双璧の事件簿   作:怪傑忍者猫

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グロックブリュームヒェン IV

 グラス一杯の水を飲み干すと、ビッテンフェルトはミッターマイヤーに向き直った。

 

「あれから、何処まで判った」

「大した進展はない」

 

 そう前置きしてから、シューベルトに婚約者がいた事と、あの事件当時、シューベルトの後ろにマルティン・ウィーラントと言う男が座っていた事を話した。

 それを聞くと、ビッテンフェルトはもう一杯水を飲んでから、手持ちの鞄を開き、その中から、三十センチほどの長さの細い箱を取り出した。

 ちょうど、花一本を収めるのにちょうど良さそうなその箱を開くと、楕円形の葉っぱと淡い紫の鐘形の小さな花をたわわに付けた、可愛らしい草花が一本収まっていた。

 

「あれ、どうしたんだこれ」

 

 箱ごと手に取って、だがミッターマイヤーはふと何か妙な気がして眉を顰めた。

 ロイエンタールの方は軽く一瞥してから、意外性半分、からかい半分にこう言った。

 

「ほう、変わった花だな。お前に花をくれる、奇特な女性がいるのも不思議なものだが」

「……そんな、いいものじゃねぇよ。こいつは、チュール星系の惑星ロンブスに自生する花だ。学術名なんぞは知らんが、登山者や土地の人間は、これを『グロックブリュームヒェン』と呼んでいる」

 

 惑星ロンブスと聞いて、二人は顔を見合わせた。

 確か、牧畜と森林資源と、登山フリークの集まる星として知られている。

 二人が口を開く前に、ビッテンフェルトはオレンジ色の髪を盛大に掻き混ぜながら、噛み締めていた苦虫を吐き出すようにこう続けた。

 

「こいつには、あの星に集まる登山狂の間でだけ呼ばれている名前がある。『ロンブスハシリドコロ』ってな」

 

 その名に、ミッターマイヤーは表情を凍りつかせ、ロイエンタールは心持ち眉を上げて箱の中身を凝視した。

 

「こいつによく似た、鐘形の紫の花で、もっと大きな楕円形で裏に白い毛の生える『グロックブルーメ』って言う草がある。

 こいつは、地下茎がアク抜きしなくても食えるものだから、よく登山者やキャンプ客が手軽な山菜として食っちまうんだがな」

 

 溜め息と共に箱の花を指差すと、ビッテンフェルトは額を押さえながら言葉を続けた。

 

「中には、こいつをそれと間違えて食っちまう奴がいる。

 そしたら、この間のシューベルトのように心臓発作を起こすまで走り狂うか、崖から死のダイブかのどっちかだ」

「じゃあ、この間の事件に使われたのは」

「こいつだろう。医者とかだと、研究材料といえば結構持ち出せるようだし」

 

 ビッテンフェルトの言葉に、二人は軽く顔を見合わせた。

 

「つまり、ウィーラントはそれを使って人を殺したと?」

「ああ」

「妹の為、か?」

 

 ロイエンタールの冷笑交じりの一言に、ビッテンフェルトの眉根が強く顰められた。

 

「同じ姓だ、つまりはそう言う事だろう? なんとも浅はかな男だな」

「浅はかなだけなら良い。奴は碌で無しだ」

「ビッテンフェルト?」

 

 噛み締めるようにうめく、オレンジ色の髪の勇将に向かってミッターマイヤーは声を掛ける。

 それに対して、ビッテンフェルトは半泣きの態で一枚の手紙を差し出した。

 

「ハンナから届いた。その花と一緒にな」

 

 手紙を開くと、丁寧な女性の文字が飛び込んで来た。

 

 

 

『親愛なる山の兄、フリッツ・ヨーゼフ様。

 

 先日は兄が申し訳無い事を致しました。

 私の名前で自宅に呼び出し、不快な思いをさせた事と思います。

 あの日、私は兄に命じられ、軍基地の方に行っておりました。

 とある人物の足に、ドライアイスとメタノールの混合液を掛ける為です。

 彼は、私どもの家が医者を続ける事が出来なくなった元凶である、オーステルン製薬会長が、尤も溺愛している息子だったそうです。

 私は相手に顔を知られていないとの理由で、兄に実行を命じられてしまいました。

 

