魔王の剣   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ


万能メイドと立役者の演説

フェアベルゲンは現在、昼夜が逆転したかのような喧騒に包まれている。もちろん、喧騒となっている理由は奴隷から解放された数千人規模の同胞の受け入れ態勢を整えているためである。

当然、長老衆の下には報告書と申告書の書類が大量に舞い込んできているのだが……

 

 

「こちらの報告書はマオ殿。暫定的な住まいの申告書はグゼ殿が確認した後でアルフレリック殿に。アルフレリック殿は今届いたこの報告書を真っ先に目を通して下さい。ルア殿は今処理している書類が終わったらこちらの書類を片付けて下さい。ゼル殿は書類の追加です」

 

 

その大量の書類をフィアが最初に受け取り、その書類をバララララー!とめくって素早く目に通した後、的確に仕分けて優先順位をつけ、指示と共に手渡している。そのため、書類の処理効率が格段に上がっていた。少なくとも、約一名を除き、合間にお茶を飲めるくらいには。

 

 

「カム様、広場はどうなっていますか?」

 

「……広場は二分程前に立ち退きが完了し、立ち入り禁止状態にしてある。フェアベルゲンの兵士達に徹底して通達してあるから誰も立ち入りはしないだろう」

 

 

通信員の役割を買って出ているカムの返答に、フィアはにこやかな笑顔で頷く。

 

 

「そうですか。フェルニルで数千人規模の亜人族を運搬されている以上、おそらくそこに着陸する筈です」

 

「クク……ボスと教官なら十分に有り得るな」

 

 

長老衆には“殿”、一部族の長であるカムを“様”付けで呼ぶフィア。本来であれば失礼な態度であるが、フィアの正体を既に知っている為、ある意味仕方ないとも理解しており、何より、ゼルがその事に文句を言った瞬間―――

 

 

『無駄口を叩ける程余裕がおありでしたら、この書類を早く片付けて下さいね♪』

 

 

ドンッ!と、仕分けも優先順位もされていない大量の書類の山がゼルの正面に置かれたのだ。質が悪いことに、全部ゼルが目を通すべき書類だという点だ。

そんな涙目で大量の書類と格闘する羽目になったゼルの姿に、他の長老達は素直に必要最低限の会話だけで目の前の書類と格闘することを選んだのである。文句を言った瞬間、仕事の負担が大幅に上がるのだから……

 

 

「フィアさん、炊き出しの用意が整いました。これが消費後の備蓄量です」

 

「……消費前の備蓄量と消費した備蓄量の算出が抜けています。これでは先の消費量の算出の予想に手間取りますよ」

 

「あっ、すいません……」

 

「謝るくらいでしたら、そちらの席で急いで消費した備蓄量を算出して下さい。こちらが消費前の備蓄量が書かれたものです」

 

「は、はい!」

 

 

ダメ出しをくらったアルテナは手渡された用紙と共に隅にある席に座り、大急ぎで報告書を手直ししていく。……チラチラとカムに視線を送りながら。

 

 

「アルテナさん、カム様をチラ見してないで早く算出を出して下さい。貴女には次の仕事が待っているのですから」

 

「は、はい!」

 

 

フィアの注意を受け、アルテナはせっせと報告書の手直しに集中していく。

 

 

「お祖父様の孫娘のわたくしが顎で使われるなんて……ハァハァ……」

 

 

……若干嫌な予感を感じる呟きがアルテナから聞こえたような気がしたのは気のせいだと考え、長老達はせっせと書類を処理していく。

 

 

「……しかし、本当に帝国が同胞を解放するのだろうか?あの映像を見た今でも、やはりにわかには信じ難い」

 

「それも後数時間で証明される。……気持ちは理解するがな。我等とて、ボスと教官がいなければ、ここまでの成果を挙げられるなど夢にも思わなかった」

 

「だとしたら、資格者―――南雲ハジメと空山ソウジは我が孫娘だけでなく、同胞全てを救い出してくれた恩人ということになる。報いる方法が思い浮かばんな……」

 

「お二方は、“お膳立て”をしただけといってバッサリとお断りするでしょう。お話が終わりでしたら、こちらの報告書に目を通して下さい」

 

 

フィアから手渡された、手直しされた食料の備蓄量の報告書にアルフレリックは目を通していく。その後、カムが部屋から出ていこうとしたアルテナに「ボスの特別を除いて、今ボスに近いのは(シア)だ」と挑発していた。その時、にわかに外が騒がしくなった。今までの忙しさからくるものではなく、不測の事態に緊迫するような騒がしさだ。

アルフレリックは何事かと、急いで席から立ち上がり、窓に歩み寄る。そして、騒ぎの原因である木々を通り抜けて広場を照らす強い光を目の当たりにする。

 

 

「光の……柱……だと?もしや……」

 

「そのもしやだ、アルフレリック。ボスと教官のご到着だ」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

フェアベルゲンの広場の上空に到着したハジメとソウジはフェルニルのサーチライトを使って、着陸場所の安全を確かめながら降下していた。

ベキベキッ、バキッ、ベキッ!!

