双璧の事件簿   作:怪傑忍者猫

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グロックブリュームヒェン  Ⅰ

 それは、季節狂いの暑い一日で、皆汗だくで働いていたのだ。

 貴族たちの思い付きで、平民士官総出で軍務省ビル周辺の大掃除となった。

 ビルとは言え、貴族趣味で飾られたビルにはいっそ不経済なくらい広々とした庭園があり、それをこれまた不必要なくらい高い生け垣が囲っている。

 基本的に温暖と言うより寒冷なオーディンの都市部にも拘らず、その日は貴族に太陽が加担しているかのようにぎらぎらと照り付けていた。

 一応の気遣いなのか、飲み物の無料サービスは行われていたが、平民階級は例え将官と言えども全員参加を命じられていた。

 そんな嫌な作業に、ウォルフガング・ミッターマイヤーは黙々と参加していた。

 親友たる金銀妖瞳の持ち主は仮病を使う事を勧めたが、根っから真面目な彼は部下達もいるからと、朝からそれに参加していた。

 業務上は出勤扱いだったが、肝心の仕事は滞る。が、明日取り返すつもりで出て来たのだ。

 ミッターマイヤーは、実家から持って来たサロペットと固い生地のシャツを羽織り、帽子で頭を守って背の高い連中が切り落とす枝葉を、熊手で延々と集めていた。

 

「お、ミッターマイヤー、お前も出てたのか?」

 

 不意に声を掛けられ、ミッターマイヤーは埃避けのタオルとサングラスをずらして声の主を見た。

 そこには、ニッカポッカにTシャツ、捻って頭に巻いたタオルと言う、りっぱな土方の兄ちゃんスタイルで反重力キャリアを引くフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトが立っていた。

 軽く周囲を見回すと、納得したように呟いた。

 

「ふむ、流石に出て来てないか、奴も一応貴族だものな」

「ビッテンフェルト、お前も出て来たのか?」

 

 士官学校時代の有名人の一人で、学生時代はタメ口を許して貰っていた相手である。

 つい昔の調子で話し掛けてしまったミッターマイヤーに、からから笑いながらオレンジ色の髪の青年は片手を振った。

 

「つうより、行かなかったら降格だっつうんで面倒くせぇから来た。せっかく艦隊指揮官まで上り詰めたって言うのに、いまさら一艦長に何ぞ戻りたくないしな」

 

 そう言いながら、積み上げてあった木っ端やゴミをキャリアに積み込みながら、ビッテンフェルトは一年下の実質主席だった男を見た。

 

「そう言やお前、去年のお貴族の遠足で、馬鹿を軍規で裁いてもうちっとで謀殺されるとこだったって本当か?」

 

 『お貴族の遠足』とは、ちょうど一年前のクロプシュトック候討伐の事である。

 ミッターマイヤーはそこでブラウンシュバイク公の甥の子だとか言う若い士官の悪行を軍規に乗っ取って裁き、それを不服とする貴族の馬鹿息子にあわや殺されるところだったのだ。

 それを、彼の親友であるオスカー・フォン・ロイエンタールが、彼らと敵対する若き天才ラインハルト・フォン・ミューゼル大将を味方に付けて救い出したのである。

 そしてその後の戦闘での戦い振りを評価され、ミッターマイヤーは近々開かれるだろう元帥府に入る事になっている。

 流石に、人目があるところで事態の説明をする気になれず、ミッターマイヤーは曖昧に笑って済ませようとした。

 その時である。二人の間を突っ切って、一人の男が走り抜けた。

 まるでビッテンフェルトの長身も、帽子に半分隠れているとは言えミッターマイヤーの金髪にも目に入らないかのように、男は狂ったように走っていた。

 

「何だ、あいつ」

 

 ぽかんと見送ったミッターマイヤーの横から、木っ端をすくっていた鋤を投げ出し、ビッテンフェルトが駆け出した。

 慌ててミッターマイヤーも、先を走るオレンジ色の髪を追い掛ける。

 体力自慢のビッテンフェルトの二メートルほど前を、野戦服姿のその男は走り続けている。

 

「ビッテンフェルト?!」

「おかしいぞ、あれ! あんなになった奴、見た事がある!!」

 

 二十代半ばのその男は、心臓が裂けるのではないかと思うほどの全力疾走を続けている。

 どれだけ走って来たのかは判らないが、まだまだ速度を上げ続ける相手に、ミッターマイヤーは胸の内で舌を巻いた。

 だがビッテンフェルトの方は、常に無く厳しい顔付きで舌打ちした。

 

「一体どれだけ回っちまってんだ、このままじゃ心臓麻痺を起こして……ああっ!」

 

 前方に見えたものに、ビッテンフェルトは懸命に前を走る男にタックルを掛け、その足を停めようとした。

 ミッターマイヤーの方も、目に入ったものに驚き、必死に先を走る男に手を伸ばした。

 だが、二人の努力は空を切った。

 ミッターマイヤーとビッテンフェルト、そしてそこに居た十数人の下士官達の目の前で、その若い男は刈り落とした木の葉や枝を粉砕するダスト・チョッパーにぶち当たり、その中に転がり込むように消えた。

 ぐしゃっとも、ぐちゃっとも付かない音と、がりがりがりっと固いものが砕かれる音とが同時に響き、チョッパーからばっと血煙が上がった。

 

「止めろっ!」

 

 一瞬の自失の後、ミッターマイヤーは機械の側で凍り付く下士官を怒鳴り付けた。

 その声に、やっとの思いで士官の一人が機械に取り付き、唸り続ける動力を切った。

 だが、タングステン鋼製の刃が五本回っていたチョッパーは、哀れな男を切り刻むと木っ端屑とおがくずの中に混ぜ込んで、赤黒い湿った鉄臭い塊にしてしまったのだ。

 

