七大迷宮の一つ【氷雪洞窟】の内部は一言で言い表すなら、ミラーハウスだ。
中の通路はかなりの広さがあったが、全ての壁がクリスタルのように透明度の高い氷で出来ており、そこに反射する人影によって実際の人数より多くの人がいるように錯覚してしまう。結果、どうしても手狭に感じてしまう内部構造であった。
アタランテ曰く、この大迷宮を作ったであろう魔人族の男は“芸術家”だったそうで、本人の趣味が混じっている可能性が大いにあるそうだ。ついでにその時代では異種族結婚は普通であったことも。
“解放者”の情報はさておき、この不思議な構造の洞窟内では雪が舞っているのだ。それも洞窟の奥から吹き抜ける風に乗って。
しかも、この雪はただの雪ではない。
「いっ、またやっちまった」
「龍太郎、結界の範囲から出るなって」
雪の一片が坂上の頬にピタリと張り付き、その部分を赤く膨れ上がらせる。この雪はドライアイス並みに極めて低い温度で出来ているようで、触れるだけで即座に凍傷を起こしてしまうのだ。
風に乗って降りかかるので、谷口の障壁で防げてはいるが、周囲の氷の壁に気を取られて、防御範囲からうっかり出てしまうメンバーが後を絶たず、何度も凍傷と回復魔法の治療を繰り返す事態になっていた。
「これも“解放者”の狙いというやつか?」
「いや、八割は性分だろう」
「偶然の産物……いえ、壁を生かす後付けの仕掛けですかね?」
……固有魔法の存在で全く効かないソウジと同じく固有魔法でちょっと冷たい程度に感じるアタランテ、氷竜であるジークリンデには一切関係がなかったが。防御範囲から出ても鬱陶しいと感じる程度だ。
「……あの三人はアーティファクトに関係なく進めるわね」
「フフ、流石は皆様ですね♪」
どこかジト目でソウジを見つめる八重樫に、“幻創”によるフカフカの防寒具に身を包んだフィアがにこやかな表情で称賛の言葉を送る。フィア曰く、『見た目に気を使うのもメイドの務め』とのことだ。
この洞窟内の温度は水を瞬く間に凍らせる程低く、加えてこの中では炎系の魔法も阻害されているのだ。
「……私達には関係ない」
ユエが肩を竦めながら、胸元のペンダント“エアゾーン”と指輪“宝物庫”、腕輪型のアーティファクト“アップ・ザーゲ”を振る。
“アップ・ザーゲ”。アタランテの固有魔法を付与して作った魔法のあらゆる妨害に圧倒的な耐性を付ける、魔力分解耐性付与の腕輪を強化したアーティファクトだ。この腕輪によって炎系の魔法も問題なく行使出来るのである。
この腕輪はアタランテを除く全員に支給されており、アタランテには代わりに複数の魔法を付与して作った、神結晶に頼らない新しい魔力タンクの腕輪が支給されている。
“エアゾーン”で快適な温度が保たれ、“宝物庫”で食料と飲料水は普段安全な場所で保管されているので、ソウジ達には全く問題がなかった。
「役に立って何よりだ。ああは成りたくないからな……」
ユエの会話に相槌を打ったハジメの視線の先には、眠るように目を閉じたまま座り、氷の壁の中に埋まっている男の姿がある。外傷がないので寒さに負けてしまったのだと容易に想像できる。
「……何だか、おかしくないですか?あの死体……」
不審な目を向けるシアの言う通り、死体は標本のように埋まっているのだ。
「……魔眼石にも異常は見えないが……念のため、燃やしておくか」
ソウジは絶天空山を抜き、昇華魔法の恩恵で更に強化された蒼炎を刀身に纏わせ、砲撃のごとき斬撃として放った。
その一撃は見事に直撃し、死体は氷の壁に穴が開くと同時に跡形もなく消え去った。
ソウジのその行為に天之河は眉をしかめるが、不毛なので開きかけた口を再び閉じる。
数秒様子を見ても何も起きなかったので、ソウジは絶天空山を鞘にしまい、再びハジメ達と共に洞窟の奥へと目指していく。
