「君の名は。キルヒアイス」方向性修正版   作:高尾のり子

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第8話

 

 

 キルヒアイスは宮水神社の境内で夏祭りにそなえた練習として、四葉が巫女服を着て舞っているのを見て感動していた。まだ10歳の四葉が神々しくさえ感じられるほど美しい。

「高天原にかみつまします。かむろぎかむはやぎなる神々に」

 祝詞の声も朗々として、場の空気さえ変化している気がする。舞いが終わり、三葉の手が妹を讃えて拍手する。

「すばらしいですわ! なんて感動的なのでしょう! まるで天使のようですよ!」

「……。ありがとう、お姉様」

 姉の顔で最大限の讃辞を送られると、かなり照れくさい。四葉が赤面して咳払いした。

「じゃあ、次は、いっしょに舞ってみて」

「はい」

 すでに巫女服を着て準備もしている。もしも、夏祭りの日に入れ替わっていた場合にそなえての練習だった。

「いくよ」

「はい」

 二人が舞台に立ち、一葉が雅楽を奏でてくれる。やってみると、三葉が白兵戦技や射撃を習得するのが早かったように、すぐに舞いを覚えることができた。

「うん、いいね。この調子なら大丈夫そう」

「きっと三葉さんが、しっかり練習してくださっていたおかげですわ」

「はは…」

 嫌がる姉に祖母が叩き込んでいた長年の記憶が蘇り、四葉は苦笑した。舞いの習得が終わると、四葉は三宝を持ってきた。

「それは何でしょうか?」

「三宝って言ってね。普通の家は鏡餅とか載せる台だよ。神さまへのお供え物を載せるのが普通の使い方だけど、祭りの本番では、ここに炊いたお米を載せるの」

「お米を供えるのですね」

「ううん、お米は口噛み酒の材料。とりあえず、やるから見てて」

 四葉は三宝にエアガン用の白いBB弾をザラザラと入れた。

「昔はね、よく洗った玉砂利とかで練習したらしいよ。お婆ちゃんの代にガラス玉のビー玉で練習するようになって、私たちはBB弾でやるようになってるの。本物のお米だと、もったいないからね」

 説明した四葉は舞いの最終形をとると、三宝からBB弾を摘みあげ、口に運ぶ。

「んぐ…んぐ…」

 もごもごと噛むように口を動かし、それから酒枡へおごそかにBB弾を吐き出した。

「と、こんな感じに、お米をよく噛んで、ここにキレイに吐き出すの。唾液とお米が、よく混じるように噛んで、それから一粒残さず吐き出して、できるだけヨダレが糸を引かないように、すっきり出すんだよ」

「……………」

 三葉の瞳が、いつも通りやりたく無さそうにしているけれど、子供が駄々をこねるような色合いではなく、あまりに文化が違うので困惑しているという色合いだった。

「じゃ、やってみて」

「………………あの……何と言いますか……その……こう申し上げては失礼かもしれないのですが……私の知っている行儀作法や女性としての振る舞いから見て………その……品位が……いささか………欠けるといいますか……文化的な違いかもしれませんが……上品には見えないのです……」

 喫茶中に食べかけのパンケーキを撮影することさえ、激しく羞恥心を刺激されてできなかったのに、口に入れた物を唾液とともに吐き出すという行為を求められて拒否したいのに拒否できず困っている。四葉は選択の余地なく求める。

「これは神聖な儀式だから品格は高いよ。いかに上品にやれるかがポイント」

「…………」

「やってみて」

 ずいっと四葉が三宝を差し出してくる。

「……………」

「さ、やってみて」

「……はい…」

 姉と違って駄々はこねないけれど、三葉の手が震えている。その震える手でBB弾を少しだけ摘むと、口に運んだ。

「……………」

「よく噛むフリして。BB弾だから本当に噛むとダメだよ」

「…………」

 三葉の目が潤みつつ、噛むフリをしている。

「はい、こっちに出して。ヨダレが糸を引かないように、すっきりと」

「……………」

 恥ずかしそうに手で隠しながら、ほんの少しだけ三葉の唇が開き、ぽろぽろとBB弾を酒枡に落としていく。BB弾には唾液がまとわりつき、糸を引いている。

「うん、一回目にしては上出来」

「……ありがとうございます……」

「はい、二回目やろうね」

「……………はい…」

「さっきより多めに入れて。で、吐き出すとき手で隠すのはいいんだけど、完全に隠しちゃダメなの。ちょっと手をそえるくらいの感じ。ゆっくり私もやるから、真似しながら、やって」

