双璧の事件簿   作:怪傑忍者猫

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番外編
水を味方に


 一つ溜め息を吐くと、ウォルフガング・ミッターマイヤーは横を見てみる。

 小さなポケットライトに、弱々しく照らし出されたのは、つるつるとした壁だけだ。上を見上げれば、六メートルほど上方に、ぽかりと一つ窓が開いている。

 尤もあれは窓ではなく、サイレージを詰め込む為の入り口なのだが。

 

「ミッターマイヤー、やっぱりあいつ等鍵掛けてやがる」

 

 暗がりの中、声がした。

 同級生で寮の同室者であるホルスト・ジンツァーの声だ。

 

 

 二人は今、屋外研修二日目である。

 まあ、一年の基礎科目であるため、初っ端からナイフと方位磁石だけでヘリから突き落とされるなどと言う事にはならなかったが、長距離オリエンテーリングはやらされた。

 その班分けは、貴族の子弟ばかりと、平民出身者ばかりと言うものであったが、その中で一番に全チェックポイントを回り切ったのがミッターマイヤーとジンツァーのいる班だった。

 本来なら、総ての位置と順路まで明記されている貴族の班が一番になる筈が、地図上の位置を確認するや、道筋無視して強行軍をやらかした(と言うか、本来そうあるべきなのがオリエンテーリングではなかろうか?)彼等がぶっ千切りで一位になったのだ。

 その事に収まりが付かなかったのが、彼らのクラスの貴族の子弟達である。

 就寝点呼後に二人を呼び出すと、彼らはある場所に閉じ込めたのだ。

 それは、とある貴族が道楽で作らせた酪農施設であったものの、完成と前後して当人が亡くなった為に、使われずに放置されていた施設であった。

 そこの、やはり放置されているサイロに、二人は閉じ込められたのだ。

 

 

 サイロの中は、直径三メートル、高さ六メートルの円柱になっている。上部にある直径一メートルほどの丸窓と、サイレージを掻き出す為に使うのだろうしっかり密閉された鋼鉄製の扉以外は、本当に何も無い場所である。唯一、足元に一つ小さな排水口があったが、彼らの握り拳ほどあるかどうかである。

 

「どうする? 明日の朝までには何とか出ておかないと、校旗掲揚に間に合わなかったら減点ものだぜ?」

 

 がりがりっと、ミルクチョコレートに似た色の髪を掻き毟っているらしい気配がする。

 そう、明日の朝、二人は朝礼前に校旗を揚げる当番に当たっていた。

 これをサボると、後期の成績に多大な損害を出すのである。

 

「まずは、ゆっくり考えよっか。慌てても仕方がな……えっ!?」

 

 その場に座り込もうとしたミッターマイヤーは、突然の水しぶきに驚いて立ち上がった。

 振り仰ぐと、丸窓から消火栓らしいホースが差し込まれ、そこから大量に水が注ぎ込まれている。

 ついでに言うと、丸窓からは三つ少年の頭が覗いており、それは二人を陥れた貴族の馬鹿息子とその腰巾着達だった。

 

「いい気味だなあ、平民ども」

 

 耳障りな甲高い声でそう言った馬鹿息子は、けたけた笑いながらこう続けた。

 

「私の慈悲だ、水でも飲んでいてくれたまえ。そうそう、一時間もしたら止まるし、泳げないと言う事もあるまい? 明日の朝まで、そこにいるがいいよ」

 

 ごとりと、窓を塞ぐ鉄の扉が閉ざされた。ホースを差し込んでいるので完全に閉じられていないが、内部は一気に暗くなる。

 あっはっはと、笑いながら三人が去っていくのを聞きながら、二人は呆気半分、憮然半分に顔を見合わせた。

 無論、より暗くなったので、全く見えなかったが。

 

「あほか、あいつ。ここ、排水口付いてるの知らないんだぜ?」

「この勢いで水溜めたら、一時間後には天井に着いちゃうだろ?」

 