 

 

「あっ、しまった。樹々をへし折ることをすっかり失念していた」

 

「今から外に……はもうきついからこのまま着陸すっか。ユエ、香織。悪いが着陸してから頼めるか?」

 

「ん……任せて」

 

「わかったよ、ハジメくん」

 

 

ハジメのお願いにユエと香織は苦笑しながら快く引き受ける。そして、ゴンドラを無事?に広場へと降ろし、フェルニルをその脇に着陸させる。

そして、遠隔でゴンドラの前後の扉を開け、中にいた亜人族達が外に出られるようにする。

 

 

「それじゃあ、オレ達も外に出るか」

 

「だが、その前に……」

 

 

ハジメはそう言って、“宝物庫”から魔力封じの枷を取り出し、それを引きずって回収した、ボロボロでのびているガハルドの手足に取り付けていく。

 

 

「おら、起きろ」

 

「ごほぉ!?」

 

 

そして、ソウジが容赦なくガハルドの腹に拳を叩き込み、強制的に意識を覚醒させた。

 

 

「ごほっ、ごほっ……ここは……って、何で魔力封じの枷が付けられているんだ!?」

 

「フェアベルゲンについたからに決まってんだろ。つうわけでこれを被れ、皇帝」

 

 

ガハルドの疑問にハジメはバッサリと返し、“宝物庫”から『敗者』とデカデカと表記された黄土色の仮面をガハルドの目の前で取り出す。

 

 

「……なんだ、その奇怪な仮面は?」

 

 

その仮面に猛烈に嫌な予感がしたガハルドは、若干引き攣って問いかけると、ハジメは不敵な笑みを浮かべて答えた。

 

 

「俺が作った光と音を完全遮断する仮面だ。お前にフェアベルゲンの情報を極力渡すわけにはいかないからな」

 

「言い分は理解したが、その仮面にある妙な文字はなんだ!?」

 

「オレらの世界の負け組を表す文字だ。今のお前にぴったりだろ?」

 

「ふざけんな!俺は絶対に被りはしないぞ!!」

 

 

ガハルドは断固拒否するも、ハジメとソウジは構わずガハルドに仮面を被せようとする。

 

 

「やめろぉおおおおおっ!!俺にそんなもんを被せるなぁああああああああ―――ッ!!!!」

 

「抵抗なんぞ無意味だ」

 

「お前の意思なんざ関係ないから大人しく被れ」

 

 

ソウジに羽交い締めされたガハルドは抵抗虚しく、ハジメによって敗者仮面を被せられた。

 

 

「くそがぁああああああッ!!何も見えねぇし、聞こえねぇ!この魔王……いや、魔神共めがッ!」

 

 

ガハルドの言葉に若干イラッときつつも、ハジメとソウジはガハルドの襟首を掴んで、引き摺るように外へ向かってブリッジを後にしていった。

 

 

「……流石ハジメ。人に出来ないことを平然とやってのける」

 

「それを言うならソウジもだろう」

 

「「あはははは……」」

 

「初めて陛下に同情したわ……」

 

「なんという雑な扱い……妾もあんな風に扱われたいのじゃ……ハァハァ」

 

「……はぁ……」

 

「……やっぱり、とんでもねぇな……」

 

「……そうだな」

 

「うん……鈴もそう思うよ……」

 

「皇帝なのに~、皇帝な~のに~、雑な~扱い~」

 

 

皇帝陛下の威厳も何もない、本当に雑な扱いに、その場にいた者達は別々の反応を呟くのであった。

そして、感動の再会でお祭り騒ぎとなっているフェアベルゲンの広場に降り立つと、アルフレリックを始めとした長老達が駆け寄ってきた。

 

 

「……全く、とんでもない登場をしてくれたな」

 

「まぁ、色々面倒だったし、ちゃんと元に戻るから大目に見てくれ」

 

 

