キルヒアイスは三葉の部屋で目を覚まして、手紙を読んで顔を曇らせた。
「……このままの三人で……」
期待していた朗報と違う手紙だった。
キルヒアイスさんへ
私は今までの三人でいたいの。
サヤチンは大事な友達だし、テッシーとも友達でいたいんです。
今までの三人で、このままの三人で平和に、ずっと過ごしていきたいの。
だから、必要以上にテッシーに近づかないで。
二人きりで出かけるのは無しで、二人きりになるのもさけて。
私の友情を壊さないでください。
三葉の人生なので三葉の気持ちが第一だとはわかるけれど、あの克彦の告白を想い出すと残念でならない。
「……平和に、ずっと過ごして……、そんな時間は、もう…あなたたちには……」
できれば三葉と克彦には、ほんの数ヶ月でも幸せな日々を過ごして欲しかったのに、早耶香に遠慮しているのか、決断を先延ばしにしたのか、もどかしい答えが書いてあった。
「………テッシーの、あの告白を三葉さんにも聴いていただきたいくらいですわ。あんなに熱い想いを……」
切なくて両手を胸の前で祈るように握った。三葉の胸の膨らみに手が触れているけれど、それさえ意識しないほど残念に思っている。それでも、いつも通りに身支度をして通学路に出た。
「おはようございます、テッシー、サヤチン」
「あ、ああ! おはよう。三葉!」
「……。おはよー…三葉ちゃん……また、そのモード……」
克彦は何か期待した目で見てくるけれど、早耶香は冷めた目で見てくる。もう、そのお嬢様モードはやめてほしいんだけどな、という視線だったけれど、早耶香に会釈してから、克彦を見つめる。
「……」
「……」
二人とも、夕日に照らされたお互いの顔を想い出してしまった。
「「………」」
必要以上に近づくな、と呪縛されてしまい、まるで後宮にいるアンネローゼと自分のようだとさえ感じると、余計にもどかしい。けれど、このままの三人でいたいという気持ちにも少し共感できる、あのままの三人でいられたら、と10歳の頃を想い出しもする。ただ、似ているようで姉弟という家族愛がある三角関係とは、まったく違う部分もあるのだと考えれば、いつかは選択のときがくるかもしれないし、この三人には永遠に来ないのかもしれない。克彦を見つめる三葉の目尻に涙が浮かんだ。
「……テッシー…」
「…三葉……」
「サヤチン・ハンマー!」
ハンマーと言ったのにチョップを頭頂部に受けてしまった。
三葉はオーディン市街地に文句を言いながら買い物へ出ていた。朝から夕方まで座学と訓練とサイオキシンの危険性について、みっちり学ばされて、かなり疲れている。
「好きなワインを買っていいとか言ってさ。エサがあれば頑張って勉強すると思う、その魂胆がイヤだなぁ……そりゃ、サイオキシン盛られた私も悪かったけどさ。休暇中くらい宮廷闘争から離れてるかなって思うじゃん。相手もフェザーン人だったし。ホント油断ならない世界だなぁ…」
つぶやきながら目的の店に着いた。
「この店かぁ…」
教えられたワインの専門店に一人で入った。店内には中級貴族の夫婦や、上級貴族の使い走りで来ているメイドや執事がいる。三葉は商品棚を見て回った。
「どれにしようかなぁ……って、知識もないし。高ければいいってものじゃないかな。ラベルのイメージで決めちゃおう」
なんとなく手を伸ばしたワイン瓶を取ろうとして、同じく手を伸ばした隣りにいた客と手が触れ合った。
「「あ…」」
二人とも手を引っ込めたけれど、三葉は相手が女性だったので譲る。
「どうぞ、フロイライン」
「ありがとう」
ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフは快活に礼を言ってワイン瓶を取った。
「「………」」
何か社交辞令でも言うべき場面だったけれど、三葉は不慣れだったし、ヒルダはキルヒアイスの襟元に大佐の階級章がついていることに興味をもっている。上級貴族という雰囲気もないのに、この若さで大佐というのは異例の出世といえる。どういう武勲があるのか、訊きたいという好奇心にかられたけれど、さすがに初対面なので遠慮した。
「では、失礼します。大佐」
ヒルダはキルヒアイスの瞳が自分の胸や腰を見てくる男性らしい視線も感じていたけれど、だいたいの男性は自然の摂理なのか、男の生理現象なのか、似たような反応をするので、もう慣れているし、それほど不快でもない。会釈して背中を向けた。
「お父様の好きな銘柄があってよかったわ」
あまりワインなどには詳しくないけれど、それでも父親の嗜好くらいは把握しているので会計を済ませ帰宅する。居間に入ると、フランツ・フォン・マリーンドルフは浮かない顔で何かを悩んでいた。
