口にする。
「うちに忍び込むなんて面白い奴だなぁ」
「うぅ、バレちゃったならしょうがない……。私は桃源郷から来たオトギリソウだよ。団長さんを密かに監視していたのだ!」
忍の概念が揺らぐが自分の出自を包み隠さず団長に伝えるオトギリソウ。
その言葉に団長は少し思案した。
「桃源郷?ふむ、ナデシコに聞いてみるか」
「そうだ!ナデシコちゃんどこにいるの!?」
「ナデシコは今日は城でうちの花騎士たちに稽古をつけてるんじゃないか」
「ほんと?ナデシコちゃんにひどいことしてない!?案内してくれないと私信じないよ!」
「してないさ。ナデシコは大切な仲間だぞ?そこまで言うなら一緒に行ってみるか」
そう言ってオトギリソウを連れて廊下を歩きながらオトギリソウとそんなことを話していると曲がり角から汗を拭きながらこちらに向かって歩いてきていた。
「おーい、ナデシコ」
「どうかしましたか?団長さ――」
「忍者拾った」
「あ、ナデシコちゃん!見破られちゃった!」
「す、すみません団長さん!その子はオトギリソウといい、桃源郷に所属している忍者なんですが…」
オトギリソウと同じ紹介をするナデシコに思わず苦笑する。
「あぁ、本人からさっき聞いたよ」
「どうして来たんですかオトギリソウ」
「団長を監視する任務だったんだけどあっさりばれちゃって…」
頭を抱えるナデシコ。
監視対象にあっさり見破られ、しかも縁がある自分のところへ連れてこられている。
言ってしまえば桃源郷は騎士団を信用していないということの証左であるし、桃源郷と騎士団の信用問題になりかねない。
「なるほどな。それならもっと良い方法を教えてやろう」
「え!?なになに?」
「うちの騎士団に入って一緒に生活すればいい」
「あ、そっか!」
「そっか!じゃない!」
十中八九ゲッカビジンさんの差し金だと思う。
きっと私のことを心配してくれたのだとナデシコは考えた。
けど、団長さんからしたら穏やかじゃないだろう。
「団長さん、いいんですか?」
「いいだろ別に。ゲッカビジンが心配するのもわかるからな。ま、有用な人材遊ばせてるのはもったいない」
「そ、そうですか……」
当の本人(騎士団長)はそんなことは気にしていないようだった。
オトギリソウが来たのは十中八九ゲッカビジンさんの差し金だと思うけど……
そんなことを考え気落ちするナデシコだった。
………
……
…
「ねぇ、団長さんはどうして騎士団長になったの?」
オトギリソウが騎士団に所属してからしばらく経った頃。
ある日膝の上に座っているオトギリソウがそう聞いてくる。
「私権力を笠に着た大騎士団はだいっっきらい!皆いばっちゃってさ!あ、でも、団長さんはそんなことないから好きだよ」
「はは、威張れるほどでかくないからな。ふむ、……どうして、か」
少し思案して話を続ける。
「あるところに少年がいたんだ。ただ優しいだけの少年がな」
だが、結局優しいだけじゃ何も守れなかった。
だから、少年はただひたすら強さを求めて旅を始めた。
何者にも負けないために。
大切なものを二度と失わないために。
「ねぇ、団長さん。……その男の子は今幸せなのかな」
「……さて、な。旅を始めた頃と変わってないのかもしれないな」
ここではないどこか遠くを見つめそう言う団長。
それを見たオトギリソウはぎゅっとこちらに抱き着いてくる。
「悪い。変な話したな」
「ううん、今団長さんといて私幸せだから、その子にも幸せが届くといいなぁって」
「……ありがとな」
団長はぼそりと呟いたのだった。
「なんで団長さんがお礼を言うの?」
「なんとなくだ。オトギリソウにはいつも世話になってるからな」
「私、団長さんの役に立ってるってこと!?それだったらすごい嬉しい!」
そう言って笑顔を見せるオトギリソウ。
団長は優しくオトギリソウの頭を撫でるのだった。
