双璧の事件簿   作:怪傑忍者猫

19 / 26
雨に託す 中編 故買屋

 昼中に起こった爆発事件は、ローエングラム元帥府近辺で起こった。

 その事もあり、その日の午後の会議は、爆発事件に付いての話し合いのような様相を呈していた。

 なり上がりで、しかも寵姫の姉の威光で元帥に付いたと未だに囁かれるラインハルト・フォン・ローエングラム――無論、それは時流を認めようとせず、実際に戦場に立ちもしない貴族達のやっかみと思い込みに過ぎないが――の元帥府ビルは、所謂軍関係のビル群の中でも尤も外れに設立されている。通り一本向こう側に広がるのは、歓楽街と平民の居住区と言う場所で、貴族たちが嫌がった敷地である。

 尤も、平民出身の将官が圧倒的に多いローエングラム陣営には、わりと好評な立地であったが。

 

「しかし、二日続けて爆発事件とは」

 

 会議が始まると、些か気分を害した表情でラインハルトがウルリッヒ・ケスラーを見た。

 憲兵経験者と言う事もあり、ケスラーは元帥府、憲兵隊双方の連絡係的な立場にある。

 

「ケスラー、憲兵の方から何か連絡があったか?」

「いえ、まだ調査中との事ですが」

 

 ケスラーの言葉に、頭を掻きつつビッテンフェルトが口を挟む。

 

「塹壕潰しに使う、高性能爆薬の音だったな」

「ああ、しかもあの音の響き方なら、二〇キロは使っていたな」

 

 同じく、白兵戦部隊を率いていた経験からアウグスト・ザムエル・ワーレンも低く唸る。

 そんな二人に、やはり白兵戦経験のあるジークフリード・キルヒアイスが、眉を軽く顰めながら問い掛ける。

 

「ですが、どうやって手に入れたのでしょう。曲がりなりにも軍需物資、それも爆薬では有りませんか」

「いや、金とちょっとしたコネさえあれば、大抵の物は手に入る」

 

 そう切り返したのは、コルネリアス・ルッツである。

 視線で問うて来る年下の上級将官に、短く刈り込んだ白金髪に指を差し込みながら、ルッツは「つまり」と言葉を続けた。

 

「まあ、所謂闇マーケットと言う奴だ。士官の中には、官給品をごまかして定期的にフェザーン商人に売っていた奴もいたそうだ」

 

 ルッツの言葉に、一瞬ビッテンフェルトの眉が動いた。

 それに気付かず、今度はナイトハルト・ミュラーが聞き齧りの情報を口にする。

 

「貴族達なんて、丸々一部隊分の装備一式を売って着服し、補給を申請していた部隊を見殺しなんて事ざらですし」

「……死んでも死に切れませんな、そこまで来ると」

 

 端に座っていた、壮年の将官が悲しげに溜め息を付いた。

 

「しかし、昨日の事件も考え合わせれば、少なくとも五〇キロ近くの爆薬が使われたと言う事になる。個人で購入したとしたら、かなりの額になるのではないか?」

 

 ワーレンの言葉は尤もで、暫しその場に沈黙が降りるかと見えた。

 だが、それに「おそらく」と、今まで黙っていたロイエンタールが口を開いた。

 

「一番手っ取り早いのは、闇マーケットに流す予定だったものを、別の者が更に盗んで、と言う事ではないか?」

「それに、もっと肝心な事がある。誰が、こんなもので爆殺など試みた? どんな方法で? 自殺の筈はあるまい」

 

 ロイエンタールの表情が一瞬顰められるが、お構い無しにミッターマイヤーは言い募る。

 

「何にしろ、あんなもので吹き飛ばす以上、相当の恨みだろう」

「一般的に考えるなら、時限装置タイマーか遠隔操作装置リモコンでしょうけど。その辺り、昨日の事件の方では何か憲兵は掴んだのでしょうか、ケスラー提督」

 

 キルヒアイスの問いに、ケスラーはぱらぱらとメモを確かめ、軽く眉を顰めた。

 その様子に、ミュラーが好奇心を隠し切れずに声を掛けた。

 

