八重樫の説教が終わり、無事に合流し終えた一行は、周囲の樹々と比べ明らかにサイズの異なる巨木が鎮座する場所を目指し、辿り着いた。
そこで直径十メートル高さ三十メートルはある巨木が暴れ始め、この巨木がトレントと呼ばれる魔物と同種なのだとわかった。
「こいつは俺……いや、俺達で倒す!」
天之河がそう言って巨大トレントに向かって飛び出し、後に続くように八重樫、谷口、坂上も飛び出し、巨大トレントに挑んでいったのだ。
そして、ソウジ達は……
「……相変わらず旨いな」
「ああ。お茶菓子も中々だしな」
「そのお菓子はシアが作ったものです」
「そうなのですか?シア様」
「はいですぅ!」
『……中々の美味。私ももっと上手くなりたい』
「……うん。私もうかうかしてられないよ……“回天”」
『この姿でも食事できるのは幸いだった。こんな美味しいお菓子とお茶を頂けないのは苦行だからな』
『うむ。この姿でも味がわかるようで何よりじゃ』
ハジメの四機のクロスビットが張った、ノイント戦で使用し、完成させた空間遮断型の障壁“四点結界”の中で、呑気にお茶を楽しんでいた。香織は回復要員で天之河達の戦闘を常に注意しており、回復魔法を随所で飛ばして援護している。
その天之河達はと言うと……
『ぐらぁああ!』
坂上はオーガとの戦闘で会得した二重衝撃を叩き込む技で、鞭のようにしなって不規則な軌道を描いて襲い来る巨大な枝を粉砕し―――
「刻め、“爪閃”!」
八重樫は四皇空雲の“爪閃”で手裏剣のように飛んで来る、刃のような葉を必死に捌き―――
「“天絶・爆”!―――聖域をここに神敵を通さず、道連れにせん!“聖絶・操爆”!」
谷口はバリアバーストで砲弾のように撃ち込まれる木の実の軌道を逸らしていなし、輝く障壁を張って地面から突然飛び出した槍のような根を防ぐ。
当然、障壁に多大なヒビが入り、連続して放たれる攻撃にヒビがどんどん大きくなるも―――
「爆ぜよ!―――再び道連れの聖域をここに!“聖絶・操爆”」
谷口が叫んだ瞬間、今にも壊れそうだった障壁が盛大に爆発し、迫っていた根を押し返した。同時に障壁も張り直され、巨大トレントの攻撃を再び防いでいく。
“聖絶・操爆”。任意のタイミングで爆発させるオリジナル魔法。“時爆”より扱いは難しいが、自由に爆破できる為、魔力の消費を結果的に抑えられる魔法だ。
「光輝くん!“神威”を使って!」
「なっ、ダメだ鈴。詠唱が長すぎる!」
丸太のような枝を何とか受け止めている天之河は、谷口の指示を真っ向から否定するも。
「その間は鈴達が守るから!このままじゃ敗けちゃうよ!」
「鈴の言う通りよ光輝!私達が必ず守るから信じて!」
谷口と同じ考えに至っていた八重樫にまで言われ、天之河はどうしたものかと悩む。
目の前のミストルルを彷彿とさせるトレントモドキは、毒がない分、ミストルルよりは遥かにマシだが、それでも厄介な事に変わりはない。そんな強敵に無防備を晒すのはあまりにも危険だ。
だが、圧倒的な攻撃力不足とソウジ達の信頼関係、そして、周りへの
「わかった。頼むぞ皆!」
「ええ、任せなさい!」
「シズシズと龍太郎くんは固まって!“天絶・時爆”!」
『応よ!』
天之河は聖剣を頭上に掲げ、“神威”の詠唱を始める。当然、その場から微動だにしなくなった天之河をトレントモドキは容赦なく襲いかかる。
「呑み込み、爆ぜ続けよ!“天絶・連爆”!」
“聖絶・操爆”の上方に“天絶・連爆”の障壁を展開し、連続爆破で葉刃と木の実の砲弾の威力を減少、または軌道を曲げ、上空からの攻撃を捌いていく。
左右から迫る木の枝と下方から迫る木の根が連続で放たれ、障壁に多大なヒビを入れるも―――
「爆ぜよ!」
任意のタイミングで爆発させ、迫ってきていた枝と根を押し返す。すぐにトレントモドキの猛攻が迫るも―――
「っぁああ!」
『おぉおお!!』
新しい障壁が張られる間に迫るその猛攻を八重樫と坂上が悲鳴とも雄叫びともつかない声を上げながら、持てる技の全てで迎撃する。捌ききれなかった攻撃で二人は傷を負うも、それでも後ろには一撃も通していない。
「“回天”」
「聖域をここに神敵を通さず、道連れにせん!“聖絶・操爆”!」
香織の回復魔法が飛び、傷ついた身体を一瞬で癒し、谷口が再び障壁を張り、再び時間を稼ぐ。
八重樫と坂上が再び身体を張って防ぎ、香織が即座に癒したタイミングで、天之河の詠唱が完了した。
「―――みんな、行くぞ!“神威ッ”!」
天之河が太陽のように燦然と輝く聖剣を振るい、自身の最大の魔法を放つ。直線上に放たれた光の奔流が地面を削り飛ばしながらトレントモドキの猛攻を呑み込み、そのまま直撃した。