「………はい…」

 四葉の手がBB弾を摘み、続いて三葉の手もBB弾を摘む。それを10歳と17歳の唇に運ぶと、噛むフリをしてから酒枡を持ち、そこへ吐き出す。

 ザラザラ…

 BB弾が音を立て、酒枡に落ちた。唾液で光っている。

「…………」

「いいよ。三回目やって」

「……はい…」

 舞いと同じく動作は身体が覚えているようでもあるけれど、身体が拒否している覚えもあって、なかなかできない。五回目が終わると、泣いてはいけないと思っているのに泣けてきた。

「ぅっ……ぅぅっ……」

 声をあげないように泣いているけれど、顔を真っ赤にして、その顔を両手で隠している。

「ちょっと休憩しようか。でも、これを町のみんなの前でやれるように特訓するから、午後からはサヤチンさんとテッシーくんも呼んで見てもらうからね」

「っ………」

 姉の顔がイヤイヤするように左右へ振られている。これは本人と、ほぼ同じ動作だったし、身体が覚えているのかもしれなかった。午前中の練習が終わり、お昼ご飯になると食卓には、いつもと違って箸がなく白米だけが山盛りに三宝へ載せられていた。

「お昼ご飯で箸を使わずに手で食べる練習もするね」

 そう言って四葉は手で白米を摘みあげると口へ運んだ。

「………………こくっ。このくらい噛んでから吐き出すんだけど、今は飲み込んでいいから。じゃ、やってみて」

「……はい…」

 手で直接に食事するということにも、とても抵抗がある。

「…………」

 それでも三葉の手は求められた義務に応えようと、白米を摘みあげると唇に入れた。よく噛んでから飲み込む。

「…………………。これで、よろしいでしょうか?」

「そうそう。よくできてる」

 練習を兼ねた昼食を終えると、四葉が呼んでおいた早耶香と克彦が呼び鈴を鳴らした。

「はいはい!」

 四葉が玄関へ行き、二人に神社の舞台へ上がって待ってくれているように言い、戻ってきた。

「じゃ、また着替えて今度は人前で挑戦するよ」

「…………はい…」

 そう返事をしたけれど、三葉の足は立とうとしない。

「さ、早く着替えて行こう」

「……は………はい…」

 返事はしても、立たずにいる。

「どうしたの? 早く立って」

「…す、すみません……あ…足に力が入らなくて……」

 ぺたりと座り込んだまま、三葉の足は動かない。

「……た……立とうとしているのですが……足に力が……」

「………」

 お姉ちゃんだと駄々をこねるところで、お姉様は義務感と拒否感の板挟みで身体に不具合がでるんだ、と四葉は二人の反応の違いを知った。実姉は嫌なことは寝転がって手足をジタバタさせるけれど、今は義務を果たそうという表情はしているものの、強い拒否感で足が動かない様子だった。嫌がるのは同じでも、やっぱり気品が違うと感じた。そして、四葉は一葉が使ってきた策略をろうする。

「うん、わかった。そんなにイヤなら今日の口噛み修業は無しにして、舞いだけ二人に見てもらおう。ほら立って」

 四葉が三葉のお尻をポンポンと叩いた。

「舞い……だけ、ですか…?」

「そうそう。さ、ゆっくり立ってみて」

「はい…………」

 今度は、かろうじで足に力が入り立てた。二人で巫女服に着替えて舞台にあがる。

「お待たせ」

「お待たせいたしました」

 祭りの時とは違い、早耶香と克彦も舞台にあがって座っている。

「近くで見ると、またキレイやね」

「ああ……キレイだ……」

「ありがとう、テッシー、サヤチン」

「………」

 もう声色だけで早耶香は察するようになったので、もともと克彦と隣り合って座っていた位置から、さらに10センチ、克彦に近づいて座り直した。一葉が雅楽を奏で始めてくれたので、二人が舞う。