「現場監督と、憲兵呼んで来いっ! 急げっ!!」

 

 良く響くビッテンフェルトの声が、塩の柱のように動けなかった兵士達の背を叩き、走らせる。

 その間に、ミッターマイヤーは人間ミルサーと化したダスト・チョッパーの中を覗き込んだ。

 ふと、硬いものを踏みつけた気がして、ミッターマイヤーはそっと下を見た。

 そこには、野戦服に付いていたらしい少佐の階級章が、服の布地ごと転がっていた。

 

 

 重役出勤よろしく、憲兵隊が来たのは三十分ばかり経ってからだ。

 平民士官が出払っている為、所謂下級貴族の部隊が来たのだが、彼らに仕事をする気は無さそうだった。

 

「ダスト・チョッパーに飛び込んだ? それなら自殺だろう。遺書があれば計画的、無いなら発作的なものだろう。そんな事で我々を呼び出すな」

 

 欠伸しながらそう言った、大尉の階級章を付けた男を、ビッテンフェルトはなんじゃコリャと言いたげに見つめ、ミッターマイヤーの方は溜め息と共に目を反らした。

 その姿に、貴族の矜持を傷付けられたと思ったか、男はミッターマイヤーの襟首を掴もうとした。

 

「やい、平民、貴様何様のつもりだ!」

「そう言うお前さんこそ、何処のお貴族か知らんが何様だ。こいつは私服だが、帝国軍中将様だぞ? 親の脛齧って大尉止まりのお前が楯突ける相手じゃねぇぞ」

 

 そう言うビッテンフェルトも中将だが、それを言うつもりは無いらしい。

 ビッテンフェルトに腕を捕まれた男は、カッと頬に朱を散らすと、その手を振り払って歩いて行ってしまった。

 

「良いのか、今の……」

「気にすんな」

 

 オレンジ色の髪を掻き混ぜながら、一年上の友人は先ほどの男の背中に向かって舌を出してこう続けた。

 

「あいつは体力で俺、人望でワーレン、実家の財力と顔と頭でロイエンタールに喧嘩売って、悉く返り討ちに会った同期の馬鹿だ。リッテンハイム候の縁者らしいが、帝国騎士でそれ言ってもなあ」

 

 その言葉には特に返そうとはせず、ミッターマイヤーは先ほどから感じていた疑問をぶつける事にした。

 

「なあ、そう言えばさっき、あいつを追い掛けてた時」

「ん?」

「あの、走り狂ってた奴の事追い掛けながら、何か言ってただろう?」

 

 ミッターマイヤーの言葉に、ビッテンフェルトは軽く鼻を掻いて頷いた。

 

「ああ、あれか。俺、もしかすると何か食ったのか、食わされたのかしたんじゃねぇかと思うんだ」

 

 ビッテンフェルトは、何かを思い出そうと眉根をきつく寄せた。

 

「花の名前は忘れたんだが、確か物凄くヤバイ草があるんだ。走り回っちまって、最後には心臓麻痺やら呼吸不全で死んでしまうって。俺、餓鬼の頃、それを食っちまった所為で死んだ奴見たんだ」

 

 ミッターマイヤーは、ぎょっとしたように少し上にある一年先輩の顔を見た。

 勇名と性格の割に優しげなほっそりとした顔に、何処と無く渋い色を浮かべてビッテンフェルトは呟いた。

 

「取り敢えず、事故だの自殺だの、調べもしないで言うのだけは止めさせんとな。間違っても事故は無い筈だし、自殺にしたってこんな事までは狙っちゃいないだろう?」

 

 確かに、とミッターマイヤーも頷いた。

 あの、チョッパーに入る瞬間、被害者は意を決して飛び込むのではなく、また躊躇を一辺たりとも見せる事無く、走って来たその勢いでチョッパーにぶち当たり、そのまま頭から飲み込まれて行ったのだから。

 

 

 ビッテンフェルト、ミッターマイヤーの二人がねじ込んだ為か、死体の残骸は何とか司法解剖(と、言って良いのだろうか)に掛けられた。

 その結果、ビッテンフェルトの危惧通り、その体液からアトロピンが検出された。

 アトロピンとは、要するにアルカロイドで、中枢神経ホルモンの働きが狂った被害者――エルウィン・シューベルト少佐と言う平民士官だった――は、あのままチョッパーに飛び込まなくても心臓麻痺か呼吸麻痺を起こして死ぬ確率が非常に高かった。

 このシューベルト少佐と言う男、調べてみると下手の横好きなギャンブルのおかげで多額の借金を抱えており、また当てにしていた婚約者の実家が破産したとかで、いよいよ首が回らなくなって来ていたらしい。

 その為、自殺の為にアトロピンを飲んだのかとも思われたが、その日朝八時から作業に従事していた彼は、昼時まで何も口にしておらず、昼食は人目の多いところで、配られた野戦食《レーション》を取っていたのだ。

 他に口にしたものといえばパック飲料だが、残っていた中身からアトロピンは出て来なかったのだ。

 カプセルに入れて、先に飲んでいたのではと言う憶測も立ったが、家宅捜索した彼の官舎からは、空のカプセルもアトロピンも見付からなかった。

 むしろ薬で見付かったのは人造マリファナやサイオキシンといった、ご禁制品ばかりだったのだ。

 憲兵隊の調査は、ここで麻薬の入手ルートの捜査に移ってしまい、シューベルトの死の真相はそのまま暫く捨て置かれる事となったのだ。

 

 

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