「やったか!」
周囲を白に染め上げた、轟音と共に爆ぜた光に天之河は会心の笑みを浮かべて叫ぶ。だが……
「……え?……うそ、だろ……?」
光が収まって粉塵が晴れた先にいた、無傷のトレントモドキの姿に、天之河だけでなく、八重樫達も激しく動揺する。
「そんな……」
自身の必殺技が通用しなかった。ミストルルよりは弱いであろうトレントモドキを消し飛ばすくらいはできると思っていた。だって、
そんな立ち竦む天之河に、傍らの八重樫が木っ端微塵になった大量に散乱している樹々に気がついて声を張り上げる。
「光輝、あれを見て!」
「えっ?」
八重樫の指摘で“神威”は直前で防がれたのだと天之河は理解するも、何処から大量の樹々が現れたのかと疑問を抱く。
その答えは、トレントモドキがその巨木を淡く輝かせ、根元付近から外へ広がるように大量の樹々が物凄い勢いで生えたきたことで回答された。
「!まずいよ!聖域にて神敵を通さず!“聖絶”!」
谷口がいち早く現実に戻って詠唱を省略した“聖絶”を発動する。その直後、攻撃が左右下方から殺到した。
上空からの攻撃は―――何故か上空に向かって放たれていた。
「……え?」
てっきり全方位から仕掛けられると思っていた谷口は間抜けな声を出し、天之河達もトレントモドキ達の謎の上空への攻撃に目を丸くしていると、一人の女性の声が天之河達の耳に届いた。
「ここからは、私も参戦させて頂きますね」
その女性―――フィアがそう告げると同時に炎を纏わせた大鎌を振るい、木の枝や根をバッサリと焼き切って両断していく。
そこで天之河達はフィアがトレントモドキに幻覚を見せて、攻撃を分散させたのだと理解する。
トレントモドキは本気となったのか、樹々を大量に生成しながら間断なき攻撃を繰り返しており、フィアはその猛攻を自身の幻影を生み出しながらヒラリヒラリとかわし、トレントモドキとの距離を詰めていく。
猛攻をかわされる事に業を煮やしたのか、トレントモドキは樹々を一気に大量に生成し、生成した樹々で自身に迫ってきたフィアとフィアの幻影を押し潰した。
「フィアさん!」
大量の樹々に押し潰しされた光景に、八重樫が叫び声を上げるも―――
「大丈夫ですよ」
トレントモドキの背後からフィアの声が聞こえてきた。八重樫達からは見えないが、トレントモドキの背後は大鎌をトレントモドキの幹に食い込ませた数人のフィアがいる。
先程トレントモドキが押し潰したフィア達は全て幻影。本物は迂回して背後から不意を討ったのである。
フィアは自身の幻影と“幻創”で作り出した大鎌を残してその場から飛び離れ―――
パチンッ
ドォオオオオオン!!!
指を鳴らすと同時に、大鎌と幻影のフィアが煙を上げて爆発。トレントモドキの巨木に抉り取ったような傷後を作り上げた。
しかし、その程度のダメージではトレントモドキの動きは鈍らないのか、逆に怒り現すように更に攻撃の手を激しくしていく。
その激しい猛攻をフィアすり抜けるようにかわしていき、ソウジ達の下に華麗に戻り、着地する。
「やっぱり倒すのは無理だったか?いい線いっていたと思うが」
「いえ。最後の仕上げの為にこちらへと避難しただけですので」
フィアの言葉にソウジ達は最初は首を傾げるも、トレントモドキ達を覆う圧倒的な煙を視界に収めたハジメは若干頬をひくつかせて改めてフィアを見やった。
「……まさか」
「そのまさかです。ハジメ様から教えて頂いた爆破方法を試してみようかと♪」
トレントモドキと周辺の樹々を覆う煙。ハジメから教わった爆破方法。
それを聞いたソウジと香織は、フィアが何をするのか理解した。理解してしまった。
「ですから、鈴様に結界は絶対に解かず、全力を出すよう、お願い致しますね♪」
「……わかった」
「……私は念のために鈴の障壁を強化しておくよ。“刻永”」
フィアの要請にソウジは溜め息と共に了承し、香織は有機物・無機物を問わず対象一定時間の間、一秒ごとに一秒前の状態に再生し続ける再生魔法“刻永”を谷口の“聖絶”に対して発動する。
『谷口。今から粉塵爆発が起こる。障壁を絶対に解くなよ』
「え?……え?」
突然の念話に谷口は素の声で呆けた返事をするも、ソウジの言葉の意味を理解して、冗談だよね?といった心境で、引き攣った表情をして声を洩らした。
天之河達が訝しげな表情をそんな谷口に向けると同時に、フィアが魔法で火種を放ってその煙―――“幻創”で作った金属粒子の粉塵に触れた瞬間。
ドォゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!