「おお……」

「キレイやね……」

「ああ、特等席で見られてラッキーだぜ」

 舞いが終わると拍手して、早耶香が問う。

「でも、急に練習を見てほしいなんて、どうしたん?」

「うん、それがさ。第二の思春期みたいで、また口噛み酒を造るのがイヤだって言い出したから、慣れさせるために二人に来てもらったの」

「第三次性徴じゃないんだから……あ~、でも、そのお嬢様モードのときだとイヤかもね。そのモード入ると、きっちり一日続けてるし。ある意味、ホント第三次性徴なのかも」

 女子高生になっても子供っぽかった親友が最近は貴婦人のように変貌することがあるのに慣れてきた早耶香は巫女服を着ている親友を見上げた。

「……」

 そっと上品かつ、さりげなく三葉の瞳がそらされて早耶香との衝突を避けるようにしている。そのけなげさが、また克彦の気を引こうとしているようで早耶香はベーネミュンデのように睨んだ。

「さ、次の実演やるよ」

 そう言って四葉がBB弾を載せた三宝をザラザラと音をさせながら運んでくると三葉の身体が硬くこわばる。克彦が男子として自分も中学の頃はよく遊んだBB弾を見て問う。

「それで練習してるんや?」

「最終的にはお米でも練習するけど、もったいないからね」

「……お米で練習した場合は、どうしてるんだ?」

「鳥送って言って、ようするに鳥のエサ。鳥は神さまの使いだからね。鳥居って言うくらい」

「人にお下がりしたりは、しないのか……」

「「「「…………」」」」

 一葉がポンと太鼓を叩いた。

「さ、私から、やって見せるね」

 四葉が舞いの最終形をとり、おごそかにBB弾を摘みあげると口に含み、酒枡に吐き出してみせた。

「はい、今度はお姉様の番」

「………はい…」

 震える三葉の手がBB弾を摘みあげると、唇に運ぶ。

「……………」

 そっと酒枡を持つと、手で隠しながら吐いた。その表情が、いつもより儚げなので克彦が見惚れる。しかも、距離も近い。やり終わると三葉の両手が顔を隠した。

「お姉様、恥ずかしがってやると余計に見栄えが悪いよ。きちっと所作通りにやって」

「…はい……すみません…」

 泣きそうになりながら返事をして、また実演する。やはり動作は身体が覚えていてくれるけれど、その動作を拒否する感覚もあるようで、うまくいかない。何度も実演させられ、いちいち克彦が見惚れるのが早耶香は腹立たしくなってきたので7度目の実演の最中に聞こえるように言った。