「どうされました? 浮かない顔をして」
「ああ。少し親類のことが気にかかってな」
「ハインリッヒのことですか?」
「いや、マクシミリアンのことだ」
穏健な良識派で知られるフランツだったけれど、なぜか気がかりな親戚には恵まれている。
「マックが、どうかしたのですか?」
「ああ、財務省の調査官を追い払ってしまってな」
「彼なら、やりかねませんね」
親戚なので子供の頃に遊んだこともある。あまり、いい性格でないことも知っているし、男勝りのヒルダとは外で遊んで衣服を汚し、いっしょに入浴したこともあるけれど、なぜか、まだ9歳だったヒルダの下半身をジロジロと見てきたことを印象深く覚えている。そして、ヒルダが15歳を過ぎると、もうパーティーで出会っても興味なさそうにしていたので、かなり残念な指向をもっているのだと、薄々察してもいた。
「やれやれ、近いうちに説得に出向かなければならないかもしれないな。隣の星系でもあることだし」
「そういうことなら、私もついていきましょうか」
「ヒルダが?」
「マックとは歳も近いですし、何より、こういったことを経験しておきたいのです」
「うむ、お前は、そういうことにばかり興味を持つなぁ……まあいい、では、つれていこう」
フランツは激しく後悔することになる選択をした。
キルヒアイスは糸守高校の修学旅行での行き先を決めるHRで、三葉の手をあげた。
「宮水さん、どうぞ」
クラス委員が指名してくれたので上品に立ち上がって発言する。
「発言の機会をいただきありがとうございます。私の意見を述べさせていただきます。やはり、すでに先生方からのご意見にもありますように、広島県と京都府への訪問をプランにさせていただく方が良いかと考えます」
北海道、東京、京都、大阪、広島、福岡、沖縄から生徒と教師の意見をまとめて決定するHRだった。三葉に目立たないで、と言われているので、ずっと自重していたけれど、生徒たちの意見が東京でディズニーランドに行った後、大阪でUSJに行って帰るというプランが多かったので、どうしても黙っていられず意見具申していた。
「その理由につきましては、まず広島には第二次世界大戦についての歴史遺産が多く、大和ミュージアムと原爆資料館は訪れる意味が深いと考えます。戦艦大和は水上戦艦として人類最大のものでしたし、また惑星…、いえ、地球上で熱核兵器が使用された例は今のところ広島と長崎のみです。この資料館は是非とも訪れるべきかと感じます。そして、京都は桓武天皇が794年に都として以来、すでに1219年も都市として繁栄しています。このこと自体、人類史上まれにみぬ奇跡です。加えて千年の時を経た木造の建造物がいまだ現存しており、これも奇跡といってよいかと感じますし、この時代に生きる者として一目見ておくことができるのは、何物にも代え難い幸運かと存じます。以上のような観点から、私は広島県と京都府への訪問を提案いたします」
ユキちゃん先生だけが拍手してくれている。
「お嬢様、うぜぇ」
「やっぱ、町長の娘だよなぁ。言うことが、いちいち模範解答でムカつくぜ」
「うざすぎぃ」
クラスメートが不規則発言しているので、また三葉に怒られるかもしれないと少し後悔したけれど、もう言ってしまったことなので頭をさげて着席した。ユキちゃん先生が安心した顔で教壇に立つ。
「では、東京と大阪の案と、広島と京都の案で、また職員会議を経て決定します。みなさんからの意見は単純な多数決ではなく、修学旅行の意義と目的をふまえて決まりますから、そのことも承知しておいてください」
校長と教育委員会からディズニーランドとUSJはさけるように指導されているユキちゃん先生は、生徒からの自発的な意見ということで広島と京都を職員会議に出せそうなので、軽い足取りで職員室に戻り、三葉の口が述べた意見を模範解答としてメモしておいた。
帝国軍は同時並行して、アスターテ方面へローエングラム上級大将の艦隊を、カストロプ領へシュムーデ提督の艦隊を派遣していた。そして、三葉は旗艦ブリュンヒルトの艦橋から同盟軍第四艦隊との交戦を見ていた。
「…………」
「怖いか?」
ラインハルトが訊きながら、キルヒアイスの前髪に少しだけ触った。
「いえ………ラインハルトさんの作戦は、いいと思います」
「ほお、だが、顔が不安そうだぞ」
「………。作戦は良くても、それを実行する人たちが、今回はミッターマイヤーさんもロイエンタールさんもいないし。ノルデンさんもメックリンガーさんも外されちゃったんですよ? 意地悪されすぎです。しかも、一個艦隊で行けとか、ありえないですよ」
