「君の名は。キルヒアイス」方向性修正版   作:高尾のり子

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第15話

 夏休み、キルヒアイスが目を覚ますと、四葉がそばにいた。

「おはよう。ちょっと話がききたいんだけど、前にお姉ちゃんは酒税法の予知夢を見たよね? その予知夢って、どんな感じだった?」

「え………」

 いきなりの質問に頭がついていかない。そんな様子を見て四葉が悟った。

「あ、もしかして、お姉様の方?」

「は、はい。私です。すみません」

「謝らなくていいよ。明日、訊くか……」

 四葉が迷い、それから三葉の唇を見つめた。

「ちょっとキスさせて」

「……どうぞ…」

 まだ戸惑いは残っているけれど、四葉からのキスを三葉の唇が受け入れる。四葉は唾液を吸うようにキスをしてから頷いた。

「なるほど……そういうことか」

「四葉……いったい、このような行為に、どういった意味があるのですか? ………単なる家族の親愛ではないですよね……」

「う~ん……全部説明していいかなぁ……とりあえず、予知夢の話だけ。お姉ちゃんはさ、前に予知夢を見たことがあるはずなんだよ。酒税法について」

「酒税法?」

「前にね、私が口噛み酒を商品化したら面白いかもね、って言ったら真っ赤な顔して酒税法違反っ! って即答したんだよ。普通の女子高生なお姉ちゃんが酒税法なんて言葉を知ってるはずがないのに。これは、たぶん、予知夢を見たんだろうなって」

「……予知夢ですか……」

「で、今確かめてわかったよ。予知夢というより可能性の世界、もしも、口噛み酒を商品化すると、たしかに売れるんだけど、そのうち姉妹そろって酒税法違反で逮捕されるの。だから、やめておいた方が無難。お姉ちゃんには、漠然とその記憶が残ってたの」

「………今の行為で、それがわかったのですか?」

「うん。朝ご飯、そろそろ食べよ」

「はい」

 朝食を終わると、今日の予定を確かめる。山奥の田舎に住む女子高生に夏休みの予定は宿題以外に無かった。

「四葉、今日は何をすればいいでしょう?」

「学校もないし、バイトもしてないから、のんびりしてくれればいいよ。あ、川でも、いっしょに行こう」

「はい、わかりました」

 二人で川遊びに出ると、四葉は流れに身を任せるように泳ぎ始めた。

「………」

 深く潜って水中を漂う。

 そして四葉は白昼夢を見た。

 秋祭りの日だった。

 新米が獲れたことを祝う新嘗祭の意味合いもあるので、年中で重要な神事でもあるし町民も多くが集まっている。

 いつも通り、四葉は巫女服を着て準備を整えているけれど、三葉は自室に引き籠もって布団に潜り込んでいる。

「お姉ちゃん、そろそろ本番だよ」

「………死にたい………私は、もう……死んだんだ……もう……終わったの……」

 つぶやきながら泣いている三葉は目を開けていても何も見ていないような表情だった。その目から、ただただ涙が溢れ出して流れている。

「…私……ノーブラでバスケなんかしてない……してないはず……ノーブラでタンクトップなんて着るはずない……死ぬほど恥ずかしい……」

「お姉ちゃん……変な噂なんか信じなければいいよ……」

「……足をあげて机を蹴って……パンツ丸出しなんて……ありえない……」

「………。ちょっと制服のスカート、短くしすぎかもよ? 来週から長くして行ったら?」

「…………なんで救急車なんか……ありえない……」

「うん…………どうして、月経の血を病気だって勘違いして救急車を呼んだなんて噂がたったのかな………悲しいね」

「……もう……私は死んだ……宮水三葉は、もう、死んだんだよ……人生の基本が終わってる……」

「お祭り、無理っぽい?」

「……また、ノーブラだって言われる……」

「巫女服がノーブラノーパンなのは、和服だから標準だよ」

「……東京のイケメン男子として……生きたい………ミキ……可愛かった……」

「…………はぁぁ……いいよ、今回のお祭りは、私一人でやるから。お姉ちゃんは風邪ってことで」

 四葉は一人で舞台に立った。

「………なに……この感じ……すごく嫌な予感……」

 体調は悪くない。なのにゾクゾクと寒気がする。なにか、とんでもないことが起こりそうな予感がして気持ちが落ち着かない。それでも四葉は舞いのために舞台に待機していたけれど、不意に空を見上げて気づいた。