道中は枝分かれした迷路のようであったが、羅針盤のお陰で迷うことなく道程をクリアしていく。氷の壁には死体だけでなくトラップもあったが、魔物の襲撃もなく順調に進んでいった。
「……また魔人族の遺体か」
ソウジはこれで五十人に達した魔人族の男、三人の死体を見つけて呟く。
「……ん。ほとんど魔人族」
「おそらく、あやつらが攻略したことで大迷宮の存在が浮き彫りとなり、“神”の力になろうという考えで挑む連中が増えたのだろうな」
ユエの呟きにアタランテが憶測混じりで答える。死体の衣装が一昔前と一目でわかるものと、王都襲撃時に見た魔人族の軍服とに分かれているのだ。昔の衣装の者は十人ほどだが、それ以外は軍服を着た魔人族であった。
「攻略情報があればいけると踏んだのじゃろうが……やはり、そう簡単にはいかなかったようじゃの」
「そもそも、攻略情報があっても無意味ではないでしょうか?ソウジ様達の話を聞き、先日の大樹のことと合わせれば、本人の強い気概がなければ難しい内容ばかりですし」
ティオの呟きにフィアが頬に手を当てながら意見する。
「確かにの。出戻りが出来ぬオルクス、内部構造が変化するライセン、凄まじい暑さのグリューエン、信仰心を粉々に砕くメルジーネ、甘言で魅了、誘惑するバーン、見た目と感情を惑わすハルツィナ……どれも事前に知っていても困難なものばかりじゃ」
「でも、国を挙げて挑んだなら、他にも攻略者がいる可能性があるよね?もしかしたら、魔物の軍団が再編されるのも時間の問題かも……」
王都にいる者達を想い、心配そうな表情を見せる香織に八重樫が力強く告げた。
「大丈夫よ、香織。内通者の可能性は徹底的に潰したし、大結界も完全に修復されているし、警備の兵士達も高い危機意識を持っている。加えて、あの兵器が二つとも満足に使えないことを知らないから、仮に戦力が揃っても安易には動かないはずよ」
「うん……そうだね、雫ちゃん」
八重樫が告げた客観的かつ的確な予測に、香織は幾分か安心したように微笑む。そこへ、天之河が会話に加わった。
「……安心してくれ香織。俺が力を手に入れて狂った神を倒し、すべてを救ってみせる。ここに残ってリリアーナ達も守るし、全ての神代魔法を手に入れれば、自力で帰ることもできる。俺は、誰も見捨てない」
「光輝くん……」
今までの失敗が全く含まれていないことを除けば実に勇者らしい言葉だが、天之河の視線は香織ではなくハジメとソウジ、特にソウジに鋭い眼差しを向いており、まるで当てつけのような物言いに聞こえてしまう。
以前は悪癖はあれど、心底からの善意で出ていたであろう言葉は、今は負の感情が混じっているように感じられる。嫉妬、疑念、焦燥、苛立ち、もどかしさ、憎悪等、様々な負の感情が入り混じって飽和し、それを必死に抑えているような、そんな不安定さに香織は不安を感じざるを得なかった。
そんな天之河の視線に気づいたハジメとソウジは、肩越しに天之河を見た後、肩を竦めてスルーした。そんな二人の態度に天之河は眉を釣り上げるも、言っても平行線にしかならないことから言葉にはせずに睨み続ける。
一方的に天之河が不穏な雰囲気を発する中、ハジメは前方を向きながら口を開いた。
「知らない仲でもないし、頼まれたなら帰る前に姫さんに贈り物くらいはしてやるさ。ヒュベリオンやユミルとか、大陸間弾道ミサイルとか、高速機動型戦車とか、搭乗型の巨大人形兵器とか、慣性と重力を無視した戦闘機とか、宇○戦艦や人型に変形する母艦のような空中戦艦とか……」
「だとしたら、乱用されないように使用者制限をかけないとな。後は王都の大結界を超強化したり、壁にレーザー兵器やガトリング砲を取り付けたり、ゲームに登場するような超巨大大砲とかを設置して要塞化するのも……」
「ちょっ、ちょっと?女性への贈り物にしては明らかに物騒過ぎるわよね?しかもこの世界のパワーバランスが崩壊するわよ?」
「知らん」