「何か、あったんですか?」

「いや、妙な情報がある。タイマーやリモコンに用いられたと思われる電子部品の類は、一切見付からなかったらしい。有線式の、起爆スイッチは見付かったらしいのだが」

「有線? あの、長くてもせいぜい百メートルのあれですか?」

「建物が吹っ飛ぶような代物にか?」

「あれ使うとなったら、決死隊じゃねぇか」

 

 呆気と言うより、唖然とした面持で陸戦隊指揮経験者が呟く。

 同じく、最前線で地上戦指揮を取った事があるラインハルトも、赤毛の親友と顔を見合わせる。

 そう、地上戦の実情を知らない貴族の子弟達が、「経費が安い」の一言で補充物資に入れる有線式遠隔起爆装置《ワイヤードリモコン》は、確かに一部の星系では重宝されている。

 有線ゆえに、妨害電波《ジャミング》や黒点発生時の電波障害の影響を受けないからだ。だが、問題は、工業用のものより遥かに短い導線の為、それを使用するとなると爆発か、敵の攻撃かに確実に晒される事となるのだ。

 無論、尤も危険な箇所にわざわざ出向く高官や貴族の子弟は無く、無理と危険を強いられるのは下級貴族以下の士官や兵士達であった。

 

「つまり、爆破された家の中にいた人間が、起爆スイッチを入れたって言う事か?」

 

 ワーレンの呟きに、「それは無いだろう」とルッツが続ける。

 

「聞いた話では、昨夜吹っ飛んだ家にいたのは、曲がりなりにも画壇で評価された画家と聞いたが?」

 

 そこに、今まで席を外していた参謀長のパウル・フォン・オーベルシュタインが入って来た。

 睨まれる事を想定して、居並ぶ提督達は居住まいを正したが、意外にも義眼の参謀長は手にしていたファイルをケスラーとラインハルトに手渡し、雑談には特に言及せず席に着いた。

 

「先ほど、午後一二時四七分に発生した爆破事件の第一次報告が届いた」

 

 その淡々とした言葉に、ロイエンタール以外のものが身を起こした。

 幕僚達が注視する中、ファイルを開いたラインハルトとケスラーは、書かれている内容に一様に眉を顰めた。

 

「ケスラー、何て書いてあるのだ?」

「うむ」

 

 小さく頷くと、ケスラーは顎を擦りつつミッターマイヤーに答えた。

 

「今回爆破されたのは、とあるモデルのセカンドハウスだそうだ」

「モデル?」

 

 聞き返す周囲に、渋い表情でケスラーは言葉を続けた。

 

「尤も、モデルとしてはかなり落ち目の女性だったらしい。だが、ここ数年は仕事も無いのに、妙に金回りが良かったらしいが」

「まあ、本人は無事だったそうだ。代わりにペットが家と一緒に吹き飛んだとかで、かなりヒステリーを起しているそうだが」

 

 これは、興味薄げにラインハルトが読み上げる。

 

「芸術家とモデルか」

「この辺、何か繋がりでもあるのか?」

「だが、先に吹っ飛んだ奴って、確かあの線だろう?」

 

 言い難そうなルッツに、メックリンガーも髭を弄りつつ頷く。

 

「まあ、後は憲兵の調査待ちだな。この話はここまでとしよう。キルヒアイス、皆にデータを回してくれ」

 

 上官の言葉によって、会議はやっと本題に入る事となった。

 

 

 その日の夕方、小振りながら雨は続いていた。

 親友より先に職場を後にしたミッターマイヤーは、傘を差したままメモと地図とを突き付けて何やら調べる、オレンジ色の髪の同僚に気付いた。

 

「どうした、ビッテンフェルト。何処かに行くのか?」

「わっ!?」

 

 余程驚いたのか、ミッターマイヤーが思わず手を引っ込めるほど飛び上がったビッテンフェルトは、その次の瞬間小柄な一年後輩を小脇に抱え、一気に元帥府前から二百メートル先のビアホールの看板の陰まで突っ走った。

 

「な、何?」

「驚かすな、馬鹿。何事かと思ったじゃねぇか」

 

