双璧の事件簿   作:怪傑忍者猫

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籠の鳥の冒険

 それは、まだウォルフガング・ミッターマイヤーが士官学校生だった頃の話だ。

 同級生であり、同じ学生寮の住人であり、ついでに言えば学年の事実上の一位二位であったホルスト・ジンツァーと共に上級生のお使いに出ていたミッターマイヤーは、少し早めに用事を済ませると近くの公園に寄り道していた。

 季節は初夏で、つつがなく昇級試験を終わらせていた二人は、少し浮かれた気持ちで公園の芝生で寝転がっていた。

 だが、急に跳ね起きたジンツァーが、何かに引っ張られるように走り出した。

 慌てて追い掛けると、友人は何かを手にとり痛ましげに眉を顰めていた。

 

「どうしたの?」

「可哀相に、何かの罠にでも引っ掛かったのかな」

 

 彼の手の中にいたのは、片足を失い、すっかり衰弱しきった小さな小鳥だった。どう見ても、貴族の家で飼われる類の鳥であった。

 誤って籠から飛び出し、野良猫か何かに襲われたか、それとも心ない子供の悪戯で足を切られてしまったのか、どちらにしろ小さな黄色い小鳥は、ジンツァーの手の中で動かなくなった。

 

「・・・・・・随分、もがいたみたいだ」

 

 農場育ちで、それこそ馬も牛も鶏も世話していたと言うジンツァーは、手の中の小鳥をそっと撫でてやってから地面に下ろした。

 友人がやろうとしている事を察したミッターマイヤーは、墓石代わりの石とひこばえの野菊を取って来て小鳥を埋めた上に乗せた。

 

 この、記憶の片隅に眠る出来事が、何を意味するのか、神ならぬ身に判る筈も無く。

 

 

「何でも、憲兵隊を出し抜いておられる名探偵とか」

 

 時代は、リップシュタット戦役後、ローエングラム公ラインハルトの名代として参加した、とあるガーデンパーティでの事。

 貴族の男の言葉に、ミッターマイヤーは困惑しオスカー・フォン・ロイエンタールはあからさまに相手を睨み付けた。

 確かに、酒の勢いでべた記事を推理したり、友人に頼まれて推理まがいの事をしたりもしたが、ミッターマイヤーは自分は職業軍人であると言う意識がある。『名探偵』などと言われて舞い上がる程、ミッターマイヤーはおめでたい性格ではなかった。

 

「オッペンハイム男爵、小官は」

「いやいやご謙遜めさるな」

 

 最も、通用する相手としない相手はいて、目の前のふくふくした男には通じない様子だった。

 困惑を謙遜と取り、ロイエンタールの氷点下の視線にも動じず、かなり辺境の小さな領地を持つと言うその初老の人物はミッターマイヤーに頼むと言った。

 

「友人の、一二年に亘る懊悩を、何とか解してやりたいのですよ」

 

 その言葉に、ミッターマイヤーの見えない狼の尻尾と耳が反応したのを感じ取って、ロイエンタールはそれこそはっきりと嘆息した。

 

「力になれるかどうか判りませんが、小官でよろしければお話を聞かせて下さいますか?」

 

   そんな事を言って、もう何かしらの協力をするつもりでいる癖に。

 

 ロイエンタールはそう苦りつつ、男爵と話すべく歩き出したミッターマイヤーの背を追った。

 

 

 エドマンド・フォン・オッペンハイムの親友、仮称A伯爵には一二年前一六歳の娘がいた。

 仮称B嬢は要するに美少女で、当時皇宮に召される事になっていたと言う。……そう、ちょうどローエングラム公の姉、アンネローゼが召し上げられる少し前の話である。

 父親としては、出来うる事なら娘を要するに皇帝の寵姫として皇宮に上げるなど、これっぽっちもしたくはなかった。

 しかし、A伯爵には、申し出を断れない事情があった。

 