「やっぱり、人前でやることじゃないよね。女子として」

「っ…」

 ビクンと三葉の肩が震え、BB弾を吐き出せなくなって顔を隠して泣き出した。

「サヤチンさん……ひどいよ」

「ごめん、つい」

「慣れさせる練習だったのに。今日は、もう限界かな」

 四葉がタメ息をついて、早耶香を呼ぶ。

「ちょっと、こっち来て。サヤチンさん」

「私だけ?」

「そうそう」

 そう言って四葉は早耶香と、どこかへ行ってしまった。一葉も楽器をもって倉庫へ行くと、克彦と二人きりになった。

「そんなに泣くなよ。キレイだったぞ」

「…………本当に、そう感じてくださいますか?」

「ああ」

「………………」

 泣きやんだけれど、かなり疲れた表情でうつむいている。克彦は抱きしめて慰めたいと思ったけれど、早耶香が戻ってきた。

「もう戻ってきたのか」

「……。もう戻ってきたよ!」

「四葉ちゃんの用事、何だったんだ?」

「少し二人きりにさせて慰める時間だって! あの子、ホントに小学4年生なのかな? しっかりしすぎ!」

 四葉が着替えて戻ってきた。

「お姉様、もう今日は終わりでいいよ。あとは、のんびり過ごして」

「……はい……ありがとうございます……あの、テッシー、……サヤチン…お茶でもいかがですか?」

「おう、サンキュー」

「それ、明らかに私、ついでというか、しょうがないから呼んだよね?」

「いえ、とんでもないことです。どうぞ、ゆっくりしていってください。私は着替えて参りますので少し失礼いたします」

 しずしずと巫女服で歩き去っていく姿を克彦が見惚れる。

「私も、あれ……着てみたら似合うかな……」

「サヤチンさんも着てみる?」

「いいの?」

「いいよ」

「神聖な物なんじゃないの?」

「別にサヤチンさんが穢らわしい者じゃないから大丈夫だよ」

「クスっ…くく!」

「そこで笑うな!!」

 克彦に笑われて怒った。そして着て見せてやりたい気持ちが湧く。

「着てみる! お願いします!」

「うん、じゃあ、こっち来て」

 克彦を舞台に残して四葉と早耶香も家に戻る。居間へ入ると、目隠しして着替えている三葉の姿を見て、早耶香が疑問に思う。

「ああいう風にして着替える決まりなの?」

「う~ん……第三次性徴みたいな感じでね、最近ちょっと自分の裸を見るのも恥ずかしい日もあるんだって」

「………それ、やばくない? そういえば体育のとき女子トイレに入ってきて着替えてるよね。まるで他の女子の着替えを見ないようにしてるみたいに」

「「………」」

 四葉が話題をそらすために脱ぎ終わった巫女服を拾い上げた。

「サヤチンさん、脱いで。着付けしてあげるから」

「あ、うん、ありがとう」

 女子しかいないので早耶香は下着姿になった。

「これでいい?」

「うん」

 本当の本番は下着も着けずに禊ぎしてから着付けるけれど、それを一般の町民に教えると、また色々と言われるのは四葉も愉快ではないので黙っておく。

「はい、終了」

「意外と重いね……」

「よく似合ってるよ」

「よくお似合いですわ。サヤチン」

 早耶香の着替えが終わってから目隠しをとり、一目見て賞賛している。

「ホントに?」

「うん」

「はい」

 三人で克彦が待っている舞台に戻った。

「おお……意外と似合ってるな」

「意外とって、どういう意味よ?」

「ははは」

「サヤチンさん、口噛みもやってみる?」

 四葉がBB弾をもってくる。

「……それは遠慮しときます。……フフ」

 早耶香は意外と言われつつも、似合っていると誉められて、まだ諦めるのは早いと自分を励ました。

 

 

 

 いよいよ念願だった元帥府をかまえ、キルヒアイスは当然としてミッターマイヤーら有能と見込んだ将官を集めていたラインハルトは元帥執務室で、かなり憮然とした表情で軍務尚書エーレンベルク元帥と皇帝フリードリヒ4世からの推薦状を睨んでいた。

「ちっ……」

「ノルデン少将さんのこと嫌いですもんね」

 隣にいた三葉も推薦状を読んで、ラインハルトの不機嫌をなだめる。

「こないだ廊下で会ったとき、ご本人も、ぜひローエングラム元帥の元帥府に入りたいって言ってたから、たぶんエーレンベルク元帥さんと皇帝陛下にお願いしたんじゃないかな。美術品でも献上して。子爵家だし、推薦状くらいなら書いてもらえる立場なんじゃないかな」

「なぜ、オレの元帥府に望んでもいない者を配属させねばならんのか?!」

「制度上は任命権は元帥にありますけど、軍務尚書はともかく皇帝陛下からの推薦状って断っても大丈夫なんですか?」

「…………。過去に例はない。おそらく」

「こんなことで反逆の意志あり、と思われるなら入れるしかないと思いますよ」

「わかっている!」

「ほとんどの門閥貴族に嫌われてるのに、ノルデン少将さんだけでも、こちらを好きになってくれたなら、いいじゃないですか。嫌われてるより、ずっといいですよ」

「……だんだんキルヒアイスと同じようなことを言うようになってきたな」

「それが任務みたいなので」

「フン、元帥府をかまえれば、オレの目指すとおりの人事が可能になると思っていたものを……ちっ…」

「それは、あれですよ。ミュッケンベルガー元帥さんだって、使いたくないけどラインハルトさんを使っていたじゃないですか。えらくなっても立場立場の苦労はあるってことですよ」

