魔王の剣   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ


心の声

コツ、コツ、コツ

 

上空を覆う雪煙を除けば無限回廊と呼ぶに相応しい迷路を、ソウジ達は足音を反響させながら進んでいく。

 

 

「……吸い込まれてしまいそう」

 

「俺が行かせないから大丈夫だ。ユエ」

 

「……ん」

 

 

いつも通り、ハジメとユエが二人の世界に突入する。ソウジとアタランテも言葉こそ発していないが、互いに手を握りあって微笑んでいるので十分に二人の世界を形成している。

 

 

「……ハァ」

 

 

そんな二組のカップルに八重樫は呆れたような、疲れたような、そんな溜め息を吐く。その視線はソウジとアタランテの繋いだ手にチラチラと向いていたが。

シアやジークリンデ達もイチャイチャに参加しながら、一同は先へと進んでいくと、暫くして不意に天之河が立ち止まって周りをキョロキョロと見回し始めた。

 

 

「?どうしたの?光輝」

 

「あ、いや、急に人の声が囁くように聞こえてきて……」

 

「ちょ、ちょっと光輝くん?」

 

 

天之河の発言に、ホラー系が苦手な香織が両腕を擦って抗議の声を上げる。もし、幽霊が現れたら、特大の分解砲が炸裂するのは目に見えている。

 

 

「天之河以外に聞こえた奴はいるか?シアはどうだ?」

 

「……いえ。私のウサミミには何も聞こえてきませんでした。気配も、皆さん以外に感じません」

 

 

ハジメの確認に、集中していたシアは頭を振って否定の言葉を告げる。ソウジも他のメンバーも、聞こえてこなかったので揃って頭を振った。

 

 

「確かに聞こえたと思ったんだけど……」

 

「ちょっと張り詰めすぎなんじゃねぇのか?」

 

「……そうかもな」

 

 

坂上の気遣いに、天之河は困惑の表情を浮かべながらも同意の意を示す。周りのメンバーも天之河の気のせいということで納得する中。

 

 

「…………」

 

「……シア、頼むぞ」

 

「はいです」

 

 

ソウジは警戒心を強めるように目を細め、同様に警戒を滲ませた眼差しをしたハジメもシアに念押しをする。シアもハジメの念押しに神妙に頷いてウサミミをピコらせる。

それから順調に幾度かの分岐点を迷わずに進んでいくと、再び天之河が立ち止まった。

 

 

「っ、まただ!また聞こえた!やっぱり気のせいじゃない!!」

 

「こ、光輝?」

 

「嘘じゃないんだ雫!今度ははっきり聞こえたんだ!“このままでいいのか?”って!」

 

「いや、俺には何も聞こえなかったぜ?」

 

「くそっ!誰だっ!どこに隠れているんだ!?」

 

 

自分だけにしか聞こえていない事実に、天之河は不安に駆られて虚空に向かって怒声を上げ始める。そんな中、ソウジ達は状況を確認していた。

 

 

「シア、どうだった?」

 

「いえ、私にも全く……」

 

「オレもさっきから魔眼石で確認していたが、おかしな反応は見つからなかった。例のフロストゾンビの件があるからあまりアテにはできない」

 

「ふむ。大迷宮のプレッシャーに負けて精神を病んだ……にしては唐突すぎるのぅ」

 

「この場合、何かしらの干渉を受けていると考えるべきでしょう」

 

「もしそうなら、防ぎようがないね」

 

 

防ぐ手立てが現時点ではない以上、ソウジは興奮している天之河を宥めることにする。

 

 

「天之河、ひとまず落ち着け」

 

「っ、空山。本当なんだ。俺は確かに……」

 

「わかっている。お前の気のせいで片付ける気は毛頭ない」

 

「……え?」

 

 

予想外だったかのように目を丸くした天之河に、ソウジは構わずに続けていく。

 

 

「大迷宮から何らかの干渉を受けている、そう考えるべきだろう。これが試練の一つなら、お前だけでなく、ここにいる全員が干渉を受ける可能性が高い。防ぐ手立ても現時点ではない以上、全員注意しとけよ」

 

 

真剣な眼差しを巡らせるソウジに、八重樫達は一度顔を見合わせてコクリと頷く。天之河は自分の意見を信じたというより、大迷宮に挑む上での合理的な判断だったことに物凄く微妙な表情をしていたが。

