世界を超えた哿と対哿 作:青色の閃光
椚ヶ丘中へと合格が決まってから数日が経った。
本日は初の登校日、今日は店頭で饅頭を売れないから自販機で売るしかないのだ。そのため自販機に入れる饅頭を作るしかない。
だから俺は朝早くに起きて製造ラインの確認作業をしている。
「豆洗浄機、煮熟釜、製餡機、外皮製造機、包餡機、焼成機、冷却機、焼印装置、入電。浄水器、包装機、接続良し。摩砕、
機器を一つ一つ、灘──和菓子屋の息子で公安0課所属のエージェントの手作業を思い出しながら金庫を開けるみたいに繊細な手作業で確認していく。
その作業をしていた時。
「前々から思ってたが中々様になってるな」
声が聞こえて視線を向けるとネモがいた。
寝起きなのか、可愛らしい水色のネグリジェ姿だ。髪はまだツインテールに結い上げておらず、ほんのりウェーブが掛かったデイドリーム・ブルーの髪を下ろしている。
「まあな。それはそうとまだ6時前なのにもう起きたのか?」
「たまたま目が覚めただけだ。ところで貴様は毎日こんな時間から饅頭を作ってるのか?」
「ああ、学校に行ってる間は作れないからな。ある程度は作り置きしないと」
言いながら確認作業を終えた俺は材料を入れて製造ラインを動かした。
時間が経つにつれて少しずつ甘く香ばしい匂いが工場内に漂い始める。
「毎日この匂いを嗅ぐと頭より先にお腹が覚醒してくるな」
「そうだな」
言葉少なに応じると、ネモは近くにやって来て饅頭が焼き上がるのを待っている。
コイツは出来上がりの饅頭を食べるのが好きだからな。
「それじゃあ俺は朝食を作るからラインが止まったら連絡してくれ」
「うむ」
饅頭が出来上がる様を眺めていたネモにそう伝えて、俺は2階に上がり朝食作りの準備を始めた。
一緒に住み始めた当初の頃、1度だけネモに頼んでみたのだが、その時に『私は社長であって貴様の妻では無い』と言われたため、朝食は俺が作るしか無いのである。
そんなワケで俺は冷蔵庫を開けて中を物色する。
卵とハムがあるからハムエッグにしよう。後は食パンをトーストすれば良いか。
メニューを決めた俺は朝食を作り始めた。
ネモと暮らし初めてから家事をやる機会が増えた気がする。そもそもこの世界に来るまでの俺と言えば、甲斐甲斐しく俺の世話を焼く幼馴染みやメイドに妹がいたから家事をやる機会が無かったのだ。
ソイツらがいない現状で家事をしない人間と暮らしていれば、自ずとやるようになるのは当然である。とはいえ下着などは各自で洗ってるけどな。
そんな事を考えている内に朝食を作り終えた。
ネモを呼びに1階へ下りると、出来上がったばかりでアツアツの饅頭を手に取ってお手玉するネモの姿がそこにあった。
「朝食出来たぞ」
「うむ。御苦労」
そう言ってネモは未だに熱い饅頭を手に2階へと上がっていく。
少しは手伝えよ、と思いつつ出来上がった饅頭をトレーに入れる。
自販機に入れる分の饅頭を包装して、それを工場の前に設置してある自販機にフル装填する。
その際、賞味期限が今日までの物を回収した俺は朝食を食べるために2階に上がる。
「遅かったな」
「自販機に饅頭を入れてたんだよ」
トーストした食パンにかじりついていたネモの言葉に、そう返した俺は椅子に座る。和室だから座布団にしようかと思ったが、白人のネモはしゃがみ座りや正座が苦手ですぐ足が痺れるため、このスタイルにしたのだ。