「クスっ…ノルデンはともかく、他の三人がいないのは、いささか淋しいな。だが、他の提督たちとて死にたくはあるまい。奮戦するしかないだろう。それに非協力的な別の友軍艦隊がいるよりオレたちの艦隊だけの方が、ずっといい」
「それは一理ありますね。それにしても、この戦艦、すごく新しい感じですね」
少し余裕が出てきた三葉がブリュンヒルトの艦橋を見回すと、ラインハルトも嬉しそうに微笑んだ。
「フ、わかるか。まだ、フロイラインミツハは、この艦の外観を知るまい。見せてやろう」
少年が宝物を自慢するような顔でラインハルトは手元のパネルを操作すると、モニターにブリュンヒルトの外観を映してみせた。
「うわぁ……白い……ぜんぜん、他の戦艦と違う……」
「そうだろう。この美しい艦を見て、どう思う?」
「えっと………」
見た感じパナソニックが売り出した最新式の水洗便器に似てるって言ったら絶対ご機嫌悪くなるよね、と三葉は率直な感想は言わずに、世辞を述べる。
「どうにも言葉がないですよ。カッコいい艦ですね」
「フ」
ラインハルトは心底嬉しそうに微笑んだ。さらにラインハルトを喜ばせる方向へ艦隊戦も進んでいた。ラインハルトの見込み通り、すでに第四艦隊は組織的な抵抗ができなくなっている。メルカッツからの通信に対して掃討戦は無用と答え、艦隊の再編を指示したラインハルトは再び三葉に訊いてみる。
「次に、左右どちらの敵艦隊を攻撃するべきだと思う?」
「…………どちらも可能っぽいけど、やっぱり数が少ない方かな……」
もう三葉も艦隊戦についての知識も叩き込まれているので正解を述べ、ラインハルトも頷いた。
「うむ、そうだろうな。だが、他に何か言いたそうな顔をしているな。言ってみろ」
「じゃあ、もう、ここで撤退するというのはダメですか?」
「ここでか? まだ、敵は二個艦隊も残っているぞ」
「2倍の敵を相手に一つ艦隊をつぶしたことですし、もう戦功としては十分じゃないですか。また昇進できますよ」
「だが、みすみす敵の二個艦隊を逃すというのか?」
「第三次ティアマト会戦のときも、ホーランドさんの艦隊だけつぶして、あとは放置したじゃないですか。いい感じに勝ってるうちに帰るのがラインハルトさんらしいかと」
「………。あのときとは状況が違う。敵の二個艦隊は分散している。これを撃つ好機なのだ」
「そうですね。そう言われるとは思ってました。目を見たら、やる気まんまんだから」
「フン」
言ってみろ、と言った手前ラインハルトは美しい鼻を鳴らしただけで三葉の意見を強くは否定しなかった。そして、次に同盟軍の第六艦隊へ向けて移動するよう指令して、また三葉が何か言いたそうにしているので、訊くだけ訊いてみる。
「何か異議でもあるのか?」
「異議っていうか……次の会敵までに時間があるなら、交代でみんなに休憩をしてもらったら、どうかなって……余計なことかもしれないけど」
「いや、いい意見だ。気づかなかった。そうさせよう」
「……」
それは気づいてあげようよ、みんながみんなラインハルトさんみたいに、やる気まんまんで参加してるわけじゃないんだから、と三葉は思ったけれど顔に出さないようにして休息の指示を出しに行った。そして7時間後、第六艦隊も破り、第二艦隊へ紡錘陣形をとって中央突破をしつつあった。
「完勝ですね」
「ああ」
「本当に、すごい」
「フ」
単純な賞賛だったけれど、快勝しつつある状況で言われると嬉しい。
「どうやら勝ったな」
ラインハルトがつぶやいたとき、第二艦隊の旗艦パトロクロスでヤン・ウェンリーも言った。
「どうやら、うまく行きそうだな」
中央突破されるのを逆手にとってラインハルト艦隊の後方に回り込みつつある。ラインハルトが指揮席から立ち上がった。
「しまった……」
「え?」
「してやられた………敵は左右に分かれて我が軍の後方に回り込むつもりだ。中央突破を逆手に取られてしまった」
「………。どうされますか?」
三葉の問いに、ラインハルトは即断する。
「全艦隊、全速前進! 大きく時計回りに迂回して逆進する敵の後背をつけ!」
その命令に一部の艦は離反したけれど、多くは従い、陣形はリング状になった。
「何たる無様な陣形だ! これでは消耗戦ではないか……」
「………」
「キルヒアイス、どう思う?」
「………。人として、思いついてはいけない作戦を思いついてしまいました」
「ほお、キルヒ…いや、フロイラインミツハが、か?」
「はい……あまり言いたくないんですけど、言ってみろって、言うでしょ」
「ああ、聴いてみたいな。ぜひ拝聴させてくれ」
そうまで言われて三葉は遮音力場があることを忘れていなかったけれど、絶対に声が漏れないよう腰を屈め、ラインハルトの耳元へ囁く。赤毛と金髪が触れ合うほどの距離で、それでも小声で言う。
