魔王の剣   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ


曝け出される心

中央に巨大な円柱型の氷柱を構えた大きな空間に、激しい剣戟音が響いていた。

 

 

「はぁあああっ!!」

 

『また、剣筋が乱れたわね?』

 

 

雫が気合いの入った雄叫びと共に神速の抜刀術を放つも、()()()は少し身体をずらすだけで幾筋もの黒閃をかわす。

それどころか、一瞬の乱れを指摘すると同時に、縫うような鋭い突きを雫の眉間に向かって放つ。

 

雫はそれが三段構えの突きだと瞬時に理解し、最初の突きを頭を振ってかわす。しかし、衝撃波を伴った突きを繰り出した余波だけで雫は頭から吹き飛ばされてしまう。

 

 

「っ、“焦波”!!」

 

 

吹き飛ばされて見事に体勢を崩された雫は、地面に鞘を押し当てて衝撃波を撒き散らす。砕いた地面の氷片を即席の散弾としたことで、どうにか白い雫の追撃を防いだ。

 

 

『四皇空雲のおかげで救われたわね?彼から送られたそれがなければ、とっくに(貴女)は死んでいるからね?』

 

「はぁはぁ……」

 

 

揶揄するような口調で()()()()()()()()()を納刀する傷一つない白い雫に、身体のあちこちが浅く斬られている雫は肩で息をしながら無言を貫く。

そんな雫に、白い雫は嫌味ったらしい表情を浮かべながら口を開く。雫の負の感情を曝け出すために。

 

 

『痛い?苦しい?恐い?泣きたい?隠さなくても全て分かっているわ。本当は、剣術なんてやりたくなかったことも。胴着や和服、竹刀なんかより、フリルの付いた可愛い洋服やお人形、キラキラしたアクセサリーがよかったことも』

 

「……うるさい」

 

 

雫が祖父に導かれて初めて竹刀を持ったのは四歳の時。そこで剣の才能を見せた雫は、祖父に褒められたことが切っ掛けで剣術と剣道の稽古が生活の一部となったのだ。

だが……

 

 

『光輝が入門してきた時は王子様が来たのかと思った。だけど、その想いはすぐに儚く、砕け散った』

 

「うるさい」

 

 

確かに幼い頃、光輝が“雫ちゃも、俺が守ってあげるよ”と言われた時はとても嬉しかった。彼なら自分を女の子にしてくれると、甘えさせてくれると夢想した。

しかし……

 

 

『光輝がもたらしたのは、貴女に対する周りの女の子達からのやっかみだけだった。当然よね。竹刀を握り、髪は短く、服装は地味。加えて、女の子らしい話題にもついていけなかった。そんな貴女()が、当時から女の子達の注目の的だった光輝の傍にいることが、女の子達には我慢ならなかったのよ。その女の子の内の一人の、“あんた女だったの?”って言われた時は本当にショックだったわよね?』

 

「黙りなさい!!」

 

 

雫は怒号を上げながら“飛閃”を放つ。白い雫も同じく“飛閃”を放って容易く相殺する。

 

 

『本当は嫌なっていたのに、家族の期待を裏切るのが恐くて剣を捨てられず、真剣に聞き入れてくれない光輝のせいで苦しいのに、悪意の欠片も悪気もない幼馴染みを突き放す罪悪感から距離も置けず……本当に、優柔不断で中途半端ね。貴女は』

 

「っ、そんなこと―――っ!?」

 

 

白い雫が重力を切り裂く剣閃―――“重閃”を放ち、雫に一瞬の浮遊と停滞をもたらす。そこへ、逆手に持った氷刃を纏った鞘が横凪ぎに振るわれる。雫咄嗟に刀と鞘を交差させて受け止めるも、受け止めた瞬間に氷刃から“焦波”が発動し、雫は炸裂した氷片の弾丸に身体を浅く裂かれながら、吹き飛ばされて地面をバウンドしていく。

 

 

「ゲホッ、ゲホッ」

 

 

どうにか停止した雫はその場で咳き込んでしまう。幸い、内部にダメージはないが、表面の傷は更に増え、血がたらりと流れる。

そんな雫に、白い雫はコツコツと足音を立てながら近寄って行く。まるで、死のカウントダウンを刻むように。

 

 

『もう、立ち上がらなくていいのよ?空山君達がクリアしてくれれば、家に帰れる。ここで諦めれば命までは取らないし、そのまま寝ていればいいのよ。目を覚ますころには全部終わっているから』

 

「なに、を……」

 

『これは唯の選択。もちろん、諦めないなら容赦なく殺してあげるわ』

 

 

まるで悪魔のように、口元を三日月のように裂いて笑みを浮かべる白い雫に、雫は死の恐怖から顔を青褪めさせるも、すぐに白い雫を睨み返し、傷口から血噴き出すのも気にせずに四肢に力を込め始めた。

