双璧の事件簿   作:怪傑忍者猫

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午後五時過ぎの晩鐘

 それは、高速道路で起きた、ありきたりな事件の筈だった。

 夕方五時一五分頃、空が赤く染まる頃に一台の地上車がハンドル操作のミスで中央分離帯に激突し、大破炎上した。

 本来なら起こりえない事故であったが、被害者はスピード狂で知られた貴族のどら息子で、常日頃から自動操縦を切って運転しては、速度制限違反と器物破損、及び人身事故の常連として警察のブラックリストに名を連ねていた。

 最も、親が所謂権門貴族の甥の一人であった為、検挙される事無く今日まで来ていた口である。

 

「来るべき時が来た」

「何時かはやると思った」

「奴一人で良かった」

 

等と、囁かれる半面、

 

『馬鹿な子ほど可愛い』

 

を地で行く被害者の親は、札束で警察高官と憲兵を張り飛ばして、犯人の捜索を命じていた。

 だが、高速道路の監視カメラ、そして大破した地上車の車載コンピュータを幾ら調べても、被害者の急ハンドルが事故の原因としか判らなかったのである。

 

 

「地上車の事故に見せ掛けて、人を殺そうと思ったらどうします?」

 

 事件から一週間後、遅れている親友を待つウォルフガング・ミッターマイヤーにそう尋ねる男がいる。

 肩に付いている記章は大佐の物で、親しげな口調と笑顔とは裏腹に、銀髪の下の目は何か底知れぬものを秘めている、そんな感じである。

 図々しくミッターマイヤーの横に腰を下ろすと、その男はもう一度言葉を繰り返す。

 

「貴方なら、事故に見せ掛けて人を殺すなら、どう言う手段をとります?」

「……俺は、そう言う事は考えた事は無いな。それに貴官は何者だ? 随分不躾な質問ではないか」

「失礼、私はアントン・フェルナーと申します。高名な名探偵、ウォルフガング・ミッターマイヤー氏に、少々質問してみたかったのですよ」

 

 柔らかな言葉に包まれている棘を敏感に感じて、ミッターマイヤーは軽く眉を顰める。

 

「小官は名探偵などと呼ばれる覚えは無いな。それより、一応人を待つ身だ、用件があるなら早めに片付けて貰いたい」

「ですから、ご意見を賜りたいのです。貴方なら、事故に見せ掛けてどうやって人を殺すのか」

 

 フェルナーを不審そうに見ると、ミッターマイヤーはふうと溜息を吐いた。

 

「方法なら色々あるだろう。車に細工したり、被害者に睡眠薬を飲ませたり」

「それは駄目です。それは完全犯罪にならない」

 

 にべも無い相手の言葉に、ミッターマイヤーは考え込むように顎に手を添えた。

 半分は、相手の意図を考えて、もう半分は事故に見せ掛ける方法について。

 

「後は……駄目だな、思い付かないな」

「おや、意外ですね。何かあると思ったのですが」

「時間によっては、起こせなくも無い。光で視界を潰して、運転ミスを引き起こさせる。でも、計画的にやるにしろ、偶然に任せるにしろ、確実性に劣るから実行不可能だ。さあ大佐、俺の答えは以上だ。どうやら待ち人も来た様だ、これで引き取って貰えないだろうか」

 

 その言葉に吊られる様に、長身の美丈夫が店内に現れる。

 片目でその姿を捉えると、フェルナーは軽く肩を竦めて腰を上げた。

 

「仕方がない。ではまた何れ」

 

 そう言って、離れて行く銀色の髪の士官をミッターマイヤーは複雑な表情で見送った。

 入れ替わりに席に着いた、オスカー・フォン・ロイエンタールは些か不機嫌にグラスの中身を空ける親友を見下ろしこう聞いた。

 

「どうした、ミッターマイヤー。随分気分を害しているようだが」

「うん。……ちょっと、な。揶揄されたみたいだ」

 

 双色の瞳を細める親友に、ミッターマイヤーはフェルナーとのやり取りを手短に話した。

 