「ラインハルトさんとキルヒアイスさんの目的が帝国軍の単純な勝利ではなくて、アンネローゼさんを取り戻すことであるなら、その障害となりそうな人を、さっき命令に反して自滅してしまったエルラッハ少将のような形で、この機会に反転突撃でもさせるか、なにか策があるフリをして孤立させて置き去りにするか、単純に殿を命じて私たちは安全に撤退するか、そういう風に………始末……する、っていうのは、どうですか?」
「…………意外、だな……」
聴き終えたラインハルトは目を丸くして、キルヒアイスの顔を見つめた。そして、キルヒアイスの瞳の奥にいるのが、17歳の少女である三葉なのに、考えついた策が正攻法などではなく策略に類するものだったことが、本当に意外だった。
「自分でも意外ですよ。こんなこと思いつくなんて。自分たちが優位に立つことだけを考えてると、人間って、どこまでも卑しくなりますね……ホント……怖い。戦争なんて、さっさと、やめればいいのに」
三葉は寒気がするように腕を撫でた。そして気になっていることを問う。
「あの、私から質問していいですか?」
「ああ、どうぞ」
「私たちの中央突破を逆手にとって後方に回り込むって戦術、どうして傍受できなかったんでしょう?」
「それは、おそらく敵将の中に、すぐれた者がいて会戦前に戦術コンピューターに内容を送信しておいたからだろう。つまり、私が各個撃破をもくろむことを見越していた者が敵の中にいるということだ」
「…怖いですね……第二艦隊を最初に相手にしていたら、危ないところだったんだ……」
「………」
「あ、もう、こんな時間」
時刻を見ると、もう夜12時になりそうだった。
「すみません、手紙を書く時間もないので、戦況など、キルヒアイスさんに教えてあげてくださいね」
そう言って姿勢を正して直立不動になると、三葉は目を閉じた。
キルヒアイスは目を開けてアスターテ会戦の最終局面を見た。
「これは……」
「面白い陣形だろう。どうして、こうなったと思う?」
「お意地の悪い質問ですね」
苦笑したけれどキルヒアイスは明晰に考えた。
「我々は3方向から包囲されつつありましたが、ラインハルト様の作戦通りに進み、おそらく今、戦っているのは最後の3つ目の敵艦隊でしょう」
「なぜ、そう思う?」
「あれから24時間という時間経過と、他に敵艦隊が残っていれば、こんな無防備な陣形をラインハルト様が維持されているはずがありません」
「たしかに」
「それで、ここから、どうなさいますか?」
「ふむ。やはり撤退だろうが、フロイラインミツハの発案を教えてやろう」
そう言ってラインハルトは三葉の発想をキルヒアイスに伝えた。
「………意外ですね」
「だろう」
「とはいえ、彼女に軍事的な知識を与え、戦場に身を置かせているのは私たちです。場にふさわしい思考をした、それぞれの居場所に適応してきた、といえば、そうかもしれません。それにアンネローゼ様のことを強く気にかけてくださっているのも、やはり女性だからでしょうが、私自身も女性として過ごしているために、もうむこうにいるときは自分が自分でないというか、二つめの自分といった心地になっていますから」
「それは見てみたいものだな。フロイラインとして過ごすキルヒアイスというのは実に興味深い」
「見せられたものではありません」
キルヒアイスが少し赤面してから思考を戦場に戻した。端末機を操作して、ここまでの会戦全体を把握し、そして提案する。
「やはりタイミングを見ての撤退でしょう。ラインハルト様」
「ああ。フロイラインミツハの策は、どちらかというとオレたちが被害者にされかけたことが多かったような策謀だな」
「はい。たしかに」
これまで何度も戦場で門閥貴族から戦死に見せかけて殺されかけた二人は嫌な思い出を振り返っている。
「オレは勝利者になるにしても卑怯者にはなりたくない。もっとも、オレの麾下の艦艇にフレーゲルでもいたのなら、その誘惑に勝てたか、どうか。このくらい、いいだろう、と反転命令でも出したかもしれないな。あのバカならのるだろう、殿をつとめて貴族の意地を見せてみろ、それとも怖いか、とでも嗾ければ勇猛果敢に戦死してくれたかもな」
「クスっ…お意地の悪いことで」
失笑したキルヒアイスとしても、アンネローゼ暗殺未遂事件の裏で糸を引いていた男なら、そんな卑劣な手段で抹殺しても良い気がしてくる。ただ、巻き込まれる乗艦の兵士たちが憐れだった。
「あながちフロイラインミツハの考えた策、使えるな。惜しむらくは現在、麾下にフレーゲルのような男がいないことだ」
「いたら、なさいましたか? 実際のところ」