「事情ですか?」

「ええ、まあ辺境貴族の私としては、馬鹿馬鹿しい話なのですが」

 

 コーヒーを啜って、男爵曰く。

 A伯爵の家系と言うのが、あのブラウンシュバイクとリッテンハイム両家の両方と関わる為に、『帝家の血が入っていない、手頃な娘』として両方から差し出す事を強要されたのである。

 

「ありがちな話だ」

 

 そう言った友人の足を一発踏んでから、それでとミッターマイヤーは話を促す。

 何しろ、アンネローゼ以前の――そして某夫人以外の――寵姫など聞いた事が無かったからだ。

 結論から言えば、B嬢は皇宮に上がらなかった。

 その一週間前に、謎の死を遂げたからである。

 

 事件当日は、初夏の快晴の日だった。

 皇宮に向かう日が近付き、ナーバスになっていたB嬢はその日も自室に籠っていた。

 そして、その日の午後三時を幾らか過ぎた頃、ブラウンシュバイク、リッテンハイム両家から教育係と称して女たちが伯爵家にやって来た。

 要するに、寵姫としての心得とやらを長々しゃべり、伯爵家で夕食を食べて帰る気満々の小母様達は、しかしメイドに開けさせた室内の惨状に金切り声を上げて逃げ出した。

 B嬢は、自室のベッドの上で首を切り裂かれ、己の血の海の真ん中で死んでいたのである。

 

「警察の調べでは、亡くなったのは午後三時前後。床に落ちていた剃刀によって、頚部大動脈を切断した事による失血死でした。ただ、問題は一体どうやって彼女を殺害した犯人はあの部屋に入ったか、そして出て行ったかと言う事です」

「と、おっしゃいますと?」

 

 オッペンハイム男爵は、徐ろに一枚の2Dフォトを差し出した。

 そこに写っていたのは、いかにも頑丈な鉄格子の嵌まった窓であった。

 レースのカーテンや繊細な細工の鳥篭と言った女の子らしい装飾を、その鉄格子が台無しにしているそこは件のB嬢の部屋であった。

 

「この通り、ご親族の皆さんは彼女の身を案じて、こんなに立派な鉄格子を嵌め殺しにさせましたからな。まあ、流石に電流までは流さなかったようですが、いかに細身の人間でも、こんな一五センチ程の隙間を抜けられるとは思えませんからな」

 

 絶句するミッタマイヤーの横で、顎に指を当てつつロイエンタールは思った。

 

   状況的に、自殺としか思えない。だが、何故にそう判断されなかったのか?

 

 その答は、親友が相手に確認した。

 

「彼女が、何時頃まで生きていたのか、確認は取れているんですか?」

「午後三時過ぎ、所謂《教育係》達が押し掛けて来た時に、屋敷のメイドがB嬢に彼女達が来た事を伝えて、『逢いたくない』と応えたのを聞いています」

 

 そして、礼儀として三〇分間彼女の気が変わるのを待った女達は、自分達を待たせるB嬢の事を『礼儀知らず』と罵りながらメイドの制止を(文字通り)薙ぎ払って、彼女の部屋に行き惨状を目の当たりにしたのである。

 状況的に、メイドが偽証している可能性を感じたものの、その時はメイド数人と彼女の(親族側が用意した)家庭教師も聞いていた為、それは無いと男爵は言った。

 そして、彼女がホテル・ハイデクラオトのティーサロンをひいきにしていた、読書と小鳥の好きな少女であった事を話すと、エドマンド・フォン・オッペンハイム男爵は帰って行った。

 

 

 翌日、ミッターマイヤーの執務室に顔を出したロイエンタールは、案の定考え込んでいる親友の姿を見い出し隠す事無く溜息を吐いた。

 ミッターマイヤーの方はと言うと、親友の懸念通り書類片手に、全く仕事と関係の無い事を考えていた。と言っても、考えていたのは事件の事と言うよりは。

 

