「君の名は。キルヒアイス」方向性修正版   作:高尾のり子

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第17話

 キルヒアイスは東京都内を歩き回っていた。

「駅からの距離と他の条件に合致する場所は……」

 夜行バスで東京へ来ていて、三葉からの手紙には会いたくて探している人の名と、断片的な情報が記されていて、かつ東京に滞在できる時間も限られるので探すのを手伝ってほしい、とあり生真面目に探し回っていた。

「都内で該当する場所は73カ所………三葉さん、これだけの情報では……とても一人では……せめて2個小隊の人手があれば……」

 今や数個艦隊を麾下におく立場であるのは、ここではないところ、今ではない時間なので協力者もいない。それでもキルヒアイスは持ち前の優秀さで状況に対処する。

「むやみに歩き回っても時間を無駄に………グーグルマップというもので……」

 キルヒアイスは三葉があげている条件に合致する場所をストリートビューで事前確認しながら絞り込み、現地へ足を運ぶこと7回目、朝から夕方までかけて、とうとう見つけた。

「立花さん。ああ、やっと…」

 もう三葉の脚が悲鳴をあげているけれど、やっと目的地に着いた。集合住宅の該当する部屋まで行くと、呼び鈴を鳴らした。

「はーい。新聞なら間に合ってますよ」

 夏休み中の中学生らしい下着姿で瀧が扉を開けた。

「うわっ…ちょ! ちょっと待って! ごめん!」

 瀧は新聞勧誘か宅配くらいだろうと不用意に開けた扉を閉め、慌ててズボンをはくと再び扉を開けた。

「ど、どうも…」

「こんにちは」

「…こ…こんちは……。あの、誰ですか?」

 瀧が問い、三葉の唇が答える。

「宮水三葉と申します」

「みやみず………みつは…」

 瀧の脳内記憶に該当する名は無かった。

「えっと……その宮水さんが、うちに何の用ですか?」

「はい、立花瀧さんに会いに来ました」

「オレに?」

「はい」

「………会って……どうするんですか?」

「………。それは……」

 会いたいから探している、としか三葉から伝えられていない。とうとう見つけた嬉しさと確認のために会ってみたけれど、そこから先はノープラン、指示も命令も受けていない。

「……………私………どうすれば……………」

 三葉の顔が育ちの良い令嬢のように困惑すると、瀧は優しくしたくなった。

「…と、とりあえず、どうぞ」

「ありがとうございます」

 玄関から居間へあげてもらい、瀧は麦茶を出してくれた。ほとんど来客のない個人宅なので応接に慣れていないけれど、社会常識として、とりあえず御菓子も探したものの、うまい棒しか無かった。

「こんな物しかないけど、よかったら、どうぞ」

「ありがとうございます。突然に訪問して、すみません」

 謝ってくれる三葉の顔が美人で上品なので瀧は心臓の鼓動が早くなるのを自覚した。急に見知らぬ美人が家に来る、しかも自分に会いに、という状況が男子中学生の脳を温めている。そろそろ日が暮れる黄昏時、まだまだ父親は帰ってこないので二人きり、瀧は額の汗を手の甲で拭いてエアコンを強くした。

「……そ……それで、オレに……何の用事で?」

「………。すみません。お会いすることしか、考えていなくて……ごめんなさい」

「い、いや。謝らなくていいっすよ」

「………」

 三葉さんはこの少年に何の目的で会うつもりだったのでしょう、見たところ中学2年生くらい、三つ年下、もしかして三葉さんはこの少年を好きでいらっしゃる、だからテッシーの告白を受けてもサヤチンへ譲られて、もし本当に三葉さんがこの少年に好意を抱いていらっしゃるなら失礼があっては取り返しのつかないことに、とキルヒアイスは三葉の気持ちを推測して状況対処の方針を決めた。

「何かお手伝いいたしますわ」

「え……いや……別に……」

 室内は見たところ雑然としていて母親が長く不在している様子だった。しかもミューゼル家や宮水家と違い、女手が入っていない様子で片付けてあげたくなる。ただ、お茶を飲むだけの客でいるより、ついつい手を動かしてしまう。

「ご迷惑でなければ片付けさせてください」

「……迷惑ってことは無いけど……」

 見知らぬ女子高生が自宅内を片付けることを瀧は拒否しなかった。掃除を始めてくれると、スカートが短いので、ついつい脚を見てしまうし、腕をあげて皿を片付けている時などに柔らかそうな胸も強調されて、思わず揉みたくなる。

「………」

「はい、何か?」

 視線を感じて問うと、瀧は目をそらした。

「そ、その制服、珍しいっていうか見たことないけど、どこの高校なんっすか?」

「糸守高校です」

「……いともり………ふーん……」

 知らない高校だった。

「何年生?」

「2年生です」

「三つ上かぁ………どこかでオレと会ったことあるんすか?」

「………。すいません。今は思い出せません。でも、きっと、あなたは私にとって大切な人です。少しだけ時間をください」

「………」

 な、なんだよ、この状況、この人、オレのこと、いや、待て、これって、もう夢じゃないか、甲子園を見ながらオレ寝たのかも、そうだよ、きっと夢に違いない、夢なら、おっぱい揉んでも……いやいや、それはダメだろ、夢の中なりに嫌われるかも、だいたいオレなんで、こんな夢を見てるんだ、母さんが出て行って淋しいのか、誰か年上の女の人に来てほしくて、こんな夢を、だったら情けねぇ、と瀧が混乱しているうちに、そう広くない住宅内は片付けられて、すっきりとした。もう日が暮れて、外は暗くなり夕食としても遅い時間になっている。

「お父様は、いつお帰りになられますか?」

 室内を片付けているうちに、もう父親と二人暮らしだと確信しているので問うと、瀧は時計を見る。

「どうかな……そろそろな日もあるけど、遅い場合も……」

「では、ご夕食を用意させていただいてよいでしょうか?」

「え………作ってくれるの?」

「はい」

「……じゃあ……頼むよ」

 やっぱり、これは夢だな、いきなり来た女子高生が、オレの家で飯を作ってくれるなんて現実に起こるわけがない、この人の話し方だってお嬢様丸出しで、こんな理想的な女の子が現実にいるわけない、それにしてもリアルな夢だなぁ、すごい現実感はあるのに起こることは現実離れしてる、と瀧は現在の体験を夢だと思っていく。しばらくして美味しそうな夕食が出来上がった。