 そう言い合った時、ピンっという顔になったのはどちらだったか。

 

「いい事思い付いた」

「俺も」

 

 見えないままに笑い合い、二人は着ていたシャツを一枚脱いだ。

 

 

 翌朝、二人の泣きべそを予想しながら扉を開いた三人は、そこに誰も居ないのを見て取って青くなった。

 更に言うなら、溜まっている筈の水は跡形も無く、がらんとした空間だけだった。

 慌てて、下の入り口に走った三人は南京錠を開けて中を覗いて見たが、湿った空気が三人の蒼褪めた頬を撫でただけだった。

 引き攣りながら戻った三人は、結果的に朝礼をサボったことになり、流石に教官達から訓告を受ける事となった。

 そんな三人の背後を、校旗掲揚を済ませたミッターマイヤーとジンツァーの二人は、素知らぬ顔で歩いて行ったのである。

 

 

「つまり、その時卿は、シャツを排水口に詰めて水を溜めたと言う事か」

 

 あれから12年後。

 士官用クラブ『海鷲』ゼー・アドラーの片隅で、グラスを揺らしながらオスカー・フォン・ロイエンタールが聞く。

 ひょんな事から、士官学校での屋外実習の思い出話で盛り上がった同僚達に引っ張り込まれる形で、ミッターマイヤーも思い出披露と相成ったのだ。

 

「ああ、二人のシャツを裂いて七メートルほどの紐と、排水口をしっかり潰せるだけの塊を作って」

「何で紐なんだ?」

 

 聞き返したのは、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトだ。

 彼も、オリエンテーリングの際、何処までもまっすぐ歩いてポイントを回った口であった。

 

「ジンツァーの案だったんだ。溜まっている筈の水が無いとなったら、きっと驚くだろうって。

 案の定、どうやって俺達があそこから逃げたか判らなくて、大騒ぎしてたけど」

 

 こう言う事である。

 長い紐の先に括り付けた、固く締めた布の塊を排水口に詰めて置き、二人は水が溜まって行くのを待つ。

 そして天井の窓まで達したら、片方に足場になって貰って扉を押し開けて外に出る。

 そうして、もう一人をサイロから引き出した後、紐を引っ張って水を抜いたのである。

 

「まあ、シャツを駄目にしたのは勿体ないと思ったけど、成績には代えられなかったし」

「しかし、あのサイロでそんな事をする奴がいたとはな」

「ああ、だから私達の時は、あの近辺立ち入り禁止だったんですね」

 

 アウグスト・ザムエル・ワーレンが顎を擦る横で、納得したとナイトハルト・ミュラーが笑った。

 因みに、ワーレン、ビッテンフェルト、ロイエンタールが同学年、その下がミッターマイヤー、その更に下の学年がミュラーになる。

 彼等は全員、同じ第一士官学校の卒業生である。

 

「で、その一緒に閉じ込められた同期は、今何している?」

 

 ロイエンタールがそう聞いたそこに、書類を抱え少将の階級票を着けた青年士官が現れた。

 

「終業後に申し訳ありません、閣下。至急サインを戴きたい書類がございます」

 

 そう言ったミルクチョコレート色の髪の士官に、ミッターマイヤーは笑って顔を上げた。

 

「いや、構わない。

 あ、そう言えばジンツァー、あの時のシャツ、どうしたっけ?」

 

 いきなり話を振られ、暫く考えていたホルスト・ジンツァーはやがてああと頷きこう答えた。

 

「実家を探せば、見付かるかもしれませんね。捨てる訳にも行かないから寮まで持って帰って、そのまま実家に送り付けた覚えがありますから。まあ、親父が捨ててなけりゃ、ですけど」

 

 そう言って、彼はにっこりと笑った。

 

 

 




私設定として、ミッターマイヤーの士官学校時代の学友を原作登場人物に割り当てており、この話は彼とミッターマイヤーの学生時代の話になります。
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