苦笑い気味のアルフレリックに、ソウジは若干バツの悪そうな顔で弁明した直後、ユエと香織が再生魔法“絶象”を発動。ゴンドラでへし折られた樹々が一瞬で元の姿を取り戻した。

アルフレリックはフェアベルゲンの傷ついた者達を元通りに癒した神代魔法だと察しつつ、疲れたように眉間の皺を揉みほぐし、改めてハジメとソウジに顔を向ける。

 

 

「……南雲殿、空山殿。既にカム達から大体の事情は聞いている。今でも信じられない事ではあるが、本当に同胞達は解放されたようだ。おそらく、今、私達は歴史的な瞬間に立ち会っているのだろう。まずは、フェアベルゲンを代表して礼を言わせてもらう」

 

「事情を聞いているならわかっているだろ?本当に称賛するべきはオレらじゃなくハウリア族だということは」

 

「そこら辺は間違えるなよ?俺達は膳立てしかやってないからな」

 

 

アルフレリックの言葉に、気のない様子でハジメがゴンドラとフェルニルを“宝物庫”に収納し、ソウジと共に釘を指す。

 

 

「もちろんだ。彼等ハウリア族がいなければ、先の襲撃でフェアベルゲンは壊滅していただろう。まさか、追放処分を受けた、最弱のはずのハウリア族が帝国を落とすとは……長生きはしてみるものだ」

 

 

アルフレリックが今回の亜人族の奴隷解放の立役者がハウリア族だと明言したことで、喜びを分かち合っていた者達も含め、アルフレリックの隣で背筋を伸ばすカムに大きな敬意と若干の畏怖を含んだ英雄を見る目で注目していく。

そのカムはハンドシグナルで他のハウリア族を呼び、兎人族に向かって声を張り上げる。

 

 

「長きに渡り、屈辱と諦観の海で喘いだ同族達よ。聞け。此度は帝国に打ち勝つことが出来たが、永遠の平和などあり得はしない。近い将来、再びお前達は脅かされるだろう。そうなれば、これまでの日々に逆戻り。いや、今度は奴隷を免れていた仲間も同じ目に遭うかもしれない。だが……それでいいと、お前達は考えるのか?」

 

 

カムの演説に俯いていた同胞達は、弱々しくも頭を振る。その反応に、カムはさらに声を張り上げる。

 

 

「そうだろう。なら、どうするか?答えは簡単だ。大切な者を守りたいなら……戦え。搾取と諦観と共に生きる未来を否定するのなら……立ち上がれ。兎人族の境遇と未来を変えたいのであれば……心を怒りで充たし、己を鍛え上げろ!我らハウリア族はそうした!兎人族は最弱ではない!決意をもって鍛えれば、どこまでも強くなる種族なのだ!その事実は、我等が証明しただろう!!」

 

 

カムのその言葉に、兎人族は一人、一人と顔を上げていく。その瞳には火が宿っている。

 

 

「屈辱と不遇な境遇を甘んじて受けるな。大切な者は自らの手で守り抜け。諦観に浸る暇があるなら武器を磨け!戦う術なら我等が教えよう。力を求め、戦う決意のある者は、我等のもとに来るといい。ハウリア族は、いつでも歓迎する!!」

 

 

そう言ってカムは演説を締めくくり、再びハンドシグナルを出す。すると、ハウリア族は、忍者のように散開し、一瞬で姿を眩ませた。

 

 

「……最近、父様の言動が益々ハジメさんとソウジさんに近づいていますぅ。そう遠くない内に、“温厚な兎人族”は絶滅する気がしますよ」

 

 

シアが、乾いた笑みを浮かべながら遠い目をする。兎人族全員が中二病に感染し、魔改造されるのも時間の問題ようである。

その後、ソウジ達はアルテナが用意していた広間へと向かって行った。案内の際、アルテナがハジメにぞんざいに扱われた際―――

 

 

「……本当につれない態度なのですね、南雲様……ハァハァ……」

 

 

……アルテナの小さな呟きは、生暖かい眼差しを向ける変態以外は空耳だと思うことにした。

 

 

 




「そういえば、カムさんの剣技は空山君が仕込んだのよね?」

「ああ。る○剣の小太刀二刀流使いの技の概要だけ訓練最終日に叩き込んだ。若干のアレンジは加えたけどな」

「……やっぱりオタク技だったのね」

「ちなみに、坂上にはマッチョな坊さんの技を仕込んでいる最中だ。悩筋のアイツにぴったりだろ?」

「…………」

魔改造されている坂上に、本当に大丈夫なのかと心配になる雫の図。

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