「どうぞ」

「うおっ、美味そう!」

 長らく女性の手で作ってもらった物は食べていない。すぐに箸を持ってから、瀧は問う。

「君は食べないの?」

「はい、いきなり押しかけて、それは……」

「でも、二人分あるじゃん」

「そちらはお父様の分です」

「そうなんだ……」

 なんとなく気まずくなったとき、瀧のスマフォが鳴った。着信音は父親からのメールだった。

「オヤジ………ああ、国会中か」

 忙しくなるので今夜は帰れないというメールだった。

「そうやって家族をほっとくから、母さんは……まあ、いいや」

 瀧はスマフォを置いて勧める。

「父さん帰ってこないからさ。君、これ食べなよ。もったいないし」

「……では……ありがとうございます。いただきます」

 二人で夕食を食べる。

「おお、美味い。君って料理、上手だね」

「お口に合いまして幸いです。私が料理を学びました場所と関東では味付けが違うと聞いたことがあり不安だったのですが、本当に大丈夫ですか?」

「ぜんぜん美味いって。っていうか、どこから来たの?」

「岐阜県です」

「……岐阜? ……って名古屋の上?」

「はい、名古屋から北上した飛騨地方糸守町です」

「じゃあ、糸守高校って、そこの高校?」

「はい、そうです」

「………」

 瀧は時計を見た。もう10時を過ぎている。今から電車に乗っても帰れない気がする。

「……今夜、どうするの?」

「それは………もし、……もしも、ご迷惑でなければ12時まで、ここに置いてくださいませんか。12時を過ぎてから、もう一度、あなたにお会いしたいのです」

「12時を過ぎてから……」

 男子中学生が強く緊張した。二人きりで深夜まで、という状況が連想させることは知識としては知っている。

「…………」

「すみません。ご迷惑でしたら、私は、もう…」

「い、いてくれて、いい、いいよ! ど、どうぞ!」

「ありがとうございます。お疲れですよね、お風呂を用意します」

「う、うん。ありがとう」

 夏休みなので朝から自宅で何もしていなかったけれど、夕方から精神的には疲れている。用意してもらった風呂に入って、毎日見ている風呂場の天井を見上げた。

「これって夢か? ……まだ醒めないのか? ………夢って、ここまでリアルか……」

 身体が感じる現実感と、起こっている状況の非現実感が合致しない。

「……あの人………宮水、……三葉だっけ…」

 やはり脳内記憶に存在しない。しばらく考えたけれど、何の結論にも至れず、瀧は揚がってパジャマを着ると居間で声をかける。

「お先。君も、お風呂に入る?」

「いえ………私は……」

 そう言って恥ずかしそうに目をそらされると、瀧も余計なことを考えてしまう。

「……すみません……お風呂は遠慮させてください……ごめんなさい…」

 三葉の身体は夜行バスで移動した後、真夏の都内を歩き回り、ここに到着してからも掃除や炊事をしたので、それなりに汗の匂いがした。入浴して切り替わった瀧の嗅覚には、それがよくわかったし、その自覚もあるようで恥ずかしそうに顔を伏せている。三葉の身体からは甘く誘われるような香りがしている。

「べ、別に、どっちでもいいよ! オレは」

 瀧は自制心を総動員して三葉の身体から離れた。

「…………」

「…………」

 夕食を食べ、入浴を終えると、もうすることがない。

「……き…君、泊まるなら、部屋に案内するよ」

 このまま二人きりというのに耐えられず、瀧は母親が使っていた部屋へ案内した。

「このベッド、使ってくれていいからさ」

「ありがとうございます。すみません」

「………お風呂も、入ってくれていいよ。オレも、もう自分の部屋に入るから遠慮無く」

「はい、そうさせていただくかも、しれません。ありがとうございます」

「じゃ」

 瀧が部屋を出て行って一人だけになった。

「…………これで、よかったのでしょうか………」

「うおお! やっぱ、これ現実か?! 夢か?!」

 廊下で瀧が叫んでいる声が丸聞こえだった。

「…………。とにかく、お手紙を……」

 三葉へ瀧を発見したこと、その後の状況などを書き知らせるためペンを走らせる。書き終わって、ふとスマフォを見た。

「四葉へも相談しておいた方が……」

 深夜だったけれど四葉と話すために宮水家の固定電話にかけた。

「もしもし、宮水です」

「夜分に、すみません」

「ああ、お姉様。どう? 見つかった?」

「はい」

「すごいね。あれだけの情報で」

「立花さんを見つけ、お会いしたのですが……今の状況でよいものか、どうか……」

「どういう状況?」

 四葉は夕方から、ずっと瀧と過ごしている状況を説明されて、タメ息を飲み込んだ。

「まあ、いいんじゃない。あとは12時から、お姉ちゃんが煮るなり焼くなりするでしょ」

 とくにアドバイスは無く電話を終えると、四葉は今度はタメ息をつく。

「はぁぁ……大都会で半日で発見する優秀さと、押しかけ女房化する女子力、すごいといえば、すごいけど……まあ、いいや。私は私のやるべきことをやろう」

 四葉は自分の部屋で布団へ入ると、寝る体勢になった。これから寝るというのにパジャマではなく外にも出られるような私服を着ている。

「今度こそキルヒアイスの時代へ。今度こそ紐の芯となる世界を造る。さあ、いくよ」

 かなり気合いを入れ、目を閉じた。

 

 

 

 オーベルシュタインはガイエスブルク要塞の高級士官向けタンクベッドで、徹夜の占領事務に取り組んでいた頭脳を休めていたけれど、セットした時刻になったのでタンクベッドごと起き上がった。

「………」

 あれ、飛べたはずなのに、と四葉は不安になった。時間を跳躍し、誰かの身体に入ったという感覚はあるけれど、まるで何も見えない。身体の感覚はある。手を握ると動いている気がするし、ベッドのような物に寝ていた状態からベッドごと起きていて、そこから出てみると床に足が着いた。

「……いったい……どうなって……」

 けれど、まわりは真っ暗なのか、何一つ見えない。手探りで歩く。身体は中年男性のようで細身でルドルフに比べると筋肉も少ないけれど、瀧よりは鍛えている感じだった。おそらく軍人として最低限、落第点は取らない程度に鍛えられた男性の身体で手足に不自由はない。けれど、目が見えない。何も視認できない。

「……どうしよう……何も見えない……なにか、失敗した? ……焦りすぎたの…」

 かなり不安になりつつも、もしかしたら、単に電灯がついていないだけかもしれないと、手探りで歩き回っているうちに、若い男性が走ってくる音と呼吸音がする。

「ハァハァ! も、申し訳ありません! 遅れました!」

「………」

 状況がわからず黙っていると、若い男性が何かを近づけてくる。

「どうぞ、義眼をお持ちしました。ハァハァ…」

「義眼……」

 姉から聞いたことがある言葉だった。そして、手を伸ばすと身体が毎日繰り返している動作を覚えていてくれて、ピンポン球ほどの球体を眼窩に嵌めた。

「……」

「ちゃんとシステムチェックは終了しています。どうですか? また調子が悪かったりしますか?」

「………」

 視界が256色くらいで見えるようになった。けれど、画質は公民館に置いてある古いブラウン管テレビくらいだった。細かいところに目を凝らすようにしてみると、青と緑と赤の素子のようなものが見える。

「…まあ……見えるかな…」

 それでも日常生活くらいなら問題なく送れそうな視力を確保できた。

「さて…。今は何年だったかな?」

「はい、帝国暦488年9月9日です」

 従卒が日付まで教えてくれた。

「帝国暦…488年。それは、西暦でいうと?」

「え………西暦……そんな古い暦で言われましても……し、調べてまいります!」

 駆け足で調べに行こうとする従卒を止める。

「待って。ここに資料室か、図書館のようなものはある?」

「はい、あるとは思います」

「そこに案内して」

「かしこまりました」

 従卒も占領したばかりで、よく知らないガイエスブルクの内部を調べながら移動して図書室に辿り着いた。

「何か調べ物ですか?」

「当然。ルドルフ以後の歴史がわかる音声つき画像を探して。基礎的なのでいい」

「はっ」

 命令通りに、すぐに歴史についての映像資料を集めてくれたので、それを複数のモニターで同時に再生しながら見入る。

「…二代目ジキスムントは25歳で…」

「…オトフリートが立った…」

「…劣悪遺伝子…」

「…ハイネセンはドライアイスを…」

「…地球出身のレオポルド・ラープが…」

「…………………」

 朝食も摂らずに複数の映像を見ている上司に従卒は何か言って怒られるとイヤなので、ずっと黙っている。数時間が過ぎ、アントン・フェルナーが入室して声をかけてきた。

「オーベルシュタイン中将、ここにおられたのですか。探しましたよ」

「………」

 四葉は呼ばれたことはわかっていても、映像に集中しているので返答を省略した。それでも、フェルナーは愛想の一欠片も持ち合わせていない上司に慣れてきているので用件を話す。

「そろそろ勝利式典です。ご準備ください」

「………」

 四葉は時間が惜しかった。なんとなく三葉のように24時間も入れ替わっていることは、まだできない気がする。今は勝利式典とやらより数百年の歴史を一気に消化吸収したかった。

「オーベルシュタイン中将?」

「……」

 四葉は言い訳を閃いた。

「どうにも義眼の調子が良くないようだ。式典は欠席する」

「欠席……ですか…」

 実務を重んじ形式的なことは省略しがちなのはわかるけれど、それはラインハルトも同じであったものの、さすがに勝利式典は出席した方が良いと感じられる。それでも、身体を補助する義装具の調子が悪いと言われれば、無理にとも言えない。フェルナーは一点だけ問うことにした。

