「君の名は。キルヒアイス」方向性修正版   作:高尾のり子

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第18話

 

 

 キルヒアイスは宮水三葉として目が覚めたので、ラインハルトの容態のことは忘れるようにして、夏休みの宿題を仕上げにかかっていた。そこへ、克彦と早耶香が訪ねてくる。

「よお、三葉。久しぶり」

「三葉ちゃん、お久しぶり」

「はい、お久しぶりです、テッシー、サヤチン」

 三葉からの手紙で共同して夏休みの宿題を仕上げる予定が入っていることを知っていたので居間で取り組む。

「おお、すげぇな。三葉、ほぼできてるじゃん」

「はい、あとは自由研究だけです」

「三葉ちゃん、写させてもらっていい?」

「どうぞ」

 夏休みの間に、すっかり何度も抱き合う関係になっている早耶香と克彦は進んでいなかった宿題を写し始める。キルヒアイスは自由研究に取り組んでみたいと三葉に伝え、承諾をもらっているのでペンを走らせ始めた。

 

 選挙制度の維持と改変について、その権限を議会と分離することの意味

 そも、人間は自分たちに有利となるよう規則であれ、法律であれ、設計しがちである。これは公職選挙法や選挙区割りにおいても同様で米国のゲリマンダリングの例を挙げるまでもなく、与党は自らの優位さを維持できるよう選挙区を設定し、また公職選挙法を改変する。

 人類にとって血統でなく選挙によって政治的代表者を決定することは最善である確証はないものの、他の方法が選挙に勝っていると立証されない限り、今後も有用であるが、前述のような恣意的な運用によって与党優位のまま政治腐敗が進むことは避けなければならない。

 このためには選挙制度の維持と改変については、議会の権限とせず、一般市民から裁判員制度と同様の方法で選出された者に、さらに法律について行政書士程度の試験を課し、これに合格した者へ6年ないし10年の任期をもって選挙制度審議委員にあて、その委員を251名の定数として運用していくことを提案する。

 これによって与党が自らに優位な選挙制度を設計することはできず、公正さを保つことが可能となり、また委員の任期途中の罷免については最高裁判所裁判官の罷免と同様に国政選挙のさいに行うことによって、単なる抽選と筆記試験だけでなく国民からの信任も担保できうる。

 たとえば、世襲議員の問題についても、父親が多選のベテラン議員であればあるほど、周囲は異議を唱えにくい。世襲議員について父親と同一の選挙区から立候補することを不可とする規則を作ろうとしても、現状の制度では途中で頓挫しやすい。人間は自らに不利となりうる制度改変に賛成しないからである。

 しかし、既に述べた選挙制度審議委員を議会と別個に設ける方法であれば、世襲議員が父親の仕事を受け継ぐという家業継承の意味合いもあって、それに幾分かの道理もあるとしても、せめて選挙区を替えるなりの規制によって、まったくの新人立候補者との間に公平性をつくりうる可能性は出てくる。

 

「三葉ちゃん、頑張るねぇ」

「三葉、それ、もう課題の文字数を超えてるんじゃないか? もう、それで提出すればいいじゃん」

「いえ、もう少し」

 

 一票の格差について

 地域の人口によって一票に2倍以上の格差が生じていることは問題である。しかしながら、山間部など人口の少ない地域の民意を無視してもよいことにはならない。この問題を解決するには議決権を議員一人1票とするのではなく、議員の得票数に応じて議決権を付与すればよい。

 たとえば、A議員が3万票で当選し、B議員が2万票で当選していても二人の議会における議決権は同じであるが、議決権を得票数に応じて付与する制度を設ければ、Bは2万に比例した議決権をもち、Aは1.5倍の議決権をもつことになる。これによって1票の格差は議決権において、まったく生じなくなる。

 また、議員報酬についても得票数と比例させることで、その正当性を主張しやすくなる。

 ただし、それでも山間部や離島などの人口希少地区の民意が無視されがちなことは懸念されるが、これに対して、ふるさと投票という制度を創設することで対応できる可能性が増す。

 ふるさと投票とは地域出身者が都市部で長年生活していても、一定の登録要件を満たせば、出身地の国政選挙へ住民票がなくても投票できうるという制度である。

 

「三葉ちゃん、頑張ってるところ邪魔かもしれんけど、ちょっと気になる噂を聴いたんよ」

「はい、どのような噂ですか?」

「うん……三葉ちゃんが駅から泣きながら家まで帰ってたって……近所の人が言ってたから。何かあったの?」

「それは……」

 手紙で瀧とうまくいかなかったこと、もう瀧へは連絡したりしてはいけないことは伝わっている。とても残念で気の毒で、なのに何もできない。克彦も言ってくる。

「うちの伯父も同じ終電に乗ってたらしいけど、ずっと泣きっぱなしだったらしいじゃないか。どうしたんだよ?」

 小さな町なので噂が回るのは早いし、糸守駅は終点なので最期まで乗っているのは町民だけになりやすい。黙っていて二人に心配をかけるよりは、ぼやかしつつも真実を語ることにした。

「やや離れたところに好きな人がいたのです。………けれど、……うまくいかなくて……それだけです」

「「そっか……」」

 失恋かぁ、と少しは予想していた答えだったので克彦と早耶香は納得する。

「三葉、あんまり落ち込むなよ」

「はい、忘れるようにします」

 そう言って、またペンを走らせる。

 