「……彗星が……まぶしい……っ! 来るっ?!」

 そう悟ったけれど、遅かった。

 お姉ちゃん……どこ。

 四葉は自分の身体が無くなったのを感じた。

 お姉ちゃん………東京に。

「お待たせ、ミキ。今日、どこ行く?」

「どこでもいいよ。瀧くんに任せる」

「じゃあね、喫煙OKなカフェにする? それともシガーバー?」

「フフ、やめろって言わないんだ。たいていの男は自分が吸わないと、女にやめろって言うのに」

「ミキが吸ってるところ、かっこいいし可愛いよ」

 お姉ちゃん……男として……生きていく気……その身体……返してあげないの。

「やっと、この日がきたね。ミキ」

「はい」

「そのウェディングドレス、よく似合ってるよ。お色直しも楽しみ」

「あなたもタキシード、よく似合ってる」

「バリ島も楽しみ」

 お姉ちゃん………もう、ずっと、その身体を乗っ取って……。

「神宮高校2039年度、入学生代表、奥寺五樹!」

「はい!」

「あの子も、あなたに似て頭がいいわね」

「そうかな?」

「都内の一流大学を卒業して、立派な就職してるくせに、意外と自覚がないのね。十分、頭いいよ」

「まあ、テストは頑張ったけど。いよいよ五樹も高校生かぁ」

「とうとう私たちも、40代のおじさんおばさんね」

「ミキは、いくつになっても可愛いよ」

「フフ、上手ね」

 ビー! ビー!

「スマフォが…」

 ピン! ピン!

「私のも、マナーモードにしたはずなのに……っていうか、周りの、みんなまで…何…」

「Jアラート! Jアラート! ミサイルが発射されました! 関東への着弾が予想されます! ただちに避難してください! 地下または頑丈な建物…」

「ミキ! 五樹を連れて逃げよう! くっ…ユーラブリカとコンドミニアム、名を変えたって、やることが米ソの頃と、似たり寄ったり! ミキ! 地下鉄まで走るよ!! ハイヒールは捨てて!」

 もう間に合わないよ、お姉ちゃん………地球全体が………せめて苦しまないで一瞬で………苦しまないで……苦し……。

 四葉は水中から三葉の両腕に引き上げられた。

「四葉?! しっかりしてください!! 四葉!!」

「ぅ……あ、……ああ……お姉様……」

「よかった…ハァ…溺れたのかと…ハァ…」

「ごめんなさい、服がずぶ濡れに」

「そんなこと、どうだっていいのです。よかった………四葉…」

「……ありがとう……助けにきてくれて…」

 四葉は抱きしめられて、抱き返した。

 

 

 

 三葉は捕虜交換のためにイゼルローンを訪れていた。

「………」

 この人たちが敵……同盟軍……叛徒……見た感じ普通……いつもより、ちゃんとしなきゃ、キルヒアイスとして、帝国軍上級大将として、と三葉は緊張しながら交換文書へ署名していたので、うっかりジークフリード・キルヒアイスと書くところを宮水と書いてしまい、二重線で消すのも問題あるかと思い、宮水・ジークフリード・キルヒアイスになった。

「……」

「……」

 ヤンが古美術品に描いてあるような漢字を見て不思議そうにしているけれど他人の氏名に余計なことを言うのは非礼にあたるかもしれないので自重している。そもそも交換文書も形式的なものなので、あろうがなかろうが、ここまで来ては捕虜交換をお互いのために整然と実行するしかない。ヤンは間違わずに自分の氏名を書いて、三葉と握手するために向かい合った。