 

 

「ぐ、うぁああああっ!!」

 

「……そうよね。貴女()なら立ち上がるわよね」

 

 

白い雫はそう言って、白い四皇空雲を雫に向かって振り下ろす。それを、雄叫びを上げながら膝立ちになった雫が四皇空雲で受け止め、“離天”で吹き飛ばした。

白い雫との距離を稼いだ雫は、華麗に着地した白い雫を見据えながらゆっくりと立ち上がる。

 

 

「ごちゃごちゃうるさいわよ。誰がそんな心理戦なんかに乗るもんですか」

 

『心理戦、ね。そうやってまた目を逸らすのね。意地を張って、実力で周囲を黙らせて、常に誰かを気遣って……本当は誰かに寄りかかりたいって願っているのに、そんな想いも自覚できなくなって……』

 

「うるさいって言っているでしょう!?」

 

 

雫は苛立ちを露に叫び、四皇空雲を振るう。だが、その剣閃には普段の技の冴えも洗練さも何もない。ただ、相手を叩きのめしたいというがむしゃらな、力任せの剣だ。

当然、そんな剣では否定によって力を上げていく白い雫には届かない。どんどん追い詰められていく雫に、白い雫は嗤いながら、容赦なく言葉の追撃をかけていく。

 

 

『この世界に来た時も、本当は恐怖で一杯だった。魔物を初めて殺した夜も、誰にもバレないように涙した。肉を斬った感触が消えず、こびりついた血が落ちていない気がして、何度も隠れて拭っていたわよね』

 

「はぁっ!!」

 

 

雫は気合いの声で白い雫の声を掻き消そうとするも、それ自体が拒絶となって戦力の差は開いていく。

 

 

『あの日もそう。あの時、香織が先に飛び出さなければ、飛び出していたのは貴女()の方だった。彼の死を一度受け入れようとしたのも、そうしないと、死の恐怖に押し潰されそうだったから。あの日からずっと貴女は怯えている。死の恐怖に……殺す恐怖に、ね』

 

「あぐっ!?」

 

 

白い雫の“雷華・焦”が炸裂し、雫は再び吹き飛ばされる。身体は痺れ、身体のあちこちが痛み、血が流れ出ている。その事実に、雫の身体がカタカタと震えていく。

そんな雫に、白い雫は今、最も認めたくない感情を立ち上がろうとしている雫に突き付け始める。

 

 

『ねぇ、あの時は嬉しかったでしょ?』

 

「え?」

 

『分かっているでしょう?空山君が生きて、助けに来てくれた時よ』

 

「何を言って……」

 

 

口では分からないと言いつつも、雫の表情は今までで一番青褪めている。そんな雫に、白い雫はより一層嗤い、容赦なく告げていく。

 

 

『あの時、貴女()は諦めていた。絶体絶命のあの状況で全てを諦めて理不尽な死を受け入れようとしていた……彼との口約束を思い出しながらね』

 

「…………」

 

『だからこそ、貴女は心を奪われた。あの蒼い輝きと、自分を超えた太刀筋、口約束を容易く果たせる様になった圧倒的な力と強さにね』

 

「ち、ちがっ……」

 

 

決して認めたくない()()を雫は否定しようとするも、白い雫は容赦なく言葉を解き放つ。

 

 

『香織が殺された時、貴女はこの世界に来て初めて空山君に“縋った”。そんな貴女()に、彼は“信じて待ってろ”と言ってくれた。そして、本当に応えてくれた。貴女の信じた通りに。その時から……いいえ、最初に助けてくれた時から、貴女は必死に目を逸らしていたけれど……もう、誤魔化せないわよ』

 

「止めて、違うわ。私は……」

 

 

幼子のようにイヤイヤと首を振る雫に、白い雫は()()を容赦なく突きつけた。

 

 

貴女()は―――空山君が好き』

 

「っ……」

 

 

白い雫のその言葉に、雫は声を詰まらせる。それでも首は否定するように振られたままだ。

そんな否定の言葉さえ発せなくなった雫に、白い雫はトドメの言葉を放った。

 

 

『貴女ったら、もう相手がいる人を好きになってしまったのね。―――この卑怯者』

 

「…………」

 

 

その言葉に、雫の瞳から意志の光が消え始める。膝を折り、その場で崩れ落ちる。

それだけ、己の心に突き付けられた言葉は……あまりにも強烈だった。

 

 

『しかも、貴女はジークリンデさんを攻撃したわよね?どうしてアタランテさんではなくジークリンデさんだったのかしら?』

 

「そ、れは……」

 