 もっとも、ここまでに述べたようなドラスティックな国政の改革は第二次大戦後に明治憲法から現状の憲法へ、強権的にGHQ主導で変更されたように、強大な権限が一時的に必要になることは想像されうるが、それでも粘り強い民衆への啓蒙によってなしうる可能性もある。それには全体の民度の底上げが必要となり、教育の充実が重要である。

 快楽と怠惰に溺れやすい民衆に、いかに規範的な生き方をさせるか、この課題を人類がクリアするには百年、いや千年を経ても困難なのかもしれない。すでに古代ローマにおいてさえ、市民階級はパンとサーカスに浸り、滅びを経験している。より高く、より良く、人類を導く方法はないものだろうか。ないのであれば、やはり選挙による共和制が最善でなくとも次善であり、その制度設計に磨きをかけることこそ、よりよい未来への布石になると結論する。

 

 結語してペンを置いた。

「………民主主義……バンザイ」

「「え?」」

「ぃ、いえ。何でもありません。ちょっと言ってみたかっただけです」

 帝国では言うことさえ憚られることを、ここなら問題ないと言っていた。

「三葉って、やっぱりオヤジさんのあとを継ぐ感じで選挙に出たりしようと思っているのか?」

「それは………どうでしょう」

 三葉の進路について答えることはできないので曖昧に返事をする。

「この自由研究の感じやと、三葉ちゃんは世襲には反対なの?」

「………いえ……その……一つの考え方をまとめてみただけです。……」

「三葉は大学の第一志望、防衛大学校にしてたよな」

「防衛大学校……はい、そのようにしたかもしれません」

 もう日本の制度については、かなり学習しているので防衛大学校が士官学校にあたることも、憲法9条という武力放棄と、自衛のための戦力保持という概念も知ってはいる。

「あれって冗談か? それとも本気なのか?」

「冗談で進路は決めないでしょう」

「そ…そうか…」

「………」

 三葉さんには、そんな目標があったのですね………けれど、もう秋には三葉さんも、テッシーも、サヤチンも………もし、瀧さんとうまくいっていたら東京で過ごしていたら三葉さんだけでも助かったかもしれないのに……やはり、隕石で死んでしまうことは不可避なのでしょうか……と考えてしまうと三葉の瞳に涙が浮かんだ。女の身体でいるせいか、女として過ごしている気持ちのせいなのか、涙を耐えることができず零してしまうと、克彦と早耶香に心配をかけてしまう。

「三葉……」

「三葉ちゃん……、ねぇ、話すと楽になることもあるよ? どんな失恋やったん? どこの人? 年上? 年下?」

「………ありがとう、サヤチン……でも、今は……話したくない気分です」

「そう。もちろん、無理強いはせんから。話したくなったら、いつでも言ってね」

「はい、ありがとう」

 心配してくれる気持ちが嬉しいのと、そんな早耶香が死んでしまうと思うと、もう嗚咽が耐えられなくなって両手で顔を覆って泣いてしまった。

「三葉ちゃん……」

「三葉………」

 さらにはラインハルトの容態が回復しないことまで思い出してしまい、ここでは気を張らなくて済むということもあって、ずっと泣いて過ごしてしまった。

 

 

 

 三葉はノルデンとともに銀河帝国軍の元帥として新無憂宮の中で一番憂鬱な部屋に来ていた。豪華なのに陰鬱な自裁用の部屋で、諸将や文官たちとリヒテンラーデが連れてこられるのを待っている。

「はぁぁ……」

 三葉がタメ息をつくと、ノルデンもタメ息をつく。

「はぁぁ……気の重い仕事ですな……」

「本当に」

 そう言いつつも、しっかりしなければ、と思い直して三葉は直立不動となった。リヒテンラーデが爵位にふさわしい礼装で儀仗兵に連れられ入室してくる。新たな国務尚書となったフランツが運命の皮肉と繰り返しに対して悲痛な面持ちで読み上げる。

「エルウィン・ヨーゼフ皇帝陛下よりの勅命である」

 わずか5歳の皇帝が老人に死ねと命じるはずもないけれど、それでも読む。

「リヒテンラーデ公爵に死を賜る」

「……」

「格別のご慈愛により自裁をお許しくだされた。さらに公爵たる礼遇をもって、その葬礼をなすであろう」

「…………。まさか、赤毛の小僧と、子爵の小倅とはな」

 リヒテンラーデに睨まれて、三葉は無表情を頑張ってつくったけれど、ノルデンは目をそらした。ビッテンフェルトが声をあげる。

「キルヒアイス閣下に対し無礼であろう!」

「ビッテンフェルト提督、ここは気が済むまで言いたいことを言わせる部屋だから」

「…はっ…」

 三葉の解釈はある意味で間違ってはいなかったけれど、ここまで率直に表現した者は銀河帝国の歴史上、いなかった。リヒテンラーデが続ける。

「そういえば、お前たち二人と、ここで会うのは2度目だったな」

「……そうですね」

「そうでしたな……ご老人…」

 三葉とノルデンはカストロプ動乱後にエリザベートの自裁に立ち会ったことを思い出した。うら若い女性の最期も後味が悪かったけれど、放っておいても近いうちに亡くなるであろう老人の死を早めるのも気が進まない。