「キルヒアイス上級大将の式典会場への武器持ち込みの件ですが、結論は出ておりますでしょうか」

「………。いや……」

 それは、まったくわからない、四葉は少し考え、フェルナーに任せることにした。

「貴官に一任する」

「はっ」

 これはまた難題を、とフェルナーは無表情ながら困った。それでも彼らしく鋭敏に考え、例外をつくらないことと、これまでの前例を続けることを天秤にかけ、結論を出して上司に確認してみる。

「これまで通りでよろしいかと存じます。ことに合流されてからキルヒアイス上級大将とローエングラム閣下は以前に増して親密にされておりますれば、水を差すはかえって後難あるかと」

「では、そのように」

「はっ。………」

 敬礼したけれど、義眼の調子が悪いと言った上司が熱心に12個ものモニターを視聴しているので不思議で仕方ない。それとも、これこそが義眼の調子を治す療法なのだろうか、と思っていると、四葉はフェルナーを一瞥した。

「……」

「っ…失礼します!」

 その邪魔そうな目使いが、そっくり上司に似ていたのでフェルナーは直ちに退出した。

 

 

 

 オーベルシュタインは四葉の布団から起き上がった。

「……ここは………これは、いったい……」

 見慣れない日本家屋、窓からは陽光が差している。

「このまぶしさ……色……」

 四葉の目が中年男性っぽく顰められる。

「これは……太陽の光りか………こんなに、まぶしいものか……いや、これは夢……」

 義眼だと恒星の光りのような強烈な刺激は自動的にフィルタリングされ、単に白色のみが脳へ投影されるのに、今は岐阜県飛騨地方に降りそそぐ陽光と、それを反射している緑の木々が、まぶしい。

「木……樹木か……一枚、一枚の葉が……こんなに美しく、さざめくとは……」

 窓の外では風が吹き、蝉が鳴いている。蝉の声も、風の音も、それらは既知の感覚だったけれど、目に入ってくる光景は体験したことのない、鮮やかさだった。

 バンッ…

 思わず窓を開け、外を見渡した。

「おおっ……」

 山々の緑、湖と空の青、今まで256色でしか世界を見たことがなかったオーベルシュタインは感動の声を漏らした。

「あれが山……空……雲の白さ……なんという素晴らしいものだ……」

 あまりに感動していて、いまだ自分が10歳の女児でいることに気づいていない。外に出たくなり、ここが二階であると気づいて廊下へ出ると階段を駆け下り、裸足で外へ出た。

「うわぁぁ」

 外の光景を目にすると、感嘆しながらクルクルと回転する。四葉の身体なので、とても可愛らしかった。

「空は、こんなに青かったのか」

 まぶしくて嬉しくて涙が出る。

「木は、こんなにも色々な緑をしていたのか」

 一歩、一歩、踏みしめる玉砂利の感触も心地いい。

「石ころだって、こんなに美しい色合いをしている」

 オーベルシュタインは玉砂利の一つを拾い、見つめた。四葉の手を見ても、いまだに違和感よりも視覚が与えてくる感動が大きくて気づかない。

「…ふっ……フフ…」

 かすかに失笑し、それが、だんだん大きくなる。

「フフ! ククっ! アハハハハハ!」

 愉快だった。心地よかった。世界の見方が変わった。

「アハハハハ! ウフフフフ! キャハハッハハハ!」

 可愛らしい四葉の声で大声で笑い、世界を見つめる。

「ああっ! 素晴らしい! 素晴らしい世界だ! あははははは! 生きているって、なんて素晴らしいんだ! フアハハハハハ!」

 溢れる笑い声をあげたまま、空を見上げ、小川を見つめ、草木の緑を愛でた。太陽の角度が変わると空の表情も変わる。飽きることなく世界を見つめ続けた。これが夢なのか、現実なのか、どうして自分の身体が10歳くらいの女児なのか、なぜ宇宙要塞にいたはずの自分が可住惑星表面上にいるのか、そんなことに気が回らないほど、ずっと感動していた。

 

 

 

 オーベルシュタインはフェルナーに深刻な表情で声をかけられていたけれど、うっとりと囁いた。

「ああ、星はいい………」

 そう言って、ほろりと涙を零すと、義眼の調子が悪くなり、異様な光りを放った。

「……夢、だったのか……」

「………」

 この人も居眠りをするのだ、昨夜も徹夜だったから無理もないか、とフェルナーは上司も血の通った人間であることを感じたけれど、今は一大事があり、しかも大声で話せない内容だった。

「極めて深刻な事態が発生しております」

「……そうか。執務室で聞こう」

 いつもの上司に戻ってくれると、フェルナーからの報告を聞き、全軍に箝口令を敷いた。

 

 

 

 四葉は星空を見上げていた目に痛みと眼精疲労を覚えて目頭を指先でほぐした。

「ぅぅ……痛っ…」

 朝から、ずっと酷使されて紫外線を浴びたり、物を見つめて瞬きが少なかったのか、とにかく目が疲れている。

「まあ、私も、ずっとモニターを見てたから、お互い様かな」

 つぶやいて自宅に戻ると、電話が鳴った。

「………」

 なんとなく三葉からの電話であり、あまりいい連絡ではない予感があった。

 

 

 

 三葉はガイエスブルクで勝利式典に参加していた。

「銀河帝国軍最高司令官ラインハルト・フォン・ローエングラム閣下、ご入来!」

 式部官の声が響き、ラインハルトが入ってくる。

「オーベルシュタインは欠席か」

 隣にいたミッターマイヤーが小声で囁き、正面にいるロイエンタールが微笑して言う。

「ヤツがいないのには、それなりの理由があるのだろうさ。万人が納得せざるをえない、それでいて、それが良いこととは思えないようなな」

「まったくだ」

「同感」

 三葉も頷いていると、ラインハルトが前を通り過ぎる。

「「……」」

 二人の目が合う。

「「………」」

 今日はミツハなのか、そうだよ、ヒルダとはうまくいった? いや、それは、まだだ、いろいろと忙しくてな、とアイコンタクトが成立するような仲になっている。

「いささか遠回りしたようですが、閣下にお仕えしたく存じます」

「よかろう。提督の列に加われ」

「はっ」

 捕虜謁見が始まり、まずはアーダルベルト・フォン・ファーレンハイトが提督の列に加わった。次の捕虜が入室してくる。移動式死体保管装置と同伴だった。

「主君の屍体とは、良い手土産だな」

 ビッテンフェルトが冷笑しているので三葉は、何かな、と思って見る。アンスバッハが自裁させたブラウンシュヴァイクの遺体を運んできたのだった。

「……」

 このとき三葉は嫌な予感を覚えた。それが巫女としての力なのか、数多の戦場を短期間に経験してきた者が培う感覚だったのか、いずれにしてもアンスバッハから不穏な空気を感じ取っていた。

「………」

 ゆっくりとアンスバッハはラインハルトの前まで進むと、死体保管装置を開けて礼装していたブラウンシュヴァイクの胸部からハンドキャノンを取り出した。

「っ…」

 ハンドキャノンは三葉も知っていた。多くの白兵戦がゼッフル粒子下で行われるので、あまり使う機会の少ない小火器だったけれど、使用方法と威力は教え込まれたので覚えている。

「やめなさい! 武器を捨て両手をあげなさい!」

 とっさに三葉はブラスターを抜いて、銃口をアンスバッハへ向けて警告していた。すぐに撃つべき場面だったけど、一瞬、三葉の心にナイフで殺してしまった切り裂き爪楊枝の最期が浮かび、引き金を引くのを躊躇ってしまった。

「ローエングラム侯! わが主君ブラウンシュ…」

 ヴァイク公の仇をとらせていただく! と最後まで言い終わってから撃ちたかったけれど、三葉に銃口を向けられたことでアンスバッハはセリフの途中で撃つことにした。

「やめなさい! 撃ちますよ!」

 もう三葉も警告しながら撃つ。

 ピシュン! ドウッ!!!

