妹とアイドル   作:tihiro

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妹とアイドル

 社長から手渡されたのは一冊の本。クーラーの効いた会議室で僕は社長と向い合せに座っている。この手渡された本の推薦文を書くというのが今度の仕事だそうだ。

 

 珍しい。それが内容を聞いたときの感想。こういうのは僕よりも絵理ちゃんの方が適任ではないかと確認したが、どうしても僕でないと駄目らしい。

 

 読んでみれば分かるとぶっきらぼうに言って社長は会議室から出て行った。取り残された僕は若干もやもやとしたものを感じながらパラパラとページを捲ってみる。数ページ読んだところで、ふと…高校時代の、とあるクラスメートの顔が思い浮かんだ。

 

 夏休みを前に段々とアイドルとして仕事が増え始めた時期。学校と仕事の比重が仕事に傾き始めたころのことだったと思う。教室で早退の準備をしていると、彼が話しかけてきた。頭をぽりぽりと掻きながら、とても遠慮がちな様子が印象的だった。後で判明したが、休みがちな僕を心配して故の行動だったらしい。

 

 彼と話したのは多分それが初めて。彼のことは、良く言えば大人びた落ち着いた人。別の言い方をすれば何処か壁があるような雰囲気を持っている。それから…時折、とても鋭い空気を漂わせていて若干の近寄り難さがあった。だから僕に話しかけてきたときには、予想をしていなかったこともあり妙に緊張していたのを覚えている。

 

 ちょっと忙しくてね。そう答えると彼は少しだけ嫌な顔をした。確かに高校生が学校よりも忙しいことなんて、そう滅多にない。勿論、正直にアイドルをしていること…しかも女の子アイドルだなんて口が裂けても言えない。だから、話がややこしくなりそうなときは『家庭の事情』ということにして誤魔化させてもらっている。僕の作られた言い訳を聞くと、彼は申し訳なさそうな顔になって、また頭をぽりぽりと掻きながら自分の席へと戻っていった。

 

 教室から出て行こうとすると、再び彼が僕のところにやってきて、数冊のノートを僕に差し出す。それから、分からないところは言ってくれと、やや上ずった声で言った。僕は少し戸惑いながらもノートを受け取り、礼を言って教室を後にした。

 

 学年が変わり彼とクラスが分かれても何度かノートを借りることがあった。一度だけ理由を聞いてみたが、眉を八の字にした笑顔で誤魔化された。ちょっと嫌な予感がしたけど…それ以上は聞けなかった。何か微妙な空気になったので、僕にできることであればという前提で、彼にノートのお礼を申し出た。彼は少し考えてから…そんなこと気にしなくていい、と言ってくれた。それから律儀な奴だと感心もされた。

 

 その頃にはもう男の子アイドルとして僕は活動していた。来年には受験を控えているということもあり、学業と仕事とを両立させなければならない。勿論、学校にもきちんと了承を得た上で。

 

 僕がアイドルの秋月涼だってことを公表したときは学校中、もの凄い騒ぎになった。けど、彼はとくに変わった様子もなく、忙しさの理由を教えなかったことから水臭い奴だと笑われたぐらい。あんまりアイドルとか世間のことには興味がないようだった。

 

 そんな騒ぎも桜が散る頃には、すっかり落ち着いていた。午前中に雑誌の取材を済ませて、昼から学校へ行くと、珍しく彼が興奮した様子で声を掛けてきた。何でも彼の妹さんが僕のファンだそうで、是非お見舞いに来てくれないかということだった。というのは彼の妹さんは小さいときから病気で入退院を繰り返しているらしい。日頃お世話になっている彼にお礼が出来るということもあり、二つ返事で引き受けた。

 

 天気の良い日曜日の午後。彼の後に続いて病室に入る。白いベッドに上半身を起こして妹さんは本を読んでいた。彼はただいま、と言ってベッドの傍まで近寄る。妹さんがおかえり、と本を枕元へ置きながら返した。

 

 妹さんが僕に気が付くと表情がさっと強張った。あまり人と接する機会が無かったために知らない人が苦手、ということを彼から事前に聞いていなければ少し戸惑ったかもしれない。彼が僕のことを妹さんに紹介して、僕は挨拶と共にお見舞いの品を手渡した。果物の詰め合わせ、と僕のサイン入りCD。

 

 妹さんは小さな声でお礼を言ってお見舞いの品を受け取り、中身を確認する…と、妹さんの表情から警戒の色がみるみると失せていくのが分かった。目を瞬かせて見舞いの品と僕の顔、そして彼の顔を何度も見比べた後、勢いよく彼に抱きついた。嬉しいことがあると何時もこうらしい。そんな妹さんを彼はブラコンが過ぎると笑っていたけど…。

 

 しばらくして妹さんは僕の視線に気が付いたようで、照れたように彼から離れる。こんなに喜んでくれるなんて、こっちまで嬉しくなってしまう。

 

 その後、暫くは彼と妹さんの会話を聞きながら二人を眺めていた。妹さんと会話をする彼の表情はとても柔らかい。いつもの壁というか棘というか、そういうものがあるような空気はどこにもなくて、凄くお兄さんらしいと思った。

 

 妹さんは入院生活が長いせいだろうか、肌がとても白く、年齢に比べて体つきは頼りない。背中まで伸びた長い髪はよく手入れされているようで、思わず手に取りたくなるくらいに黒く光りながらしなやかに揺れていた。中学生らしいあどけない表情が肌の白さと合わさり、儚げさと生命力の希薄さとして現れる。それが少しだけ僕を不安にさせた。

 

 二人の会話を聞いていく内に、妹さんの知識の豊富さに気が付いた。タイミングを見計らい会話に参加して理由を聞いてみる。妹さんは恥ずかしいのか目を伏せながら、入院中は本を読むぐらいしか出来ないからと答えてくれた。それを見かねた彼がラジオをプレゼントして、そのラジオで僕の曲が流れていたとのこと。すっごく感動してくれたようで、その日は一日中はしゃぎっぱなしだったみたい。結局は看護師さんに怒られてようやく収まった、と彼が普段見せないような意地悪な笑顔で話してくれた。彼の横で妹さんがふるふると恥ずかしそうに小さく頭を振っている。その様子が可笑しくって申し訳ないけど僕も笑ってしまった。

 

 それから学校での彼がどうだとか、僕の仕事のことについてだとかを話しているとあっという間に時間が過ぎていった。面会時間の終了が近づくと妹さんは少しだけ寂しそうな目をした。僕はまたお見舞いに来てもいいかを確認して、オレンジ色に染まった病室を後にする。こくこくと頷きだけで答えた妹さんの姿は、酷く弱々しかった。

 

 それから新曲が出るたびにCDを持ってお見舞いに行った。けれども…彼とは違う大学に行ってしまったことに加え、仕事が忙しくなったのもあり…次第に…怖くなった。

 

 社長から手渡された本を全て読み終える。会議室のクーラーがさっきよりも強く感じられ、手足の先は痺れている。

 

 慢性腎不全。何度目かのお見舞いの際に聞いたことをハッキリと思い出した。自然に治る病気ではないと知った際には、一瞬時間が止まったように感じたのを覚えている。唯一の治療法は…腎移植。移植と言葉にすると簡単に聞こえるけどハードルは高い。される方も…する方も。

 

 妹さんが移植を決意しなかった理由を今更ながら知った。彼女の心境を知れば知るほど胸が痛く締め付けられる。今更、僕に何が出来るだろうと考えても、子供のように声を上げて泣くことしか出来ない。後悔の念は涙となり、いつまでも漏れだして止むことはなかった。




バッドエンドでは終わらない……?
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