「せいぜい勝った気でいるがいい。金髪の小僧も死んだも同然らしいのォ。ククっ。ブラウンシュヴァイクらも、きっと腹を抱えて笑っておるじゃろう」

「「…………」」

 ひどいことを言われても、これから死んでいく人だと思うと三葉とノルデンは反論する気になれなかった。

「お前たちの立っておるところは危ういぞ。下手をすれば、歩みの遅い老人より、お前たちのいずれかが先にヴァルハラの門へ着くかもしれんくらいにな」

「「……………」」

「歴史は繰り返すというじゃろう。ブラウンシュヴァイクとリッテンハイムも協力は表面だけ、ワシと金髪も同じじゃ。お前たち二人も、すでに腹の中でタイミング見計らっておろう。いつ排除してやろうかとのう」

「私もノルデンさんも、そんな人間じゃないし」

「そ、そうですぞ! ぁ、あらぬことを言われては困ります」

「クク。そうかのォ? 子爵家の家門が泣いておるぞ。赤毛の下風に立つなぞ名折れとな、お前の家は帝国建国以来の名門、ルドルフ大帝にも近しかったらしいぞ」

「………」

「そうなんですか? ノルデンさんの家」

「え、ええ、まあ。ルドルフ大帝が、まだ少尉だった頃から、いろいろとお手伝いをして覚えめでたかったとのことです」

「へぇぇ」

「よいのか、このまま赤毛の下風で」

 リップシュタット戦役後、帝国の軍権と政治は実質的にキルヒアイスとオーベルシュタインが握っており、内政にはフランツをあて、諸提督もキルヒアイスに従っている。さらに幼帝を補佐する形でキルヒアイスは帝国宰相も兼ねていた。一方でノルデンには残存艦隊があるばかりで、ロイエンタールの死去にともない、彼の艦隊を引き継ぐという話もあるものの、進んではいなかったので元帥とは名ばかりで少将程度の兵しか麾下に無かった。階級だけがオーディン占拠の戦功であがっていて、同じ元帥といってもキルヒアイスとは実質的な権限に大きな差ができていた。そこを突いて心を乱そうとする老人の言葉に三葉がムッとして言う。

「ノルデンさんとは同時に元帥になったから上下はありません」

「そ、そうですぞ! 我らは盟友! 帝国軍の双璧!」

「クク。気をつけよ、いつ寝首をかかれるか。どちらが先に手を出すかのォ」

「「…………」」

 三葉もノルデンも、そろそろ自裁を進めて欲しくなる。いつまでも老人に喋らせておくのは忍びないし、精神衛生的にも悪い。けれど、いよいよ自裁させるという合図を誰が送るのか、どんな合図にするのか、事前に決めていなかった不手際を三葉は悔いた。もう死なせることは決まっていても、やはり人を殺すタイミングというのは誰しも決めにくい。困っているとオーベルシュタインが部屋の窓を開けた。窓から風が入り込み、陰鬱な空気が少し和らぐ。

「リヒテンラーデ公、最後に空をご覧になってはいかがか」

「………そうしよう」

 意外にも素直に老人は窓からオーディンの空を見上げたけれど、諸将はオーベルシュタインの言こそ意外だった。リヒテンラーデは空を見たままつぶやく。

「……ワシは長生きしたな………もう十分じゃ………。キルヒアイス、とかいうたか」

「はい」

「せいぜい気をつけることじゃ。そして権力を手にしたかもしらんが、どう使うか次第でお前の評価は天にも地にもなるじゃろう。汚名を残さんようにな。理想の政治とは何か、よく考えることじゃ」

 そう言ったリヒテンラーデは窓の方を向いたまま、腰の後ろで組んだ手の指先をチョイチョイと動かした。それは長年の合図だったので係の者が毒杯を恭しく差し出した。

「…………どうせ滅びるなら……せいぜい華麗に滅びるがよい……か」

 その言葉を最後に毒杯をあおり、すぐに倒れて動かなくなった。

「………どうか、ご冥福を」

 三葉が頭を下げると、ノルデンたち諸将と文官たちも、それに倣った。自裁が終わり宰相府へ戻るために移動する。廊下を歩く序列も、やはり元帥たる三葉とノルデンが前になり、ノルデンが話しかけてきた。

「ローエングラム閣下の、ご様子は?」

「まだ……意識が戻らないそうです」

「そうですか………閣下こそ、帝国の皇帝たるにふさわしい方と……いや、これは不敬にあたりますかな……今の陛下に………。あと、私の立場も…」

 ノルデンが話している途中で一人のメイドが襲いかかってきた。

「死ねぇ!!」

「ひっ?!」

 ノルデンへと襲ってきたメイドがナイフを突き出してくる。

 ピシュンッ! ピシュッン!

 暗殺者の凶刃は三葉が発射したブラスターの閃光によって阻まれた。一瞬の迷いもなく、ほぼ反射的に三葉はブラスターを2射して頭と胸を撃ち抜き絶命させると、ノルデンの頭を抱えて、いっしょに倒れ込む。

「伏せて!」

「うぐっ…痛っ…」

「暗殺者が身体に爆弾を隠してることだってあるから! このまま匍匐前進!!」

「ひっ…それは一大事…」

「脚を閉じて股を守って!! 腕だけで匍匐前進!!」

「ひーっ…これは、きつい!」

 二人の元帥が廊下で匍匐前進するので、後に続いていた者も、それにならう。暗殺者の死体から十分な距離をとり、廊下の角を曲がったところで息をついた。

「ハァ…ノルデンさん、怪我は?」

「ハァハァヒィハァ、腕を擦り剥いたくらいでハァハァ、ハァヒィ」

 匍匐前進で傷めた腕をノルデンが痛そうにさすっている。

「よかった。……今回は……守れた……」

「狙われたのは…ハァ…やはり私でしょうか……ハァ…ハァ…」

「どうかな。同じ元帥の軍服だから、狙いは私だったけど、間違えたのかもしれないし」

「どっちにしても勘弁願いたいですな」

「まったくよ」

「「閣下?! ご無事ですか?!」」

 衛兵や士官が駆け寄ってきて、すぐに刺客の身元をケスラーが検めて報告してくれる。

「エルフリーデ・フォン・コールラウシュという女でした。この者はリヒテンラーデ公の姪の娘にあたり、オーディン制圧のさい手配しておりましたが捕らえられず、潜伏してノルデン元帥の暗殺を謀ったものと思われます」