 ブラスターとハンドキャノンが同時に火を噴いた。

「くっ…」

 三葉の第一射をアンスバッハは身を屈めて避けてしまった。それでも三葉は続けざまに第二射、第三射する。たとえ外しても間髪無く次々と撃て、と教え込まれていた通り、アンスバッハの側頭部と側胸部を撃ち、仕留めている。

 ズンッ!!!!!

 けれど、轟音と爆風がラインハルトのいた玉座の方から拡がってくる。ハンドキャノンの火力は装甲車や単座式戦闘艇すら一撃で破壊する。ラインハルトの身体は肉片となって四散したかもしれなかった。

「ラインハルトさん!!!」

 爆煙が薄くなったとき、三葉は戦慄した。象牙細工のように美しかったラインハルトの手足が床に散らばっている。胴体も転がっていた。

「っ……ら……ラインハルトさん!!!」

「閣下!! ぐ、軍医を早く!!!」

 ラインハルトはハンドキャノンを向けられ、三葉が警告を発したとき、とっさに回避しようと玉座を蹴って飛んでいたけれど、強烈な爆風によって手足をもがれ、壁に叩きつけられていた。

「ラインハルトさん!! ぐ、軍医を! 軍医を早く!」

 それでも胴体と頭部は離別していなかった。両腕で頭部を守ったのか、首や胸も無事で即死してはいない。三葉が駆け寄って確かめると、呼吸が止まっていた。

「息を…」

 すぐに三葉は人工呼吸を始めた。軍医も駆けつけてくると、呼吸維持装置を装着してくれる。

「治りますよね?! 死なないですよね?!」

「……。手術室へ!! 急げ!!」

 質問に答えず軍医たちは手術室へ向かう。もう三葉たちにできることはなかった。

「…………ラインハルトさん………せっかく、ここまできたのに……」

「……ロイエンタール………おい……ロイエンタール……」

 ミッターマイヤーの声がする。

「「「「「…………」」」」」

 ずっとラインハルトに集中していた他の提督たちも、ミッターマイヤーの方を見た。

「………なんとか言えよ……ロイエンタール……なぁ……」

 ミッターマイヤーは倒れているロイエンタールを抱き起こしているけれど、何の反応もない。その眉間にはブラスターで撃ち抜かれたような痕があった。

「っ……まさか……私が……」

 三葉が外した第一射はロイエンタールの眉間に当たっていた。ちょうど三葉とロイエンタールは対面するように整列していたし、その間にアンスバッハが立っていたので、アンスバッハを狙った射線が外れると、ロイエンタールへ誤射されていた。

「そ……そ……そんな……わ……私、そんなつもりじゃ……」

 三葉が両手をわななかせて泣き出しそうな顔になると、メックリンガーが肩に触れて言ってくれる。

「あの状況では、仕方のないことです。むしろ、よく動かれた。我らは誰も動けず、ただ茫然と見ていたのですから」

「…わたしが……ころした………殺して……しまった……」

「ご自分をお責めになるのは、おやめください」

「そうです! キルヒアイス閣下には何の責任もない!! そうだろう?!」

 ビッテンフェルトも叫んでくれるし、他の提督たちも頷いてくれるけれど、三葉は蹲って泣いた。

「わ…私が……また……人殺し……を……。な……仲間だったのに……敵じゃ……ないのに…」

「「閣下……」」

「……ロイエンタール……起きろよ。……お前が起きないと、キルヒアイス提督が責任を感じるだろ? なぁ……なぁ……」

 一言の遺言もなく、一瞬で親友を喪ったことが受け入れにくく、ミッターマイヤーも泣いている。ロイエンタール本人は、おそらくアンスバッハがハンドキャノンを構えたことを視認した直後、何かが光った、くらいの感覚で苦しみもせず死んだと思われ、ホーランドと同じく自分の死を覚悟してさえいないかもしれないけれど、何の慰めにもならない。ラインハルトが生死の境を彷徨うのも確実で、勝利式典は闇に包まれた。

「……私は………どうしたら………ラインハルトさんまで死ぬかも………。……キルヒアイス……私は、どうしたらいいの……キルヒアイス、教えてよ……」

「「「「「……………」」」」」

 キルヒアイスは、あなたですよ、お気を確かに、と諸提督が思っているタイミングでオーベルシュタインとフェルナーが入室してきた。オーベルシュタインは落ち着いて状況を見渡すと、やはり落ち着いたままだったのでミッターマイヤーが怒鳴る。

「卿が黒幕ではあるまいな!」

「なるほど、本来、閣下の隣にいたはずの私が欠席していたのは、いかにも怪しいな」

「そうだ! オーベルシュタインが怪しい!!」

 ビッテンフェルトが同意している。オーベルシュタインは静かに応える。

「それでもかまわないが、それではロイエンタール提督も浮かばれまい。また、ローエングラム閣下におかれても遺憾なことだろう。今少し強大な者を真犯人とすることにしては、如何か」

「何を言ってやがる?!」

 ビッテンフェルトが激昂して飛びかかろうとするのをメックリンガーが制する。

「仲間うちで争っているときではないでしょう! 迂遠な言い回しは無用! いかなる策をお持ちか?!」

「うむ。真犯人は帝国宰相リヒテンラーデということにする」

 オーベルシュタインの説明を聴いてミッターマイヤーは苦々しげに言った。

「卿を敵にまわしたくないものだ。勝てるはずがないからな」

 その言葉を無視して続ける。

「可能な限り迅速にオーディンへ戻り、リヒテンラーデを逮捕し、国璽をおさえてもらいたい」

「……オーディンなら、ノルデンさんがいる……」

 泣きながらも話を聞いていた三葉がつぶやくと諸提督が悩む。オーベルシュタインも正直、忘れていたノルデンの存在を思い返し、しばし考える。ミッターマイヤーが皆を代表して懸念を口にする。

「だが、国璽を手に入れた者が、そのままオーディンにとどまって自ら独裁者たらんとしたら、どうする?」

「ノルデンさんは、そういう人じゃないと思います」

「………キルヒアイス提督が彼を信じたいお気持ちはわかりますが、人は変わるもの、いらぬ野心に取り憑かれ、豹変することもありえます」

「そんなことを言い出したら誰も信じられなくなりますよ。仲間を信じて………、……仲間を殺した私に言えたことじゃないですけど……」

 三葉は反論の途中で意気消沈した。メックリンガーが状況を分析する。

「我らの中で階級は上級大将たるお二人が並び立ち、爵位においては子爵たりえるノルデン上級大将が優位となられる。ミッターマイヤー提督の懸念は、あながち杞憂でもあるまい」

 ケンプが拳を握って言う。

「なんの! あの男が増長するようであれば、三日と経たぬうちに駆けつけ叩きふせればよいだけのこと! 麾下の艦隊は3000に満たぬ老朽艦ばかりよ! それとも何か? 提督方は国璽を恐れ、あの男の命に服してオレを撃つか?」

「「「「「…………」」」」」

「……結局、国璽って形式的な象徴で……ただのハンコなんじゃ?」

 三葉の問いを誰も強くは否定しなかった。オーベルシュタインがまとめる。

「大方の結論が出たようですな。たしかに、ここからオーディンへ駆けつけるよりノルデン上級大将に動いていただくのが速さにおいて最善でしょう。麾下の戦力が少ないのも他の戦力の無いオーディンを押さえるに十分かつ我らと対抗するに足りず、むしろ好都合。だたし、彼へ命令を下すはローエングラム閣下の意志とし、その意志を伝えるは私とキルヒアイス上級大将で臨むこととする。また、オーディンへの部隊の展開はメックリンガー提督が超光速通信にて戦闘技術顧問として補佐する形をとる」