「………フロイラインミツハが可愛くなくなってきた」

「私はノルデン少将さん好きですよ。戦場にいても緊張感がないところとか、なごむし」

「では、キルヒアイスの管轄としよう」

「え? でも、私、少将ですよ? 同格だし、ノルデン少将さんの方が先任なのに?」

「すぐに中将になるさ」

「そんな簡単にポンポンあがるものですか? こないだまで大佐だったのに」

「これを見ろ」

 ラインハルトがカストロプ領の星系図を三次元モニターに出した。

「この星系で起こっている内乱の鎮圧をキルヒアイスへ勅命がくだるよう根回ししている」

「内乱……皇帝に逆らってる人がいるんですか? すごいじゃないですか」

「そんな立派なものではない。ただの貴族のバカ息子が起こしたくだらん動乱だ。自動防衛の人工衛星と、たった5000の私兵艦隊で帝国が揺らぐものか」

「………さっき、勅命っておっしゃいましたけど、それって私……キルヒアイスさんが総司令官で行くってことですか? ラインハルトさんは来てくれないの?」

「ああ、そうだ。少将として2000隻の艦隊を率いて出陣させる」

「……2000……。恐れながら意見具申の機会をいただきたく存じます!」

 三葉が直立して敬礼しつつ言ったけれど、ラインハルトは面倒そうに応じる。

「もって回った言い方をするな、言いたいことはわかっている」

「わかってるなら、五千へ二千で挑ませるのは、やめてくださいよ。アスターテみたいな芸当、そうそう再演できるとは思えませんよ。都合良く相手が兵力を分散してくれるなんてことも無いのが普通でしょうし」

「大丈夫だ。キルヒアイスなら、やれる」

「……私の日に対戦するかもしれませんよ。遭遇戦ってこともありえる」

「それも大丈夫だ。フロイラインミツハがキルヒアイスでいるのは週に1度ほど、キルヒアイスなら、なんとかする」

「………きっとね、そういう時に限って私になるんだよ……」

「不利なときは撤退も選択肢に入れてかまわない。周囲の将校に意見を訊いて、撤退が大半を占めるようなら撤退していい。だから、行ってくれ」

「…………はい」

 かなり不安ながらも三葉は敬礼した。

「では、これから、その根回しのために政務補佐官のワイツに会うから、ついてきてくれ。今のような自信のなさそうな顔はするなよ。堂々としていろ」

「…はい。……質問いいですか?」

「ああ」

「根回しって、具体的に何をされるんですか?」

「すでにリヒテンラーデにはキルヒアイスへ勅命が下るよう依頼してあるが、いい顔をしていないのだ。ゆえに、ヤツの政務補佐官であるワイツに金品を送って、動いてもらう。そういうことだ」

 そう言ったラインハルトと郊外へ地上車で移動すると、待っていたワイツを乗せ、移動しながら会話する。社交辞令的な挨拶が終わると、三葉は渡すように言われていた金品をワイツに差し出した。

「「……」」

 お互い無言で受け渡しが終わると、ラインハルトが依頼する。

「国務尚書におかれては、いい顔をされていないそうだが、こう言ってくれ。キルヒアイス少将は私の腹心中の腹心だ。討伐に成功したときは褒賞を与えて恩を売ればいい。さすれば後日、何かと益になる。また失敗したら、それは推挙した私の責任。改めて私へ討伐を命じればすむことだし、部下が失敗したとなれば、私も功を誇ってばかりとはいかぬ、と」

「わかりました。とはいえ…」

 ワイツがちらりと三葉を見てくる。

「この赤毛の少将殿に、わずか2000隻の艦隊で可能なものでしょうか?」

「キルヒアイスなら、やってくれる。な?」

「はっ、必ずご期待にそいます!」

 背筋を伸ばして敬礼することは身体が覚えていてくれるし、少しでもアンネローゼを救い出すことの手助けになるのなら、とも思うけれど、やはり不安は大きい。ワイツをおろしてから三葉はラインハルトに訊く。

「さっきノルデンさんを私の管轄にするって言ってましたよね」

「ん? ああ、言ったな」

「今回の作戦にノルデンさんを戦闘技術顧問として連れて行っていいですか?」

「戦闘技術顧問? ああ、あの、先の内乱鎮定で貴族どもが指揮を執るのでは、おぼつかないからミッターマイヤーやロイエンタールをつけていたあれか。いや、しかし、すでにフロイラインミツハの知識も、戦略シミュレーションの成績も、おそらくはノルデンなど凌駕しているだろう。まったく不要だと思うが」

「机上の成績ではそうかもしれませんけど、単に私の心の問題です。ラインハルトさんがいないってことは、顔見知りがぜんぜんいないってことになって変に緊張しちゃいそうですから。誰と何を話していいか困るから」