「ミッターマイヤー、まだ考えているのか?」

「ん? ああロイエンタール、いや違うんだ。少し引っ掛かる事があってな」

「引っ掛かる事?」

 

 ミッターマイヤーは元々好き勝手跳ねがちの、蜂蜜色の金髪に指を突っ込むと苛立ちを隠さず呻いた。

 

「何か、凄く引っ掛かってるんだ。凄く事態に関わる事が、ここまで出掛けてるんだが……」

 

 その時である。

 がこんっと、扉の向こうから派手な音がして、その後控えめにノックされた。

 入室を許可すると、数冊のファイルを抱えたジンツァー中将が入って来た。

 

「閣下、書類にサインをお願いします」

「なにやら派手な音がしたが、虫でもいたのか?」

 

 ロイエンタールの揶揄に、ジンツァーは冷静にこう言った。

 

「はい、アメフラシの様なゴキブリが扉に張り付いておりましたので、一発叩き落としましたが」

 

 その言葉と、一緒に持ち込まれた『K.E.バイエルライン』のサインの入った書類に、大体を悟ってロイエンタールが軽く眉を上げたその横で、急にミッターマイヤーが立ち上がった。

 

「思い出した! カナリヤだ!」

「ミッターマイヤー?」

「閣下?」

 

 ミッターマイヤーの方は、入って来た部下――そしてかつての同級生の方を見て、勢い込んでこう続けた。

 

「ジンツァー憶えているか、昔士官学校時代に、カナリヤを拾った事あっただろう?」

 

 その言葉に、少々面食らいつつも部下は頷く。

 

「どう言う事だ、ミッターマイヤー」

「奇妙だと思ったんだ、小鳥のいない鳥篭、つまり、小鳥に何か、多分小型のボイスレコーダーか何かを付けていたとしたら!」

 

 ミッターマイヤーの言葉に、一瞬深緑色の瞳を見開いたジンツァーは「時間を下さい」と言って、足早に出て行った。

 

 

 その夕刻、連絡を入れたミッターマイヤーを、オッペンハイム男爵はとある墓地に呼び出した。

 ミッターマイヤーはオッペンハイムに、小さなボイスレコーダーを差し出した。

 

「一二年前、小官はとある公園で学友と二人で、一羽のカナリアを見付けました。

 片足を失い、その小鳥は暫くして亡くなりました。

 その後で、友人はその公園で小鳥の足の繋がった、小さなボイスレコーダーを見付けて保管していたそうです。

 この機械そのものは当時の物ではありませんが、中に入っているのは当時のデータだそうです。

 つまり、B嬢を殺した犯人は存在しません。彼女は、三時前に亡くなっていたのでしょう。

 ノックか、メイドの誰かの声に反応して再生されるようにセットしたボイスレコーダーでアリバイを作り、教育係の女性陣が踏み込んだ時に、驚いたカナリヤが逃げるよう籠の戸を開けておいて」

 

 再生された、澄んだ声を耳にしながら男爵は小さく頷いた。

 

「確かに、あの子の声です。ありがとう、やはり覚悟の自殺だったのですね」

 

 男爵の言葉に、ミッターマイヤーは顔を上げた。

 

「見当は付けていたんですよ、私も友人も。

 只、外聞を憚った親族に握り潰されましてね。挙句に、あいつは色々無理難題を吹っかけられつつこの間の戦役に引き込まれ、そのまま、ね」

 

 墓地の方を見ながら、そう言った男爵はこう付け加えた。

 

「あの子は、確かに死ぬと言う短絡的な方法とは言え権門貴族達に抗いました。奴に、それだけの度胸があれば、きっと」

 

 そう言うと、頭を下げてエドマンド・フォン・オッペンハイムは墓地に入って行った。

 小柄な背中を見送ると、ミッターマイヤーも踵を返し、彼を待つ親友の方へと歩き出した。

 

 

 エドマンド・フォン・オッペンハイムが領地に帰った後どんな余生を送ったのか、知る者はいない。

 

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