双璧の事件簿   作:怪傑忍者猫

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雨、ところにより殺人

 それは、とある星系の士官学校へ、二人揃って――と言っても、その星には幼年士官学校と士官学校の二校があったので、それぞれ別れてではあったが――公演に行った時の事である。

 そこの惑星は大規模な艦隊基地が造られていた為、二人も過去に何度か逗留した事があった。

 それが懐かしかった訳でも無かったが、二人は――もっぱらロイエンタールの主張で――滞在を一日伸ばして、そこで小旅行と洒落込む事となった。

 リップシュッタット戦役で没落した、お貴族達の残した保養用の山荘が現在士官用保養施設として機能しているので、そこに泊まる事にしたのだ。

 

「そう言えば、佐官の頃だったっけ」

 

 山荘への道すがら、赤くなり始めた空を眺めながら、ミッターマイヤーがぽつりと切り出した。

 

「フォン・ゴットヘルフ少将の事覚えてるか?」

「ああ、見た目偏屈の、賑やかし大好き老人だったな」

 

 たっぷりとした白い口髭で、矍鑠《かくしゃく》と杖を付いた老人を思い出し、ロイエンタールの口元に苦笑めいた笑みが掠める。

 一応名門の末席にあったこの老人は、その癖所謂貴族の子弟達よりも、平民階級の士官を可愛がる事で上官からうざがれていた。

 第二次ティアマト会戦に参加して、生還を果たした人物である。決して無能ではないが、その分口がさなく、好き嫌いがきっぱりと決まった人物でもあった。

 年を取った事で彼なりに後進を育てようとしたら、目に適うのが貴族の子弟に居なかったのだと、屋敷に招いた士官達に向かって当人は話していたが。

 酒好きで、機嫌が良いと盛んに白い髭を扱いていた老将官は、彼ら二人が大佐に昇進したその年の冬、風邪からこじらせた気管支炎の為に七五歳の生涯を閉じていた。

 だが、ミッターマイヤーが思い出していたのは、彼の事を実の孫のように可愛がっていた老人の事だけでは無かった。

 

「そう言えば、あの時ロイエンタールは遅れて来たんだったけ。二度目に少将の館に呼ばれた時、事故があったんだ」

「事故? ――ああ、ヨハン・クレーガーの。そう言えば、俺達後発の連中を迎えに来る途中で、振り出した雨でスリップを起こして事故死したんだったな。そう言えば、このルートの途中では無かったか?」

 

 言う間に、二人の乗った地上車は湾岸沿いの道路から、崖の上に向かう道筋へと折れた。

 この道は、山荘の立ち並ぶ山上に向かって崖を削って作られた九十九折りの道である。

 辛うじて二車線をキープしているものの、片方は壁の如き岩盤、もう片方は海へまっ逆さまと言う非常に危険な道筋となっている。

 潮風で薄汚れたガードレールの一角が、不自然にきれいな場所があって、そこがかつての事故現場であろうと知れた。

 そこは九十九折りの入り口――上からは終点近く――に当り、大きくヘアピン状に曲がっている部分だった。

 

「ここか」

「ああ」

 

 速度を落として通り過ぎ、親友と短く頷き合うと、ロイエンタールは軽く肩を竦めた。

 

「自動操縦に任せていれば、先ずはスリップなどはありえないのだがな」

「まあ、あいつ、運転技術には自信があるって嘯いていたな。その代わり、山荘に行く時偉い目にあったけど」

 

 あの時の事を記憶の底から掘り起こし、ミッターマイヤーは渋い表情になった。

 あの日、少将を加えて五人で乗った地上車をクレーガーが運転する事になったのだが、ラリーカーのような滅茶苦茶な発進加速急制動をやらかしてくれたお蔭で――しかも、乗ったのは彼が趣味で所有している四輪型で、盛大にタイヤを軋ませて走ったのだ――着いた途端に全員がへたり込んでしまったのだ。

 あの時には流石に若者の無茶――あくまでも無茶であって無制御ではない――に寛容な老少将から、かなり厳しく叱責されたのである。

 

 

 ずるずると続く九十九折りにうんざりしながら、だがミッターマイヤーはあの日の事をぽつぽつと思い出していた。

 

「あの日、俺とご老体とクレーガーと、フォン・ヘルダーリーン、シュトップクーヘンだったっけ」

「ヘルダーリーン? 奴が一緒だったのか?」

 

 意外そうなロイエンタールの声に、ミッターマイヤーは頬を掻きつつ「そうだ」と答えた。

 

「ふむ、そう言えば先に行っていたが。だが、揉め事にならなかったか? 確か奴とクレーガーとは、その数日前に女の事で揉めていたらしいのだがな」

「え? ……いや、そんな節は無かったな」

 

 首を振って見せる親友に、ロイエンタールは金銀妖瞳《ヘテロクロミア》を細めてこう言った。

 

「まあ、クレーガーは都合の良い記憶力の持ち主で、自分に都合の悪い事はすっからかんに忘れるし、ヘルダーリーンはヘルダーリーンで、悉く胸に納める性質だったから、傍目には判らなかったかも知れぬな」

「ふうん、あの二人が……あっ!?」

 

 泊まる山荘――それはロイエンタールの交渉によって、かつてのゴットヘルフ邸が選ばれていた――が見えたところで、ミッターマイヤーは飛び上がった。

 車庫に入れる為に自動操縦を切ってハンドルを握っていたロイエンタールは、親友の不意の大声に思わず急ブレーキを掛けていた。

 