「……」

「……」

 三葉とヤンが握手する。三葉は少し握力を強めた。よく鍛えられたキルヒアイスの手なのでヤンは痛みを覚える。

「ぅぅ……」

「私の友達は、あなたに殺されました」

「……それは……申し訳ない」

 とっさにヤンは謝ったけれど、ここで謝るヤンも軍人として異常だったし、捕虜交換の式典上で恨み言をいう三葉も異常だった。けれど、その三葉へ聞き慣れた声が飛んできた。

「殺された友達ってのは、ボクのことかい?」

「っ?! ノルデンさん!!」

 ノルデンがアッテンボローとフィッシャーの後ろから出てきて笑っている。

「生きてたの?!」

「この通りね」

「でも、敵艦と衝突して信号途絶したって?!」

「ええ、実に大変でしたな。フィッシャー提督」

「いくつかの奇跡と、ノルデン提督の協力があったればこそです」

 フィッシャーも元気そうに頷いている。

「いやはや、本当に大変だったのです。フィッシャー提督の艦と衝突し、相打ちでボクの人生も終わるのかと思ったのですがね。不幸中の幸い、お互いの動力部や武装区画ではなく、居住区同士が衝突し誘爆しなかったのです」

「相対速度が低かったことも大きいですな。それでも乗員の半数は喪いましたが……」

 敵味方だった二人の提督が語っている途中で三葉はノルデンに抱きついた。

「ああ! よかった!」

「ううっ…苦しいですよ。まあ聴いてくださいよ、そこからが苦労の連続でね」

 いかにして生き延びたか語りたいノルデンが抱き返しながら話す。

「お互い電源も喪失し、いつ誘爆するかわからない状況で外部へ連絡も取れず、このままでは白兵戦にでもなって、せっかく爆発しなかったのに艦内で白兵戦なんかしたら、爆発するかもしれないってことで一時休戦を提案しましてね。とにかく爆発しないようにしよう、ということにお互い協力して一致しまして。ね、フィッシャー提督」

「はい、ノルデン提督が話のわかる方でよかった」

「なにしろ私は白兵戦が嫌いでね。はははは!」

「私も嫌いですな。はは」

 苦難をともにした二人は微笑んでいる。

「そんなわけで艦が爆発する危機を乗り越えた頃には、もうすっかり周囲には帝国軍も同盟軍もおらず、我々は半壊した二つの艦を、なんとか航行可能なレベルの一つの艦に修繕し、生き残っていた乗員が同盟軍側の方が多かったものですからね、とりあえずイゼルローンに向かおうと。もし途中で、どちらかの味方に発見してもらえれば、もう一方は捕虜としてでなく客分として遇するという約束をしたわけですよ。ですよね、ヤン提督」

「ええ、そういう約束があったようですから、こちらでは客将として遇しておりました。捕虜交換のリストにあげていないのは、そういう意味もありますが……」

 ヤンが視線を送ると、ノルデンが得意げに微笑む。

「黙っている方が、驚きがあっていいでしょう? キルヒアイス中将…いや、上級大将になられていますか。すごいですな。ははは!」

「もぉ! ノルデンさんだって二階級特進で上級大将になってるんですよ! ホントに死んだと思って!」

「おお、私も」

 再会を喜び合った三葉とノルデンは捕虜交換の式典を終えるため、再びヤンたち同盟軍幹部と向かい合う。敵味方に分かれていても、死んだと思った戦友が生きていてくれたことの喜びが、いかに大きいかは痛いほどわかるので、同盟軍幹部たちの雰囲気も三葉の感情を隠さない喜び方を見て、なごやかになっている。三葉が礼を言う。

