魔王の剣   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ


その願いが本物ならば

「……龍太郎が先に脱出できた理由は理解したわ。本当に空山君は……」

 

 

ハー○マン方式の特訓で、坂上は精神まで魔改造されていたのだとを知った八重樫は深い溜め息を吐く。本来なら自力で脱出したことを称賛すべきだろうが、理由が理由だけに素直に称賛することが出来なかった。

 

 

「あはは……それを施した本人はあくまで根気を鍛えただけのつもりだよ?」

 

「それはわかってるわよ、香織。価値観まで改造されていないようだし。……色々と文句を言いたいところではあるけれど」

 

 

香織の一応の弁明に、八重樫は呆れたように嘆息する。……頑なにソウジから視線を外して。

その反応に、探るように見つめていたアタランテが尋ねた。

 

 

「……雫。どんな夢を見ていたのだ?」

 

「え?普通の夢だけど?何の変哲もない、ええ、それはもう普通の夢だったわ」

 

「……誰が出てきた?」

 

「みんなよ、みんな。みんなが出てきたわよ」

 

「……そうか」

 

 

真っ直ぐに見返して、動揺の欠片もないようにしっかりと答えた八重樫に、アタランテはあっさりと引き下がる。八重樫があらかさまにホッとしたような表情した直後―――

 

 

「……てっきりお姫様になった夢かと思ったのだがな」

 

「!?」

 

 

八重樫の耳元でアタランテが小声で何かを呟き、それを受けた八重樫はあらかさまに動揺した表情となった。

その後、部屋の中央で八重樫と香織の回復魔法で復活した坂上が食事を取った際……

 

 

「……有り得ない有り得ない……私がお姫様だなんて……大体、王子役がどうして……ブツブツ」

 

「?何を呟いているんだ?雫」

 

「何でもないわよ龍太郎。ええ、何でもないわよ」

 

「そ、そうか……」

 

 

どこか死んだ魚のような眼差しで何でもないという八重樫の姿に、坂上はその圧に屈して口を閉じた。

それから数時間、八重樫と坂上が十二分の休息で心身ともに完全回復し、さらに数十分が経過した時点で、未だに戻ってこない天之河と谷口の強制脱出が決定した。流石に、これ以上は攻略を先延ばしするわけにはいかないからだ。

 

 

「なぁ、空山。もうちょっとだけ待ってくれねぇか?光輝と鈴なら……」

 

「本当ならお前と八重樫が完全回復した時点で強制脱出を敢行するところを、数十分前のお前の要望で延期したんだ。これ以上の譲歩は認めないぞ」

 

「空山君の言う通りよ龍太郎。これ以上、空山君達に迷惑をかける訳にはいかないわ」

 

「……はぁ、しゃあねぇか」

 

 

ソウジの正論に八重樫も同意したことで、坂上は仕方ないといった感じで肩を竦めて素直に引き下がった。

 

 

「それじゃあ、頼んだぞ香織。くれぐれも気をつけてやれよ?」

 

「大丈夫だよ。実戦の中でないなら、制御は誤らないから」

 

 

ハジメの頼みに香織はそう返し、おもむろに琥珀に手を置く。そして、浸透させるように魔力を放出していき、薄暗い部屋を月明かりのような淡い銀色の魔力光で鮮やかに彩らせる。

 

 

「“分解”」

 

 

イメージを明確にする為に敢えて唱え、その直後、天之河と谷口の琥珀が風化するように表面から崩れ去り始める。

そして、三分もかからずに琥珀は完全に分解されて虚空へと消え、規則正しい呼吸を繰り返す天之河と谷口が現れた。正規の手順ではないため、香織と八重樫、坂上の三人が心配そうに容態を確認する。

 

 

「……あ?あれ?ここは?俺は、香織と雫と……」

 

「……あ、恵里、は……」

 

 

そう時間をおかずに天之河と谷口は目を覚ますも、二人の反応は違っていた。

直前まで見ていた夢から、いきなり薄暗い穴へと場面が切り替わったようで、天之河は軽く混乱していた。谷口は何もない虚空に手を伸ばして、そのまま顔を俯かせた。

谷口の反応から何を求めて手を伸ばしたのか、どんな夢を見ていたのかも想像がつく。同時に、直前まで見ていたのが夢だと薄々気づいていた上で受け入れてしまっていたことも。

 

その後、天之河は悔しげに唇を噛み締め、谷口は誤魔化すように笑顔を浮かべるも、余りにも痛々しいその笑顔に香織と八重樫が二人がかりで谷口を抱き締めた。

強制脱出させた二人の精神が不安定な状態なので、もう少し休息すべきだと考えた矢先、部屋の中央に転移魔方陣が出現した。どうやら、全員が琥珀から脱出すると、次のステージへ強制的に送られるようだ。

 

 

「天之河、谷口、省みている時間はないぞ。備えろ。お前達の望みが本当の意味で潰やしたくなければな」

 

「っ……あ、ああ」

 

「う、うん」

 

 

ハジメの言葉に天之河と谷口が頷いた瞬間、魔方陣の光が爆ぜ、三度ソウジ達の視界を塗り潰した。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

三度目の転移先は、かつての真の【オルクス大迷宮】の密林地帯に似た樹海の中であった。

天井が存在するこの樹海の一番奥には一際大きな樹が聳え立っている。おそらく、あそこが目指すべき場所だろう。

 

 

「今回は全員いるみたいだな」

 

「魔眼石もオレの感覚も全員本物と告げているから大丈夫だな」

 