「え…私と…」

「……」

 オーベルシュタインが視線で、もう少しキルヒアイスらしく振る舞いなさい、と伝えてくる。ラインハルトが倒れている今、三葉がキルヒアイスを演じていることを知っているのはオーベルシュタインだけだった。

「……わかりました。ノルデンさんへは私とオーベルシュタインさんで伝えます。他の提督は出発してください! メックリンガーさんは残って」

「「「「「はっ!」」」」」

 三葉が姿勢を正して告げると、提督たちは敬礼して出て行った。オーベルシュタインとメックリンガーとの三人で超光速通信室へ向かう前に打ち合わせをしてからノルデンと通信した。

「おお、キルヒアイス上級大将。…オーベルシュタイン中将とメックリンガー画伯まで、ごいっしょとは珍しい組み合わせですな。勝利の美酒は……まだのようですな。その顔色では……、何かありましたか?」

「はい。暗殺未遂事件があり、ラインハルトさんが少し負傷されました」

「ローエングラム閣下がっ?!」

 驚くノルデンへ、オーベルシュタインが冷静に告げる。

「怪我といっても、どうということはない。義手にでもされれば、何ほどのこともない負傷です」

「そ……そうですか……それは不幸中の幸い」

「そこで閣下より上級大将殿に犯人を捕らえるよう、ご下命があった」

「犯人は、その場にいたのでは? 逃がしたのですか?」

「実行犯はキルヒアイス上級大将が、すでに討たれた。捕らえていただきたいのは黒幕」

「なるほど。して、その黒幕とは?」

「帝国宰相リヒテンラーデ」

「っ……宰相は、我らの味方では?」

「昨日の友は今日の敵、宮廷とは、そのような場所であること今さら説明が必要ですかな?」

「………。わかりました……捕らえれば、よろしいのですね? ………抵抗された場合は…?」

「殺してもかまわぬ」

「…………後味の悪い任務になりそうですな……」

「ごめんなさい、ノルデンさん、他にも頼みたいことがあるの」

「何ですかな?」

「宰相が国璽を悪用しないよう確保して。あと、ラインハルトさんのお姉さんの安全も確保。これは絶対。これを完璧にこなしてくれたら、ラインハルトさんのノルデンさんへの評価も、ものすごく上がると思うから」

「おおっ」

「元帥への昇進、間違いなしだよ」

「わかりました! やりましょう! ………ですが、艦隊戦と違い……あまり経験のない地上戦がメインになりそうですな……うちの艦隊に……」

「そう言うと思って。サポート役にメックリンガーさんが任命されてるの」

「それは心強い! よろしくお願いします!」

「こちらこそ、では、このまま作戦の立案に入りましょう。まず部隊の招集は目立たぬように、辺境で小規模な叛乱がおきたということで…」

 メックリンガーが敬礼してから細かい指示を始めたので、三葉とオーベルシュタインは超光速通信室を出た。二人で廊下を歩きながら、三葉が問う。

「あの……質問いいですか?」

「……今少し上官らしくならば」

「………」

 三葉が軍人らしく立ち直した。不安そうな顔もやめ、真っ直ぐにオーベルシュタインを見据えて言う。

「卿に訊きたいことがある」

「……。はっ」

 それはキルヒアイスの演技ではなくラインハルトの演技だとオーベルシュタインは思ったけれど、考えてみればキルヒアイス本人も、あまり部下へ上官らしく振る舞っていないことが多いので、諦めた。

「いかなることでしょうか?」

「フロイラインアンネローゼへ、弟君の容態を、いかに伝えるべきか? ……伝えぬべきか。また、…」

 三葉は小声になりオーベルシュタインの耳元へ囁く。

「ジークフリード・キルヒアイスへ、いかに伝えるべきか。卿の意見を訊きたい」

「はっ」

 オーベルシュタインは少し考えてから告げる。

「姉君へは、ノルデン上級大将へ伝えたのと同じ程度が良いでしょう。心配をかけぬという意味合いもあり、また姉君の安全を確保されるさいに、お二人が話す機会もあるやもしれませぬから、情報の程度に齟齬が無いのが重要です」

「……弟が……義手になる……。……今の時代の、……あなた方は義眼や義手であることを悲しいと思いますか?」

「………。率直な質問ですな……」

 オーベルシュタインが彼らしくなく考え込み、口元に手をあてた。気にしていない、悲しいとも思っていない、もって生まれた一つの個性だ、と言い張るのは強がりかもしれない、むしろルドルフを憎み、劣悪遺伝子排除法を悪法と忌む、その自分の行動原理は障害を克服せんとする意志であり、その意志が原因は克服しなければ健常人と並び立てない劣った特性であり、少なくとも嬉しいとは思えない事柄かもしれない、と考えると三葉の問いを否定しがたい。けれど、認めてしまうのも、また釈然としない、複雑な情念の湧く部分だった。何より、先刻まで見ていた、夢なのか、現実だったのか、それとも別の世界の出来事だったのか、あの美しい緑の惑星の光景は鮮明に心へ残っている。生まれつき視力のなかった自分にとって世界は256色だったのに、千変万化の空の色合いを知った体験は言葉で言い尽くせないものがあった。

「…………」

「……すいません……ぶしつけな質問で……」

「いえ。……………。ともかく悲しいか、どうかは、人それぞれです。戦傷であれば、義手を誇る者もいる………けれど、それは虚勢であり、心中では苦しんでいる場合もあるでしょう。ただ、慣れというものもあります。ことに義手はメンテナンスや費用負担を別にすれば、機能としては人体と、ほぼ変わりないものです。握力、腕力、機器の操作、ピアノ演奏でさえ熟練すれば可能でしょう」

 いつになくオーベルシュタインは多弁に語った上、内容は玉虫色だった。

「……義眼は……?」

「………。やや色合いに乏しく、メンテナンスも頻繁に要します」

「そうですか……ありがとうございます」

「いえ」

「………あと、ジークフリード・キルヒアイスへ、ラインハルトさんのこと……どう伝えれば……」

「それは…………ご自分で、お考えください」

「……はい」

 返事をした三葉はメックリンガーが使っている超光速通信室とは別の通信室に入って時刻を見た。

「もう時間がない」

 迷っている時間は無さそうだった。アンネローゼへ連絡を取る。

「こんばんは、ジーク」

「はい、こんばんは。アンネローゼ。……」

「何かあったのですか?」

「ええ……隠せませんね。もちろん、それを伝えるための連絡ですから話します。でも、あまり心配しないで聴いてくださいね?」

「はい。それで?」

「ラインハルトさんが負傷しました。もしかしたら、手が義手になるかもしれない」

 本当は義手どころか、両手足が吹き飛び、頭部も強打して意識も呼吸もなく生死の境を彷徨っているのだったけれど、それを隠すための演技は完璧を心がける。

「ラインハルトが……」

「犯人は私が射殺しました。戦闘ではなく暗殺未遂。おそらく、もう安全と思われますが、念のためアンネローゼのところへも部隊を派遣し守ります。ノルデン上級大将さんが向かわれますから、どうか、安全なところにいてください」

「わかりました。………ジーク、あなたは大丈夫なの? つらそうな顔をしているわ」

「私は………」

 三葉はラインハルトの容態を隠すため、嘘を思いついた。

「ええ、少し……いえ、かなり……落ち込んではいます」

「ジークが……」

「暗殺者を撃つとき……そばにいた味方まで撃ってしまい………その人が死にました」

 泣きそうになったので顔を伏せた。男なら、ここで泣かないはず、と三葉は涙を我慢する。

「ジーク……さぞや、つらいでしょう。どうか、自分を責めないでください。あなたは最善を尽くしたはずです」

「……はい……ありがとうございます……では、いろいろと急ぎますので。失礼します」

 一礼して通信を終えた。

「………ロイエンロール……じゃなくてロイエンタール……嘘に使って、ごめん」

 三葉は部屋に戻るため廊下を歩く。

「……ロイエンタールの家族への弔問……私が行くべき……あの人、家族は……。あの人と付き合ってた女性で………死んだと聴いて……泣く人と、笑っちゃう人……どっちが多いのかな……ひどい付き合い方ばっかりして……。……もし、撃ったのがミッターマイヤーさんの方で……弔問を奥さんへ……無理っ、絶対無理っ…」