「ありがとうございました。ヤンさん」

「いえ……お礼を言われるも変な気分ですが、こちらこそ、ありがとうございます」

「あの……」

 三葉が迷い、ヤンが首を傾げる。

「他に何か?」

「同盟って民主主義なんですよね?」

「ええ……まあ、一応はね…」

 あまり誇らしげでなくヤンは目をそらしつつ肯定した。三葉は問いを重ねる。

「戦争を続けたい人って、国民の何割くらいいるんですか?」

「………どうでしょう……。私は、やめてほしいと思っているけれど、なかなか…」

「………」

 三葉が微笑んだ。

「お互い、やめられるといいですね」

「同感です」

 三葉とヤンが再び握手を交わし、ノルデンとフィッシャーも握手を交わして別れた。バルバロッサへ戻ると、帰還した捕虜たちに向けたラインハルトの演説が流れた。

「…兵士諸君! 諸君らには恥じるべきなにものもない! 恥じるべきは愚劣な指揮によって降伏やむなき状況に諸君等を追いやった旧軍指導者に…」

「ラインハルトさん、元気だなぁ」

「ローエングラム閣下も、ますますご栄達のご様子、嬉しい限りですな」

「さ、演説はいいとして、ワインでも呑みましょうよ。再会を祝して!」

「いいですな! 帝国産ワインは久しぶりですから!」

「同盟のワインって、どうでした?」

「悪くない、と言ってやりたいところですが、我々がさんざんに焦土作戦を行った後ですからな。あまり良い品は」

 三葉はワインを酌み交わしながら、同盟での体験をノルデンから聴き、キルヒアイスとラインハルトへもサプライズしてやろうと思い、手紙も書かず、12時の少し前にノルデンといっしょに超光速通信室に入った。ラインハルトは12時を過ぎれば、すぐに連絡がもらえると思い待機していたので、すぐに応答してきた。

「どうした? 何か判断に困ることでもあったか? その顔は酔っているな……」

 三葉では判断できないことを上奏してきたのかとオーディンから問うけれど、三葉は大きな背中で隠していたノルデンを横に移動することで見せる。

「ジャン♪」

「っ……ノルデン……生きていたのか…」

「はっ! ヒクッ…失礼…」

 かなりワインを呑んだのでノルデンも酔っている。

「この通り! 不死身のノルデン! 生きております!」

「そうか……それで連絡してきたのだな………。捕虜交換式典は、無事に終わったか?」

「まあね。っていうか、もっと嬉しそうな顔してよ!」

「う…うむ…」

 ラインハルトはチラリと目線をそらして時刻を確かめた、あと二分もない。この様子では三葉はキルヒアイスへ何の引き継ぎも無しに、超光速通信中に入れ替わるのが明らかだった。

「ミツ…いや、キルヒアイス。式典は無事に終わったのだな?」

「終わりましたよ」

「ならば、良い」

「じゃ、朝一でラインハルトさんは子爵家に行って、ノルデンさんが生きてたこと、奥さんや子供たちに教えてあげてくださいね」

「なっ……オレが、か?」

「当然」

「いつから、お前はオレに命令ができるようになったのだ?」

「命令というより人としての常識でしょ。むしろ、上司としての責任。だいたいさ、子爵家に弔問で行くのが、どれだけ、つらかったと思ってるわけ? あのとき、代理で行かせたけど、今回は超嬉しい朗報なんだから、人として、それくらいしなさい」

「…ぅ……む……わかった。そうしよう」

「あと、ノルデンさんが生きてた話、訊かないの? すごい大変だったんだよ。ね?」

 三葉は男友達同士がするようにノルデンと肩を組んだ。もう三葉も残り時間が無いことは気づいている。ノルデンの口からラインハルトとキルヒアイスへ報告させるつもりだった。

「さ、ノルデンさん、奇跡の生還について話してよ、もう一回」

「はい、それはもう苦労の連続でして」

 得意げにノルデンが語り始めた瞬間、12時を迎えた。

 

 

 