「うむ………悩むところだな。卑怯者にはなりたくないが、フレーゲルは姉上の暗殺も……」
「そうですね、相手が卑怯者なら、それもいいかもしれません。ただ彼一人でなく多くの将兵が巻き込まれることになります」
「ああ、それは後味が悪いな」
二人が長話していると、通信士官が入電を告げる。
「敵旗艦より入電!」
「読み上げろ」
「はい! ……。我々は十分に戦った。これから撤退する。反撃の備えはあるが、できれば追撃しないでほしい。自由惑星同盟軍准将ヤン・ウェンリー。以上です!」
「「………」」
ラインハルトとキルヒアイスが目を見合わせた。キルヒアイスが通信士官に問う。
「本当に敵旗艦からのものですか?」
「はい! 偽装工作の痕跡はありません!」
「…………。ラインハルト様、どう思われますか?」
「策にしては見え透いているというか、浅はかすぎるな。つまり……ただの本心だろう。こちらが、もたもたと撤退のタイミングを逃しているから痺れを切らしたな。正直すぎるヤツだ。クク…。よかろう! こちらも撤退する! 返信を送れ!」
「はっ!」
敬礼した通信士官がメモを取る用意をした。
「貴官の勇戦に敬意を表す、再戦の日まで壮健なれ。と、私の名で送れ」
ラインハルトは模範解答を返信させた。アスターテ会戦は終結し、同盟軍の戦死者は151万人を超え、帝国軍のそれは15万5000人余りとなり、やや撤退のタイミングが遅れたことで糸守町の人口を超える戦死者を出していた。
三葉はアスターテ会戦での自分の思考を振り返り、身震いしていた。
「私なんてこと考えたの……怖っ…」
「何かあったの?」
「う~ん……妹に言えるようなことじゃないよ」
「また、キャバクラでも行ったの?」
「………。私、ちゃんと二人の役に立とうとしてるよ。ちょっと卑怯な作戦を思いついただけだもん」
「どんな?」
「じゃあ言うけど」
三葉はアスターテ会戦の推移と、自軍内の敵を排する策を妹に語った。
「って感じ。卑怯だけど、アンネローゼさんを助けるためなら、ありかなって」
「なるほどねぇ。ありかもしれないけど、それをお姉ちゃんが思いつくなんて、意外」
「ぅ……ラインハルトさんと同じような感想を…」
「今回も勝ったから、上級大将の次は?」
「元帥だよ」
「もう登り詰めてる感じだね。アンネローゼさんを救い出すのも、あと少しかも。ふァ~…」
アクビをした四葉は眠そうに自室へ戻り、三葉は入浴してから休んだ。いつも通りに起きて克彦と早耶香の三人で、いつも通りに登校する。告白されたことで変わるかと懸念した三人の関係は結局、いつも通りのままだった。ただ、いつも通りでないこともあった。
「…ちっ…」
登校中に他のクラスメートから舌打ちされた気がする。もう俊樹の選挙も終わり、冷やかされる立場でもなくなったはずなのに、いつもより敵意を周囲から感じる。
「…うざ…」
教室でも廊下でも、女子トイレでも、一部の生徒から敵愾心のようなものを感じていたけれど、何かしてくるわけではないので三葉は聞こえないフリをして放課後を迎えた。いつも通りに三人で家に向かい、交差点で別れる。
「じゃあな、三葉」
「三葉ちゃん、また明日」
「うん、バイバイ」
一人になって家と神社へ向かう道を登っているときだった。
がさっ…
木陰の藪から五人の生徒が出てきた。男子が三人、女子が二人、三葉を包囲するように待ちかまえて隠れていた様子だった。
「宮水、あんたさ、調子に乗りすぎじゃない?」
いつも祭りで口噛み酒を造っているときに嫌なことを言ってくる女子が、いつもより敵意を丸出しにしてからんでくる。
「お前には借りがあるからな」
柄の悪い男子生徒もいる。少し前に三葉に股間を蹴られた男子で、しっかり根に持っている様子だった。三葉は逃げ道がないか、目で探したけれど狭い道の前後から挟撃体勢を敷かれていて逃げることはできない。
「……彼我兵力差は……5対1……前回やぶれた時より多い……当然か…」
「はん? 何ぶつぶつ言ってんのさ。ここ、電波とどかないから助けも呼べないよ。キャハハハ!」
もともと基地局の少ない山奥の町は一部の地区では高校生が使うような格安スマフォでは電波が届かないこともあり、それを三葉も知っていた。三葉のスマフォも、ここから100メートル前後は外部と連絡が取れなくなる。
「へぇ……通信妨害まで考えて。ずいぶん戦理にかなう作戦……」
「あんた一回とことん痛い目みた方がいいよ。人生なめすぎ」
「………。降伏しても、捕虜として遇してはくれなさそうね。やるしかないか」
「勝てると思ってんのか? オラ!」
わかりやすい威嚇をしてくる男子がローキックで三葉の足を撃とうとしたのから、三葉は避けて逃げた。
ガザっ!