「心の………オレなどは、あやつがいるとイライラするだけで、むしろ邪魔だが……そういえば、フロイラインミツハは楽しそうに会話しているときもあったな」

「なごむんですよ。いい感じに」

「そうか。まあ、それならオレは、かまわないが……一応、戦闘技術顧問というのは司令官の下に組み込まれるものだ。軍の序列でいうと、同じ少将でも先任はノルデンだから、キルヒアイスの下風に立つことを、あの子爵家の嫡男が承知するか……」

「ラインハルトさんの元帥府に入る前の研修ってことにして、作戦が失敗しても責任を問われない立場で気楽に見学に来てくださいってことで、どうでしょう?」

「………武人として、どうかと思うが……あやつなら……。では、そのような話でフロイラインミツハがノルデンに打診してみて、あやつが素直に受け入れるなら連れて行くがいい。プライドが許さぬという顔をするなら、むしろ指揮系統を混乱させる危険があるので連れて行くな。ということで、どうだ?」

「はい、わかりました」

 話が決まったので三葉はラインハルトと別れ、子爵家へ訪問する連絡をしてからワイン専門店に立ち寄り、手頃なワインを買ってノルデンへの手土産とした。

「こんばんは。遅くに、すみません」

「おお♪ キルヒアイス少将、わざわざのご訪問、歓迎いたしますぞ」

 夕食の時間帯を少し過ぎているので、ノルデンは軽く飲酒したような顔色で三葉を歓迎してくれた。

「いきなり、すみません」

「いやいや、ご夕食は、お済みかな?」

「どうぞ、お構いなく」

「まあ、そう言わず、お済みでなければ用意させましょう。お客人を空腹で帰したとあっては子爵家のプライドにかかわりますからな。ははは」

 ノルデンが使用人に夕食を用意させ、三葉は執事へ手土産だったワインを渡した。贈る相手が子爵家なので、それなりに高いワインをキルヒアイスの財布から買っていて、それもノルデンを喜ばせた。なごやかに夕食をいただき、ノルデンも本題を待っていてくれるので語る。

「ノルデン少将さんのローエングラム元帥府への配属の件ですが、正式な配属の前に少し研修というか、見学していただきたいな、とラインハルトさんと話していたんですよ」

「ほぉ、研修と」

「それで、ちょうど私へ次に下る命令で、はじめて艦隊指揮を執らないといけないことになりそうで。正直、不安でノルデンさんが戦闘技術顧問として、ついてきてくれると嬉しいなって」

「戦闘技術顧問ですか…」

「それは名目だけで、作戦が失敗しても責任を取るのは私です。実質、ノルデン少将さんには、私が落ち着いて指揮を執れるよう話し相手になっていただければ、なんて思っていたりします。お願いできませんか?」

「そういうことなら、喜んで引き受けましょう」

「ありがとうございます」

「さあ、そろそろ、いただいたワインも冷えた頃合いでしょう。いっしょに、いただきましょう」

「はい」

 かなり高かったワインが、どういう味なのか興味があったので嬉しかった。ノルデンと三葉は乾杯して、アスターテ会戦の快勝を肴に盛り上がった。

「ローエングラム元帥は、向かうところ敵なしですな」

「そうですね。でも、同盟軍のあの二人と最初から対峙していたら、どうだったのかなぁ」

「あの二人とは?」

「ヤンさんとホーランドさんですよ」

「ああ、あの。ヤンの手並みは知りませんが、ティアマトでのホーランド艦隊の動きは見事でしたからな」

「たとえば、あの二人と同数の艦隊で衝突したら、ラインハルトさんは、どう戦うのかなって」

「うむ。さながらアメーバのような動きをしたホーランド艦隊、あの動きはミュッケンベルガー元帥の艦隊を翻弄していましたからな。エネルギー消耗が早いとはいえ、一気呵成に攻める様は見習うべきところがありそうですな」

「はい、確かに」

 ウィレム・ホーランドは過去ばかりでなく同時代にも知己を得たけれど、いずれにせよ本人の知るところではなかった。

 

 

 