 今の兄は狂っています。

 正確には、三年と五ヶ月前、オーステルン製薬の負債を押し付けられる形で我が家の病院が閉鎖に追い込まれ、両親が心労で立て続けに亡くなってから。

 艦隊勤務から外れ、家から通う軍病院勤務に移ったのは、私は最初私の為だと思っていました。

 でも違いました。兄は、勤務先の病院で毒物を、人を殺す方法を考えていたのです。……兄の勤務先を調べれば、死亡者が増えている筈です。

 兄は、私にグロックブリュームヒェンの生えている場所を執拗に聞いてきました。

 あの時、私はてっきり薬効検査の為に、欲しがっていると思っていました。しかし、あの日――そう、貴方の目の前で、私の元婚約者が死んだ日に、兄は呵呵大笑して私に語ったのです。

 

『すばらしい、本物のハシリドコロと大差ないじゃないか! しかもハシリドコロと違って、入手が容易だ。どうして貴族の間で流行らないんだろう!』

 

 あの言葉で判りました。兄は、彼が私を裏切った男だから狙ったのではなく、たまたま自分の側にいたから毒を使ったのだと。

 そして、それでオーステルン製薬の人間を狙うつもりだと。

 

 デートレフ・フォン・ハウプトマン様をあのような死に方をさせたのは、あちらの方への警告だと言っていました。尤も、

 

『貴族が判る筈も無い』

 

と、嘯いています。

 フリッツ・ヨーゼフ様、いえ、フリッツ先輩、私は兄を止める事にします。

 でも、私が止め切れなかったその時には、この手紙とあの花を憲兵隊に持ち込んでください。

 ごめんなさい、ロンブスの虹を見に行く約束、守れないかもしれません。

 

貴方の、山での妹である

          ハンナ・ウィーラント』

 

 

 顔を上げたミッターマイヤーに、苦虫を十匹纏めて噛み潰した顔でビッテンフェルトは呟く。

 

「それが届いたのは今朝だ。それを受け取って、すぐ俺はウィーラントの住む集合住宅《アパート》に行った。

 だが、家財道具も何もかも、そこには無かった。管理人の話しで、前の日に業者が来て、全部持ってったらしいんだがな、それが何処の業者かは判らん」

「判らないって?」

「オーディンの業者ではない、もしくは夜逃げ業者の可能性もあるな」

 

 冷静なロイエンタールの指摘に、ビッテンフェルトは頷いた。

 

「で、どうするのだ。それを憲兵に持っていくのか?」

「まさか」

 

 金銀妖瞳の同期生にそう言うと、ビッテンフェルトは手近にあったボトルを取り上げた。

 

「あの能無しのホルヴァートに、手柄をやる言われは無い。後でがたがた言われるのを覚悟して、親父のつてを頼る事にした」

「親父さんの?」

 

 これは意外そうに、ミッターマイヤーが向き直った。

 その様子に、見咎めるようにロイエンタールが眉を上げる。

 

「俺の親父は、今は放浪の白兵戦技教官なんぞと名乗っているが、昔は辺境警備軍の部隊長でな。その頃の部下とか、同僚とかがあちこちにいるそうだから、その情報網に頼る事にしたんだ」

 

 そう言って、祈るように手を組んだビッテンフェルトに、ミッターマイヤーはそっと肩を叩いてやる事しか出来なかった。

 

 

 その後、ウィーラント兄妹の情報は何処にも流れず、憲兵隊は大規模なサイオキシン麻薬の販売シンジケートの摘発と検挙に成功したと発表した。

 そのシンジケートと結び付いていたとして、オーステルン製薬とハウプトマン伯爵家に司法の手が及んだ事に、世間は大騒ぎとなった。

 ビッテンフェルトは何も語らず、ミッターマイヤーも口を閉ざした。

 

 

 ただ、その年の夏、惑星ロンブスへビッテンフェルトは一人で向かった。

 

 




実は、これは途中の内容を変えようと、一旦下した作品でした。

でも、この話はこれでいいかもしれないと思い、ここに公開する事にしました。

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