狭い道といっても左右は藪で、その藪の中に飛び込んで逃げる。けれど、男子も追ってくる。
「待てやコラ!」
「じゃあ待つよ」
藪の中に飛び込んだ三葉は低い姿勢で待ちかまえていて、無防備に追ってきた男子の顎先に思いっきり頭突きを入れた。
ゴツっ…
「まず一人」
再び三葉は逃げる。
「地の利は、こっちにあるからさ」
すぐ家の近くなので、物心つく前から地形は把握している。どこに大きな岩があり、どこに登りやすい木の根があるか、すべて知っていた。
「ちょこまかと!」
追ってくる男子が木の根を登るために両手を使えない状態になるところを狙って、上から側頭部を蹴った。
「ぐはっ…」
蹴られて落ちていく。
「あと一人」
戦力差は5対1だったけれど、実質3対1で、女子二人は参戦していない。残りの一人を木の幹に回り込んだところで待ちかまえて正拳突きで倒すと、道で待っている女子二人の前に出た。
「お待たせ」
「「なっ…あいつらは?!」」
「大きな怪我はしてないと思うよ」
「「……そんな……バカな……こんなことが…」」
二人の女子はパエッタ中将のように口を開けて驚愕している。
「アスターテ並みの各個撃破ができたかな」
わざとらしく三葉が拳を鳴らして近づくと、二人ともペタンと座り込んでしまい、もう2対1で挑もうという戦意は欠片もない様子だった。しかし、三葉の背後で藪から男子が出てきた。
「痛てぇ……宮水、てめぇ、もう許さねぇぞ」
側頭部を蹴って落とした男子が痛そうにしながらも、しっかりと立っている。
「覚悟しろよ。もう女と思わねぇ」
「……」
相手が油断無く空手の構えを取ったので、この男子が極真空手岐阜県連盟糸守町統括道場の一人息子であることを三葉も思い出した。何度か学校新聞に地方大会で優勝したことで記事が載ったので記憶していたし、泣きそうだった女子二人の顔が来援に輝いた。
「やっちゃえ!」
「ボコボコにしてやって!」
「「…………」」
三葉と男子が無言で対峙する。もう三葉も油断無く素手による白兵戦の構えを取っていて、その隙の無さに男子も本気で三葉と戦う気になっていた。ちょっと五人で一人の女子を痛めつけて泣かせようとしていた気分から、まったくの真剣勝負に変わっている。
「せいや!」
「くっ…」
三葉は正拳突きされて、その拳を避けてから手首を取って投げ飛ばしてやろうとしたけれど、拳の戻しが素早く、そして力強かったので手首を取れず、逆に隙をつくってしまう。
「らっ!」
その隙を的確に相手が狙ってきて中段の蹴りで三葉の腹部を撃ってきた。
ドスっ…
三葉は後方へ重心をさげながら太腿で防御したけれど、かなりのダメージを感じた。
「………」
痛っ……ちゃんとガードしたのに……キルヒアイスの身体と違って、私の足、弱すぎ……やばいかも……、と三葉は打たれた太腿に力が入らないので体格差を思い知った。今は幼年学校時代から訓練してきた男の身体ではなくて、神事の舞いくらいしか訓練してこなかった女子の身体で、相手は幼少の頃から空手で鍛えてきた男子なのだと打ち合いで実感して戦慄する。
「…………」
「…………」
あと数回、打ち合いすると圧倒されることが容易に予想できた。三葉が的確な防御をしたことで、ますます相手は油断しなくなっている。
「………」
「……………」
三葉は勝つための戦術を無言で考える。
「………あ」
三葉が地面へ視線を落とし、声をあげた。そして、続けて言う。
「マムシ! そこに!」
「っ…」
自然豊かな糸守町ではマムシを見かけることも少なくない。とっさに男子は足元を見た。
ベキっ! バキッ!
三葉の正拳が男子の顔面と腹部に連発で入った。
「ぐはっ…ぐっ…」
膝を着いた男子を思いっきり前蹴りする。こんなときでも男の本能のために、スカートが舞い上がって丸見えになった三葉のショーツの股間が男子の脳裏に焼き付き、蹴られて転がる。
「まだまだァ!」
それでも男子が受けたダメージは軽かった。きゃしゃな三葉の手足では鍛えられた男子に立てなくなるようなダメージを与えにくい。蹴られて転がっても、すぐに立ち上がろうとしてくる。
「軽いんだよ、宮水の…。ちょっ…お前…」
立ち上がろうとしたけれど、三葉が子供の頭ほどある石を振り上げて構えているので恐怖を覚えた。両手で頭の上まで石を振り上げて、すぐにも叩きつけられる体勢を取っている。
「お前……そんなもので…」
「降伏して。そしたら、やめるから。でないと、やるよ!」
「………」
「3、2…」
「わ、わかった! まいった! まいったから、やめてくれ!」
男子が負けを認めた。三葉も石をおろした。
「……くそっ……卑怯者が……」
「5人で1人の女子を襲っておいて、どの口が言うの?」
「くっ………」
「で、黒幕は男子じゃないよね!」
三葉が二人の女子を睨む。
「前からチクチクと私にからんでくるけどさ! 何か恨みでもあるわけ?! 男子まで使って!」
「「…………」」
二人の女子が悔しそうに目を伏せた。そんな態度に、ますます三葉は頭に血が上るのを感じた。
「私が何かした?!」
「「………」」
「なんとか言えば?!」
三葉はカッとなって二人に蹴りを入れた。
「キャッ…」
「ううっ…」
「おい、宮水! お前、強いんだから、やめろよ! その二人は素人だからさ!」
「私も素人だし」
「いやいや! お前、絶対何かやってるだろ?! さっきの構え、何だよ?!」
「………。そんな話じゃないし。ちゃんと手加減したし。で、どうして、私にからむのよ? このさい、はっきりしてもらおうじゃない! 私にだってね、堪忍袋の緒ってものがあるし、切れたからって、いつもいつも補給されるわけじゃないから!」
三葉が目を伏せている女子の胸倉をつかんで揺すった。
「……あんたが……ウザいから……」
「っ、何よそれ?! 私が、あなたに何かした?!」
「くっ……ウザいからよ! バカ! 死んじゃえ!!」
パンっ!
三葉が平手打ちして頬を打った。ある程度の加減はされているので男子は黙ってみている。もう女子同士のケンカに立ち入りたくない顔色だった。
「うっ……この!!」
女子は頬を打たれて打ち返してくるけれど、三葉は見切って片手で受け止めると、また平手打ちする。
パシンッ!