 キルヒアイスは肩を組んでいる相手がノルデンだったので、かなり驚いた。

「っ…あなた……生きておられ…」

「そうそう! この通り無事だったのはフィッシャー提督の艦と…」

 何度も話した内容をノルデンは嬉しそうに繰り返している。

「電源喪失し重力制御も無くなり、ふわふわと無重力状態になって、これは、もう白兵戦どころではないと私は判断しましてね」

「「…………」」

 ラインハルトとキルヒアイスは画面越しにアイコンタクトで意思疎通しながら、とりあえずノルデンが語り終わるのを待った。

「そうか。ノルデンも、キルヒアイスもご苦労だった。捕虜交換式典も無事に終わったようで何よりだ」

「「はっ!」」

 二人とも敬礼したけれど、酔っているので顔が赤い。ラインハルトはタメ息を飲み込んで告げる。

「深夜でもあることだし、飲酒の上で報告してきたことは不問としよう。ただ…」

 ラインハルトが彼らしくなく迷い、問うように語る。

「ノルデンは二階級特進で上級大将になっている……これを、どうしたものか……」

「「…………」」

「キルヒアイスと話したい。ノルデンは廊下で控えていろ」

「…はっ!」

 ノルデンが退室し、キルヒアイスへ問う。

「どう思う? キルヒアイス」

「………今回、捕虜となっていて帰還する者へラインハルト様は一階級引き上げると、計画されています」

「そうだったな」

「また戦死と見なされ二階級特進とされていた者のうち、捕虜となる寸前に武勲のあった者は二階級特進を据え置き、単に降伏していた者は他の捕虜と同様、一階級のみ引き上げることにされています」

 帝国軍と同盟軍は頻繁に連絡を取り合うわけではないので、戦場から帰還しなかった者が戦死したのか、捕虜になったのか、正確にはわかっていないことも多い。またノルデンと同じく、ほぼ絶望視されていたのに奇跡的に生きていた者も100万人の捕虜がいれば、万に一つの奇跡で生きていた者も100人ほどいたりした。

「ノルデンに武勲は………」

「性能の劣った艦隊でヤン艦隊へ、かなりの抵抗をされましたから、十分に武勲と言ってよいかと」

「そうだな………上級大将のままか……」

「ご不満ですか?」

「いや……不満というわけではない。ただ、元帥府内でのバランスが……」

「それは、たしかに………」

 キルヒアイスと同じ上級大将になると、元帥府内でノルデンの存在が無視できないほど大きくなり、他の提督たちより一つ上という状態になりそうだった。

「……また、オーベルシュタインあたりが何か言うかも…」

「いえ、逆に考えてナンバー2不要論の懸念を払拭できるかもしれません」

「…………まあ……そういう考え方もあるか……」

 結論が出たのでラインハルトが通信を終えようとすると、キルヒアイスが引き止める。

「お待ちください。このまま私が廊下に出てノルデン提督へ階級の据え置きを伝えたのではビッテンフェルト提督の忠誠心がラインハルト様より私へ向いているのと同じ事態を生じさせるやもしれません。ですから据え置きのことは、直接にお伝えください」

「………そうだな、わかった。ノルデンを呼んでくれ」

 キルヒアイスが廊下で待っていたノルデンと交替した。

「ノルデン」

「はっ!」

「よく生きて戻ってきた。卿の二階級特進だが…」

「………」

「アムリッツァで見せた卿の奮戦を評価し、一階級を与え、また他の捕虜たちと同様、無事に帰参したことを評価し、もう一階級を与えるゆえ、戦死評価の上級大将のままとする方向で軍務省へ報告しておく」

「ははっ! 有り難き幸せ!」

「うむ、今後とも励め」

 ラインハルトは無表情に言って、今度こそ通信を終えた。オーディンの超光速通信装置の前でラインハルトは一人言を漏らした。

「……運も実力のうちとは言うが………意に染まぬ部下が栄達してくるというのは、こういう気持ちか……ミュッケンベルガーもオレを使っていて、こんな気持ちでいたのか……困難な状況からオレが生還したときの顔……オレもまた同じに……」

