ピピピピッ!ピピピピッ!
目覚まし時計の朝を知らせる電子音が鳴る。その電子音が鳴る十秒前に目が覚めていた部屋の主が、目覚まし時計を止めよう手を伸ばすと―――
バァン!!
「おはよう、お兄ちゃん!」
部屋の扉が盛大に開けられ、その扉の先にいた中学校の制服を着たツインテールで茶髪をまとめた少女がその部屋の主が寝ている布団にお腹からダイブした。
「ごほぉ!?」
そのダイブをまともに喰らった部屋の主は唸るように声を吐き出し、何とか目覚まし時計の音を止めてから件の少女にジト目を送り始める。
「毎朝思うがこんなモーニングコールは止めろと何度も言ってるだろ。年頃の女の子がするもんじゃないだろ」
「え~?だってお兄ちゃんだし、これくらいのスキンシップはいいでしょ?」
「だから……ああもう、今日もいいか」
部屋の主である少年は諦めたように頭を掻いてベッドから体を起こし、朝の挨拶をした。
「おはよう、倖」
「改めておはよう、お兄ちゃん」
これが少年―――空山ソウジの朝の日常であった。
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「そっか、今日は父さんと母さんが此方に来るのか」
「ああ。姉さんとお義兄さんが揃って休暇が取れたから、お前の恋人との挨拶も兼ねて来るそうだ」
朝食を取りながら、叔父の言葉にソウジは少々恥ずかしくなる。今通っている高校は実家からだと遠いので、ちょうどその町で本屋を経営している滝川家の世話になっているのだ。
「あーあー、恋人かぁ。いいなぁ。私もお兄ちゃんと恋がしたかったなぁ」
「おいこら倖。幾ら従兄妹とはいえ、その冗談はキツいぞ」
「えー?わりと本気だけどなぁ?」
そんな事を言いながらトーストをかじってブー垂れる倖に、ソウジは溜め息を吐いてしまう。その直後、滝川書店にある裏口の玄関からチャイムの音が鳴り響いた。
「あら、噂をすればね。ソウジ、自慢の恋人を出迎えてあげなさいな」
叔母の声に、丁度朝食を食べ終えたソウジは肩を竦めて立ち上がり、裏口の玄関へと向かう。
そうして、裏口の玄関を開けると……
「おはよう、ソウジ」
「おはよう、アタランテ。本当に早いな」
ソウジが通う制服に身を包んだ緑髪碧眼の美少女―――アタランテにソウジは笑みを浮かべて挨拶をする。
「まだ食事中だったか?」
「いや、今食べ終えたところだ。直ぐに準備するから少し待っていてくれ」
「ああ」
ソウジは愛しい恋人との会話に幸せを感じながら、玄関の扉を閉めるのであった。
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いつもようにソウジはアタランテとの二人きりで通学路を歩いていく。ソウジが家を出る際、倖が大慌てで朝食を済ませようとしたが、叔父と叔母にたしなめられて渋々と引き下がった。
「そうか。今日お前の両親が来るのか」
「ああ。丁度良く休暇が取れたから将来の息子のお嫁さんに挨拶したいそうだ」
「しかし、大丈夫だろうか?日本では、“ヨメイビリ”という文化があると聞いたのだが……」
「……誰から聞いた?」
「ユエからだが?」
「……学校についたら文句を言ってやる」
数ヶ月といえ、まだ日本についての知識が浅いアタランテに余計なことを吹き込んだ人物にソウジは怒りを向ける。その人物は今頃、友人といちゃついているだろうが。
(それにしても、あの時は驚いたな。偶然助けた相手が留学生で、その流れで付き合うとか……あいつに言わせればテンプレ展開だな)
ソウジはアタランテと出会った時のことを思い出していく。あの時は右も左もわからない状態で暴漢に襲われそうだった彼女を助けて……
そこで、ソウジは違和感を覚える。
(……あれ?そういえばどこで出会ったんだ?確か、谷間……いや、日本にそんな場所はあったか?外国は……あれ?いついったんだ?)