天之河がひとまずは落ち着いたので、ソウジ達は再び歩みを再開した直後。

 

 

「っ、また……」

 

 

天之河の耳にまた何か聞こえたのか、顔を顰めはしたが先程のように取り乱しはしなかった。

そして、どこかで聞いた覚えがある声に気づき、首を傾げた直後、今度は八重樫の顔が強張った。

 

 

「っ、……雫」

 

「……私にも聞こえたわ。女の声で“また、目を逸らすのかしら?”って聞こえたわ」

 

「……俺はさっき、男の声で“気がついているんだろう?”だった」

 

 

どうやら、聞く人によって声の質も内容も違うようである。八重樫と天之河が互いに顔を見合わせていると、今度は谷口が短く悲鳴を上げ、坂上は慌てて周囲に視線を巡らせていく。

 

 

「谷口。坂上。お前らは何て言われたんだ?」

 

「えっと、“本当は気がついてたよね?”って聞こえてきたよ」

 

「俺は、“また、とられちまうぞ?”だったな」

 

 

大迷宮の意図を考察しようと話を聞いていたハジメの問いかけに、谷口と坂上は心の奥底を土足で踏み入られたような嫌そうな表情で答える。

 

 

「……随分抽象的だな。惑わすにしては間接的過ぎる気もするな……」

 

 

直接、対象を惑わせる言葉でないことにソウジは疑問に感じ、その上、全員が声に聞き覚えがあるという報告に首を傾げながらも出口を目指して迷路を進んでいく。

やがて……

 

 

―――“人殺し”のお前が“家族”に受け入れられると思っているのか?

 

―――化け物なのに中途半端だな

 

―――本当は嫉妬していたくせに

 

 

ソウジの耳に囁きが聞こえてきた。天之河達の言う通り、確かにどこか聞き覚えのある声だ。内容も抽象的ともとれるが、()()()()()()()()()()()を囁いていることにソウジは眉を顰める。

 

 

「あ。これ、自分の声だわ」

 

 

そんな中、何かに気づいたハジメが唐突に声を上げた。

 

 

「……ハジメ?」

 

 

視線と共に問いかけたユエに、特に変わった様子のないハジメは答えていく。

 

 

「囁き声に聞き覚えがあるって言ってただろ?俺もそうだったんだが、この声、俺の声だわ。親父の手伝いでゲーム制作に関わった頃に、ボイステストで何度も自分の声を聞いたんだよ。自分の声を自分が聞くと意外と違和感があるから気づきにくいが、間違いなく、その時に何度も聞いた俺自身の声なんだよ」

 

 

ハジメの言葉に、ソウジを含む全員が納得の意を示す。確かに自分の声を客観的に聞くと意外と異なっているので気づきにくいだろう。

 

 

「……納得だな。だとしたらこの声は全部己の内にある不安や恐怖、嫉妬……そういった直視したくないもんを突き付けようとしているってところか」

 

「ソウジ殿の推測通りと見て間違いないじゃのうな。囁く内容は、どれも心当たりがあるからのぉ」

 

「……でしたら、これはまた悪趣味ですね。心の中を土足で踏み荒らしているのと同義ですから。……“誰も守ってはくれません”としつこく囁いて鬱陶しいです」

 

 

ソウジの推測に、ティオが同意を示す。フィアは溜め息混じりに悪態をつく。

 

 

「そういえば空山君に南雲君、アタランテさんとユエさんは影響を受けているようには見えないけど、どうしてなのかしら?」

 

 

八重樫が雰囲気を変える意味でも、そんな質問をソウジ達にする。その質問に、ソウジが最初に答えた。

 

 

「オレはとっくに腹を括っているだけだ」

 

「腹を括っている?」

 

「ああ。“人殺しのお前が家族に受け入れられると思っているんか?”とか“化け物なのに中途半端だな”とかそういったもんばっかだ。後、“本当は嫉妬していたくせに”とかもな」

 

「それって……」

 

「全部事実だ。拒絶される恐怖は確かにあるし、中途半端や嫉妬にも心当たりがある。ハジメも似たようなもんだろ?」

 