 つぶやきながら部屋に戻った三葉はコンピューターを操作してロイエンタールの家族を調べたけれど、弔問するべき親類は見あたらなかった。

「……ご両親も……兄弟も……けっこう淋しい人だったんだ……あ、もう、時間が」

 そろそろキルヒアイスへの手紙を書かねばならない。三葉は重い気持ちでペンを握った。

 

 

 

 キルヒアイスは12時になって一人、ガイエスブルク内に用意された自分の部屋にいたので三葉と瀧のことについては忘れ、目前にあった手紙へ目を通す。

「っ?! ラインハルト様がっ?!」

 信じたくないことが書いてあった。

 

 ごめんなさい。

 悪い知らせです。

 ラインハルトさんが負傷されました。

 かなりの重傷です。

 現在、手術室で治療が行われています。

 原因は暗殺。

 犯人は私が射殺しました。

 ただ、そのとき一発目を避けられてしまい、それがロイエンタールさんに当たり、彼を殺してしまいました。謝って済むことではないけれど、本当に、ごめんなさい。

 また、暗殺を企てたのはアンスバッハという人ですが、黒幕がいることにしようとオーベルシュタインさんが言い出し、リヒテンラーデ宰相を捕らえることになりました。ノルデンさんが動いています。

 アンネローゼの安全も確保するよう伝えてあります。けれど、アンネローゼへは負傷は、それほど重くない風に言いました。せいぜい義手になるくらいに。詳しくは超光速通信の録画を見てください。

 あと、別紙で暗殺未遂時の状況を書いておきます。

 本当に、いろいろ、ごめんなさい。

 あのとき、躊躇わず撃てば、撃てれば、

 こんなことにはならなかったかもしれない。

 

 手紙は、そこで終わり別紙で式典会場の見取り図や、お互いの立ち位置、アンスバッハの動き、着弾点などが明瞭に書かれていた。以前に正当防衛で警視庁から取り調べを受けた経験があるからか、女子高生とは思えないほど、詳細に順序立てて書いてあり、キルヒアイスは状況を知ることができた。

「……三葉さん………あなたは最善を尽くしてくれています……まさか死体の胸部からハンドキャノンを出すなど……。どうか、ご自分を責めないでください……」

 キルヒアイスは三葉へ感謝と申し訳なさを覚えた。そして、立ち上がって手術室へ向かう。いまだ手術は続いておりキルヒアイスは何時間も待ち続け、ようやく出てきた軍医に問う。

「ラインハルト様の容態は?!」

「………」

「ご無事なのですか?!」

「……心臓は動いています」

「っ……意識は?!」

「意識は無く呼吸も呼吸維持装置によって保っています。かなり頭部を強打されており脳挫傷がみられますから、脳の機能が回復するかは、今のところわかりません。明日、目覚めるかもしれないし、永遠に意識が戻らないことも、ありえます」

「……そんな……いや、ラインハルト様なら、きっと…」

「そうですな。周囲が励ますことも、回復の一助になりえることもあります」

「……腕などは?」

「現在、専門医が義手、義足を接合する接合部の形成手術をしております。これは技術的に確立しておりますから何ら問題ないでしょう」

「そうですか………ありがとうございます」

 キルヒアイスは手術室の前に座り込んだ。

「……ラインハルト様………」

 泣きそうになったけれど、泣かずに立ち上がった。

「こんなときこそ、私が代わりにしっかりしなければ」

 今は泣いているときではない、やれることをやっておかなければ、目が覚めたラインハルトに叱られてしまう、とキルヒアイスは気持ちを引き締め、ノルデンや他の艦隊の進行状況を把握し、メックリンガーと協力してオーディン占拠をガイエスブルクから統括した。

 

 

 

 三葉は見慣れない瀧の母親が使っていた部屋で12時を向かえ、緊張した。

「ここ……どこ……あ、手紙…」

 手にしていた手紙を読む。

 

 お探しの立花瀧なる男性は発見いたしました。

 確認のために訪問いたしまして、確かに立花瀧であると認めます。

 その後、成り行きで家事などお手伝いいたしまして、ご同居されておられますお父様は仕事のために帰宅されず、お母様につきましては詳細は不明ですが、ご同居では無いようです。

 瀧さんとは夕食をともにいたしまして、どうか12時まで待ってほしいとお願いいたしましたところ、こころよく滞在を許していただき、こちらの部屋にて宿泊するよう言ってくださいました。

 できるだけ女性として瀧さんへ良い印象をもっていただくよう振る舞いましたが、至らぬ点など、ございましたら申し訳ありません。

 また、瀧さんより入浴も勧めていただきましたが、辞退しておりますものの、遠慮無くとのことですから、深夜のことで非常識かもしれませんが、お湯は残しておりますので、ご判断ください。

 あと、ぶしつけな質問で恐縮ですが、三葉さんは瀧さんを、どう想っておられるのでしょうか。

 もし、好意を抱いておられるならば、私も関係の進展に支障の無いよう振る舞います。どうぞ、ご教授ください。

 

 読み終えた三葉は叫びそうになるのを我慢した。

「……ハァ……ハァ……勝手に泊まるとか……これじゃ、私、据え膳ってヤツじゃ……。ま、まあ、でも、あれだけの情報で、すぐに発見してくれたのは感謝かな……私だったら無理だったかも…」

 気を取り直して状況を確認する。ごく普通の集合住宅にある一室で、しばらく使っていない感じの部屋だった。

「……どうしよう……瀧くんの家なんだよね……ここ……」

 耳を澄ませる。廊下に人の気配はしない。そっと三葉は廊下へ出てみた。よくテレビなどで見かける糸守町には無いタイプの集合住宅で廊下は玄関と居間をつなぎ、左右に部屋がある。トイレと浴室、そして瀧の部屋はネームプレートがさがっていたので、すぐにわかった。

「…………」

 どうしよう、瀧くんには会いたかったけど、まさか泊まってるなんて、静かだけど瀧くんは、もう寝てるのかな、どうしよう、どうしよう、このまま部屋にもどって私も寝る、それとも帰る、って、ここを出ても終電は無い時間だし、状況は泊まるか、瀧くんの顔を見るか、その二択、ええい! ここまで来て何を怖じ気づいてるのよ! そうよ、瀧くんに会うために、わざわざ東京に来たんじゃない! 会おう! 顔を見よう! 大丈夫、この世界なら因果律は問題ないって四葉も言ってくれた、今度こそ結ばれる、女子高生のうちに彼氏つくる! 24歳まで待った挙げ句に、お預けなんて絶対イヤ! と三葉は積年の想いを遂げるため、決断した。

「…………」

 そっと瀧の部屋まで歩き、扉を静かに開けてみる。瀧はベッドで横になっていたけれど、起きていたものの、廊下を移動してくる人の気配と、扉を静かに開けられた音を聴いて、とっさに目を閉じて寝たふりをした。

「…………」

「…………」

 三葉は足音を立てないように瀧へ近づくと、その顔を見つめた。

「……うん……瀧くんだ……ちょっと幼いけど……この顔……この顔だよ……」

「…………」

「……ああ………瀧くん……やっと会えた……」

 三葉は嬉しくて身もだえする。初対面なのに初対面じゃない気がする。ずっと、ずっと、会いたかった人という気がする。その頬に触れたくて、三葉は手を伸ばした。

「……瀧くん……」

「………」

 瀧は頬に触れられても、とりあえず寝たふりを続けた。突然に訪ねてきた女子高生は12時になったら、もう一度会いたい、と言っていた。それを思い出すと瀧は寝たふりを続けながらも、真っ赤になったので三葉は狸寝入りだと気づいた。

