視界を染めた輝きが収まり、ソウジはゆっくりと目を開く。そこは二メートル四方のミラーハウスのような細い通路だった。
「……やっぱり分断されたか」
自分しかこの場にいない事にソウジは軽く溜め息を吐く。もう予想がついている迷宮のコンセプトからこうなる可能性が濃厚だったので、ソウジはそのまま前に向かって進み始めていく。
もう鏡と言っていい通路を歩いて十分ほど経った頃、ソウジは中央に天井と地面を結ぶ巨大な氷柱のある大きな部屋に辿り着いた。円柱型の氷柱も、鏡のようにソウジの姿を反射している。
「ここが到達点か……となると……」
ソウジ独りごちながら、その氷柱へと歩み寄っていく。直径が大きいので、正面から相対しても歪曲することなく、灰髪バンダナ、蒼いラインが所々にある黒いコートを着て、腰に絶天空山を携えたソウジの姿を綺麗に映し出す。
「……うん。やっぱりハジメの2P感が半端ないな。このまま帰ったら色々と大変だな」
薄々感じていたことを呟きながら、氷柱から少し離れた位置でソウジはガックリと肩を落とし、頭を垂れる。多少割り切りはしたが、相変わらずの厨二スタイルにダメージを受けたようだ。
そんなソウジの耳に、既に聞き慣れた声が届いた。
『大変なのはそこじゃないだろ』
「……やっぱり出て来たか」
ソウジは目を細めて垂れていた顔を上げる。氷柱に映っていたのは、
『さすが
「今までのことを考慮すれば当然だろ。“己の負に打ち勝つ”であろう、この大迷宮のコンセプトなら尚更な」
ソウジは真っ直ぐに
―――己の心の弱さを神につけ込まれないようにするために。
『正解だ。想像通り、オレはお前の負の感情のみで構成されている。つまりオレはもう一人のお前だ』
氷柱の中のソウジはわざとらしく称賛の拍手を送る。対するソウジはこんなにも苛つくんだな、と複雑な気分で睥睨していた。
氷柱のソウジが拍手を止めると、その色が変わり始めていく。蒼かった目が赤黒く染まり、全身が白くなっていく。灰髪は元の黒髪に、肌も褐色に染まっていく。本当に自身の正反対の色合いである。
その間、ソウジは黙って見ていた。何もしていなかった訳ではない。
会話をしていた時から、剣を抜かずとも、剣気と殺気で無数に斬り合っていたのだから。
『ははっ、やっぱり流石だな。この世界に召喚されてから握った剣で、ここまで出来るようになったんだからな』
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、虚像のソウジは氷柱から足を踏み出す。すると、氷柱から波紋が広がり、どこぞの仮面○イダーの某鏡の怪物の如く現世へと姿を現した。
『さて、そろそろ実際に斬り合おうか?』
氷柱から出てきた虚像のソウジはそう言って、絶天空山の柄に手をかけ、居合の構えを取る。その構えには一厘の隙もなく、ソウジも無言のまま、自身の虚像を見据えて絶天空山の柄に手をかけて居合の構えを取る。
互いに殺気と圧力を放って読み合いで斬り結ぶ。虚像は能力だけでなく、持ち得る武器も技術まで再現されているようだ。
「『……………………』」
無言が続き、沈黙がこの一帯の空間を支配する。時間にしては数十秒。その短くも長く感じられる時間は、唐突に終わりを告げた。
ガキィイイイイイインッ!!!