「じゃあ、あの奥の樹を目指して進むぞ」

 

「だな。だが、その前に……」

 

 

ソウジはそう言って振り返り、未だにどこか表情に陰が差している天之河と谷口に鋭い眼光で向き直った。

 

 

「天之河、谷口。今ここでどうするのか決めろ」

 

「い、いきなり何を言い出すんだ!?」

 

「え?い、一体何を決めるの?」

 

「攻略を続けるか、ここでリタイアするかをだ。さっきの事をまだ引き摺って集中できないなら、攻略はここで諦めろ」

 

「な……」

 

 

ソウジの辛辣な言葉に天之河は言葉を失い、谷口は口を閉じて俯く。ソウジの辛辣な態度に坂上が何かを言う前にソウジは言葉を続けていく。

 

 

「ここは死と隣り合わせの大迷宮だ。そんな状態で進める程甘い場所ではないし、ひいては周りの足を引っ張るだけだ」

 

「ま、まて、俺はただ……」

 

「さっきの試練を突破できなかった言い訳なんざ聞いていないし聞く価値もない。今、最低限必要なのは、残りの全てを乗り越えようとする決意と気概だ。だが、今のお前達からはそれが一切感じられない。それはただの足手まといより質が悪い奴だ」

 

「……俺は」

 

「だから進むか引くか、今すぐここで自分の意思ではっきりと決めろ。惰性で進むのだけは絶対に許さない。お前達の願いと決意が、本物だと言うなら尚更な」

 

 

静寂が辺りを包み込む。天之河はソウジの言葉で自身が無意識の内にソウジ達に甘えていた事に気づき、必死に自身への怒りを歯を食いしばって抑えている。

やがて、天之河は何度も深呼吸して、自身の答えを口にした。

 

 

「もう大丈夫だ、空山。俺は先に進む!」

 

 

天之河のその答えにソウジは軽く頷き、未だ顔を俯かせる谷口に視線を向ける。少しして、谷口は決然とした表情で顔を上げ、真っ直ぐにソウジと目を見て口を開いた。

 

 

「鈴も行くよ。恵里ともう一度話し合いたいという思いは、本物だから!!」

 

「そうか。なら、しっかりと集中しろよ」

 

 

ソウジはそれだけ言って踵を返し、ハジメに待たせたと視線で伝える。ハジメも気にしていないと言わんばかりに肩を竦め、そのまま共に先頭を歩き出した。

坂上が天之河の肩を強く叩いて気遣い、谷口も香織と八重樫の励ましできちんと精神を持ち直した。

そこで、天之河と谷口は少しだけ気になっていた事を聞いた。

 

 

「そういえば龍太郎。お前もクリア出来たんだよな?」

 

「うん。シズシズはともかく、龍太郎くんがクリアできたのは以外だったね。どうやって振り切ったの?」

 

「あー、そんな大したことじゃねぇよ。頭ん中で『お前の決意と覚悟は所詮、口だけのでまかせか!?』とか、『今の貴様は“ピー”にも劣る“ピー”だ!!』とか聞こえてな。その言葉に違うと返事し続けて、最後に『違うというのなら、口先ではなく行動で証明しろ!この“ピー”で“ピー”の極みである“ピー”で“ピー”な筋肉野郎が!!』で雄叫びを上げたら、気づいたら戻って来た感じだったな」

 

「「…………」」

 

 

坂上のその説明に、坂上がクリア出来た理由がソウジが施した魔改造だと理解した天之河と谷口は無言となり、揃ってジト目でソウジの背中を見つめた。当然、ソウジはその視線を無視している。

そんな微妙となった空気の中で、ソウジ達は虫の鳴き声一つ聞こえない樹海を進んで、巨樹を目指していく。

 

 

「う~む、嫌な感じじゃの」

 

「うん。まるでオルクスで待ち伏せされた時みたいだよ」

 

「確かに……魔物の気配も全くないものね」

 

「一応、アラクネとニフテリーザを先行させているが特に何もないな」

 

「だが、逆に何もないという事は、絶対に途中で何かが起こる可能性は濃厚だな」

 

「……いっそ、巨樹までの樹海を全部焼き払うか?ストレス発散も兼ねて」

 

 

例のクソ猿への怒りが完全に鎮火していないらしいハジメは、物騒なセリフと共に円月輪とクロスビットを取り出し、爆撃の準備を始めていく。

 

 

「南雲……取り敢えず面倒だから壊すという発想はどうかと思うんだが」

 

「俺もそう思うぜ。間違いなく生きた心地がしないだろうからな」

 

「そうよ南雲君。後、空山君も当たり前のように参加しようとしないで」

 

 

天之河と坂上、八重樫がハジメ、ついでにソウジにツッコミを入れ、他のメンバーも諭すような眼差しでハジメとソウジを見つめる。ハジメはしぶしぶながら円月輪とクロスビットを“宝物庫”にしまい、ソウジも紅雪を取り出すことを諦めて肩を竦めた。

この時、ハジメとソウジを諌めたことを、彼等は後に後悔することになるとは思いもしなかった。

 

 

 




『出任せじゃないのか!?この“ピー”野郎!!』

「Sir,No,Sir!!!」

『違うというなら、わかっているな!?』

「Aye,aye,Sir!!!」

『違うというのなら、口先ではなく行動で証明しろ!この“ピー”で“ピー”の極みである“ピー”で“ピー”な筋肉野郎が!!』

「YAHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」

パリィイインッ!

「…………」

予想外の方法で攻略した脳筋に絶句するハルツィナの図。

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