魔王の剣   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ


雪原移動

【シュネー雪原】。

【ライセン大峡谷】によって真っ二つに分けられる大陸南側、その東にある一大雪原。年中雲天に覆われており、雪が降らない日が極まれにあるくらい晴れる日はない。その雲と氷雪は【ハルツィナ樹海】と魔国ガーランドの境目で壁のように区切られている不思議な場所でもある。

 

そして、その雪原の奥地にある氷と雪で出来た大きな峡谷の先に最後の大迷宮【氷雪洞窟】がある。世間一般ではおそらくの領域だが、ソウジ達はミレディ情報で確実にそこに大迷宮があると分かっている。加えて、例の羅針盤で正確な居場所が掴めているのである。

 

この羅針盤で一度、地球の座標も調べてみたら、何とも説明しがたい感覚で、地球の存在を感じ取れたのだ。しかし、距離が開くほど魔力消費量も増える為、一発で魔力枯渇の危機に陥りかけたが。

そんなソウジは現在……

 

 

「…………」

 

「チェック。これでチェック・メイトだ」

 

「だぁああああ!!チクショウッ!今回も俺の負けか!!」

 

 

フェルニルのブリッジでハジメとチェスで遊んでいた。ちなみに勝敗は将棋も含めて二十七勝二十五敗。ソウジが勝ち越している。

ハジメは錬成の訓練過程でオセロやジェンガ、○ひげ危機一髪等、幾つものゲーム道具を作成している。それらが一番活躍したのはミュウと遊んでいた時だ。

ちなみに―――

 

 

「……よし」

 

「……ねぇ、ユエ。引き抜く時に重力魔法を使ってなかった?」

 

「…………(ニヤリ)」

 

「その笑みは何!?明らかに『何当たり前な事を聞いているの?』という笑みは何なの!?」

 

「あれ?知らなかったんですか?これは魔法ありなんですよ?ミュウちゃんと遊ぶ時は禁止にしていましたが」

 

「始めて聞いたよ!?」

 

「むしろ、今までまったく気づいていなかったことに驚きだな」

 

 

ハジメとソウジの右隣では、ユエ、アタランテ、シア、香織の四人がジェンガ(魔法あり)で熱い勝負を展開し……

 

 

「スペードの七のフォーカードじゃ!!」

 

「……四と五のツーペアです」

 

「妾の勝ち―――」

 

「残念♪私はダイヤのロイヤルストレートフラッシュです」

 

「なんじゃと!?」

 

 

左隣ではティオ、ジークリンデ、フィアの三人がポーカーに興じていた。

そして、勇者組は……

 

 

「王手」

 

「……ここは桂馬で防がせてもらうよ」

 

「…………次の一手で私の詰みだから完敗ね」

 

 

八重樫と谷口は将棋をして、谷口が見事に勝利を収めていた。

 

 

「それにしても鈴、本当に強いわね。初心者というのが本当か疑わしい程だわ」

 

「うん。鈴も本当にそう思うよ。何となくシズシズの次の一手が読めるというか……全体を見てどう動くのか見るのが染み込んできたというか……自然と動きを予測してるんだよね」

 

「……例の特訓の副次効果というやつかしらね」

 

「あはは、そうかも。そうしないと間に合わないレベルなんだよね、空山君の攻撃は」

 

 

八重樫の指摘に谷口は複雑な笑みを浮かべて頬を掻く。

天之河と坂上の二人はブリッジにはおらず、修練部屋で鍛練中だ。厳密に言えば天之河の自主練に坂上が付き合っているのだが。

 

フェルニルでの空の旅の間も訓練は続けており、フェアベルゲンを発つ前日には新武装に慣らすついでに勇者組全員に“合理的な動き”を教えてみた。結果としては前衛組は固さが目立ち、谷口だけが多少ものに出来た。

 

谷口が“合理的な動き”を少しながらでもものに出来た理由は、谷口が“武術”の面で“素人”だったからだ。完全後衛で動いていた谷口は極端に言えば訓練(魔改造)前のハウリア族と同じだ。加えて、ソウジの紅雪での訓練もあって呑み込みも早かった。

 