全く同時に放たれた“閃牙”の一閃。空間ごと切り裂くその一刀は激しい金属を響かせ、空間全体に反響する。
ソウジと虚像のソウジはそのまま流れるように一刀の絶天空山で激しく斬り結んでいく。蒼の斬線と赤黒い斬線が咲き乱れ、蒼と赤の
ソウジは瞬時に紅雪を展開して自身の周囲を旋回させる。対する虚像のソウジも瞬時に赤い紅雪を展開してその旋回を遮る。遮られた瞬間にソウジは“竜咆”を放つも、虚像のソウジは下がりながら“爆砕撃”を放ち、苦もなく相殺して難なく防ぐ。
“竜咆”を防がれた瞬間に、ソウジは“重皇突”を放つも、虚像のソウジは“重皇砕牙”で迎え撃ち、互いの切っ先がぶつかり合った瞬間、轟音と共に互いに弾かれあって距離を大きく取る。
『本当に強いな、
「…………」
ソウジは“氷刻”で虚像のソウジの足下に無数の氷の刃を出現させる。虚像のソウジは“蒼煌”状態で飛び上がりながら義足から展開した刃で“蒼牙爪”を放ち、無数の氷の刃を容易く両断する。
『化け物じみた力に血で汚れた両手、殺しを躊躇わない
「…………」
ソウジは黙って“飛爪・鋭”を放ち、同時に紅雪を突撃させる。全く同時に“飛爪・鋭”が放たれ、赤い紅雪も突撃してまたしても相殺される。
『家族の下に帰りたい。それが
「…………」
左手に氷の短剣を数本作り出し、全てに生成魔法で“魔衝波”を付与して虚像に向かって投擲するソウジ。対する虚像のソウジも同じく衝撃波を放つ氷の短剣を投げ飛ばし、ソウジの氷の短剣をまたしても相殺する。
『口では覚悟を決めているように言っても、実際は不安が常に付きまとっている。だからお前は先生の言葉を無視しなかった。今もなお燻っている己の不安を指摘され、些細な答えをもたらしてくれたからこそ、先生の言葉を受け入れて行動した』
「…………」
虚像のソウジは冷気を集束し、それを全て一度魔力に変換し、魔力を上乗せした“蒼牙天翔”を放つ。ソウジは紅雪を六本自身の正面に配置し、防御陣形:
『初めて人を殺した時、お前は両親を殺した犯人と同じ外道となった。罪悪感は覚えずとも、その事実に
「…………」
舞台役者のように、虚像のソウジは両腕を大きく広げて言い募り、赤い紅雪の群れを正面以外からソウジに向かって振り下ろしていく。ソウジは自身に襲いかかる幾条もの凶刃を最小限の動きでかわし、捌いていく。
そんな一切反論してこないソウジに、虚像のソウジは嗤いながら、嬲るように言葉を放ち続ける。
『南雲ハジメにしてもそうだ。
「…………」
容赦なく襲い続ける赤い紅雪の群れに、ソウジはもう一刀の絶天空山を抜き、二刀流で捌きにかかる。小さな変化だが、ソウジは
それを見て、虚像のソウジはより一層深く嗤い、“飛爪”を飛ばしながら追い討ちを掛けるように言葉の刃を刻み続けていく。
『アタランテが
「…………」
『だが、それは甘えでしかない。その愛情は人殺しの時と同じ、自己保身の為の保険なんだよ。最近はその保険も更に増えたよなぁ?だから、ジークリンデも“特別”だと受け入れたんだ!!』
「…………」
『本当に何も言い返してこないな?事実だから何一つ反論できないってか?』
虚像のソウジは満足げに嗤いながら、空間切断を纏った赤い紅雪達を一斉に突撃させる。喰らえば、致命傷は免れない。
そして、ソウジの根幹を容赦なく斬り開き、更なる言葉の刃を紡ごうとした瞬間―――
キィンッ!