「何事だ?」

「そうだ、あの時、ヘルダーリーンの奴、クレーガーにタブレット食べさせたんだ、ビタミン剤だって言って」

 

 あの日、夕食待ちのリビングで、ヘルダーリーンが最近始めたのだと称して幾つかのピルケースを広げて見せた。

 

「腹に溜まらないのが難点だが、ビタミンCとかDとかはストレスで大量消費するからな、食べても問題無いさ」

 

 そう言ったヘルダーリーンは、側で覗き込んだミッターマイヤーの口の中に、レモンイエローに染められたシャツのボタンくらいのタブレット――味はビタミンCらしく酸っぱいものだった――を放り込んだ。

 シュトップクーヘンには薄桃色のタブレット――鉄剤だったらしい――を食べさせ、そして後続の出迎えに行こうとしたクレーガーを呼び止めた。

 

「ああ、クレーガー。総合ビタミン剤があるよ。九十九折りを走るんだ、集中力維持に飲んどけよ」

「お、悪いな」

 

 他の二人が飲んでいた所為か、クレーガーは差し出された二錠の小さなタブレットを何の迷いも無く飲み込み、そのまま地上車の鍵を持って山荘から出て行った。

 それが、彼らがヨハン・クレーガーを見た最後となった。

 三時間後、夕刻から降り出した雨の音を聞きながら、流石に遅いと言い合っているうちに後続の連中からの、

「何時迎えに来るつもりだ」

と言う連絡が入って、全員顔を見合わせたのだ。

 そしてその直後に、沿岸警備隊から九十九折り途中での事故の知らせが届いたのである。

 

 

「もしかして、数日前の諍いを根に持って、ヘルダーリーンは奴に睡眠薬でも飲ませたのか?」

「それは無いな」

 

 ミッターマイヤーの沈痛な呟きを、美丈夫の親友はあっさりと否定した。

 あの時、後続の連中の総代として憲兵の方に連絡を入れたり何やらかにやら走り回る羽目に陥ったロイエンタールは、クレーガーの司法解剖の内容を覚えていた。

 

「曲がりなりにも、奴も少佐だったからな。司法解剖は徹底的に行われたが、毒物、睡眠薬の類は一切検出されていない。今は流石に消えていたが、あの当時は路面にはっきりとスリップ痕があって、スピードの出し過ぎて雨にハンドルを取られたのははっきりしていた」

 

 だが、そこまで言ってから、ロイエンタールは「しかし」と付け足した。

 

「プロバビリティという言葉を知っているか、ミッターマイヤー。訳すると、『蓋然性』と言うのだが」

「『蓋然性』《プロバビリティ》? 確か、『事柄の起こる確かさの度合い』って意味だよな」

 

 親友の答えに頷き返すと、ロイエンタールは地上車を車庫に納めて鍵を抜いた。

 

「つまりヘルダーリーンがやった事は、揃えた条件下で、望んだ状況が成立する事を頼みにした犯罪だった訳だ。お蔭で立証は不可能、殺人罪での訴追もな」

「それはつまり、クレーガーにスリップ事故を起こさせるように仕向けたと言う事か? でもどうやって?」

「答えは殆ど自分で言っただろう、ミッターマイヤー。ヘルダーリーンはクレーガーに飲ませている、スリップを起こしかねないほど焦る事態を呼ぶものをな。何しろ、あの九十九折りには、用を足せるような場所も無い」

「! まさか下剤?」

「多分。経口型の強烈な奴を二倍量飲ませたのではないか? 便秘持ちでないなら、それは猛烈な差し込みになるだろう」

「そうか、それで焦って用足しの出来る所まで行こうとして……。やれやれ、こうして聞くと完全犯罪だな、誰もあいつが犯人とは思わなかったし」

 

 そう言いながら、ミッターマイヤーは玄関先で空を振り仰いだ。

 すっかり日の暮れた空は、満天の星空になっていた。

 

「でも、ヘルダーリーンが戦死したのは、その直後の戦闘だったっけ」

「あれは戦闘とは言わんな。叛乱軍の哨戒艇とぶつかって、威嚇射撃をしようとして艦内で事故を起こしたのだ」

 

 その時、弾薬の信管不良が起こした爆発事故で吹き飛んだ士官詰め所に、残っていたのがヘルダーリーン唯一人だったのだ。

 二人はちょうど艦橋に詰めていた為、難を逃れたのだ。

 彼はあの戦闘唯一の戦死者として、名簿に書き込まれたのである。

 

「こうしてみると、世の中って、本当に何が起きるか判らないよな。俺達がもうすぐ元帥になるって聞いたら、皆びっくりするだろうな?」

「そうでもあるまい?」

 

 不思議そうに見返してくる銀灰色の瞳に、双色の瞳がちらっと笑い返す。

 

「ゲアハルト・フーゴー・フォン・ゴットヘルフ少将は、吾々は大成すると言っていただろう。今頃、それ見た事かと髭を扱いてらっしゃるさ」

「……そっか。それもそうだ」

 

 やっと笑顔を見せたミッターマイヤーの肩を抱いて、ロイエンタールは山荘の扉を開いた。

 数年振りの屋敷の中で、二人がどんな夢を見たかは、秘密である。

 

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