「ノルデンさんを……なぜ?」

「リヒテンラーデ公を捕らえたのはノルデン元帥の部隊です。より直接的な恨みのある者を狙ったのでしょう」

「ひーっ…キルヒアイス元帥がいてくれなかったら、危ないところでした……ありがとうございます」

「いえ……身体が反射的に動いてくれて……もう、仲間を喪いたくないから」

「キルヒアイス元帥……」

「ケスラーさん、私とノルデンさんに護衛をつけることはできますか?」

「はい。ですが、先日、私がキルヒアイス閣下には護衛をつけようと提案いたしましたとき無用だと。余分な経費をかけるなら民生費にあてよとおっしゃいましたが、よろしいのですか?」

「………」

 あの倹約家め、自分の立場を自覚しなさいよ、と三葉は朝令暮改を気にせずケスラーへ厳命する。

「今後、私の気が変わって、また護衛が要らないなんて言い出しても、絶対につけなさい。私とノルデンさんの安全をケスラーさんに一任します。あなたの判断で必要と思われるだけ護衛してください」

「はっ!」

「そもそも手配されていた人が、どうして、ここまで入ってくるわけ?」

「おそらくは、かつての知り合いなどを買収し、潜り込んだものと思われます。トイレ内でメイド服へ着替えたさいに落としたと思われる髪飾りも発見しておりますから」

「監視カメラは?!」

「おそれながら、皇居の周囲は無粋な機械によって守られるのではなく、近衛によってこそ守られるべきとの慣習がございますれば、監視カメラの類は一切ございません」

「それで知り合いが買収されてたら意味ないと思わない?」

「はっ、おっしゃる通りです」

「監視カメラを設置して。顔認証システムもあるやつ。カメラの死角が一切なくなるくらいに」

 三葉は最近のコンビニと同じくらい、すべての通路や部屋に監視カメラをつけるように命じた。その手配と同時にケスラーは三葉に6人、ノルデンに3人の衛兵をつけてくれる。三葉は参集した衛兵たちを見つめて考える。

「ケスラーさん」

「はっ」

「この9人が買収されない保証ってあるの?」

「た、確かに! それは問題ですな! さすがキルヒアイス元帥、ご賢察です!」

「閣下……」

 ケスラーが悲しそうな顔をした。それから意を決して進言してくる。

「恐れながら、逆に問います。閣下は私を、どこまで信用できますか?」

「そ……それは……」

「周囲にお疑いをもたれるのは、無理もないことです。ローエングラム閣下しかり、今また襲われたばかりで、誰もが疑わしい。あいつも、こいつも、誰も彼も信用できない、そう思ってしまわれるのも自然な心理でしょう。ことに閣下は短期間に、しかも若くして地位を高められた。誰に狙われても不思議ではない、と」

「「………」」

「ですが、誰も信頼されないなら、何もなしえないでしょう。食事も、着替えでさえ、毒が仕込んであるかもしれない、と。そのような疑心暗鬼に捕らわれた帝王、為政者は歴史上多々おります。結果、精神を病み、暗殺される前に自ら倒れるか、疑わしき者すべて処刑し、次に自分が処刑されるのではないか、と恐れた臣下によって討たれています。どうか、心の均衡を保ってください。今集めました衛兵は選りすぐりとまでは申しませんが、勤務態度も良く、おおよそ信頼に足る者ばかりです。ご不安を払拭するため、今後は近衛師団の編成も行いますゆえ、今はこの9人を信頼してください。また、3時間後には休憩を取らせる都合上、より選りすぐった者をあてます。どうか、ご理解ください」

「……そうですね……ごめんなさい……疑って……」

「た…頼もしいですな…よ、よろしく頼むよ。君たち」

「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」

 三葉とノルデンは衛兵に前後左右を囲まれながら移動することになった。次の予定が迫っている三葉へ、とくに予定が無いノルデンが声をかける。

「キルヒアイス元帥、折り入ってお話ししたいことがあるのですが、このあとのご予定は?」

「たしか、科学技術なんとかのアンパン・ヒマン・シャアなんとか大将の具申があるから聞かないといけないのが、もう少ししたらあるかも」

「そうですか……」

「でも、ノルデンさんの話が大事なら、待たせますよ」

「おお、ありがとうございます。どうしても、話しておきたいので」

「じゃあ、執務室で」

 二人は執務室に移動すると、対面してソファに座った。

「それで、お話っていうのは?」

「ええ、私の立場なのですが…」

 ノルデンは窮屈そうに元帥としての軍服の襟を引っ張ってから続ける。

「これほど出世すると思っていなかったもので……なんというか……責任が重いというか……暗殺までされかかるし。さきほどのリヒテンラーデ公の話に影響されたわけではないのですが、国家権力を手中なんてこと考えてもみなかったわけで……どうしたものかと」

