魔王の剣   作:厄介な猫さん

130 / 157
てな訳でどうぞ


サムライガール、混乱する

大迷宮を攻略した翌日。夜と言っても過言ではないその早朝にて。

 

ヒュ!ヒュ!ヒュ!

 

 

「疾っ!ふっ!はっ!」

 

 

フェアベルゲンの森の奥で、帰ってから全く寝付けなかった雫は四皇空雲をひたすらに振るっていた。ひたすら無心に、大迷宮での出来事を頭から叩き出すように。

 

 

(違う違う!絶対に違ぁああうっ!!違うの意味もわからないけど絶対に違う!!)

 

 

荒れ狂う心を沈めようと、頭に浮かび上がる一人の少年を必死に振り払おうと、雫はとにかく刀を振るっていく。

 

 

「セイッ!セイッ!セェエエエイ!!」

 

 

何度も浮かび上がってくる少年を何としても叩き出そうと、雫は雄叫びも上げて刀を振り回していく。

 

 

「本当にどうして王子役が彼なのよ!?そもそも、あれが私の理想だなんて、ぜっったいに認めたくない!!」

 

 

雫は十字を描くように刀を振るう。大迷宮が見せたイタイ夢を否定するように。

 

 

「あれを見た時、私もと思ったのはあのスライムのせいよ!あのスライムの!!!」

 

 

雫は今度は居合の要領で刀を振り抜く。発情に耐えていた時、僅かに見えた彼が彼女達に抱きしめられていた時に感じた感情を間違いだと断言するように。

 

 

「思わず彼に抱きついたのは気が動転していたからよ!!彼に殺意を少し覚えるほど憎く感じたのも友情よ!!だって、彼は私の友人なんだからぁああああああ!!!!」

 

 

黒いあんちくしょうを前にして思わず抱きついて頼ってしまい、感情を反転させられた際に感じた感情をとにかく否定しようと、もうがむしゃらに振るっていく。()()は勘違いだと、必死に自分に言い聞かせるように。

 

 

「そうよ!友人よ友人!あんな常軌を逸した環境だったから、強い信頼で一時的に思考がおかしくなって、ああなったのよ!うん!そうだわ!そうに違いないわ!!」

 

 

ようやく納得がいく理由を見つけ出した雫はその思考の下で一心不乱に刀を振るい続けていく。やがて、心も落ち着きを取り戻し、彼の顔を思い浮かべても平静な心でいられるようになった。

 

 

「ふぅーーー」

 

 

いつも通りの心を取り戻した雫はゆっくりと息を吐き、チンッ!と小気味いい鍔鳴りを響かせながら納刀した。そして、そのまま瞑目して鍛練の余韻に浸っていると……

 

パチパチパチパチ

 

 

「相変わらず見事な太刀筋だな」

 

「っ!?にゃに!?」

 

 

背後からの拍手と物凄く聞き覚えのある声が直ぐ真後ろから響き、雫の心臓が跳び跳ね、口調も激しく乱れてしまった。雫はまさかと思いつつバッと振り返ると、そこには想像通りの人物―――空山ソウジが立っていた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「お、驚かさないでよ空山君。いきなり背後に立つなんて悪趣味よ」

 

 

声をかけて早々、目を咎めるように細めながら非難してきた八重樫に、ソウジは特に悪びれた様子もなく口を開く。

 

 

「一応、鍛練の邪魔をしないでやったというのに随分な言い草だな?にしても……にゃに、か……くくっ」

 

「!!」

 

 

普段の八重樫からは聞けない可愛らしい誰何に、ソウジは笑いを堪えながらリピートする。それに八重樫はピクンと反応しつつも、非難の色を強めた眼差し送っていく。頬が薄らと染まっているため迫力は皆無だが。

 

 

「な ん の よ う か し ら!!」

 

 

その自覚があるのか、刺を生やした言葉を投げつけてきた八重樫。そんな八重樫にソウジは失笑しつつ、“宝物庫”からタオルを取り出し投げ渡した。八重樫はそれを危なげなく受け取り、そこで自身が汗だくだと気づいたように慌てたように拭い出した。

 

 

「特に用があるわけじゃない。目が覚めたから鍛練をと思って適当な場所を探していたら、お前の気配がしたんで見に来たってだけだ。……どうやら、相当前からやっていたようだな?」

 

「……いつもやっているわけじゃないわ。その、眠れなかったから……」

 

「……まぁ、初めての大迷宮攻略だったから、精神の興奮が収まっていなかったのか」

 

「ま、まぁ、大体そんな感じ」

 

 

そう言いながらも八重樫は微妙に目を逸らしている。そんな、どこか挙動不審になっている八重樫に、ソウジは首を傾げながら目を細めた。

 

 

「……八重樫。お前、少し様子がおかしいぞ?まさかやつらのダメージが……」

 

「へ?えっと、いえ、平気よ。ええ、全くもって健康そのものよ。むしろ絶好調よ」

 

「……いや、無理するなよ。あれは相当堪えた筈だ。天之河のやつが三度も叫んでいい迷惑だったしな」

 