 はあと溜め息を吐く相手に、ミッターマイヤーは軽く眉を顰めた。

 

「それは、こちらの台詞だ。何だ、一体」

 

 その言葉には特に反応せず、オレンジ色の髪の猛将は頭を掻くと、「付いて来い」と言って歩き出した。

 所謂歓楽街を突っ切り、ビッテンフェルトは薄汚れた雰囲気の路地裏へと入る。

 その背中を追い駆けつつ、ミッターマイヤーは取り敢えず当然の権利と、行く先を問うた。

 

「一体何処へ行くと言うのだ?」

「うむ」

 

 頷いた『猪』は、歯切れ悪く鼻を掻いてこう答えた。

 

「用事があるのはこの先だ。あそこに、馴染みの故売屋がいる」

「故売屋?」

「あー。ルッツに言わせると『闇商人』って事になる」

 

 ぽかんっと、ミッターマイヤーは一年上の同僚、そして上級生である男の顔を見た。

 ビッテンフェルトの方は、前を向いたまま言葉を続ける。

 

「『黒色槍騎兵』シュワルツ・ランツェンレイター艦隊ってぇのが、かれこれ百年ばかり続いている、下級貴族以下の提督に許された名称だってぇのは、お前も知っているだろう?」

「ああ」

 

 それはフォン・オッペンハイマーと言う、下級貴族から提督となった人物に与えられた名称であった。

 その後、当時の皇帝の好意から、この艦隊名は艦隊長が選んだ人間にだけ継承が認められると言う、帝国軍内でも特殊な扱いが許されている。

 因みにビッテンフェルトは、五代目の艦隊名継承者と言う事となる。

 そう言う特殊な艦隊な所為か、他の艦隊ではあまりやらないような事を隠れてやって来ていた。

 その中でも、先代艦隊長アルノルト・フォン・ハノーヴァ提督の時代は、特に権門貴族達との折り合いが悪かった事もあり、盛んに闇商人による故売屋に出入りしていた。

 

「何の為に?!」

「そりゃ、貯金の為さ」

 

 さらりと言われて、ミッターマイヤーは面食らう。

 ビッテンフェルトの方は、昔を思い出すように目を細めてこう続けた。

 

「言っとくが、私服を肥やしてた訳じゃない。

 お貴族って奴らは頭悪いから、俺達みたいな突撃艦隊に、白兵戦用装備廻して来やがったりしやがるからな。そう言う使い道の無い装備やら、旧式で使い勝手の悪い備品を消費した事にして、故売屋に転売してもっと質の良い物に買い換えてたのさ」

 

 そう言って、だがにっと複雑な笑いを浮かべてビッテンフェルトは言葉を続けた。

 

「尤も、俺が艦隊名継いで、程無くローエングラム候に招聘されたろう? 以来必要無かったから、ここ半年来てなかったんだが」

 

 そのうち、行く手に古ぼけた倉庫が見えて来た。店の看板なのか、ピエロの姿をした木目人形が軒先の箱の上に座っている。

 店舗兼用の色褪せた煉瓦造りのそこが、どうやら目的地らしい。

 見ると、先に来ていたらしい見覚えのある士官が彼らの方へと走って来た。ビッテンフェルトの副官、リヒャルト・オイゲン大佐だ。

 

「閣下、どうやらボナパルトは不在のようですよ?」

 

 副官の報告に、ビッテンフェルトは盛大に眉を顰めた。

 

「本当か?」

「今見てきましたが、シャッターが閉じられたままですし、声を掛けましたが返事もありません」

「あの商売人が、この時間帯に店を閉めているって言うのが変な話だが……」

 

 傘を肩に担いで、ビッテンフェルトがそう言った次の瞬間だった。

 腹に響く鈍い音と、全てを薙ぎ倒す衝撃波とに三人は弾き飛ばされた。

 

「何!?」

 

 悲鳴を上げる鼓膜に首を振り、やっと身体を起こしたミッターマイヤーは、砕け散り、炎上する故売屋の店舗を呆然と見遣った。

 

 

 そう、事件はまだ続いていたのである。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。