「……フフ……瀧くん、可愛い……」

「………」

「眠っている王子様にはキスだよね」

 もう浮かれまくっている三葉は、いきなりのキスから始めようと顔を近づける。三葉の身体が照明の明かりを遮り暗さと三葉の匂い、髪の毛の流れる気配が近づいてくると、さすがに瀧は目を開けた。

「あん、もお。もう少し目を閉じていてほしかったなぁ」

「っ…お……お前は誰だ?!」

 思わず瀧は問うた。あまりも夕方から二人で過ごした深窓の令嬢のような女子と違い、今の三葉からは彼氏いない歴24年の女性が醸し出すような飢えと焦りと、強引な求愛を感じる。思春期に入ったばかりの14歳の少年は本能的な危険を感じていた。

「フフ、私の名は、宮水三葉。君の名は、立花瀧」

「…だ…だいたい、なんでオレのこと知ってるんだ?!」

「ほら、やっぱり世界は止まらない。因果律の糸は絡まらない。大丈夫、ここでは私と瀧くんが結ばれる。やっと、やっと結ばれる」

 そう言った三葉はベッドに横たわっている瀧へ覆い被さるように、両手を男の両肩へついて押さえ込み、キスをしようと顔を近づける。

「大好きだよ、瀧くん」

「っ…や、やめろって!」

 瀧はキスされまいと抵抗して逃げる。

「逃げないでよ。もう離さないよ」

「やめろって! お前は何なんだよ?!」

 さらに瀧が激しく抵抗すると、三葉も反射的に押さえ込みに入る。

「寝技で私に勝てると思うの」

「くっ…このっ…」

 女子高生の腕力と男子中学生の腕力では瀧に軍配があがるけれど、寝技の技量では三葉が、はるかに上だった。白兵戦技で鍛えた三葉は的確に相手が力を出しにくい体勢へもっていき、自分の体重もうまく使って瀧を押さえ込んだ。

「…ハァ…ハァ…」

「ハァ…ハァ…」

 二人とも息を乱してベッドにいて、三葉が上で瀧が下、激しく動いたおかげで三葉の身体からは強い汗の匂いがした。さきほどまでの甘く誘うような香りから、今は強めの饐えたような体臭に変わっていて、瀧は嫌悪感しか覚えなかった。

「…くっ……離せよ……」

「もう離さない。ずっと、ずっと離さない。何年、待ったと思ってるの? 3年? 7年? 14年かも21年かも700年かも、もしかしたら1200年かも、いったい何回、繰り返したのかな、今度こそ今度こそ。フフフ」

「どんなババァだよ! お前臭いんだよ! 離せよ!」

「…………」

 浮かれていた三葉の顔が、かなり冷めた。そして押さえ込んでいる手に力を込める。

「いくらなんでも失礼だよね。ちょっとお仕置きが必要かな」

「くっ…何を…」

 瀧は腕の関節をキメられたまま、うつ伏せにされる。三葉は頭髪を飾っていた髪紐を解くと、紐で瀧の両手首を後ろ手に縛ってから、また仰向けにしてマウントポジションに戻る。

「もう無駄な抵抗はさせない。そして、悪いことを言う口は塞いであげる」

「っ…」

 瀧は生まれて始めて性的な恐怖を覚えた。この女は、やばい、本気だ、と感じる。両手を縛られ、もう抵抗できない。がっちりと三葉は内腿で瀧の骨盤を挟み込みながら、お尻に体重をかけて瀧の重心を押さえ込んでいる。格闘技の経験がない瀧には逃げようもない。女の子の股間が下腹部に押しあてられているというのに、縮み上がって恐怖しか感じない。

「そんな顔しないで。きっとキスすれば想い出すよ」

「くっ…くそっ…」

 瀧は唇を奪われそうになって横を向いて逃げた。

「焦らすのね。でも、もう待たない」

 三葉は両手で瀧の頬を捕まえると強引にキスをする。

「瀧くん、大好きだよ」

「うっ…」

 瀧はファーストキスを奪われて呻いた。

「どう? 想い出してくれた?」

「何がだよ?!」

「う~ん……まだなのかな。……そうだ、唾液を」

 また三葉は強引にキスをする。今度は口を開けて、舌先を瀧の唇にねじ込もうとするけれど、瀧は口を閉じて許さない。

「瀧くん、口を開けて」

「……」

 開けるものか、と14歳の少年は涙ぐみながら抵抗している。

「瀧くん……ごめんね、苦しくないようにするから、許してね」

 三葉は瀧の頸動脈を指先で探し当てると、強く押さえる。脳への血流が一気に減少し、瀧は絞め技をうけたのと同じに意識が朦朧となり、力が抜ける。もう瀧には自分の身体を自分の意志で動かすこともできなくなった。

「チュッ♪」

 三葉の舌先が口の中に入ってきて唾液が注ぎ込まれる。

「どう? 想い出してくれた?」

「………」

 瀧は両目から滝のような涙を流している。それを三葉は嬉し涙だと解釈した。

「うん、そうだよ、私、宮水三葉」

 三葉は嬉しくて嬉し涙が出てくる。

「やっと会えたね、瀧くん」

「…………」

 ぐったりとした瀧は涙を流し続けている。何一つ想い出さなかったけれど、わかったことはある。この女は、ある日突然やってきて、こちらの都合など、おかまいなしに振る舞うんだ、と瀧は思い知った。夕方に出会ったときのお嬢様のような雰囲気はオレを騙すための演技だったんだ、泊めるんじゃなかった、騙された、と瀧は後悔の涙に溺れる。

「瀧くん、ねぇ、三葉って呼んでみて」

「……………」

「瀧くんってば」

「………」

「……瀧くん………」

 涙を流し続けている瀧を見ていると、三葉は少し不安になった。嬉し涙ではないような気がしてくる。それどころか、とても嫌われているような気がする。

「………想い出してくれないの? ほら、三葉だよ。恥ずかしいけど、瀧くんになら、いいよ」

 三葉はブラウスの胸元のボタンを外してブラジャーもゆるめ、胸を見せる。

「ほら、ほら、私のおっぱい、大好きだったでしょ」

「…………」

 瀧は顔に乳房を押しつけられても喜びは感じなかった。胸元の肌のベタベタとした汗の感触と三葉の腋の匂いが不快なだけで目を閉じて震えている。

「瀧くん………どうしたら、わかってくれるのかな……私だってこと……」

 だんだん三葉の不安も大きくなってくる。このままでは嫌われてしまうだけで二度と会ってくれないかもしれない。それは絶対イヤだった。

「………こうなったら………既成事実を……」

 ヒルダも早耶香も使った戦術を三葉も用いることにした。

「これで想い出してくれるかもしれないし」

 腰をあげてスカートはそのままに下着を脱ぎ、それから瀧のズボンを脱がせる。

「っ……や…やめ…」

「抵抗しないで。痛くしないから」

 これって男のセリフかな、と思いつつも三葉は既成事実をつくるために動くけれど、一切その気がない男とは難しかった。ヒルダと交わったときは、ごくごく自然に大きくなってくれたものがフニャフニャとしていて思うように一つになれない。そのうちに玄関から人が入ってくる気配がした。

「っ…父さん……父さん!! 助けて!!」

 瀧は仕事が終わって帰ってきてくれた父親に助けを求めた。

「助けて!! 父さん!!」

「……ちょ……静かにして」

 三葉は瀧の口を両手で塞ぐ。

「うぐっぐふ!」

「瀧? どうかしたのか?」

 扉の向こうから父親が声をかけてくる。

「ううぐうう!」

「玄関に女物の靴があったけど、誰か来ているのか?」

「ううう! ふうううう!」

 両手で口を塞がれて思うように声が出せないけれど、瀧は足もバタつかせて異変があることを父親に知らせる。その物音で、さすがに父親が不審に思い、扉を開けてくれた。

「瀧、どうかし…………誰だ?! 君は?! うちの息子に何をしている?!」

 息子に馬乗りになっている女子高生がいて、両手で息子の口を塞ぎ、塞がれている息子は涙を流していて、しかも両手を縛られているように見える。女子高生は胸元もあらわにボタンを外し、脱ぎ捨てられた下着が床に落ちていて息子に跨っている。どう見ても息子の危機に見えた。娘なら、こんな危険性も考えたかもしれないけれど、息子だから一人で留守番させても大丈夫と、父子家庭ながら安心していたのに、目の前の光景は危機そのものだった。