………
……
…
オトギリソウがゲッカビジンへ任務の報告をするというので桃源郷へ向かう団長とそれに付き従うナデシコとオトギリソウの姿があった。
「ふんふんふーん♪」
「嬉しそうだな」
「ゲッカビジンちゃんにちゃんと任務遂行してますって報告できるからね!」
ちゃんと任務を遂行できているかはさておいてゲッカビジンには桃源郷にオトギリソウたちを連れて向かうことを先に伝えてある。
事後報告にはなるが、オトギリソウが騎士団に入りうまくやっていることとナデシコの近況報告だ。
ナデシコには好きにベルガモットバレーに帰っていいと言っているが、中々俺のそばを離れたがらないのだ。
「オトギリソウ、私たちは団長さんの護衛です。気を緩めてはいけませんよ」
「はぁい……わっと」
転びそうになるオトギリソウを抱き留め手を差し出す。
「どうしたの?団長さん」
「オトギリソウはよく転ぶから手つなぐか?」
「……うんっ!」
オトギリソウは差し出された手をきょとんとした顔で見つめていたが喜色満面で団長の手を握った。
「えっへへ♪嬉しいなっ」
「全くもうオトギリソウは……」
そう言いながら空いているこちらの手をちらちらと見るナデシコ。
「……ナデシコも手つなぐか?」
「だ、団長さんが言うならしょうがないですね……」
にやけまいとしながらもナデシコは手をつなぐ。
そうして一行は桃源郷にたどり着いた。
『いらっしゃいませ、クロノ団長様』
そんな横断幕と共に歓待で迎えられる。
「す、すごい人気ですね団長さん」
「……んー、まぁそうかもなぁ」
ナデシコとオトギリソウの手を放しポケットに手を入れる団長。
どこか腑に落ちない様子の団長は歓迎されながら旅館桃源郷へ向かったのだった。
………
……
…
「お待ちしておりました、団長様」
恭しく首を垂れるのはこの旅館の女将ハナショウブだ。
「あぁ、ゲッカビジンは奥か?」
「え、あ、はい……」
その言葉を聞くとスタスタと廊下を歩き、部屋に向かう。
ゲッカビジンがいるであろう部屋の襖を軽く叩き、声をかける。
「入るぞ、ゲッカビジン」
「――はい」
襖を開けると居住まいをただしたゲッカビジンとその両脇にこの旅館の仲居であるハゼランと刀を携えた女性がいた。
刀をナデシコに預け、ゲッカビジンの前にある座布団に座る。
「外のはゲッカビジンの指示か?」
「……、私の指示ではございませんが、結果的にはそうなってしまったと言うばかりです」
「そうか。じゃあ、外にいる奴らに伝えてくれ。俺は逃げも隠れもしない、とな」
「お怒りにならないのですか?」
「何に対してだ?」
「貴方を監視する名目で忍を隠して派遣したこと。そして、貴方を値踏みするような不躾な衆人環視の中に置いたことです」
「なんだそんなことか。別に気にしてないぞ」
あっけらかんとそう言う団長。
「今まで関係を持たなかった騎士団に人を派遣するんだ。気になるだろうし、桃源郷は今まで国や騎士団と関わり合いをもたなかったんだろう。だから、まぁ、ああいう目で見られることも当然だな」
中には嫌疑や嫌悪する目がないわけではなかったが、ゲッカビジンが騙されてるのではないかと思うやつや桃源郷に助けを求めてやって来たやつもいるのだ。
受け止めて然るべき視線だろう。
「団長様は懐が深いのですね」
「どうだかな。ナデシコやオトギリソウにそんな視線が向けられていたら怒っていたかもしれん」
へらっと笑いながらそう答える団長だった。
「それで、ゲッカビジン。俺は桃源郷を楽しみに来たんだが、付き合ってくれるか?」
「はい、喜んで」
それからゲッカビジンを連れて桃源郷の住人たちを巻き込みながら団長はブロッサムヒルに帰るまで楽しく過ごした。
そんな団長を桃源郷は受け入れ始めていったのだった。
というわけでオトギリソウが加入しました。