妹とアイドル   作:tihiro

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妹がアイドル

 私と尾崎さんとで作り上げた歌、プリコグ。

 その予知夢という意味を持つ歌を生み出したとき、私はたびたび未来に起こりうるであろう出来事を夢としてみるようになった。歌には魔力がある。というのは随分と使い古された言葉だけど、その言葉が真実であるからこそ、使い古されるのかもしれない。

 

 

 

 876プロの会議室。部屋の中には長机とパイプ椅子が数脚。その一番奥の椅子に涼さんが座っていた。テーブルの上には一冊の本が閉じた状態で置かれている。表紙には女の子の写真。病室らしきところでベッドから上半身を起こしてカメラに向かって笑っていた。

 その儚げで生気に欠けた笑顔を見ていると、いつかの私をみているようで胸のあたりがざわざわと落ち着かなくなった。

 

 涼さんはテーブルに肘をついて手で顔を覆うようにして、体を丸めている。いつもの穏やかな笑顔は見る影もなく、苦痛に耐えているかのように顔を歪ませていた。

 涼さんが声を上げて泣いている。普段の涼さんからはとても想像できないような光景だった。

 

 でも、夢の中で私に出来ることは見ることと聞くことだけ。駆け寄りたいのに足がない。背中をさすりたいのに腕がない。抱きしめたいのに身体がない。

 それがとても悔しくて、そしてもどかしかった。

 

 その嫌な夢を見た日、事務所で涼さんと色々とお話をして、夢で見たことに関連しそうなことがいくつか分かった。

 涼さんの高校時代のクラスメートの妹さんが、ずっと病気で入退院を繰り返していて、何度かお見舞いにもいったらしい。最近、また入院していると聞いたけど、忙しいこともあってお見舞いには行けていない。

 ということを涼さんが話してくれた。だけど、その言葉の中に嘘が含まれていることはすぐ分かった。

 

 私もお見舞いに行きたいことを伝えると、涼さんはとてもびっくりしていた。涼さんの大きく開かれた綺麗な瞳を覗くと、その瞳に映っていた私と目が合った。

 それから観念したようなため息の後、次の休みの日に一緒にお見舞いに行こうと涼さんが誘ってくれた。早速、尾崎さんとスケジュールを調整して、涼さんのお休みと合わせる。お見舞いの日は二日後に決まった。

 長い付き合いだと口に出さなくても伝わることが多くなって便利だけど、この時は少しだけ涼さんに申し訳なく思ったのを覚えている。

 

 お見舞いの当日、涼さんとは病院の前で待ち合わせ。待ち合わせの時間15分前にきっちりと現れた涼さんは、何となくぎこちない様子だった。

 病室に向かうために乗ったエレベーターの中で涼さんの横顔を見ると、オーディション前にも似た緊張を含んだ表情が印象的だった。

 

 

 涼さんの後について、静かな廊下を歩いた。たどり着いた病室は個室になっていて、部屋の中には二つの人影が。

 一人は男性。穏やかそうな立ち振る舞いから優しそうな印象を受けるけど、その柔らかな微笑みは仮面を被っているようにも見えた。

 もう一人は女の子。ベッドに上半身を起こして、少し怯えた感じで男性に何か話しかけている。

 涼さんがただいま、という挨拶をして病室に入る。部屋の中に居た男性がおかえり、と返した。それから意地悪そうに笑って涼さんの肩を軽く叩いた。

 涼さんは女の子にも挨拶をしてお見舞いの品を渡す。そして私のことを二人に紹介してくれた。

 

 同期のアイドル仲間。その涼さんの紹介に、元引きこもりという肩書きを補う。

 困惑した視線が三つ、私に集まった。

 

 突然ごめんね。

 わけがわからないと思うけど。

 二つ前置きしてから用意しておいた写真を見せた。

 たった一枚。残っていた過去の私。写真に写っているのは、殻を脱ぎ捨てる前のひとりぼっちの私。目の前の少女と同じく緩やかに生から逸脱していく様子をとらえたもの。

 

 似ている、と男性が独り言のように呟いた。

 そう、似ている。目の前の女の子と写真の中の私は似ていた。

 それは顔の作りや髪型、体格といった外見的な要素に加えて、見る人をなんとなく不安にさせるような生命力の希薄さが何よりも似ていた。

 

 写真を見つめる女の子の目をじっと覗き込む。その目から色々な感情が読み取れ、その中でも一番強かった感情は戸惑いだった。だから私は、それを解消するために言葉を切り出した。

 

 外の世界を知らない貴女に外の世界を知ってほしいこと。

 一人の世界は心地よいけれど、一人でいると不安になって、不安なままでいると動けなくなること。

 外の世界はもちろん嫌なこともあるけれど、それ以上に楽しいことがあること。

 私も連れ出してもらうまで怖かったこと。

 