 軽く頭を振って忘れるようにしてから、帰宅した。深夜の帰宅だったのにアンネローゼは起きて待っていてくれた。

「おかえりなさい、ラインハルト」

「姉上、今夜は遅くなるから先にお休みくださいと伝えましたのに」

 三葉と入れ替わった後の報告を受ける都合上、遅くなることは伝えていたけれど、アンネローゼは夜食を温めてくれる。

「お身体にさわります、姉上」

「あなたこそ、働き過ぎですよ。私は昼間に休んでいますが、あなたは働きづめでしょう。ちゃんと栄養は摂っていますか?」

 そう言ってミートパイと温めたワインを出してくれた。これで食べないという選択肢はラインハルトに存在しない。

「美味しいです、姉上」

「そう、よかったわ。でも、何か悩み事があるの?」

「………女性というのは勘が鋭いですね……なぜ、わかるのです?」

「弟の顔色くらい、わかるものです。それで?」

「はい……明日の朝、やや気の進まない仕事ができまして……」

「どんなことなの? 差し障りのない範囲で聴かせてちょうだい」

「……戦死したと思っていた部下が生きていたのです。その報告を妻子へ……私が直接、行かねばならない流れになってしまい……どう切り出したものか……」

「あらあら、そんなこと」

 アンネローゼは花が咲くように微笑んだ。

「ありのまま、良い知らせです、ご主人が生きておられました、と切り出せば良いだけですよ」

「そ…それは……そうかもしれませんが……」

「ラインハルトは人より優れたところも多いけれど、人が当たり前にできることに、ときとして戸惑うのね」

 アンネローゼは弟と父親の関係を思い出し、なぜ戸惑うことのないはずの朗報を伝える役に逡巡しているのか、察した。

「そういう話なら私もいっしょに行ってあげましょうか? 姉として」

「い、いえ! この歳で、それは! 一人で行きます!」

 そう断言して休んだラインハルトは翌朝、子爵家を公用車で訪ねた。ラインハルトの訪問を受けて、いよいよ代理でなく直接の弔問だと感じた未亡人と子供たちは緊張した顔で出迎えてくれた。

「あの人も喜びますわ」

 喪服姿の婦人を見ると、ラインハルトは少し戸惑ったものの、姉に教えられた通りに告げる。

「今日は良い知らせです」

「「「「「「………」」」」」」

「ご主人が生きておられました」

「っ、本当ですか?!」

「「「ホント?!」」」

「「パパ、生きてるの?!」」

 にわかには信じられないものの、暗かった5人の子供たちの顔色が明るくなるのでラインハルトは声を大きくして告げる。

「ええ! 確かです! 夕べ、顔を見て話しましたから。すぐにもオーディンへ帰還するでしょう。今少しお待ちください」

「ヤッター!」

「パパ生きてた!」

 歓喜の染まる子供たちの顔を見ると、ラインハルトの戸惑いも消えたけれど、数瞬前まで未亡人という気持ちでいた婦人が喜びのあまりキスをしてくると、また戸惑った。

 

 

 