記憶に霞がかかっているかのように判然としない感覚に、ソウジは首を捻って記憶を更に探ろうとするも―――
「……ソウジ、どうしたのだ?急に黙り込んでしまって」
「……ん?ああ、ちょっと考えごとをな」
隣のアタランテに声を掛けられたことでその思考を中断し、アタランテに顔を向ける。
「全く、考えごともいいが、ちゃんと私のことを見ていて欲しいぞ」
「はは、悪かったよ」
少し拗ねたように顔を背けるアタランテに、ソウジは苦笑しながら頭を撫でて慰める。先程の疑問はソウジの頭の中から完全に消えてしまっていた。
「……そう、私だけを見ていればいい。この幸せな世界で」
そんなアタランテの小さな呟きも、ソウジの耳に届くことはなかった。
――――――――――――――――――――――――
学校に到着し、ソウジはアタランテ共に教室に入ると、教室の皆が羨望と嫉妬の視線が集まってくる。以前は友人だけだったのだが、今やソウジにも向いてしまっている始末である。
「おはよう、空山くん!」
「ああ、おはようさん白崎。ついでに八重樫も」
「……相変わらず私はついでなのね」
学校の二大マドンナである白崎と八重樫にいつも通りの挨拶をするソウジ。ここは以前と変わらずいつも通りである。
(……だけど、本当に妙だな……時々、懐かしいと感じたり、父さんと母さんいて良かったと……って、あれ?何でそんなことを考えたんだ?)
胸や頭の内に沸き上がる疑念と感情に、ソウジは再び首を傾げて記憶をもう一度探ろうとする。
「……どうしたのよ空山君?私の顔に何かついているのかしら?」
「ん?いや、そういうわけじゃなく……」
「お前等、眼中ないという事だろう」
八重樫の質問にソウジが若干歯切れ悪くしていると、アタランテが間に入って八重樫を挑発し始めた。
「……アタランテさん?今は空山君に聞いているのだから、話の腰を折らないでもらえないかしら?」
「ソウジの答えを私が代弁しただけだが?それとも、お前の秘密をここで暴露してやろうか?」
「……オーケー。その喧嘩買ったわ。今すぐ校舎裏に来なさい」
「おーい、喧嘩するな。戻ってこーい」
不敵な笑みを浮かべるアタランテと、どこか据わった瞳を浮かべる八重樫。その二人の間から火花が飛び散る光景が幻視され、ソウジが二人の間に割って入る。
「止めるなソウジ。こいつとは一度決着を着けなければならないのだ」
「それについてだけは本当に同意するわ。毎回私に突っ掛かって来て、もう我慢の限界なのよ」
「いや、それ以前にあと数分で授業だから。喧嘩して遅刻とか情けないだろ?」
「「…………」」
ソウジのその正論を受けたアタランテと八重樫は、渋々といった感じで引き下がった。
「そうだな。こいつのせいで遅刻等、確かに情けないからな」
「喧嘩を売ってきた貴女が言うんじゃないわよ……」
アタランテの言葉に、頭が冷えたように八重樫が力なくツッコミを入れる。
ちなみに白崎はというと……
「ユ~エ~!ハジメくんから離れて!」
「……ふっ。ハジメから離れるのは香織のほう」
友人である南雲の恋人であるユエと女の戦いをしているのであった。
ちなみに南雲はユエと白崎以外にも、
「ハーレムなのは空山君も同じでしょう?アイドルに熱烈なアプローチをかけられているんだから」
「あれはストーカーの域だっつーの。後、さりげなく人の心の内を読むな」
八重樫のツッコミにソウジはうんざり気味に反論する。たまたまチケットが手に入ってアタランテと二人きりでアイドルのライブを見に行った際、そのアイドル、アリアに一目惚れされて毎日手紙が送られてくるのでいい迷惑である。
(手紙の内容もどこのヤンキーなのかと思ったし……いつものことなのに、何でこんなに違和感を感じるんだよ……)
リーン、ゴーン カーン、コーン
そうこうしている内にチャイムが鳴ったので、ソウジは慌てて自分の座席に向かい、急いで座る。
一時間目の授業は英語で、担当はティオ先生と教育実習生のジークリンデ先生である。ティオ先生の従姉妹であるジークリンデ先生は、ティオ先生の南雲へのセクハラ気味のちょっかいに頭を痛めており、時によっては実力行使で止める苦労人であった。
「お父さん、お母さん……どうだった?」
「「…………」」
「……今日も有力な手がかりは見つからなかったんだね。……お兄ちゃん、本当にどこにいるのかな?」
「ああ。本当にどこにいるんだソウジ……」
「早く帰ってきてソウジ……」
「「「我が家の悪魔達を追い払うために」」」
台所の黒い悪魔が苦手な滝川一家の図。
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