 飾らない言葉で感情を込めて言葉を紡いでいく。そして最後に、少し上ずった声になってしまったけど、何度も何度も練習した言葉を付け足す。

 

 私は貴女とお友達になりたい、それが生きる力になるから。

 

 

 

 事務所の扉が開く音がして、その後に若干語尾が疑問形な挨拶が聞こえた。続いて、男の人の声も。

 加奈ちゃんのインタビュー記事が載った雑誌を閉じて、扉の方に視線を向ける。加奈ちゃんとお兄さんの姿が見えた。

 

 あの三年前のお見舞いの日、つまり私と加奈ちゃんがお友達になった後、すぐに加奈ちゃんは自分の病気に抗うことを決意した。

 生きる意欲を失っていた加奈ちゃんに生きる目標ができた。夢ができた。他人を犠牲(というとお兄さんに怒られるらしいけど)にしてでも生きようと決意した。

 それからすぐに手術をして、術後は看護師さんもびっくりするぐらいの回復を見せた。

 

 体調がある程度安定して入院の必要がなくなった今、加奈ちゃんはアイドルとして876プロで活動している。

 お兄さんの方は大学の卒業を待って今年からプロデューサー見習いとして876プロの仲間となっている。社長さんにみっちりと鍛えられている最中で、なかなか覚えがいいとのこと。

 尾崎さんも刺激を受けているようで、事務所全体がいい雰囲気。

 

 扉の横にあるスケジュール表に、自分の予定を書き込んでいる加奈ちゃんの横に立つ。

 今日は愛ちゃんと三人でレッスン。愛ちゃんは仕事の後、直接向かうので今から二人でレッスン場へお出かけする。

 愛ちゃんと加奈ちゃんは同じ年なはずだけど、愛ちゃんが何かと加奈ちゃんの世話を焼きたがるので見ていて微笑ましい。理由を聞いて見たら、お姉さんとして当然ですっていうよく分からない答えが返ってきた。性格は本当に正反対だけど、上手く付き合えているようで何より。

 

 行ってきます、と事務所の中に声をかけて加奈ちゃんと手を繋いで事務所を出る。

 事務所は雑居ビルの二階。古い建物だから階段が急になっている上に手すりがない。だから加奈ちゃんと階段を上り下りするときは、彼女が落ちないように手を繋ぐ。暖かな感触が心地よい。

 

 もう予知夢を見ることはなくなったけど、ふとした拍子にあの不思議な体験について思いに暮れることがある。

 プリコグを作詞した人の執念的なものが成し得たオカルトな出来事だったのだろうか。それともアイドルという新しい慣れない環境でのストレスにより作り出された私の妄想だったのだろうか。

 そんな確かめようのないことを考えた後は自然と過去のことが回想される。今、私の手を包む暖かな感触が、また私を過去に連れて行く。

 まるで予知夢を追憶するように。

 

 

 

 握った手はかすかに震えていた。今にも涙が溢れてきそうな潤んだ瞳に見つめられると、思わず苦笑いが漏れる。

 尾崎さんの気持ちが少し分かったような気がした。

 

 社長室のちょっと立派なドアをノックする。部屋の中から聞こえた社長さんの声に、失礼しますと返して入室した。

 握られた手の圧力が少しだけ強まる。それに応えるように優しく握り返す。

 脈動が伝わってきそうなほど、熱を帯びた手。

 

 手を繋いでいることを茶化す言葉を受けて、彼女が私の背中に隠れようとする。それを半ば引きずるような形で、なんとか社長さんの前に二人で立った。手を繋いだまま、空いているもう一方の手を彼女の背中に優しく添えて、支える。

 泣き声に近い自己紹介に終わると、少しだけ沈黙の間。あいかわらず社長さんは黒くて表情は読めないけど、なんとなく笑っているような気がした。

 

 社長室を出ると握っていた手がするりと離れた。それから加奈ちゃんがその場に座り込んだ。慌てて体調が悪いのかを確認すると、ふるふるとかぶりを振って答えてくれた。

 膝をついて加奈ちゃんと視線を合わせようとしたら、子供がおもちゃの箱を開けた時のような無垢な表情をして、かと思うと(ぬこ)を思わせるような勢いで加奈ちゃんが飛びついてきた。

 私はびっくりして尻餅をつく。嬉しいことがあると抱きつく癖があるとお兄さんから聞いていたけど、私がその対象になるとは想定していなかった。驚いたけど、それよりも認められたようで嬉しい。

 いつの間にか愛ちゃんも加わってお団子みたいに三人で抱き合っていた。社長室の前だということも忘れて、いつまでも寄り添って喜び、そして笑っていた。




ハッピーエンドでおしまい。
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