逆に前衛組はこれまでの動きが既に“馴染んで”いるために、突然の“合理的な動き”は逆に違和感を与えて動きを固くしてしまったのだ。

 

元々ソウジはこの結果を予想していたので、三十分という限られた時間で全員の動きの流れを見て、前衛組の合理的な動きの修得に早々に見切りをつけた。時間を掛ければ自身の“武”と折り合いを見つけて融合させられるかもしれないが、そんな時間はないからだ。

 

その説明に八重樫と坂上はあっさりと納得して諦め、天之河は複雑な表情を浮かべながらも引き下がった。

谷口には合理的な動きを同時に教えるとなると、相当ハードな訓練になると伝えた上でどうするのか問い質した。その答えは―――

 

 

『やるよ。絶対に恵里と会って話し合いたいから』

 

 

即答だった。

なので、ソウジは罵倒こそないが、ハウリアの時以上に谷口をしごいた。しごく度に『空山君の鬼!悪魔!!』と谷口が泣き言を洩らしていたがそれでも谷口は必死に食らいついていった。

 

そんな谷口の姿に八重樫と坂上も負けてられないと今まで以上に鍛練に力を入れていった。天之河も気合を入れ直して鍛練に没頭していった。……ジワジワと沸き上がるドス黒い感情から目を逸らして。

 

 

「そのお陰で実感出来る程に実力が上がったしね」

 

「……うん。本当にそう思うわ。アーティファクトの恩恵もあるとはいえ、鈴もバグキャラに見えてきたから」

 

「……鈴がバグキャラなら、シズシズもバグキャラだよね?動きが淀みなくなって隙が無くなってきているよね?」

 

「……気のせいよ」

 

 

谷口の指摘に八重樫は誤魔化すように目を逸らす。

ちなみに坂上は“神鉄”の“集中強化”からの重力魔法で重くした拳の多重衝撃という一撃必殺レベルの技を編み出してしまっている。その威力は……放った本人が魔物専用にしようと頑なに決めたとだけ言っておこう。

 

 

「改めてありがとう、空山君。鈴をここまで鍛えてくれて」

 

「……確かにそうね。私からもお礼を言わせて。ありがとう、空山君」

 

 

八重樫と谷口のお礼の言葉を、ソウジはなんてことのないように手をヒラヒラと振って受け止める。

 

 

「そりゃどうも。同行を許した肉壁候補が容易く消えたら何の意味がないから、鍛えて粘ってもらった方が有益だからそうしただけだ」

 

 

相変わらずのソウジの物言い。態度も対応もいつも通りだが、八重樫と谷口は乾いた笑みを浮かべつつも、それが“建前”でもあることはとっくに理解している。なので、内心で本当にツンデレだと苦笑して受け流した。

そんな中、ティオが実に厭らしい笑みを浮かべてジークリンデに顔を向けて尋ね始めた。

 

 

「そういえばジークよ、ソウジ殿との初めての夜はどうじゃったのじゃ?痛かったのか?気持ちよか―――ぶじゃ!?」

 

 

ティオの顔面にソウジが放った衝撃波が襲いかかり、その一撃を受けたティオは恍惚の表情で床を転がっていく。

フェアベルゲンの最後の夜、ソウジとジークリンデは二人きりで過ごしたとだけ言っておこう。それを後押ししたのはユエから“女としての懐の深さ”を学んだアタランテだとも。

 

出歯亀はアタランテが、ハジメとシアの夜の守護者となったユエと共に阻止した。一番厄介なメイドは空気を読んで大人しく、否、フェアベルゲンの変態を縛り、人目につく場所に吊し上げて阻止に協力していた。亀甲縛りされたその変態は恍惚の表情で身を捩り、周りの亜人達から現実逃避で放置され、その事実にさらに興奮して息を荒げていたが。

 

ティオの発言でジークリンデはもちろん、シアまで顔を赤くして両手で顔を覆ってしまう。ユエ、アタランテ、香織、フィアもエロモードに突入してハジメとソウジの周りがたちまち桃色空間に染まっていく。八重樫と谷口は顔を真っ赤にして耳を塞いでいる。……若干、隙間を作ってはいたが。

ソウジはこの空気を変えるべきと判断し、ジークリンデに話しかける。

 

 