 キルヒアイスはラインハルトの部屋で、いっしょにワインを飲んでいる状況を認識した。

「はぁ……」

「タメ息をついて、どうした?」

「すぐにブラスターを抜かなくていい状況のようで安心したのです。ワインにも何も入っていない」

「あのときは、すまなかった。私の不覚でもある」

 そう言ってラインハルトはキルヒアイスのグラスにワインを注いだ。三葉がノルデンとの会談を終え、帰ってきてラインハルトと飲み直している状況だった。キルヒアイスは今日の予定が、どう終了したのか、手紙が無かったのでラインハルトに問う。

「ワイツ政務補佐官との会談は、どうでした?」

「予定通りだ」

「にしては、ご機嫌が悪そうですね」

「ああ、悪いさ!」

 そう言ってラインハルトは2枚の推薦状を親友に見せた。

「これは………」

 目を通して、なだめるように言う。

「嫌われているより、よいでしょう」

「やはり、そう言うのか……。………お前の管轄にしたからな。フロイラインミツハは、あの子爵家の嫡男が気に入ったようだ。女の考えることはわからん!」

「単に相性の問題かと思いますよ。ごく平凡な女学生でしたから、ごく平凡な貴族の息子と、ごく平凡な会話をするのが落ち着くのでしょう」

「すると、彼女はノルデンに恋をしているのか?」

「それは無いと思います。前にも言いましたが、おそらく彼女は、この身体にいるときは女性を異性と感じてしまうでしょう。ですから、もし誰かを好きになるとすれば、それは女性であるはずです」

「ほお、では、お前は向こうで男を好きになるのか?」

「……可能性としては。ですから、ノルデン少将のことはラインハルト様と私のような男友達という感覚で接しておられるのでしょう。とくに、彼女にとっての初陣をともにしたということもありますし。こちらにいるときラインハルト様以外の親しい人間がいるのも、悪いことではないでしょう」

「まあ、そうかもしれんな」

 ラインハルトはワインを飲み、そして問う。

「カストロプの件、策はあるか? もし、当日にフロイラインミツハだとしても」

「あります」

「わかった。任せよう」

 まだキルヒアイスとは乾杯していなかったので、ラインハルトは優雅にグラスをかかげた。

 

 

 

 三葉は、ほろ酔い気分からシラフに戻って少し淋しかった。

「……お酒は二十歳から……か……」

 まだ未成年なので呑めない。ちょっと興味が湧いてきて、台所にある日本酒を呑んでみたいとも思うけれど、もしも一葉に見つかったとき、どんな折檻を受けるか、とても恐ろしいので自重する。

「お姉ちゃん、今日は、どうだった?」

 四葉が部屋にいて訊いてくる。

「次の作戦で私というかキルヒアイスが総司令官の艦隊で戦うことになるかも」

「それは責任重大だね。その日が、お姉ちゃんでないといいけど……」

「そういう日に限って私になりそうだよね?!」

「うん。………大丈夫、お姉ちゃん?」

「なんとか、頑張るよ。あ、あの子からラインが入ってる」

 三葉は会話しながらスマフォをチェックしていてメッセージに気づいた。握手を交わした女子からの連絡だった。

「ねぇ、四葉。これ、どう思う? 修学旅行中、東京で夕ご飯、おごってくれるって」

 三葉は妹にスマフォを見せて経緯も話した。

「いいんじゃない。ごちそうになれば。お土産代が食事代になるって、ようするにお小遣いで食事してってことでしょ。一食うけば助かるよ?」

「そうだけど、あの子の家、貧乏貴族…じゃなくて、貧乏だって」

「けど、おごってくれるレストランは親戚がやってるイタリアンの店で、その子たちもタダだから招待してるって書いてあるし遠慮しなくていいんじゃない?」

「うん……そうなんだけど……話がデキすぎてるというか……なにかの罠なんじゃないかと……」

「罠って、そんな宮廷闘争じゃあるまいし。女子高生が仲直りと今後の友好のために、いい感じに親戚の店を利用しようとしてるだけだと思うよ」

「そ、そうだよね。なんか向こうにいると根回しとか、駆け引き、策略、いろいろあって疑り深くなっちゃってるのかも。普通に考えて、仲直りのディナーだよね。うん、行こう。ごちそうになります、と」

 三葉は帝国軍少将から女子高生の気分に戻って、笑顔のスタンプつきで返信した。

 

 

 

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