さっきより強く打たれて、とうとう女子が泣き出した。
「うっ…うぐっ…うわああ! あんたのせいで!! お前なんか死んじゃえ!!」
「……私のせいって……何が?」
「うぐうっ…うううっ…」
泣きじゃくる女子の肩を、別の女子が支えた。
「宮水さんのせいで修学旅行の行き先、広島と京都になりそうでしょ」
「え? ……あ、……うん……」
三葉も昨日、自分の口が何を発言したかは手紙で知っていた。
「…そうみたい……だけど……それが何か?」
「それが何か、じゃないよ。この子、ディズニーランドに行くの、すごく楽しみにしてたんだよ。私だって」
「…そ……そうなんだ……ごめん」
「ごめんで済まないよ。だから、私たち……」
「え……えっと、ようするに私が修学旅行の行き先を広島と京都がいいって言ったから、こんな闇討ち事件みたいなことしたの?」
「……そうよ」
「そ、それだけの理由で?」
「っ! それだけって言うけどね! 宮水さん、ディズニーランドに行ったことあるでしょ?!」
「…う……うん……ある…よ」
まだ母が元気だった頃に出掛けた想い出はあった。
「何回行ったの?!」
「何回って……3回か、4回くらい? 小さい頃のは、覚えてないけど写真あるし」
「………」
「ぐすっ……やっぱ、こいつ殺したい…」
泣いていた女子が睨んでくる。三葉は困った。
「ちょ、待ってよ。行きたいなら、行けばいいじゃない。修学旅行じゃなくてもさ、夏休みでも、連休でも!」
「宮水さん、私たちが怒ってる理由……、本気でわからないんだ……」
「こいつに私たちの苦しみがわかるもんか!」
「……そう言われても……何が苦しいの? 行けばいいじゃない?」
「「…………」」
「おい、宮水」
男子も怒った声で言ってくる。
「お前、オレらの家が貧乏なの、知らないわけないだろ?」
「え………知ってるけど……」
小さな町なので、それとなく、それぞれの家庭の事情は知っていたりする。深くは知らないけれど、待ち伏せしていた五人が五人とも、それほど裕福な家庭ではない、むしろ母子家庭だったり、父親が居ても家計が不安定だったりすることは、なんとなくは三葉も知っていた。
「知ってるけど………たかが遊園地だよ?」
「「………」」
二人の女子から殺意を込めた視線で睨まれた。
「あんた何回も行って! それ日帰り?!」
「え……えっと、……ホテルに泊まったよ」
「どのホテルに?! どんなホテルに泊まったの?!」
「……どんなって……、たしか、ランドを出て、すぐにある一番近いホテルかな」
「「それオフィシャルホテルじゃん!!」」
「オフィ……シャ…?」
「あんた、まさかシンデレラのコスプレとかした?! 小学生以下限定の!」
「コスプレ? え~っ………あ、うん。したよ。四葉が4歳くらいだったかな。二人で着てみたいって」
「「オフィシャルホテルに泊まって、公式コスして! それ、いくらになるか知ってる?!」」
「……………ごめん、……知りません。……そ、そういうのって親が払うし……」
「「…………」」
「そんなに高いの?」
「時期によるけど、安くても50万コース。あんたファストパス使った?」
「ファスト? ……なに、それ?」
「アトラクションに並ばなくても乗れるチケットみたいなもの。オフィシャルホテルに泊まると、もらえるし。あと、宿泊者はランド開園15分前に入場できるの。出入口付近で、日帰り客が並んでるのに、あんたら早く入場できたんじゃないの?」
「う~ん………ああ、そういえば、そうだったかも」
「うっ、キィイイイイイ!!!」
金切り声をあげられて三葉は目を丸くした。
「え? 何? 何がいけないの?」
「宮水さん、おうちはお金に困ったことある?」
「………ないけど」
「うちは母子家庭なの。この子も」
「母子……私の家だって、お母さん死んじゃって父子家庭だよ。……ていうか、その父も家にいないけど」
「でも、お金に困ったこと、無いんでしょ?」
「……うん……まあ……」
「そんな貴族みたいな宮水さんに私たちの気持ちはわからないよ」
「貴族って……私は、ただの…」
「私も、この子も、ディズニーランド、大好きだけど行ったことないの」
「行ったことない……のに……大好きって……」
「夢の国なんだよ………お金が無いと行けない……夢の国」
「………」
「日帰りの夜行バスで行ったって、一人3万円は要る。お母さんと二人で6万円。お母さんの一ヶ月分のパート代」
「…………」
「宮水神社の御祓い、一回1万円から、高いと10万円も取ってるよね? 勅使河原建設からの御寄進なんて100万ってことも。地鎮祭だって5万は取ってるって」
「………。ああいうのは、ちゃんと神社の会計に入れてるから…」
「生活費は、どうしてるの?」
「……よく知らないけど、お婆ちゃんが……」
「あんたと私で何が違うっていうのよ?! 生まれた家の違いで、なんで、こんなに差があるのよ?!」