「瀧から離れろ!!」

「っ…ち……違うっ…違うんですよ! お義父さん、こ、これには事情がありまして!」

 慌てて三葉が瀧からおりる。

「わ、私と瀧くんは、結ばれる運命というか……なんというか…」

 三葉が言い訳しているうちに、瀧は父親に手首の紐を解いてもらった。

「大丈夫か、瀧?」

「うん……」

 泣いていたことを恥じるように顔を伏せる息子が哀れだった。父として不審な女を睨む。

「どこの学校だ?! 君は!!」

「ぃ、糸守高校です」

「いともり? 知らないな。どうやって、ここに入った?!」

「え、えっと……た……瀧くんとは……仲がいいというか……」

「騙されたんだ!! こいつに!!」

 瀧が夕方からの経緯を話すと、父親はスマフォを出した。

「警察に通報しよう」

「っ?! そ、そんな! ま、待ってください! 違うんです! 誤解です!」

 三葉は父親にすがるように謝る。

「ごめんなさい! 強引だったのは認めます! でも、信じてください! 私と瀧くんは結ばれる運命で、相思相愛になるんです!」

「……」

「こんなヤツ知らない!! 見たことない!! 大嫌いだ!!」

「瀧くん……わ、私たちね、嫌い合う場合もあるけど、心から愛し合うこともあるの」

「「…………」」

 瀧と父親が顔を見合わせる。

「……瀧、どうする? 警察に……被害を出すか?」

「それは……」

「お願い、警察は勘弁してください! 警察だけは!」

 すでに警視庁には切り裂き爪楊枝を殺してしまった件で世話になっている。この上、強制わいせつで通報されると、今度こそ大変なことになると三葉にもわかったので、もう土下座して謝る。

「ごめんなさい! 申し訳ありませんでした! 強引すぎました! どうしても瀧くんが大好きで! ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 殴ってください! 蹴ってください! 気の済むまで殴ってください! だから、警察だけは、どうか!」

「「…………」」

 襲われたのが娘で侵入したのが男子高校生なら鉄拳制裁したかもしれないけれど、泣きながら土下座する三葉を見ていると、とりあえず話を聴こうということになり、居間へ移動した。

「それで君は瀧を、どこで見かけたんだ? いつから瀧を想ってくれていたんだ?」

「はい……それは……」

 どう説明していいものか、東京と岐阜では接点のないはずの自分と瀧のことを何と言うべきか、三葉は迷い。信じてもらえそうな話を考えてみる。

「……実は………瀧くんとは………………ぜ……前世で…」

「「前世……」」

「前世で想い合っていたんです」

 無理があるとわかっていても、三葉は想いを込めて瀧を見つめた。その瞳には真実の想いがこもっていて、瀧は目をそらし、父親はタメ息をつく。

「はぁぁ……それで?」

「想い合っていたけれど、世界が……いろいろあって……結ばれなくて。でも、今回の世界なら、大丈夫なんです」

「「…………」」

「本当に私は瀧くんが大好きなんです。瀧くんも、きっと、時間があれば想い出してくれるはず!」

「君は前世と言ったね? いつの時代の話かな?」

 父親が社会人らしく落ち着いて問うと、三葉は目を泳がせる。

「え、えっと……明治かな……大正だったかな…」

「ほう」

「く…詳しくは覚えて無くて……前世だったかも……前々世、だったかも……1200年前かも……前々々世かも……」

「嘘をついている目というのは、見ればわかるものだ。やはり警察に通報しよう」

「っ…ま、待って! は、話します! 本当のことを!! 話しますから待って!!」

「それで」

「本当は前世ではなく、別の世界で会っているんです!」

「「…………」」

「信じてください! 本当です! ま、まずは入れ替わりの話から…」

 三葉は自分が認識している限りの話を言い募った。入れ替わりのこと、時間移動のこと、隕石で死んでしまった世界のこと、瀧に助けてもらい再会できた世界のこと、すべて正直に一生懸命に話した。それを語る三葉の目は泳いでおらず、真実を語る切実な少女の目だった。

「私の話は本当です。だから、きっと秋祭りの日にティアマト彗星は、その一部が落ちてくる。このことに瀧くんは関わらないでくれれば、私と瀧くんは結ばれても因果律に何の問題もないはずなんです」

「「……………」」

 瀧と父親は強い疲労感を覚えていた。もう午前3時過ぎで、そろそろ眠りたい。明日も定時から仕事がある父親は、なおのことだった。これから警察に通報するとなると、日の出を見ることになりそうで、それも避けたい。

「わかった。君の話はともかく警察に通報するのはやめよう」

 見渡すと雑然としていたはずの居間やキッチンは、すっきりと片付けられていて多少の誠意は感じられる。悪い子でない、けれど頭の病気だ、と判断した。

「ありがとうございます、お義父さん」

「だが、もう二度と瀧に近づかないでくれ」

「そ……そんな……」

「次は必ず通報する」

「………私は……本当に瀧くんのこと……」

「もう出て行きなさい。日も昇るし、始発も動くだろう。本当に岐阜県から来ているなら早く帰りなさい」

「…………」

 三葉は瀧を見つめる。その目から涙が滝のように溢れた。

「……瀧くん………お願い……想い出して……」

「…………もう……来るな……」

 女性から強い好意を向けられて戸惑う気持ちと、襲われかけた嫌悪感で瀧は目をそらし顔を背けた。父親が告げる。

「出て行きなさい」

「………」

 頭を下げた三葉はトボトボと立花家を出た。泣きながら夜明け前の都内を歩いていると、切り裂き爪楊枝と似たような風体の男たちに声をかけられたけれど、無視したし、無視してもからんでくる輩には強烈な教訓を与えて、三葉は始発電車で糸守へ向かった。

「……ぐすっ……ぅぅ……瀧くん………」

 三葉は新幹線には乗らなかった。何の意味もないとわかっていても、新幹線の速さで東京から、瀧から離れてしまうのは悲しくて、在来線を乗り継いで糸守へ向かった。おかげで始発に乗ったのに糸守へ到着したのは終電だった。

「…………」

 それでも、まだ家に帰りたくない。この旅が終わってしまうと、瀧とのことが終わってしまうように感じて、家に足が向かず、糸守駅から自宅に電話をかけた。

「もしもし、宮水です」

「……私……」

「ああ、お姉ちゃん。なんか、声が枯れてるね。見つかったって聞いたけど、やっぱり見つからなかった?」

「………会えた……」

「けど、その声の感じだと、……悪い結果?」

「うん………ぅうっ……ひぅうぅ……うわああん…」

 泣きながら三葉は瀧との間に起こったことと、ラインハルトの身に起こったことを説明した。

「そっか……どっちも大変だね」

「………私……もう死のうかな……来世で瀧くんと……」

「はぁぁ……そんなこと言ってないで。まだ希望は……あ、今回は髪紐、どうしたの?」

「髪紐? どうしたって?」

「あれを立花瀧に渡した?」

「え………」

 言われて三葉は頭に何も着いていないことを自覚した。

「忘れたかも……瀧くんの家に……あっ!」

「どうしたの?」

「……パンツも……脱いだまま……忘れたかも……」

 三葉はスカートの上からお尻を撫でて、真っ赤になった。

「うぅぅ……東京から、ずっと……ノーパンだったかも」

「死のうとか思わないでね。とりあえず帰ってきなよ。なんとなくの予感だけど、しばらく冷却期間をおけば、立花瀧とのご縁もありそうな気もするから」

「四葉………ありがとう…」

 一縷の望みを未来に託して、三葉はトボトボと家に帰った。

 

 

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