 三葉は自分自身に戻っても、まだ喜びが余っていたので、そばにいた四葉に抱きついた。

「四葉、聞いて! 死んだと思ってた友達が生きてたの!」

「ううっ…苦しいって」

 四葉は小さな身体を力一杯抱きしめられて息がしにくい。

「すっごい奇跡! 奇跡の生還だよ! ミラクル・ノルデン!」

「そう。よかったね。人の生き死、その運命も、ささいな選択で変わるから」

「四葉………最近、雰囲気が違うね……なんか、四葉の方が大人みたい……」

 三葉は妹の顔を見た。そこに母の面影を感じる。

「お母さんに似てきてる」

「顔の形は、お姉ちゃんの方が近いよ。それは、いいとして」

 まだ抱いてくれている姉を見つめ、四葉は問いかける。

「真剣な質問だから、真剣に感じて答えて」

「え……う、うん……何?」

「立花瀧って名前、どう感じる?」

「たち……ばな……たき……前も、それ……」

 三葉が悩む。

「うーん……聴いたことあるような……知ってるような……知らないような……」

「彼のこと、好き?」

「……誰かわからない人のことを、そんな風に言われても……」

「感じてみて。彼のこと、好き? 嫌い?」

「…………え……なに、この想い………大嫌いなのに……大好きかもしれない……」

 三葉が自分の胸の真ん中を押さえて困惑している。四葉は姉の胸、その乳房を右手で揉んだ。

「やめてよ、四葉」

「立花瀧はジークフリード・キルヒアイスほど紳士的じゃなかった」

 さらに四葉が左手でも姉の乳房を揉む。三葉は両胸を揉まれて複雑な気分だった。

「彼は入れ替わるたび、お姉ちゃんの胸を揉んで、その感触を楽しんだ」

「っ……」

 三葉の腕に鳥肌が立つ。

「な……なんの……話……き、気持ち悪いこと言わないでよ…」

「人の生き死にが、ささいなことで変わるように、好き嫌いも、ささいなことで大きく変わる。こことは違う、別の世界で、お姉ちゃんは立花瀧という男と何度も入れ替わっていた」

「…………別の世界……」

「その立花瀧は、お姉ちゃんの女子としての生活を破壊した」

「……破壊……」

「お姉ちゃんは学校の体育でノーブラでユニホームを着てバスケをされるのに耐えられる?」

「そんなの耐えられない!」

「スカートなのに気にせず足をあげられてパンツが見えたりするのは?」

「人生の基本だよ、それ!」

「そんな様子が動画や写真で残っていて翌日に、そんな自分を見たら?」

「っ……もう学校いけないよ……」

「きわめつけは月経が始まったのを何かの病気かと焦って、スマフォで学校に救急車を呼ぶのは?」

「………もう死ぬしかない……」

「そう、その思考パターンは別の世界のお姉ちゃんも同じ。だから、何もしなければ自分が死ぬことも本能的にわかっていたのかもしれない」

「私が……死ぬって……どうして?」

「今年の秋祭りの日、最接近するティアマト彗星の一部が、この町に落ちてくるから」

「…………本当に?」

 三葉が疑うと四葉はキスをしてきた。二人の唾液が混じり合い、四葉は三葉を見つめる。

「落ちてくるの。1200年ぶりに」

「………そう……言われると……そんな気がするような……」

「また別の世界でお姉ちゃんは立花瀧を好きになる」

「え~……」

 三葉が嫌そうな顔をすると四葉は頷いた。

「うん、私も意外。いきなり胸を揉むようなヤツを、よく好きになれるなって思う」

「………そんな見たように……」

「見たよ。何度も。朝、起こしに行くと、お姉ちゃんの身体に入った立花瀧は、いやらしい顔をして胸を揉んでいた。私は最初、わけがわからなかったけれど、何度も見るうちに、どんどん気持ち悪くなって、とても見ていられなくなって逃げてしまった」

「…………そんなヤツを私は好きになるの?」

「一応は、私たちを助けてくれるから。もっとも、私たちを助けないと自分が乗っ取られる未来が待ってることに、どこかで気づいたのかもしれないし、お姉ちゃんが彼に助けられるストーリーを無意識に望んだから、そうなったのかもしれない」

「……いきなり、胸を揉むような人を……私が……」

「見た目はイケメンだよ。あと東京在住」

「東京のイケメン男子かぁ」

 三葉が憧れた顔をすると四葉はタメ息をついた。

「はぁぁ……」

「で、私と瀧くんは結ばれるの?」

「結ばれるというよりも、糸が絡まって世界が停止するよ」

「糸が絡まって…?」

「世界の因果律の糸がね。もともと宮水の巫女、本来の力は自分で未来を知って自分を助けるもの。なのに、お姉ちゃんは立花瀧に助けてもらった」

「それがダメなの?」

「立花瀧は3年未来から来ていたの。だから、ティアマト彗星が落ちたことを知ることができた。そして、それを3年過去へ知らせ、私たちを助けた」

「いいじゃん、ハッピーエンドで。東京のイケメンだし。オーディンのイケメンは、ちょっと無理あるかなって思うし、あいつ女子過ぎてキモい部分あるし」

「そうだね、女子らしく生活してくれなかった立花瀧も問題だけど、完全なまでに女子になってくれたジークフリード・キルヒアイスも問題と言えば問題だね。まあ、それは置いておくとして。よく筋道を立てて考えてみて。立花瀧は宮水三葉が死ぬことを未来で知って、過去に戻って助けた。これはギリギリ世界が、いくつも存在するからなしえる。でも、その宮水三葉が死んだ世界の立花瀧が、生きている宮水三葉に数年後に会ってしまうことは大問題。会わないはず、会うはずのない二人なの」