「あ~……わかる。いきなり出世しすぎだよね」

「そうそう!」

「もっと気楽な立場がいいよね。っていうか、ラインハルトさんが早く起きてくれれば、私たち、ちょっとは楽になるのにね!」

「そうそれ! それですよ! さきほどは、つい調子にのって帝国軍の双璧なんて、言いましたが正直、少将や中将ぐらいだった頃が一番、気楽でよかった」

「うん、あの頃はよかったよね」

 三葉も懐かしそうに振り返る。

「戻れるなら、戻りたいよ。いろいろと、失敗した……」

「私も軍で、ここまで出世するとは……もともと私が軍に入ったのも、子爵家の嫡男として内政に関わるよりは、軍の方が同盟軍とそこそこにやり合えば給料も出て、階級という箔も付いて、そのうち後方勤務のみにしてもらって過ごそうかと思っていて」

「後方勤務が望みなら内政の方がいいんじゃないの?」

「それがむしろ、根回しだ、接待だ、利害関係の調整だ、などと内政の方が小競り合いが多く、同盟軍は、まったくの他人でさっぱりしたものですが、国内となると親戚だの大昔は遠戚だったのと、いろいろありまして。かのカストロプ公爵家とも帝国建国時には昵懇の仲だったとも、最近は疎遠だったので気になりませんでしたが、リップシュタット戦役ともなれば、かなりの親戚が反ローエングラム陣営となってしまい、幸い私は参戦しなかったから良かったものの、最期に捕まえたリヒテンラーデ公の件だけでも暗殺されかかるし、正直うんざりなんですよ」

「だいぶ、ごちゃごちゃしてきたもんね」

「このところは毎日のように遠い親戚から頼られましてね、領地安堵をなんとかしてくれ、とか、貴族連合に入っていて捕まった伯父の釈放を頼むとか、家に帰ると押しかけてくるので、なるべく元帥府で過ごすようにしているのですよ」

「ああ、なるほど。っていうかさ、なんで私たちが政治にまで口出ししてるんだろうね」

「それそれ、私たちは軍人なのですから、面倒な政治なんて、どうして関わるのか……こんなつもりで軍に入ったわけではないのに……はぁぁ……」

「あ、もしかして、ノルデンさん。そこそこ出世してからは、あんまり仕事しないで、のんびり生活できればいいかな、みたいな派?」

「ははは! ま、正直に申しますと、そんな感じですな」

「うんうん、そういうのいいよね。中くらいの生活ができて、あんまり目立たない感じに、のんびり普通にっていうの」

「ええ、まったく」

「それで、ノルデンさんの折り入った話っていうのは?」

「はい、ミッターマイヤー氏のように退役とまでは申しませんから、軍務にのみ専念したいというか」

「それ専念じゃなくて面倒な頼み事を断る口実が欲しいんでしょ?」

「はははは! ま、そうです」

「まあ、でも、わかるよ。うん、そうなるようにオーベルシュタインさんにも言っておくよ。もともとシビリアンコントロールって言って、普通は軍は政治に介入しないし」

「よろしくお願いしますぞ」

 ノルデンとの会談が終わり、交替で科学技術総監のアントン・ヒルマー・フォン・シャフト技術大将が緊張した顔で入室してくる。約束の時間より待たせたので三葉が謝る。

「遅くなって、すみません」

「いえ、再度の意見具申ご許可いただきありがとうございます」

「それで?」

「はい、閣下に今一度、ご検討願いたく具申いたします。どうか、ご再考をいただきたく我が新計画を説明させていただくお時間をくださいますよう」

「どうぞ」

 どうやらキルヒアイスが数日前に却下した案件を再び持ってきたようだったけれど、とりあえず聴くだけは聴くという姿勢だった三葉はシャフトの説明が終わると、興奮して椅子から立ち上がった。

「ワープする要塞ってこと?!」

「そ、そうです」

「それいい! 最高! ワープするミサイルなみにいい!!」

「おっ…おお、わ、わかっていただけますか!」

「うん、いいよ! その計画は進めよう!!」

 三葉はシャフトに駆け寄ると、強く握手した。そして問う。

「ちなみに、前に私が却下したとき、なんて言って却下してた?」

「はっ、そのような長大な物を建造する費用があれば、500万人の貧しい家庭に援助ができる、と」

「なるほど」

「………」

 シャフトの顔が不安そうになるけれど、三葉は一笑に付す。

「そんな小さな問題じゃないよね! この計画は絶対に進めよう!」

「はいっ! 必ずや成功させます!」

「この計画は人類史に残るよ! 歴史を大きく動かすことになる! 指向性ゼッフル粒子といい! シャフトさん、すごいよ! きっと歴史に名前が残ってシャフト技術大賞とか創設されるよ! もう指向性ゼッフル粒子はシャフト粒子になるかもしれない! それで、ただのゼッフル粒子は非指向性シャフト粒子とか呼ばれるくらいに! とにかくワープする要塞計画は頑張って! 応援してるから!」

「ははっ! キルヒアイス閣下、ありがとうございます!」

 もともと指向性ゼッフル粒子を使って華々しい戦果を挙げてくれていたキルヒアイスに好感を抱いていたシャフトは強く握手しながら涙ぐみ、歴史に名前が残るかもしれないから、もう汚職はやめようと内心で誓った。そして三葉は、もう計画が成功することを前提にビッテンフェルト以外の主だった提督を集め、再びシャフトにガイエスブルクを移動可能にする計画を説明させた。

