その日、ウォルフガング・ミッターマイヤーとオスカー・フォン・ロイエンタールの二人は、仲良く高級士官用クラブ『海鷲』ゼー・アドラーで酒を酌み交わしていた。
そこに、コルネリアス・ルッツとアーダルベルト・フォン・ファーレンハイトの二人がやって来た。
「金が勿体ない」
と、滅多にこう言う場所に来ないファーレンハイトが来たと言う事は、どうやらポーカーか何かでルッツを負かして、奢らせる事に成功したらしい。
現に、まだ薄らとだが目の色が変わったままのルッツは、何処か不服そうに眉を微かに顰めている。
「ほう、今日もつるんでいるようだな、二人とも」
遠慮もへったくれも無い言葉に、ロイエンタールは眉を片方、器用に上げて見せ、ミッターマイヤーはにこやかに「やあ」と返事した。
「そう言えば、聞いたか? 連続宝石窃盗犯が捕まったそうだぞ」
勢い込んでそう言う年上の同僚に、ミッターマイヤーは親友との待ち合わせの間に呼んだ新聞記事を思い出した。
確かにそんな記事はあったが。
「ファーレンハイト、あれは容疑者が特定されたと言うだけで、まだ確定では無かったと思うが」
「いいや、ほぼ決まりだろう」
妙な自信と共に、ファーレンハイトは断言した。
「何しろ自称『芸術家』だからな、宝石類を隠すような物は幾らでもあるし、幾らでも作れるさ。何、最悪造っている陶芸の置物の中に包み込むって方法もあるしな」
「随分、その盗人に恨みがあるようだな、ファーレンハイト」
ロイエンタールの声に、ファーレンハイトは当然とばかりに胸を張った。
「奴は、一つ数万帝国マルクに及ぶ宝石を三桁も盗んでいるんだ。そのうちの一つでもいい、俺にくれたらいいのに。奴は大昔の東洋にいたとか言う、鼠小僧《ラッテンシュティフト》と言う盗賊を見習うべきなんだ」
随分な物言いに、横にいたルッツが目を逸らす。
色々文句を垂れつつ、二人のボトルからちゃっかり一杯相伴すると、ファーレンハイトはルッツを引き連れ向こうのカウンター席へと移動した。
その対照的な背中を見送って、ミッターマイヤーはやれやれと溜め息を吐いた。
同じく、視線だけで年上の同僚の背中を見ていたロイエンタールは、ぽつりと同情した訳でもなくこう言った。
「まあ、実際のところ、その件の盗人が捕まるかどうかは難しいだろう」
「……ロイエンタールもそう思うか?」
軽く鼻を鳴らすと、ロイエンタールはグラスにワインを継ぎ足し、肩を竦めてこう続けた。
「幾ら疑わしくても、盗品が出てこなければ立証出来まい。例え、それが当人にとって不本意な事であってもだ」
その言葉に、ミッターマイヤーはやっぱりと頷いた。
「卿もそう思うか」
「ダイヤモンドは高密度に結合した炭素の結晶、鋼玉《コランダム》は大抵が酸化アルミニウムだった筈だ。例え素人向けの小型炉であったとしても、焼き物を作る以上一千度くらいの温度は出るだろう。
それだけ熱すれば、炭素は燃えるし、酸化物は還元される」
そう言ってグラスを空けた親友に、これは無知な泥棒への同情を込めてミッターマイヤーはグラスを掲げた。
「そして、取り出そうと焼き物を割った時、奴の目の前に出て来るのは一掴みの灰と、アルミの塊ばかり、か」
「宝石泥棒を気取るには、あまりにも宝石を知らなさ過ぎたな」
そう笑ったロイエンタールは、ほんの少し残念そうだった。
そんな間抜けが、母の残した宝石を盗み出し、それこそ灰にしてくれれば、すっぱり忘れる事が出来ただろうに。
口に出来ない思いを知らずか、ミッターマイヤーは苦笑いと共に締め括った。
「聞けば、国宝とは言わずとも、貴族の家宝だったような石も幾つか盗まれていたらしいけど、それらも皆永遠に消えてしまうんだなあ」
「……そうだな」
「ファーレンハイトではないが、確かに一つくらいくれたら良かったのに」
子供のように笑って、そんな事を言う親友の癖の強い蜂蜜色の金髪を、ロイエンタールは軽い嘆息と共に掻き混ぜた。
それから三日後、件の自称芸術家が自分のアトリエで拳銃自殺をしたと新聞は報じた。
彼のアトリエにあった、全ての自作の陶器の美術品全てが叩き割られ、その瓦礫の中で死んでいたと言う。