「そうか」
「ああ」
言葉少なに会話してから俺も朝食を食べ始めた。
俺の手料理、美味いは美味いんだが、それほど美味いワケでは無い。
「遠山キンジ。饅頭のように料理の方も美味しく出来ないのか」
「俺は料理人じゃないから難しいな。饅頭の方は材料と分量さえ間違え無ければ、後は全自動だから美味しく出来るが、手料理は話が別だ」
「そうか。難しいか。それは困った。別に貴様が作る料理でも問題は無いがもう少し美味しい料理を食べたいと思ってな」
「それは俺も思うが、現状では難しい。俺は料理が趣味の人間じゃないからな」
俺の言葉を聞いたネモは若干表情が沈んだ。
だが、こればっかりはどうする事も出来ない。
この世界にリサ──俺のメイドがいるなら別だが都合良くいるワケじゃないからな。
「仕方ない。雪村あかりを住み込みで雇おう。アイツの手料理は美味しかった。幸いもうひと部屋余ってたから問題無いだろう」
「おおい⁉ もう1人女が増えるのは嫌だぞ俺は⁉」
「何、それでは美味しい食事が……ん? もう1人増えるのは嫌……?」
そう言ったネモは、なぜか顔をみるみるピンクに急速赤面させた。
「そ、そういう事か貴様……! 私だけで良いのか。貴様の事だから他にも女がいて良いのかと思ったが、い、意外と一途なのだな。そ、そういう部分は好感が持てるぞ」
な、何か盛大に勘違いしてらっしゃる。
「い、いや俺はそういう意味で言ったワケじゃ……」
「皆まで言うな。貴様の考えなど分かってる。教授の条理予知では私と貴様は結ばれると言われている。だがそれは私と貴様次第だ。お互い条理予知を覆す力を持っているからな。し、しかし貴様は選んだワケなのだな。だ、だが私は選ばんから条理予知の通りになる事は無い。残念だったな。遠山キンジ!」
何で朝食の話から、そんな話に飛躍するの⁉
それと教授、何とんでもない条理予知してくれてんだ‼
「だ、だからネモそれは違っ……」
「ええいッ! もう喋るな。私は選ばんが私にはまだ仮説が残ってる。この仮説通りだとすれば行き着く先は……」
などとボヤいていたネモは真っ赤になる。
「貴様が変な事を口走ったせいだぞ⁉」
突然吠えたネモは例のハイタッチ的なビンタを放ってきた。
椚ヶ丘中学3年E組の校舎がある山の麓に立った俺は溜め息を吐く。
「これから毎日この山を登るのかよ……」
「ボヤくな。まだここから1㎞も離れてるんだぞ」
「うわぁ、嫌になってくる」
隣に立ったネモの言葉に俺は嘆息する。
「まあ、いいや。どうせ登らなきゃ目的は達成出来ないからな」
「そうだ。私達は確実にヤツを殺さねばならない」
そうしてネモと2人で山を登ること、約20分ぐらいで目の前に木造の建物が現れた。
その外観はボロく、屋根には所々修繕した後が見える。
恐らく築50年以上の建物、道理で古い上にボロいワケだ。
雨漏りしそうな外観を眺めながら、俺達は正面玄関に入り、靴箱で真新しい上履きに履き替える。
上履きを履いた後、所々床板が抜けた廊下を歩いて、3ーEのプレートが提げられた教室に入る。
中にはライトグリーンの髪をツーサイドアップに纏めた少女と、ネモのデイドリーム・ブルーの髪より薄い、セルリアンブルーの髪を少女と同じツーサイドアップに纏めた少女のように見える少年がいた。
1人は変装したあかりだが、もう1人は誰だ?