「…………。うちも平民というか……爵位とか無い社会だし……神社には官位があったけど……形骸化して……」
「あんたらに私らの気持ちなんかわかるもんか! 修学旅行が大事なチャンスだったのに!! よくもよくも!! よくも!!」
腕力で勝てないとわかっているので、泣きながら手当たり次第に雑草を千切って投げつけてくる。当たっても痛くないけれど、心は痛かった。
「ごめん……私……知らなくて……」
思い返してみれば、幼い頃は二人とも仲良くしていたかもしれない。小さな町で同じ学年なので何度も幼稚園や小学校の裏庭で遊んだかもしれない。けれど、だんだん家庭の経済的格差から疎遠になり、今では同じような所得階級で群れるようになっている。三葉は公務員家庭の早耶香や建設会社を営む家柄の克彦とつながっている。ほぼ本能的に、そうしていたし、それに無自覚だった。
「……ごめん……」
「ごめんで済むか! 私の夢を返せ! 返してよ!!」
「………しゅ……修学旅行の行き先って……もう決定なの?」
恐る恐る三葉が訊くと、男子が答えてくれる。他の頭突きと正拳で倒された男子も、いつのまにか戻ってきていて、再び三葉は包囲されるような体勢になり、今回は居心地の悪さと罪悪感を覚えていた。
「今日の職員会議で決まるって。ほぼ宮水の意見が通るだろって話だ。広島と京都なんて、つまんねぇところによ。ちっ」
「わ…私だって、つまらないよ。せめてUSJかディズニー、どっちかは行きたかった。みんなで」
「「「だったら、なんで、あんなこと言った?!」」」
「ぅ…………あ、あの時は……わ、私が私じゃなかったというか……。職員会議……」
三葉はスマフォを出して時刻を確認した。
「まだ間に合うかも……職員会議に意見具申……」
三葉が泣いている女子の手首を握った。
「いっしょに来て! みんなも!」
「ぐすっ、あんた何する気?」
「職員会議に意見具申するの!」
「ぐしん?」
「いいから来て、決を採られる前に!」
「「「「「………」」」」」
五人は迷ったけれど、町長の娘なら、なんとかなるかもしれないと、いっしょに糸守高校まで駆け戻り、職員室に駆け込んだ。
バンッ…
三葉がドアを勢いよく開け、叫ぶ。
「提案します! ハァ…ハァ…」
「宮水さん、今は会議中ですよ」
ユキちゃん先生が驚き注意してくるけれど、引き下がらない。
「その会議へ意見具申いたします! 発言の許可をお願いします!」
「許可って……職員会議は職員の……」
「お願いします!」
「「「「「お願いします!」」」」」
他の五人も頭を下げたので、ユキちゃん先生は困って校長を振り返る。校長も困っていたけれど、やはり三葉が町長の娘なので許した。
「言ってみなさい」
「ディズニーランドに行かせてください! みんなで!」
「………。あなたの意見は広島と京都だと……」
「私が間違ってました! 本当に行きたいのはディズニーランドです! あのときは……あのときは、嘘をついてました!」
「嘘って……」
「ああいう意見を言えば、私の内申点が良くなって、いい大学に行けるかなって! そんな卑劣な考えで自分に嘘をついていました! でも、みんなに怒られて! とくに、家計の苦しい家のクラスメートにとっては、初めて行けるチャンスだったんです! それを私が踏みにじってしまって!」
三葉が振り返ると、ユキちゃん先生は男子たちが怪我をしていることに気づいた。
「あなたたち、その怪我は?」
「「「…………」」」
三葉を襲おうとして逆撃されたとは答えにくい。
「私がやりました! 私の意見が卑劣だったから、ケンカになって! 私が悪いんです! どうか、お願いします! ディズニーランドに行かせてください!」
勢い三葉が土下座のように頭を下げると、ユキちゃん先生は困り切り、他の教員を振り返る。もう広島と京都で決まりかけていて、旅行代理店の担当者もいた。大人たちが、しばらく話し合い、そして決が下った。
「もう広島は外せないの」
「「「「「「そんな……」」」」」」
「けれど、かなり無茶な日程になるし、お土産代を食事代に回すことに生徒たちが賛同してくれるなら、広島から東京というプランも可能です」
「「「「「「お土産代を食事代に……」」」」」」
「交通費が高くつくから、食事代が出なくなるのよ」
「そ、それでも……行きたい。……よね?」
三葉が振り返ると、五人は頷いた。けれど、ユキちゃん先生は忠告する。
「あなたたちだけで決めてはいけません。今夜中に、学年全員に同意が取れるなら、そう変更します。電話連絡、大変ですよ、やりますか?」
「「「「「「はい!」」」」」」
覚悟したほど連絡は大変ではなく、ラインやSNSで情報が回ったので、すぐに同意が集まり、行き先は広島と東京になった。夜遅くに校門を六人で出たとき、ずっと三葉を嫌っていた女子が右手を出した。
「ありがとう、あんたを……ちょっと、見なおしたよ。人の心がわかるヤツだったんだね。いろいろ、ごめん」
「ううん、私こそ、ごめん」
そっと二人が握手を交わした。