夕刻に起きた店舗爆破事件によって、事件はより深刻な事態に陥った。
爆風に煽られ、路面に叩き付けられた三人はそのまま軍病院、ではなく憲兵隊詰め所に引っ立てられた。
尤も、急を聞いて駈け付けた黒色槍騎兵《シュワルツ・ランツェンレイター》艦隊の幹部と、オスカー・フォン・ロイエンタールの迫力に脅され、早々に開放されはしたが。
背後からの爆風で、強かに石畳に叩き付けられたリヒャルト・オイゲン大佐はそのまま検査入院する事となり、ミッターマイヤーとビッテンフェルトの二人は鼓膜などの検査を受けると、ディルクセン准将に後を任せて早々に軍病院を後にした。
「さて、説明してもらおうか」
「何をだ?」
『海鷲』ゼーアドラーの奥にある防音仕様の個室に入るや、金銀妖瞳《ヘテロクロミア》を光らせてねめつける同期の首席に、成績中の中はどかりと座って聞き返した。
「何故、あんな場所にミッターマイヤーを連れて行き、騒ぎに巻き込んだりしたっ!」
「俺だって、あんな事になるは思わんかったわいっ!」
「大体何であんな所にいたっ!」
「あそこは、うちの馴染みの店だったんだよっ!!」
「落ち着けよ、二人共。ロイエンタール、俺が付いて行ったんだ、そう言わないでくれ」
取り敢えず親友を宥めると、ミッターマイヤーは腕を組んで鼻を鳴らすビッテンフェルトに向き直った。
「あの時聞きそびれたんだが、『ボナパルト』とか言う人物は何者何だ?」
「ボナパルトは、『ボナパルト・ル・ブラン』と言う名前のフェザーンの商人だ。さっき言った通り故売屋で、多分帝都でも一、二を競う規模だろうな。黒色槍騎兵艦隊《うち》とは先々代からの付き合いだ。
尤も、俺の代に入ってからここ半年、付き合いが無かったんだがな」
オレンジ色の少し長めの髪をがりがりっと掻き回しながら、ビッテンフェルトは店の奥で古風に帳面に書き込みをしていた、小柄な老人の後ろ姿を思い浮かべた。
「その故売屋で、何をするつもりだったんだ、卿は」
「……高性能爆薬を売った相手を、確かめようと思ったんだ」
がりがりと頭を掻きつつ、ビッテンフェルトは最後に取り引きをした際、荷物の中に高性能爆薬二百キロがあった事を明かした。
「だから、もしかしたらと思ってな。だが、その爆薬を奪われて、爆殺されたのかも知れん」
「そんな事が」
ミッターマイヤーはそう呟き、ロイエンタールの方はむすりとソファーで足を組んだ。
そこに、給仕の幼年学校生が遠慮がちに来客を伝えた。
入って来たのは、渋い顔を隠せないウルリッヒ・ケスラーだった。
「全く、随分な騒ぎに飛び込んでくれたな」
入ってくるなりの言葉に、ミッターマイヤーは恐縮し、ビッテンフェルトはふんっと鼻を鳴らした。
ロイエンタールの方は、金銀妖瞳に怒気を纏わり付かせて、憲兵側の情報を持って来ただろう同僚を睨み付けた。
「で? 何か向こうからの情報でもあるのか、ケスラー」
「ああ、かなり渋られたがな」
そう言いつつ、持って来たノート型端末を広げたケスラーの横に、ミッターマイヤーとビッテンフェルトが寄って来る。
その姿にむっとしつつ、だが顔に出さぬ努力と共に、ロイエンタールはミッターマイヤーの横に移った。
ケスラーが、憲兵側を宥めすかして入手して来たのは、これまでに起きた一連の事件の現場写真と、警備システムに残っていた爆発数日前の映像だった。
ただ、三件目の故売屋の方は、どうやら商売柄客の記録を残す事に抵抗があったらしい主人の手で切られていて、残念ながら残っていなかったのだが。
画面を見るとも無く見ていたロイエンタールは、突然ぼそりとこう言った。
「あの芸術家とやらと、そこのモデル、付き合いでもあったようだな」
「どう言う事だ?」
聞き返す親友に、面白くも無いと言いたげにロイエンタールは二つの記録映像を呼び出し、拡大して見せた。
「アトリエの、端にあるこの人形と、このベランダ脇の人形、おそらく同じ作者の作品ものではないのか?」
示されたのは、木彫りの素朴な風情のあるピエロの人形で、人形の素朴さに対して、座っている椅子がいやに重厚な造りになっている物だった。
その画像を見ていたミッターマイヤーが、突然頓狂な声を上げた。
「これ、あそこの店先にもあった!」
「ミッターマイヤー?」
「ビッテンフェルト、判らないか!? この人形に良く似たものが、あの故売屋の軒先にも置いてあったんだ、俺はてっきり店の看板かと思ったんだが」
そう言われたものの、ビッテンフェルトは良く判らないと言いたげに頭を掻いた。
だが、ミッターマイヤーのほうは画面の中の人形を見ながら、「間違いない」と言い切った。
「この二つのように、ピエロの格好なんかはしてなくて、木目剥き出しの人形が雨を避けるように、軒先に座っていただけだったんだが」
「ふーん、木の人形か」
そう呟きながら、ビッテンフェルトは届けられたままになっていたワインのコルクを抜いた。
その横で、情報データを弄っていたケスラーが声を漏らした。
「どうした、ケスラー」
「どうやら、この人形の位置に爆薬が仕掛けられていたらしい。現場写真と映像を重ねてみたら、ここが最も損傷が激しい」
その言葉に吊られてモニターを覗き込むと、確かに尤も炭化し、かつ損壊が進んでいるのは人形のあったらしい位置だった。
「……ボナパルトのとこは、床に埋められてた様だが、この二件は要するに人形のこの椅子に爆薬が仕込まれていた訳だな」