「この世界に残る気はないし、香織の後顧の憂いを断つ為には必要だろ。最低でもノイントレベルを軽く撃退できるくらいはな」
目を白黒させる八重樫にハジメとソウジはばっさりと言い切る。傍らの天之河はどこか暗い目でハジメとソウジを見つめ、香織は嬉しそうな表情となる。
“寂しい生き方”をしないように心掛けてはいるが、それでズルズルと引き摺られるように、この世界の問題に立ち向かうつもりはハジメとソウジの二人にはない。自分達の“大切”と“特別”がこの世界の天秤に掛かる等あり得ないのだ。
“力”を求め、手に入れたのは自身の“願い”と“大切”、そして“特別”の為であり、この世界の為ではない。彼女達が笑顔でいられるように手は尽くすが、それでも線引きはしなければならない。でなければ、際限なく戦いに身を投じることになるからだ。
だから選び、受け止める。冷徹とも薄情とも罵られても、何を取り、何を捨てるのかを。その行動がもたらす結果を。
……もっとも、“敵”が自分達の“大切”と“特別”に手を出したら、一切合切の全てを叩き潰してやるつもりではあるが。
「八重樫達も魔人領から帰った後のことをしっかり考えておけよ。残るか、帰るか。待ったはなしだぞ」
「……ええ」
「鈴は恵里と話してからだけど……わかったよ」
「俺は光輝に付き合うぜ」
ソウジの言葉に八重樫達は三者三様で頷く。
少し微妙な雰囲気が流れながらも、ソウジ達は横幅十メートルはある大きな四辻に出た。ハジメが羅針盤で方角を確かめようとした矢先、不意にシアのウサミミが反応した。
「ハジメさん……何かが来ます」
「魔物か?どこからだ?」
「……四方向、全部からです」
「……何?」
シアの報告にソウジは警戒心を露にさっきまで通ってきた通路を見つめる。やがて……
ヴァア゛ア゛ア゛ア゛
何とも怖じ気を誘うような声が響き渡り、暗闇からゆるりと染み出るように霜をびっしりと張り付けた黒い軍服を纏った特徴的な耳の男性が現れた。
「こいつら……まさか氷壁の死体か?」
ハジメの呟きに応えるように、全身を凍てつかせた人物が次から次へと通路の奥から現れていく。
「……魔人族以外もいる」
「……まるでゾンビみたい」
四辻からどんどん溢れ出てくるフロストゾンビに、香織は若干引き攣った表情で呟く。
「しかし、氷壁に埋まった遺体を利用しているとなると……本体がいると考えるのが定石ですね」
「確かに。ソウジ様とハジメ様が見逃した点も合わされば、その可能性は高そうですね」
防寒具の幻影を解き、大鎌を展開したフィアの考察に、両手を構えたジークリンデが頷いて同意する。あの媚薬スライムのような同一の存在でない以上、その可能性は十分にある。
「何にせよ、やることは変わらない」
「何だろうが敵は殺す。それだけだ」
ソウジの言葉が合図となったのか、フロストゾンビ達は緩慢な動きから一転、猛然と駆け出してソウジ達に迫っていく。
【氷雪洞窟】の最初の戦いが始まる。
「凍傷になっちゃうから手とか頭とか結界の外に……」
「ちょっ、空山君!?言ってる傍から鈴の結界の外に出ているのよ!?」
「忘れたのか?オレは氷を身体に纏わせられるんだぞ?凍傷なんぞ起こすわけないだろ」
「ああ……」
「俺は会ったことないが、奈落には身体を氷で纏った牛がいたそうだぞ。ソウジの凍った右足を爪熊がくわえて現れた時は死を強く実感したもんだ」
「……ちょっと待って。今、さらりとトンでもないことを言わなかった?」
「そうか?」
「それにしても、再会した時、ソウジは氷で義足を作っていたから、○キジを思い出したわ」
「だからさらりと流さないで!!空山君の右足は義足だったの!?」
「始めて聞いたよ!!南雲君と違って服に隠れているから見た目じゃわからないけど!!」
「あの刃は足に取り付けていたもんじゃなかったのかよ……」
「…………」
ソウジの右足が義足だとようやく知った勇者組の図。※メイドは既に把握済み。
感想お待ちしてます