そう思ってると少年が口を開いた。
「えっと……君達も茅野さんと同じ転校生かな?」
「ああ。俺は遠山金次でこっちが……」
「ネモ・リンカルン。フランス人だ」
「よろしく。僕は潮田渚って言うんだ。こっちは……」
「知ってる。編入試験の時に会った。茅野カエデだろ?」
「うん。久しぶりだね」
俺とあかりが当たり障りの無い会話をしてると潮田が訊いてきた。
「遠山君とリンカルンさんは一緒に登校してきたけど、もしかして2人は編入試験を受ける前から知り合いなの?」
「ちょっと……な」
「うむ。詳しい事は言えんが知り合いだ」
「そうなんだ。それにしてもリンカルンさんって外国人なのに日本語が上手いね」
「ここ数日の間に練習したからな。まだ理解が及ばないところがあるが、その時は教えてくれると助かる」
「うん。分かったよ」
そんな会話をした俺達は座席に座った。
席順は縦に1列ごとに男子女子と変わる以外は決まってないらしく、俺は窓側から数えて2列目の最後尾に座った。
ネモは俺の右隣、あかりは窓側1列目で前から2列目の席、ちょうど渚の席の左隣だ。
そのまま席に座って待っていると、徐々にE組の生徒達が集まってきた。
クラスメート達が登校してくる事に自己紹介をしてると、始業式が始まるとかで俺達は今朝登ってきた山を下りた。
始業式の準備をして、式が始まり眠くなる校長の話を聞き流して、式が閉会すると俺達は旧校舎へと戻った。
教師のいない旧校舎で待っていると、突然教室の扉を開けて1人の男が入ってきた。
その男は身長180㎝で短い髪をジェルで固めている。
濃紺のスーツをカッチリ着て、いかにも真面目で堅物そうな雰囲気を醸し出しているが、その内側には肉食獣のような獰猛な本能が隠れている。
強いな。恐らく元軍人だろう。
俺が気付いた事に向こうも気付いたらしく、男は目を丸くして驚愕した。
そしてすぐ様薄く笑みを浮かべると口を開いた。
「俺は防衛省の烏間という者だ。君達が椚ヶ丘中3年E組の生徒達だな?」
「……は、はい。俺達が椚ヶ丘中3ーEの生徒です」
烏間の言葉にE組の男子委員長──磯貝が応じた。
「それで防衛省の方が俺達に何の用ですか……?」
「ああ、実は君達に頼み……というか依頼があるんだ」
「依頼……ですか?」
「そうだ。まずはコイツを見てくれ」
そう言って烏間が黒板に貼ったのは大きい1枚の写真だ。
「連日連夜ニュースで取り上げてるから皆も知ってると思うが、これは
そう、この世界の月は全体の7割が消滅して三日月になっている。
消滅した日付は奇しくも俺達がこの世界に流れてきた3月13日。
何らかの因果関係を疑うが、ネモ曰く偶然だろうとの事だ。
「これを踏まえた上で紹介したいヤツがいる。おい、入ってこい」
烏間が教室の扉に声を掛けた、すると──ガラリ、扉が開き、そこからアカデミックドレスを着用した黄色い巨大生物が銃を突き付けられて入ってきた。
「どうも初めまして、私が月を
…………ダメだ。スルーしようかと思ったがやはり無理である。
あの姿は何だ⁉ ヒステリアモード時に視た姿よりコミカルになってるぞ‼ ホントに同一体と見て良いのか‼ 後、月を爆破したってどういう事だ‼
恐らくクラスの大半が俺同様に心の中で幾つかのツッコミを入れた事だろう。
「なぁ、ネモ。あのタコがあの時に視た生物と同じ存在なのか? 俺には違う存在に見えるのだが……」
「貴様がそう思うのも無理は無いが、残念ながら同一体だ。その証拠にヤツの体内から瑠瑠色金の存在を感じる」
「……マジで?」
「うむ」
自信を持ってネモが頷いたため、あの時視た生物と同一体なのだろう。
何であんなコミカルな姿になったのかは聞かない。
ふと、あかりはどうしたのかと思い視線を向ければ、殺気をひた隠しにしている。