パンっと、指で液晶画面を弾いて、ビッテンフェルトが唸る。
すると、彼から二人挟んだ向こう側から、ロイエンタールがつまらなそうに呟いた。
「しかし、お互い粗雑な場所に置いていたようだな。男の方は雨漏りしている部屋の隅で、女の方はペット用にガラス戸を固定している窓際か。水が掛かって、人形が傷むだろうに」
言われて、ミッターマイヤーも画面を見直した。
確かに、画家のアトリエ側は天井からの雨垂れが人形の上で跳ねており、モデルのセカンドハウスの方は、時折吹き込む風と共に人形に雨粒が掛かっているのが見て取れた。その様子に、何かがミッターマイヤーの勘を引っ掻いた。
そこに、いきなりビッテンフェルトの素っ頓狂な声が上がった。
「わっ、しまった!」
「何事だ、ビッテンフェルト」
声の主に目をやると、ビッテンフェルトは半分に割れたコルクを持って、困ったように頬を掻いていた。
「参ったな、ワインに蓋をしようとしたら、こんなになっちまった」
「大方、テーブルに零れていた水滴か何かのところに転がしていたな。だが、随分粗悪なコルクだな、すっかりふやけている」
親友の言葉に、ミッターマイヤーはあっと声を上げた。
もう一度、二件の現場の映像を呼び出し見詰めると、確信したと言いたげに頷いた。
「そうか、この人形が時限装置だったのか!」
「どう言う事だ、ミッターマイヤー」
異口同音に聞いた三人に、ミッターマイヤーはつまみ用のフォークを握って見せながら、自分の推理を語って聞かせた。
「多分、この人形達は、ワックスもニスも塗られていない磨かれただけのもので、しかも素材は水を吸ったらかなり膨らむ物じゃないかと思うんだ。その人形の手の中に、有線式遠隔起爆装置《ワイヤードリモコン》を仕込んであったんだと思う」
「人形の手に?!」
聞き返したケスラーに頷くと、ミッターマイヤーは握った手の甲に側にあったグラスを傾け、水を零す仕草をして見せた。
「リモコンによっては、ボタン型ではなくてグリップ型のもあっただろう?
そう言うのを使っていたと思うんだ。そして雨漏りや水の掛かる場所に、この人形を置いて置くんだ。
何時になるかは判らないが、人形に仕込んだカラクリに気付かれない限り、何れ必ず起爆装置が作動する」
その言葉に、ビッテンフェルトが手を打った。
「そうか、水を吸って膨らんだ木材で圧迫させて、握ったのと同じ状態にするのか」
「確かに、遺留品の中にある起爆装置はグリップ型だった」
ケスラーの言葉に頷くと、ミッターマイヤーは小さく溜め息を漏らした。
その様子に、がりがりと頭を掻いてビッテンフェルトが呟いた。
「運命を、雨に託したって訳なんだな」
「ああ」
頷いたミッターマイヤーに謝意を述べると、ケスラーは立ち上がった。
「オイゲンの様子を見て来る」
と、言い遺してビッテンフェルトも出て行き、個室にはミッターマイヤーとロイエンタールだけが残った。
ケスラーからの情報提供を受け、憲兵隊が調査した結果、判明したのは痛ましい事実だった。
犯人は、ステファン・ボルターノによって弟を死に至らしめられた、元補給部の軍人であった。
ボルターノと言う男は、写生は上手いがそこから創造性を引き出すと言う芸当の出来ない男であった。
結果として、モデルとなる少年達にかなりの無体を強いて、題材によっては死ぬまで放置する事もままあったのである。
犯人の弟は、木に縛り付けられ矢を射掛けられた殉教者のモデルとして、実際に同じ事をされて殺されたのである。
モデルの女が狙われたのは、その女がボルターノのエージェントとして、モデル志望の平民や下級貴族の少年達を物色し、送り込んでいた為であった。
又、ボナパルト・ル・ブランに関しては、爆薬購入時のいざこざで殺してしまい、死体処理の為に爆破したものと判明した。
最後に、犯人は捕まらなかった。
判明した時点で、彼は鬼籍に入っていたからである。
とある星系での治療で、軍医の手抜きで風土病に罹り、事件の一月前に亡くなっていたのである。
「これで、終ったのだろうか」
あれから数日後、又降り始めた雨を恨めしく見上げて、ミッターマイヤーは呟いていた。
日中晴れていた為に、傘を持って来なかった彼は、軍用コートの前を合わせ直した。
「又その話か?」
同じくコート姿のロイエンタールが、憮然と振り返ったその時だった。
ガシャーンッッ!
と、二人の耳を大きな音が叩いた。
すわ、爆発かと振り返った二人が見たものは、軽トラックに詰まれた鉄パイプが荷崩れを起し、路面に広がっている光景であった。
表情に出さずに息を漏らしたロイエンタールの向こう側を、ぱっと鳥が飛び立つようにミッターマイヤーが走り出す。
その後姿に嘆息し、ロイエンタールは走りつつ携帯端末を取り出した。
暦の上では、オーディンにも夏が来つつあった。
以上、連続爆発事件の顛末でありました。
因みに、トリックの元ネタでは、人形の手に銃を持たせると言うものでしたが、流石に部屋にある人形が拳銃を握っていたら警戒するだろうと、こう言う形にしてみました。
なお、犯人を故人にしたのには、特に理由はありません。ただ、ミッターマイヤー達は軍人で、警官では無いと言う事、彼らは起こってしまった事の謎解きをしていると言うのが、初めて書いた時からの基本スタンスですので。