「……思い出させないでちょうだい」

 

 

全く検討違いではあったがあれのダメージも相当だったのも事実なので、八重樫はソウジの言葉を肯定した。ちなみに睡眠を妨害した天之河は三度目の絶叫で、隣の部屋で寝ていたソウジにボディブローを叩き込まれて強制的な眠りにつかされせた後、ハジメお手製の音声遮断の仮面を被せられている。

 

 

「……ま、お前が大丈夫というならこれ以上の詮索はしないが……盗み聞きは感心しないぞハジメ」

 

 

あっさりと引き下がったソウジは背後に視線を送りながらそんな言葉を口にする。直後、木の陰から徐にハジメが体を覗かせた。

 

 

「な、南雲君!?いつからいたの!?」

 

「お前がソウジからタオルを受け取った辺りからだな。どうやら、俺が来る前に面白いことがあったみたいだな?」

 

 

八重樫の質問に答えたハジメはニヤニヤしている。

 

 

「まぁ、そんなことはどうでもいいか。それより八重樫。四皇空雲を渡してくれ。昇華魔法のおかげで更に弄れそうだから強化してやる。ソウジも強化に手伝え」

 

「わ、わかったわ」

 

 

八重樫は素直にハジメに四皇空雲を献上するかのように差し出し、ソウジは無言で肩を竦め、ハジメがお馴染みの錬成でその場に用意した簡易なイスに座り、ハジメも並ぶようにイスに座り、同時に錬成した簡易なテーブルに四皇空雲と様々な鉱石をテーブルの上に置く。

そして、八重樫を向かいのイスに座らせ、四皇空雲の魔改造に着手していく。

 

基本的にはハジメがあれこれと弄っているが、ソウジも生成魔法で鉱物に魔法を付与し、必要な材料を用意していく。

紅色の魔力光と蒼色の魔力光に照らされる二人の姿に、無意識にソウジに視線を向けた八重樫が「綺麗……」と呟いているが、ハジメとソウジは魔改造に集中しているので耳に届いていない。

その後、八重樫から血を採取し、ソウジが最終調整で四皇空雲全体に“魔法剣術:限定複合魔法”を付与し、魔改造は終了した。

 

 

「ほら。出来たぞ、八重樫」

 

「…………」

 

「……八重樫?寝ているのか?」

 

「…………」

 

 

随分と無防備にボーとしている八重樫に、ソウジは嘆息しながら頬を軽く叩くが、本格的に眠る一歩手前のようで軽く身動ぎする程度で起きようとしない。

なので、出力が向上した四皇空雲の“纏雷”で叩き起こすことにした。

 

バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリッ!!!

 

 

「アバババババババババッ」

 

 

魔力を流したことで蒼いスパークが迸り、八重樫は一瞬で跳ね起きて硬直しつつ奇怪な悲鳴を上げる。そして、四皇空雲を離すと、八重樫はパタンとテーブルに突っ伏しシューとギャグのような白煙を上げた。

 

 

「以前より出力が向上しているな。“蓄雷”の方も問題ないようだ」

 

「魔力タンク機構も組み込んだから、本当に我ながらいい仕事をしたな」

 

「何平然と会話しているのよ!?人を乱暴に起こしておいて!!」

 

 

復活した八重樫が怒りの咆哮を上げ、テーブルにバンッ!と手をついて身を乗り出し、下手人であろうソウジを睨みつける。それに対し、ソウジは一切悪びれた様子もなく澄まし顔で答えた。

 

 

「頬を叩いて起きなかったお前が悪い」

 

「ぬっ、ぐぅ……」

 

 

正論を叩きつけられた八重樫は、確かに頬を叩かれていたことは自覚していたらしく、むくれっ面でドカッ!と乱暴にイスに座り直す。そんな八重樫に四皇空雲を手渡し、魔改造の結果を説明していく。

 

四皇空雲に新たに重力魔法、空間魔法、再生魔法、魂魄魔法、魔衝波、嵐陣等を新たに付与したことで、重さを変えたり、刀身に対象を引き付けたり引き離したり、重力そのものを斬ったり、空間そのものを斬ったり、刀身の再生と申し訳ない程度の使い手の負傷を回復したり、肉体を透過して魂魄そのものに斬撃ダメージを与えたり、衝撃波を放ったり、刀身に嵐を纏うこと等が出来るようになった事。

 

そして、以前付与されていた魔法も性能が向上し、ステータスプレートやレンジャースーツの技術等を応用した機構を組み込んだ事で、使い手として登録した人物が名称するだけで“起動状態”となり、詠唱いらずでフルパワーを発揮できるようになった事、アーティファクトに組み込まれた魔法だけでなく、自身が使える魔法も複合して放てるようになった事等も伝える。

 

もはやバグ刀と化した四皇空雲に、八重樫は冷や汗を流して見つめる。唯でさえ、四皇空雲を王国の錬成師に見てもらった際、他の仕事を放り出して魔方陣の取り付けに全力を注いでいたのだから、これを知ったらますます暴走するのではないかと不安に思う。それこそ、この刀を巡った戦争に発展する程に。