「なるほど……とんでもないスケールの計画ですな………はたして成功するでしょうか?」

 ノルデンが他の提督たちも思っていることを率直に言った。三葉は計画の成功に期待しているので前のめりに答える。

「技術部門のことについてはシャフト技術大将さんを信じましょう。指向性ゼッフル粒子だって成功させてるんですから」

「必ずや成功させます!」

「………たしかに、我々は門外漢ですから」

 メックリンガーが頷いた。諸提督もワープについては士官学校で学習しているものの、技術畑にいるわけではないので理論的な限界を詳しく知っているわけではない。三葉がスマフォを知っているからといってスマフォを作れるわけではないように、だいたい知っていて使えることと、開発し製造することはかなり違う。シャフトに対して規模が壮大であること以外に専門的な反対意見を言える者はいなかった。

「それで閣下は我らを集め、いかなる作戦を考慮しておられるのでしょうか? できますれば、先陣は、このファーレンハイトめにご下命ください」

 まだ加わって間もないために功績のないファーレンハイトが先陣を求めることに諸提督は微笑ましく感じたけれど、三葉はビッテンフェルトに似たタイプだと判断して慎重に答える。

「まだ詳しい内容は話しません。ただ、この移動要塞が完成したとき大規模な作戦行動があると思っていてください。作戦名は、八百万の黄昏、とします」

「「「「「……………」」」」」

 諸提督の反応は微妙だった。およそ実質的な戦闘員が800万人くらいになるからだろうか、と思う程度だった。

「また、この作戦があることは当然に機密です。諜報活動に対する防諜が難しいのはわかっていますが、できるだけ外部に漏れないよう、また内通者や潜入者を発見、取り締まるよう努力してください」

「「「「「はっ!」」」」」

「解散!」

 三葉が解散を命じて廊下に出ると、一人ビッテンフェルトが待っていた。

「キルヒアイス閣下、自分も参加いたしたくあります!」

 招集されなかったけれど、主だった提督の全員が呼ばれていたことに気づいていたビッテンフェルトが大規模な作戦行動があることを推察するのは容易だった。

「ビッテンフェルト提督には首都オーディンの守りをお願いします」

「留守番など、メックリンガー提督あたりこそ適任です! どうか、黒色槍騎兵に活躍の機会を!」

「………」

「…コホン…」

 メックリンガーが咳払いしながら歩み去っていった。

「キルヒアイス閣下、ご命令を!」

「………」

 そうやって本人が聴いてるのに口走るあたり先走りそうでイヤなんだよ、と三葉は思ったけれど、顔に出さず優しく微笑んでラインハルトがやっていたようにビッテンフェルトの前髪をいじりつつ、語る。

「内乱は終わったとはいえ、いまだ帝国内が完全に安定したわけではありません。我々の多くが出陣したとき、その機に乗じて不穏なことを考える輩もいるかもしれませんが、首都の番人が名高い黒色槍騎兵であれば、辺境で遠吠えさえしないでしょう。そういう意味なのです、わかってください」

「……で……ですが、自分にも活躍の機会を……」

「留守番役が活躍しないと決まったわけではありませんよね。ノルデンさんだって、どうでした?」

「それは……たしかに…」

 言葉につまるビッテンフェルトの肩をノルデンが叩いた。

「いっそ、またボクが留守番役を引き受けましょうか? 今度こそ何も無いことを願って」

「いえ、ノルデンさんにはロイエンタールさんの艦隊と、退役したミッターマイヤーさんの艦隊をまとめて統括してもらいます。そこにメックリンガーさんの艦隊も加え、メックリンガーさんは総参謀長で」

「それは、ずいぶん大艦隊になりますな」

「軍務に専念してください。帝都にいるのが煩わしければ、演習もかねてイゼルローン方面で過ごしていただいてもけっこうですよ。交戦は避けてくださいね」

「おお、それはありがたい。そうさせて、いただこう。やはり今回の留守番はビッテンフェルト提督に、お願いしよう」

 アムリッツァで借りのあるビッテンフェルトはノルデンにそう言われると、もう黙るしかなかった。三葉は執務室へ戻り、機密のために日本語で作戦案を書き始める。

「宇宙を手に入れる……か……。さっさと起きないと、私がやり遂げるよ、ラインハルト」

 閃いた作戦をキルヒアイスに承認してもらうため作戦案を仕上げてから、軍病院の特別室へ出向いた。広い病室では生命維持装置につながれたラインハルトと数名の医師と看護婦、そしてアンネローゼがいた。