堅い金属音が鳴り響いた。続いて、ドスッ、ストンッといった音が静かに響いていく。
『……は?』
虚像のソウジは目の前で起きた、全ての赤い紅雪が斬り落とされた光景に間抜けな声を洩らす。対して、絶天空山を振り抜いて残心していたソウジは、心底呆れた眼差しをしていた。
「さっきから黙って聞いていれば、分かりきったことしか言ってこないな。どうせなら、オレが自覚してないことの一つでも言ってみろ。お前は、負のオレなんだろう?後、アタランテに対する保険の感情は塩一粒程度だ」
動揺の欠片が微塵もなく、全く揺らいでいないソウジの様子に、虚像のソウジは困惑の表情を浮かべる。
『全部、事実なのに何故……』
「全部自覚していたからだ。家族の下に帰りたいと願いながら、拒絶される恐怖も抱いていた。わざわざ警告したり、条件付きで変態を殺さなかったのも、先生の言葉を受け入れたのも、自己保身の為だったのも確かだ。ハジメの強さに嫉妬していたのも確かだし、アタランテに甘えていたのも事実だ」
剣は己との戦いという言葉があり、不安や迷いは太刀筋に出やすいともよく言われる。
それは奈落に落ちる前から実感していたことであり、剣を振るう度に自身の不安と向き合わざぬを得なかったのだから。
『それならどうして……』
虚像のソウジが信じられないと喚くよりも先に、ソウジは力強く言い放った。
「けどな、それは当たり前なんだよ。生きてりゃ、何度も直面する現実だ。なら、それと真っ直ぐ向き合い、“それでも”と決めて行動するだけだ。傷つくのが恐いから、それでホイホイ逃げていたら、何も得られやしない。過去を糧に、未来へ……前に進んでこそ、望みは掴めるもんだからな」
『…………』
ソウジのその言葉に、虚像のソウジが逆に無言になってしまう。虚像のソウジはそのまま二刀流に切り替えてソウジに肉薄していく。対するソウジも紅雪をしまって二刀の絶天空山のみで迎え討っていく。
再び繰り広げられる赤と蒼の剣戟乱舞。だが、その剣戟は虚像のソウジの方が斬り結ぶごとに押されていく。
『くそっ……弱体化が緩やかなのに何故ここまで明確に……』
「……そういうことか」
自身の虚像の言葉で、この試練の仕組みを理解するソウジ。おそらく、負の感情を乗り越えると虚像は弱体化し、逆に否定すると強くなる仕組みなのだろう。
ソウジは得心がいったように“閃牙”を振るう。虚像のソウジも“閃牙”を振るうも、二刀の絶天空山は綺麗に両断されてしまう。
『お前は、完全に克服してはいない。目を逸らしてはいないが、明確に答えを出したわけでもない。その多くが、先送りに近い開き直りだ。なのに何故……』
冷気を集束させ、“金剛”と空間魔法を付与した氷の刀による六刀流に切り替えて捌きにかかる困惑する虚像のソウジに、ソウジは虚像と同じく冷気を集束させながら、呆れたように告げた。
「オレのクセに全然オレのことが分かっていないな?オレは戦いながらも、殺し合いながらも力を付けようとしていただろうが。それと……」
ソウジはそのまま集束した冷気を魔力に変換。十字に切り裂く“蒼牙天翔”―――“蒼牙天翔・十呀”で氷刀ごと、虚像のソウジを切り裂いた。
「流されるまま、強引に出した答えに何の意味がある?そんな半端をするくらいなら、問答を繰り返しながら進んだ方がずっとマシだ」
『まったく、敵わないなぁ……
身体が四つに分断された虚像のソウジは陽炎のように揺らめかせながら、呆れたような、だが、満足げな表情で呟く。
『だが……わかってるよな?人殺しが真っ当な人生を歩めないことくらい……』
「だろうな。だが、こんなオレを好きになったあいつらが、何が何でも真っ当な道に進ませようとする気がするがな」
『……確かにな』
虚像のソウジはそのまま、淡く消えようと―――
「“爆砕撃”」
して、ソウジに容赦のない追い討ちを掛けられた。
『……鬼め……』
その言葉を最後に、虚像のソウジは完全に姿を消すのであった。
ソウジは何てことのないように絶天空山を鞘へとしまい、部屋の奥に現れた通路の奥へと進むのであった。
「氷の武器はある意味ロマンだよな」
「生成魔法のおかげで実用レベルで使えるからな。なければ、『それ、意味ある?』という視線が突き刺さっただろうな」
「確かに。ビーム兵器もお前がいなかったら、消えていたかもしれなかったからな」
ロマンが消えずに済んで良かったと頷くハジメの図。
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