「ああ。俺は特に気にしていないだけだがな。囁きの内容から、心の奥底で元の世界に帰っても馴染めないじゃないかと思っているんだろうが、そんなもん、全部帰ってからだ」

 

 

ソウジに話を振られあっけからんとした様子で言い切ったハジメと、全く揺らいでいないソウジに、懊脳しているような暗い表情になっている天之河が絞り出すような声色で尋ねた。

 

 

「なら、どうして二人は平然としているんだ?この世界の人々を簡単に切り捨てられるくらいに帰りたがっているお前達が、そんな事を囁かれて、どうして平静でいられるんだ!?絶対に無視出来ないこととか、そんなどうしようもないことがあるのにどうして!!」

 

 

話している内にイライラを抑えられなくなったのか、天之河は声を荒げて詰問する。そんな天之河に、ソウジは真剣な眼差しを向けて答えた。

 

 

「確かにお前の言った通りそういったものもある。だが、それで足踏みして止まったら本末転倒だ。己がどうしたいのか、その為にはどうすればいいのか。自分に何が出来るのか。それと真っ直ぐ向き合い、自分なりの答えを出して進まなければ、どこにも向かわない。家族に拒絶されるのが恐いから逃げるなんてのはもっての他だ。……まずは家族の下に帰る。拒絶されたら別れとお礼を告げて旅立つ。受け入れてくれたなら、アタランテ達を紹介して一緒に過ごす。その為にもまずは、元の世界に帰る手段を確立することだ。オレの不安や恐怖から一々逃げて止まっていられるか」

 

「……そうだな。悩むとしたら“出来るかどうか”じゃない。“その為にどうすればいいのか”だからな。……俺はユエ達と一緒に故郷に帰ると決めた。日常を過ごして、素敵なものを沢山見せて、親にも紹介する。俺自身の不安に構う暇なんかない」

 

 

ソウジの言葉と、ソウジに続くように告げたハジメの言葉に、天之河は理解出来ないといった複雑な表情を二人に向けた。

 

 

「……無茶苦茶だ。そんなの……」

 

「別に共感してほしい訳じゃない。俺の考え方はあまり人間らしく―――」

 

「いや、それは元から持っているお前の考え方だろ」

 

 

自虐しかけたハジメの呟きを、遮るようにばっさりと否定するソウジ。

ソウジはそのまま、少し訝しんだ表情となったハジメに視線を向けながら告げていく。

 

 

「お前は日本にいた頃、“趣味の合間に人生”のスタンスで過ごしていただろ。それを貫くための将来設計もしていたし、親の仕事も手伝って即戦力扱いされるまでの技量も持っていた。決めた事に対する努力も覚悟も、“南雲ハジメ”という人間が元から持っていたもんだ。だから、そこは“お前らしい考え”なんだよ」

 

「……そうか」

 

 

ソウジのその友人としての言葉を、ハジメは苦笑しながら受け取り、ユエ、シア、ティオ、香織は微笑む。アタランテ達もソウジの優しさから自然と笑みを浮かべる。

八重樫は感嘆の息を吐き、谷口は何か眩しいものを見るような眼差しをハジメに向け、坂上は物凄くバツが悪そうな顔をしていた。

 

 

「…………」

 

 

天之河はより一層、複雑そうに表情を歪め、俯いていた。

そして、裏切りを囁かれたユエと、孤独を囁かれたアタランテが平然としていた理由は……

 

 

「……ハジメの気持ちに関係なく、私がハジメを逃がさないから」

 

「ソウジが逝く時は……私も一緒だからな」

 

 

見事なまでの、ある意味の惚気からだった。

その後、ハジメとソウジは情事に及びかけたが、それぞれのハーレムズに止められて行うことはなかった。

 

 

―――いつまで誤魔化すのかしら?

 

「っ……」

 

 

―――また、奪われるぞ?

 

「……っ……」

 

 

 




「本当に煩わしいな」

「ええ。さっきから“誰も認めはしません”と囁いて鬱陶しいです」

「私は“匣に閉じ込めたいよね?”って聞こえてるよ。……ハジメくんと二人きりで匣の中に……」

「……フッ。匣には一人でいろ。香織」

「ムキーッ!!」

「ムムム……!」

ボクサーの如く殴り合うユエと香織の図。

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