「ジークが来てくれたわよ、ラインハルト」

 アンネローゼが明るい声をつくって言ったけれど、ラインハルトは目覚めない。三葉も明るく振る舞うよう心がけた。

「すごい作戦を思いついたよ。ここだけの話」

 三葉はラインハルトの耳元にだけ聞こえるように作戦を囁いた。

「どう? もう宇宙征服は目前、起きないと見逃すよ?」

 それでも何の反応もない。それは予想していたので、沈んだりせずに今度はアンネローゼに話しかける。

「アンネローゼ、疲れてない? 大丈夫?」

「ええ、平気ですよ」

「でも、あと一時間したらシュワルツェンの館に戻ろうね。ラインハルトさんだってお姉さんを疲れさせたんじゃ、落ち着かないから」

「ありがとう、ジーク」

「はぁぁ…」

 軽いタメ息をわざとついて三葉は黙り込まないように次の話題に移る。いつまでも目覚めないラインハルトのことで、お互いに思い詰めないようにするための会話だった。

「聴いてくださいよ。ミッターマイヤーさんが退役しちゃって」

「どうしてなの? ジーク」

「もう疲れたって。奥さんと過ごす時間を大切にしたいからって」

「それは………仕方ないことかもしれませんね。たしか、彼も両腕義手ではなくて?」

「はい。それもあるかもしれないけど…………一番の友達だったロイエンタールを私が……」

 うっかり話題が暗い方向にいってしまったけれど、アンネローゼが優しく頬を撫でてくれる。

「もう、そのことはお忘れなさい、ジーク」

「はい……アンネローゼ……ありがとう」

 三葉はアンネローゼを見つめると、キスをしたくなった。弟の看病で少し疲れた顔をしているのが、また儚げで魅力的に見えてしまう。

「話題を変えますね。先生、ラインハルトさんの調子は、どうですか?」

「はっ」

 軍医が説明してくれる。

「意識が戻る兆しはありません。また、しばしば発熱される傾向にあり体力が衰えがちです」

「発熱? どうして?」

「それは……原因不明です」

「そうですか。引き続き、お願いしますね」

「はっ」

「このままだと、寝たきり皇帝になるよ」

「ジーク……やはり、ラインハルトが帝位につくのですか?」

「その方向です。ちょっと気の毒なような……けれど、本人の望みのような……私も迷っています。今だって5歳の子供が皇帝で、それは確実に本人に気の毒だし……」

「…………」

「………」

 アンネローゼが黙り、三葉も黙ったときだった。かすかにラインハルトの瞼と唇が動いた気がする。

「っ、ラインハルト!」

「ラインハルトさん?!」

「……み……」

 ラインハルトが、かすかに声を出している。

「…………みんなで………ジーク……」

「ラインハルト! ラインハルト!」

「起きて! ラインハルトさん!」

「……」

 もう動かなくなってしまった。あいかわらず意識は戻らず、また動かないままになる。

「……ラインハルト……」

「………でも……希望はあるよ……アンネローゼ」

「ええ! ええ!」

 思わずアンネローゼと三葉は抱き合った。抱き合っているうちに三葉は、こんなときに不謹慎な、と自分でも思いつつも、身体が男性としての反応をしてくることに気づき、それを悟られないように静かに離れた。

「もう先生たちに任せて、今夜は帰ろう」

「……はい…」

 二人でシュワルツェンの館へ帰宅すると、ケスラーが命じて警備を増やしてくれていたことに満足しつつも、いまだアンネローゼとキルヒアイスの仲が進展していないことには懸念を覚える。おそらく目覚めないラインハルトのこともあり、二人とも、そんな気分にならないというのも理解できるけれど、こんな時こそ慰め合う方がいいとも想う。とくに二人は自然に同居しているので、若い男女が同居していて性的な関係をもたないことは逆に不健全だとさえ感じた。

「アンネローゼ、寝る前に二人でワインを呑まない? 私の部屋で」

「………はい…」

 誘うとアンネローゼは頷いた。夕食とシャワーを終え、二人でワインを呑む。

「………」

「………」

 静かな時間が流れ、12時が近づいてくる。

「……アンネローゼ……キスをしてもいい?」

「………ええ…」

「……」

 瀧くんと私は失敗したけど、キルヒアイスとアンネローゼにはうまくいってほしいから御膳立てしてあげるよ、と三葉はキスをしながらアンネローゼの寝間着を脱がせていく。お互いに裸という状況となり、三葉は男性としての衝動を抑えると用意しておいた紙とペンで手紙をベッドの上で書く。

「……ジーク……何を書いているの?」

「おまじない。アンネローゼと幸せになれるよう。ずっと、いっしょに居られるように、おまじないをかけておくから。安心して、アンネローゼ」

「……はい……ありがとう、ジーク」

 アンネローゼは見たこともない日本語で書かれている手紙を嬉しく想った。

 

 

 

 キルヒアイスは裸でベッドの上にいて、左手でアンネローゼの右手を握り、反対の手には手紙を持っている状況を認識して、激しく驚いたけれど、入れ替わり直後に状況が予想外であることは何度もあったので驚きを表情に出さず、とにかく手紙を読む。

 

 ラインハルトさんのことで遠慮して二人の関係が進んでないのは、きっとラインハルトさんも残念に想うと想います。

 アンネローゼは後宮にいたことや、五歳も年上ということでも戸惑っているのも、同じ女なのでわかります。

 ここは男が積極的に出るところです。

 何より二人のためには、これが最善だと想うから。

 この手紙は、幸せになるための、おまじない、と説明しています。

 夕食後に、いっしょにワインを呑んでキスをして、こうなった状況です。

 ファーストキスだったら、ごめんなさい。

 

 追伸

 ラインハルトさんを帝位につけることには賛成も反対もできませんが、五歳の子を解放してあげる意味はあるかもしれません。

 また、シャフトさんの計画については、雰囲気が冷めるので朝にでも机に置いた別紙を見てください。

 では、何年も想ってきた人と結ばれるキルヒアイスを羨ましく想いつつ、自分に戻ります。お幸せに。

 

 読み終えてキルヒアイスは思わず漏らした。

「三葉……ありがとう…」

「……ジーク?」

「…………」

 そっと見ると、アンローゼは裸だったし、自分も裸だった。

「…………。アンネローゼ、ずっと好きでいました。出会った日から」

「ジーク……ええ、私も、あなたが好きでした」

 二人が本当のファーストキスをして、抱き合った。

 