 

 

「い、いいのかしら……こんなの持ってて……」

 

「別に構わねぇよ。念の為でもあるしな」

 

「念の為?」

 

 

ソウジの返答に首を傾げて聞き返す八重樫に、今度はハジメが答えていく。

 

 

「もうわかっているだろうが、最後の大迷宮を攻略すれば日本への帰還手段が手に入る。だが、そのまますんなり帰れると考えるのは楽観が過ぎるからな」

 

「邪魔が入るってことね?」

 

 

相変わらず察しのいい八重樫に、今度はソウジが頷いて続きを話していく。

 

 

「ああ。ほぼ間違いなく連中の横やりが入るだろう。だから最初に言った通り、連中にぶつける肉壁前提で同行を許したんだが……」

 

 

全く隠そうともせずに肉壁と言ったソウジに、八重樫は青筋を浮かべて睨みつけるも、ソウジは無視して話を続けていく。

 

 

「昇華魔法のおかげでハジメのアーティファクト作成能力が進化したからな。今日中に全員の武具を魔改造しておくさ。それで他の大迷宮に挑みに行けばいい」

 

「……やっぱり、空山君達だけで行くのよね?」

 

「そのつもりだが……まさか付いて来たいのか?」

 

「…………」

 

 

ソウジのその言葉に八重樫は答えない。いや、答えられないといった感じだ。

 

 

「黙っていないではっきりと答えろ。お前はどうしたいんだ?」

 

「……できれば最後の大迷宮攻略にも付いて行きたいわ。けど、私……達の実力じゃあなた達の枷にしかならないし、帰還の便乗は許してくれているから……」

 

 

フェアベルゲンに帰る最中、谷口が遠慮がちにその事を聞いた際、人数制限がない限りはついでで構わないと言った。それに加え、元々の約束もあるからこそ、あまり強く頼めないのだろう。

八重樫も断られるだろうと思っていると、ソウジの口から出たのは予想外な言葉だった。

 

 

「これで、全員か……最後の大迷宮攻略にも連れていくか」

 

「……え?」

 

 

全く予想していなかった言葉に目を見開く八重樫。そんな八重樫にソウジは律儀に説明していく。

 

 

「昨日寝る前に坂上が自分をもっと鍛えてくれと同行の許可を申し込んできて、谷口は最後の大迷宮攻略が魔人族の国にあるから同行を許して欲しいと頼み込んで来たんだ。谷口に関してはハジメに放り投げたがな」

 

「い、いつの間に……」

 

 

ちなみに天之河も坂上に続いて同行を申し込んだ際―――

 

 

『あんな精神攻撃ばかりしてくるような卑劣な場所でにゃ!?』

 

 

あまりにもど阿呆な事を宣ったのでソウジがわりと全力のデコピンで一回黙らせてから、()()()()手合いと戦う為の試練だと至極真っ当な正論を叩きつけ、同行は許すが、半端なままではどこの大迷宮に挑んでも結果は同じだと告げてから就寝についた。

 

 

「―――とまぁ、そんな訳だ。元々、あの馬鹿のストッパーであるお前も連れていくつもりだったがな」

 

「本当に身も蓋もないわね……」

 

 

どこか疲れた表情をする八重樫を前に、ハジメとソウジはイスから立ち上がり、ハジメはドンナー・シュラークを、ソウジは二刀の絶天空山を構えて互いに向き合った。

 

 

「えっと、今から何をするつもりなの?」

 

「「鍛練」」

 

 

八重樫の質問にハジメとソウジはハモって答えた。

―――次の瞬間。

 

ドパンッ!

 

キィンッ!

 

もう聞き慣れた炸裂音と、金属音が辺りに響く。ハジメがドンナーを放ち、ソウジが絶天空山で銃弾を斬ったのだ。

ハジメはそのまま電磁加速した弾丸を放ち始め、ソウジも絶天空山を巧みに振るって電磁加速した弾丸を次々と弾く、または最小限の動きでかわしながら飛ぶ斬撃を放ち、ハジメもドンナー・シュラークで逸らす、または最小限の動きでかわしていく。

例えるなら、紅と蒼の円舞曲(ワルツ)。どちらも紅月と蒼月を連想させる。

 

 

「……きれい」

 

 

八重樫はソウジの蒼を見て、そんな言葉を何度も呟いていたが、鍛練に集中していた二人の耳に届くことはなかった。

ちなみに、眠りこけた八重樫は紅雪の新機能のゲート機能―――四本の紅雪でゲートを作り、さらにもう四本の紅雪でゲートを作って繋げる―――で用意されていた自室の手前に放り投げられることとなった。

 

 

 




「寝てるな……」

「クロスビットで運ぶか」

「いや、紅雪のゲート機能で八重樫に用意された自室前に放り込むでいいだろ」

「それでいいか」

一応(?)キリス○にならずに済んだ雫の図。

感想お待ちしてます

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。