「そういえばジーク。最後の大迷宮の攻略が終わったら、一度は里に帰るんだろ?」

 

「……ええ。里に報告しなければいけませんからね。……ティオ様のことも含めて」

 

 

ジークリンデはそう言って哀しげな表情で恍惚の表情で床をのたうち回るティオを見つめる。幾ら諦めたとはいえ、竜人族の姫がドMの変態となった報告をしなければならないジークリンデの心労は……計り知れない。

 

 

「……オレも同行してやる。ハジメも最低限の責任を果たす為に一緒にこいよ?」

 

「……本っ当に不本意だが分かった。あれの原因は俺にもあるからな」

 

「ご主人様が里に来て来れるのかえ!?その時は首輪をされて皆の前で妾の頭をご主人様に踏みつけられる姿を―――」

 

「……ティオ様?真面目な話の腰を折らないでもらえます?」

 

「ああん!肩を握り潰さんばかりの掴みよう!そして、その絶対零度の瞳!やはりゾクゾクするのじゃ!!」

 

「……頭を冷やしてください」

 

「あーっ!?」

 

 

度が過ぎた変態は氷塊の中に閉じ込められる。顔の表面の上半分は外に出した状態で。

 

 

「―――っ。―――~~ッ!!」

 

 

口まで氷に閉じ込められたティオは目だけでも分かるほどに恍惚に緩め、鼻息を荒げて頬を紅く染めている。本当に色々と手遅れのようだ。

そんなカオスとなったブリッジ内に、天之河と坂上が帰ってきた。天之河と坂上はティオの状態に一瞬目を剥くも、直ぐにスルーしてソファーに腰掛けていった。

 

 

「錆落としされた聖剣と空力ブーツの扱いには大分慣れたか?疲れが残るレベルで鍛練はしてないよな?」

 

「……ああ。軽く体を動かす程度に留めたさ。聖剣も新装備の扱いも大分慣れてきた」

 

 

ソウジの質問に、天之河複雑な表情で大丈夫だと告げる。羅針盤とフェルニルの移動速度から今日中に大迷宮に到着する可能性が高かったことから、今日の訓練は無しにして身体を休めることを優先させた。だが、天之河は休息を言い渡された際、今は少しでも身体を動かしていた方が落ち着くと言って自主練へ赴き、坂上はどこか不安定な天之河を心配して付き合ったのである。

……谷口に関しては連日のハードな鍛練から休息を厳命したが。

 

 

「坂上の方はどうだ?」

 

「おう!マジですごいな!最初は戸惑ったけどよ、慣れればマジ使える。重さを増減したり、籠手と同様のことが出来るのも最高だなっ!」

 

 

坂上は非常に良い笑顔で“バトルブーツ”の感想を告げる。相当満足しているようである。

 

“バトルブーツ”は八重樫と天之河に支給した“空力”を付与した“空力ブーツ”に“魔衝波”と“嵐陣”、空間魔法を付与した強化版だ。坂上は格闘戦が主体なので拳だけが強力だと蹴りが付け入る隙に成りかねない為、それを埋める意味で坂上だけにはより強力なブーツを支給したのだ。八重樫と天之河にバトルブーツを支給しなかったのは、剣が主体であり、蹴りはあくまでついでだから空力ブーツで十分だと判断したからである。谷口は前衛でバンバン動くタイプではないのでどっちも支給していない。

 

そんな中、ハジメが不意に視線を前方に向けてスッと細めた。雰囲気も真剣そのものだ。

 

 

「……着いた?」

 

「ああ。雲の下に降りるぞ」

 

 

ユエの言葉にハジメは頷いて肯定し、フェルニルを操作して雲海に突入する。

最後の大迷宮【氷雪洞窟】は目と鼻の先である。

 

 

 




ギギギギギギギギギギギギンッ!!!!

「うわぁ!!早い!早いよぉ!?」

「そう言いながらも、障壁と光刃を駆使して何とか捌いているわよね……私も頑張らないと」

「俺も負けていられねぇな……ッ!」

怒涛の勢いで放たれるソウジの突きを涙目で必死に捌く谷口の姿に気合を入れ直す雫と脳筋の図。

「……………………(ギリッ)」

そして、その光景に歯噛みする勇者()の図。

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