「………う~ん……たしかに……でも、どうして会ったの?」

「お姉ちゃんが宮水の巫女で無意識に世界を渡り歩けるからだよ。世界は一本の糸みたいな直線的なものじゃなくて、紐みたいに複数の糸が重層的に織り成しているものだから、私たちなら他の糸に干渉することができる。今さっきまでティアマト彗星で犠牲者が出た後の世界にお姉ちゃんがいたようにね。でも、さすがに世界を変える起点となった出会うはずのない二人が出会ってしまい、お互いに声を掛け合ってしまうと、もう世界の糸は因果律を保てなくなり、その場で絡まって停止してしまう。君の名は。と声をかけた瞬間、世界はそこで停止のピリオドを打たれてしまう。だからこそ、別の糸が世界の総体という紐を保つために必要で、今ここに私たちがいるわけ」

「……う~ん……じゃあ、二人が出会わない、私が立花瀧を嫌いな世界は、どうなるの?」

「お姉ちゃんは隕石で死んでしまうけれど、その直後から立花瀧として生きるよ。東京で進学して就職して結婚もする」

「女の人と?」

「そう」

「どんな人?」

「えっと……けっこう美人系かな……タバコ吸うけど、仲良くやってたよ。男の子が生まれてた」

「へぇ♪ そういう未来もいいね」

「その男の子が高校へ入る日に核戦争が起こって死んじゃうよ。東京は消し飛ぶ、糸守に落ちた隕石が可愛いくらいの爆発で」

「ぅっ……」

「まあ、それは立花瀧も避けたいだろうし、避けてる世界もあるから」

「…………お話が難しくて、わかんなくなってきた……それで、私は、どうしたらいいの?」

「私と仲良く頑張って。そして、よりよい世界を造ろう」

「……うん……わかんないけど、頑張るよ」

 妹の言うことを三葉は信じることにした。そして気になるので訊いてみる。

「私と四葉が仲良くない世界もあるの?」

「あるよ」

「………どんな感じになるの?」

「いろいろなパターンがあるけど、ジークフリード・キルヒアイスと入れ替わった場合の別世界で、お姉ちゃんは大きな失敗を繰り返して自滅していく。そんな姉の姿を私は軽蔑して嫌っていく、そんな感じかな」

「大きな失敗って……カストロプに負けたり?」

「ううん、覚えてない? キルヒアイスと入れ替わった最初の日、彼は胸を揉むどころか、お風呂も断ってパンツもおろさなかった」

「あ、そういえば、そうだったね」

「一日おしっこも我慢した」

「………」

「ここまで言えばわかる? その後も、お姉ちゃんは彼にトイレを使うことを避けてもらった。彼も彼で実直なまでに我慢した」

 すっと四葉が三葉の部屋の一角を指した。そこには何もなく畳があるだけだった。

「夜な夜なお姉ちゃんは、そこで用を足すの。トイレまで間に合わないから、犬用の衛生シートにパンツを脱ぐ間もなく、おもらし」

「…………ぅぅ……」

「そのうちに学校で漏らすの」

「っ……もうダメじゃんそれ! 終わってるよ!」

「まだ先を聴きたい?」

「聴きたくない!」

「ま、今は、そうなってないし、この世界をうまく良い方向にするためにも、私たちは仲良く協力し合った方がいいの。本来、代々一人娘だったはずの宮水の巫女が姉妹になってるってことは、双方が補完し合った方がいいはずなんだから」

「姉妹で……補完……」

 まだ実感は乏しかったけれど、それでも三葉は四葉を信じた。

 

 

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