 

 

 三葉は自分に戻って熱いタメ息を漏らした。

「…はぁぁ……アンネローゼ………瀧くん……」

 数瞬前まで男としてアンネローゼを抱きたかった気持ちが、女として瀧に抱かれたい気持ちに入れ替わってくる。

「……瀧くん………ああ……瀧くん……うう………淋しい……淋しいよ……あと何年……寒い……心が寒い……」

 夏休み最期の夜なので蒸し暑いけれど、三葉は自分を抱いて丸くなる。

「…抱いてよ……瀧くん……想い出してよ……」

 四葉に最低でも三年後でないと無理と言われているので、女子高生のうちに彼氏はできそうにない。さっきまで二人でいたベッドは温かかったのに、一人でいる布団は蒸し暑いのに寒い。

「……ハァあ……瀧くん……」

 目を閉じて、唇を捧げてみるけれど、誰もキスしてくれない。そっと自分の指先を唇にあててキスの疑似体験をするくらい淋しい。

「………瀧くん……あ~あ……」

 身もだえしているうちに自分の手で自分の乳房に触れた。

「…瀧くん……毎回、私のおっぱい……」

 想像を逞しくしながら、三葉は自分の乳房を揉んでみる。

「……ああっ……あんっ………瀧くん……そんな乱暴に……痛いよ…んっ…んぅ…」

 だんだん興奮してくる。

「…ハァ…あああ…ハァ…私のおっぱいを……瀧くんが……」

 クネクネとよがりながら自分の胸を揉み続けるうちに、ますます興奮した。

「…ハァ…ハァ……や……やだ、そんなとこまで触っちゃヤダよ……あんっ…いや……恥ずかしい……やめて……んっ……ハァ…ハァ…」

 片手を下着の中に入れていくと、三葉は真っ赤に顔を染める。

「んっ…や……やだ……私……なんか…変……き…気持ちいい……た……瀧くん…それ以上は……ダメ……んっ……そんな奥まで……ハァ…あっ…あっ…」

 喘いでいるうちに唇からヨダレを垂らしてしまうほど興奮してきた。もう夢中で妄想に耽る。

「た…瀧くん……んんっ…好きだよ……うん……ありがとう…私も、大好き…ハァ…ああ…あっあっ! んっ! ハァ……ハァ…やだ…私……イ……そ、そんなに見つめないで……恥ずかしいよ……んっ……ま、まだ、するの? …んっ……んっ……また! んっ……そこ……そこダメ……そこダメなの……ハァ…ハァ…ああっ! またイクっ…んっ…ああっ……ハァ……ハァ…もう私っ……ダメ……抱いて……来て……」

 三葉は脚を開いて、本番をイメージして続ける。

「…うん……いいよ……好きだから……ずっと好きだったから……あっ…んっ……うん、痛くないよ…平気……ハァ…んっ…うん……ギュッって抱きしめて……ああっ……やっと……やっと……瀧くんと……うん……うん……長かったよ……ああ……ハァ…んっ…んっ…もう離さないでね……ずっと……これから、……いっしょに…」

 嬉し涙を流しながら妄想を終え、そっと目を開けると四葉と目が合った。

「………」

「ごめん、次からノックする。……お風呂、お先です」

 四葉は既視感と目まいを覚えながらも戸を閉めてくれたけれど、三葉は布団に潜って泣いた。朝になり、四葉が戸をノックしてくれた。

「そろそろ起きたら、お姉ちゃん。夕べは、ごめんね」

「……思い出させないで…」

「うん……朝ご飯、できてるよ」

 朝食を摂り、久しぶりに高校へ向かう。早耶香と克彦とも合流した。

「おはよう、三葉ちゃん」

「おはよう、三葉」

「おはよう、サヤチン、テッシー。すっかり二人はカップルって感じだね」

「え…うん……ありがとう。……ごめんね」

「なんで、謝るのよ」

「「………」」

「あ、あの二人も付き合ったんだ」

 三葉は別の新カップルを見つけた。夏休み中に、いろいろとあったようで以前に三葉へ告白してきた空手男子と、三葉と和解した女子が明らかにカップルという雰囲気で登校してくる。

「よぉ、宮水。ついでに勅使河原と名取」

「おはよう、宮水さん、名取さん」

「「「おはよう」」」

 それぞれに学校に着き、始業式を終えると、克彦が三葉にだけ声をかけてきた。

「三葉……お前、大丈夫か?」

「……何が?」

「いや……いろいろと…」

「いろいろかぁ……」

 いろいろと言われると色々大変ではある。

「オレ………三葉のこと……今でも、……。もし悩んでるなら、相談してくれよ」

「はぁ?」

 思わず三葉は呆れた声を出していた。

「テッシーはサヤチンと付き合ってるよね?」

「……まあ…そうだけど……」

「よくそういうこと言えるね」

「昨日、あんまりにも淋しそうで……」

「っ?! 見たの?! 私の部屋、覗いたの?! 夜中に!」

「い、いや! 宿題してるとき泣いてたろ? 夜中って何かしてたのか?」

「っ……もういい! テッシー大嫌いっ!!」

 三葉は真っ赤になって走る。

「もういい! もういいよ! しばらく男女関係とか、そういうのいらない!! 受験頑張るから!!」

 当面、恋愛沙汰から遠ざかりたい気分だった。

 

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