「なんか、畑違いの事に首を突っ込むなって、釘刺されたんだと思う」

「そうか? 俺はそいつが、お前に犯罪の片棒を担がせるつもりだったのだと思ったぞ?」

 

 思いもしなかった応えに、灰色の瞳が丸くなる。

 だが、表情を改めてミッターマイヤーは手にしていたグラスをテーブルに戻した。

 

「だとしたら、言わなくて良かったな。一応、思い付いていたんだ、完全って訳じゃないけど、限りなく完全犯罪に近い事故の起こし方」

「ほう、随分剣呑な話だな、どんなものだ?」

 

 聞く体制になった親友に向かって、ミッタ―マイヤーは話し始める。

 

「時間は夕刻、または早朝。理想的なのは朝かな。朝なら東、夕刻なら西に向かって走っているのが良い」

 

 その言葉に、ロイエンタールは形の良い眉を軽く寄せる。

 

「それは、先程の方法ではないのか?」

「うん、要はね。だが、それだけじゃない。散瞳剤を使うんだ」

「さんどうざい?」

「瞳孔を開かせる薬だよ。一般ではそうそう手に入らないけどな。普通でも、太陽に向かって走る事になればかなり眩しいけど、散瞳剤を使われれば、フロントガラスを遮光モードにしていても光の洪水と変わらない」

 

 ミッタ―マイヤーの言葉に、金銀妖瞳《ヘテロクロミア》の美丈夫は顎に手を当てた。

 

「入手経路が問題だが、即死すれば瞳孔は開いたままだ、薬の所為かどうかなど判らんな」

「目薬だと、まず検出は望めないしな。最も、事故の直前に被害者と一緒にいるところを見られたらそれまでだけど」

 

 そう言って軽く溜息を吐く親友のグラスに、酒を注いでやりながらロイエンタールは質問して来た。

 

「しかし、散瞳剤なぞ良く知っているな」

「父方の親戚に、医師免状を持っている人が多いんだ。子供の頃に、大叔父達の鞄で遊んでて叱られた時に、薬品とかについて色々教えて貰った事があってな」

 

 平民育ちと聞いていた親友の言葉に、ロイエンタールは驚いた。

 それに向かって、ミッタ―マイヤーは苦笑いと共に、身内で父だけが早々に退役して造園業を始めたのだと答えた。

 

「では、元々は医者が多いのか?」

「ううん、辺境軍には軍医より、医師免状を持つ軍人の方が多いんだ」

「……そうなのか?」

 

 親族からそう言われて育ったミッターマイヤーはともかく、中央育ちのロイエンタールには良く判らない。

 何か言いたそうな長身の親友に酒を注ぎ返してやりながら、ミッターマイヤーは彼に相談したかった懸案の方に話を切り替えた。

 

 

 指向性の集音マイクから、目的とは関係のない話が零れるのを確認すると、フェルナーはポケットの中の小型レコーダーを止めて、イヤホンを外した。

 

「ひゅう、危ない危ない、やっぱり判ったんだ。たまんない将官様だな、何で軍人やってんだか」

 

 伸縮型のマイクを縮めてポケットに納め、潜んでいた物影からそっと離れて店を出ると、大急ぎで地上車に乗り込む。

 そこでやっと息を吐くと、フェルナーは一人だから言える愚痴をこぼした。

 

「全く、あの人の性格なら、お貴族様にわざわざ注進する事も無いと思うけど。それしたって、ちょっと自信無くしちまうな」

 

 そう言いながら、取り上げた煙草の下から、点眼剤のケースが落ちる。

 足元に転げたそれを拾い上げ、元に戻そうとしたものの、フェルナーはそれをゴミ入れの中に放り込んだ。その中には、二つに破られた古めかしい光学写真が入っていた。

 フェルナーと、幸せそうに微笑む女性と、頬を赤らめた青年の、三人が写った写真だった。

 

 

 アントン・フェルナーが、紆余曲折の末ローエングラム元帥府はオーベルシュタインの部下になるのは、これからほぼ半年後である。

 

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