凄まじい轟音と衝撃が一気に飛び、爆炎が盛大に立ち上がった。
爆炎が収まり、粉塵爆発で立ち上った煙が晴れると、辺り一面は木っ端微塵で吹き飛んだ樹々が散乱し、所々燻っていた。
「「「『『『「「…………」」』』』」」」
「無事に成功したようですね。上手くいって何よりです♪」
「……フィアさん。流石にやり過ぎじゃないかな?」
「あら?ソウジ様の破壊劇と比べたらマトモと思いますが?後、皆様と肩を並べるのでしたら、これくらいは当たり前かと思いますが?臭いフェチのストーカー様?」
「それはぁ、そうだけどぉ……って違うからね!?」
香織のツッコミをフィアは平然と受け流して毒を吐き、言いくるめかけられていた香織は、顔を赤めてフィアの最後の言葉を否定する。
「……ハジメさん、ソウジさん。フィアさんが結構強いんですけど」
「流石、ハジメ様とソウジ様をからかえるだけはありますね……」
『……大丈夫。本気を出したハジメの方が強い』
『見た限り、基本的な殲滅力に劣っているからソウジの方が強いな』
『うむ。あの毒舌も中々じゃが……ご主人様の方が濡れるのじゃ』
「……まぁ、魔人族のあの魔物に善戦するくらいだから当然か」
「亜人族は魔力を持ったらバグるのか?ここに大概おかしいバグ兎がいるし」
「ちょっとハジメさん!それはどういう意味ですかぁ!?」
ハジメの指摘にポカポカとハジメに殴りかかるシアを尻目に、一同は唖然とした表情となっている天之河達に近寄っていく。
「フィアさん……あの爆発は……いえ、何でもないわ。空山君の破壊劇と比べたら大分マシだし、これが彼らにとって普通なのよ……」
「そうだねシズシズ。未だに鈴も現実逃避するけど、その内慣れるから大丈夫だよ」
『本当に大丈夫なのかよ……?』
八重樫と谷口の呟きに、坂上は微妙な顔でツッコミを入れる。……ブーメランであるが。
その中で、天之河だけは悔しそうにギュッと唇を噛み締めていた。
自分が切り札を使っても倒しきれなかった相手を、フィアは自身の能力をフルに使って見事に仕留めたのだ。坂上は単独で魔物の群れを倒し、谷口はトレントモドキの猛攻を前半は上手く捌いていた。八重樫は言わずもがなである。
自分だけが大した活躍をしておらず、逆に差を広げられていっている現実に、天之河の胸の内に黒い感情が湧き出てくるも、それを振り払うように天之河は頭を振る。
その直後、木っ端微塵となった樹々の一角―――トレントモドキが聳え立っていた場所からトレントモドキそっくりな巨木が生え、大樹時同じように洞を作った。
中ボスであり次のステージの扉でもあったトレントモドキにハジメとソウジは迷うことなく洞の中に入り、アタランテ達も洞の中に入っていく。
全員が何もない洞の中に入ると、やはり、大樹と同じように閉じ、現れた転移の魔方陣が足元で輝いていく。
ソウジはアタランテ(スライムver)を抱きしめ、背中をジークリンデに抱きしめられながら、莫大な光によって視界を白く塗り潰されるのであった。
「……龍太郎くんと鈴の実力が本当に上がってるね」
『……ん。技量が上がってる』
「しかし、攻略前に強化していて大丈夫だったのか?アーティファクトを与えて劇的に強化するより遥かにマシだろうが」
「大丈夫だろ。大迷宮は基本的に武力以上に精神面を試すようなもんだからな」
「だとしたらオルクスは……いや、下を目指すしかない状況で百層、加えて降りるごとに魔物が強くなるなら、普通は相当キツイか。ユエがいなかったら……」
『ハジメ……』
「ユエ……」
「……ッ!!(ギリギリギリギリッ!)」
流れるように二人の世界を形成したハジメとユエに、ハンカチをくわえて悔しがる香織の図。
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