スゲェな。自分の気持ちすらも隠すほどの演技はヒステリアモード以上である。
さすがはお茶の間を席巻した元天才子役だ。
そんな事を考えていると、烏間はクラス全員がタコの姿を見た事を確認して、口を開いた。
「先程言ったと思うが、君達に頼みというのはこの生物──触手の怪物を殺して欲しい。いわば暗殺だ」
烏間の言葉に三村──キノコ頭の男が答えた。
「……え? この宇宙から来たような未知の生物を?」
「にゅやッ⁉ 失礼な! 生まれも育ちも地球ですよ!」
その言葉にネモが何かを考えるように静かに呟いた。
「生まれも育ちも地球か……異形の生物でもお前達とは違うんだな」
そう言ってネモはペンケースに入ってる銀色の定規に触れる。
あれはメルキュリウス──銀色の液体、水銀のような集合体だ。
本体はオスプレイから外に落としたが、極少量がオスプレイに付着していたのか、ネモの
それが今、ペンケース内で体の形を定規に変えている。
ネモの言葉の意味が分からない俺は黙っている事しか出来ずにいると、烏間が口を開いた。
「コイツについて詳しくは話せないが、先程言った事は真実。月を壊したこの生物は来年の3月に地球も破壊する。この事を知られて世界がパニックになる前に秘密裏に殺したい。つまり……」
そう言って烏間はスーツの内側から緑色のゴム製のナイフを取り出して、黄色いタコ目掛けて振るった。
「暗殺だ」
烏間は素早くナイフを振るったが、タコはそれ以上に早いのか、ナイフを難なく躱している。
「だがコイツは恐ろしく速い‼ 殺すどころか眉毛の手入れをされる始末だ。月を7割消滅させるほどのパワーを秘めた超生物、最高速度はマッハ20」
マッハ20か。桜花でもせいぜいマッハ1だ。
最近はマッハ8までは出せるが、出したところでマッハ20には遠く及ばない。
ネモが
殺すには骨が折れるな。
「ね? 分かったでしょ? 私が逃げの一手だけ打てば君達は地球が壊れるまで何も出来ない。ですが……それでは面白くないので国に提案したんですよ。殺されたくはありませんが、椚ヶ丘中学校3年E組の担任ならやっても良いとね」
くそっ! コイツがそんな考えを起こすから俺が中学に通う羽目になったんだぞ。
これは是非とも殺す前に理由を聞いてやる。
下らない理由だったなら、簡単には殺してやらないからな。
「正直コイツの狙いは分からん。だがこれはチャンスだ。未だに殺せないコイツを至近距離で殺す人間が30人いる事になるからだ。それに教師として通うなら監視も容易になる」
確かにその通りだ。
「ああ、それと成功報酬は100億円だ」
その言葉を聞いた途端、クラスの皆は驚きの表情をしている中、ただ1人、ネモだけが違った反応を見せていた。
「防衛省、地球を救う報酬が100億円とは少なくないか?」
ネモ、何でお前は誰に対しても上から目線なんだよ……
「暗殺費用は全部で100兆ほどあるが、この学校の理事長への口止め料、コイツに効果がある武器の開発費、コイツを殺すために飛ばしたミサイルや戦闘機の運用費、コイツを殺すのにかなりの大金が掛かると予想される。ゆえに成功報酬は100億なのだ」
「……成る程、そういう事か」
烏間の言葉にネモは納得した様子だ。
確かにそうだな。暗殺費用にかなりの大金が掛かるなら、報酬が少なくなるのは当然か。
そういやお金で何かを調べなきゃいけない気がするんだが、何を調べればいいんだっけ?
まぁ、忘れてるって事はそれほど重要な案件じゃないんだろう。
その後、烏間は俺達に唯一タコに効果的な武器として、ゴム製のナイフと緑色のBB弾。そしてコルト・
なぜだろう。普通のエアガンなのに背筋に寒気を感じるよ⁉
スゴい事に気付いた。
LOOと渚がソックリだ。