『答えは簡単。空山君に“特別”と認められたジークリンデさんが羨ましかったのよね。彼の“一番特別な人”であるアタランテさんを攻撃するわけにはいかないから、羨ましく、()()()()()彼女を攻撃対象にした。……さっきも言ったけど、本当に卑怯者ね?』

 

「っ……」

 

『香織にだってそう。彼にもユエという恋人が既にいるのに、どれだけ愛情を向けても返ってこないと分かっているのに無駄なことを……と奥底で考えていた』

 

「…………」

 

『もし、これを知ったら香織はどう思うのかしらね?背中を押してくれた親友がそんなことを考えていたのだからね』

 

「…………」

 

 

もう、否定することも、目を逸らすことも叶わない。白い雫の言葉には反論の言葉さえも封殺する力があり、もはや何を言っても無意味であった。

力なく崩れ落ちている雫に、溢れんばかりの力に充溢していた白い雫は、“無拍子”で踏み込み、雫を掬い上げるように蹴り上げた。

 

 

「がはっ!?」

 

 

呼気を漏らし、かち上げられ宙に浮く雫に、白い雫は抜刀術の構えで“蒼閃牙”の別名称版―――“蒼閃華”を反動を溜めた状態から居合を放つ八重樫流剣術“断空”と合わせて放つ。雫は無意識レベルで防ごうとするも……

 

 

「―――ぁあああああああああああああああっ!?」

 

 

それよりも迅く斬られ、身体の上半身から凄まじい激痛が迸る。右腰から左肩にかけて斬られた箇所は、血こそ出ていないが、重度の火傷の斬線が刻まれている。両断されていないのはわざとである。

 

服ごと身体を斬られ、激痛から絶叫を上げる雫に、白い雫はダメ押しと言わんばかりに、冷気を纏った鞘を叩きつける。まるでダンプカーに轢かれたかのような凄まじい勢いで雫は吹き飛ばされ、叩きつけられた氷壁を放射状に粉砕しながらその場に崩れ落ちた。鞘を叩きつけられた腹には、酷い凍傷を負って。

 

たった二回、だが、必殺と形容していい攻撃で身体に甚大なダメージを負った雫は、氷壁に背を預けて動こうとしない。

……身体に負ったダメージ以上に、もう、心が既に折れていたから。

 

 

『貧乏くじばかり引いてしまう人生もここでお終い。この結末は、自分を殺しすぎた結果。貴女()の自業自得よ』

 

「…………」

 

 

刀に蒼い焔、鞘に凍てつく冷気を纏わせて悠然と歩み寄って来る白い雫。それを雫は生気の籠ってない瞳で力なく見つめる。

 

 

『最後に何か言い残すことは?あれば氷壁に刻んでおいてあげるわ。ここはそれぞれの空間と繋がっているから、運がよければ試練をクリアした誰かがやって来て遺言を見つけてくれるかもしれないわよ?後、焼死と凍死、どちらが良いかしら?』

 

「…………」

 

 

白い雫の言葉に、雫は答えずに涙を流す。

何故涙を流すのか、その理由は雫自身も分からない。そんな雫を白い雫は無言のまま、蒼い焔を纏った四皇空雲の切っ先を雫の頭部に向かって弓なりに構える。

突き付けられる自身の死。それを前にして、雫は恥も外聞もなくその感情を吐露していく。

 

 

「……ま、だ……しに、たく……ない」

 

『…………』

 

 

その言葉は、誰かを気遣う言葉ではない。ただひたすらに生を願う言葉。もう一度、皆に会いたいという、雫自身の想いだ。

だから……

 

 

「た、すけ、て……たす、け、て……よぉ…………そら、や、ま……くん……」

 

 

自分で口にしておきながら、本当に卑怯だと思う。彼に、日本に居た時から、あまり気を遣わずに接した人に縋るなんて。

好きになってしまった、何だかんだ言いつつも本当に優しい人に助けを求めるなんて。

 

 

『遅すぎよ。今まで一人で立ちすぎたせいで。それに、最後まで本当に卑怯ね』

 

 

当然、白い雫からもその本心を酷評され、殺気と共に蒼き焔を纏った凶刃が真っ直ぐに突き出される。

雫は目を閉じて、その最後の瞬間を待つ―――

 

 

 

―――キィイインッ!!

 

 

 

「……?」

 

『……嘘でしょ』

 

 

何の前触れもなく響き渡る甲高い金属音。唖然とした白い雫の声色が聞こえてすぐ、ストンと何かが刺さった音も耳に届いてくる。

雫は恐る恐る目を見開くと……

 

 

「……え?」

 

 

目に入ったのは、刀身を真っ二つに綺麗に両断されて半分以下の長さとなった白い四皇空雲を突きを放った体勢で固まっている白い雫と……

 

 

「……本当にどういうタイミングなんだよ。これも大迷宮の仕業じゃないよな?」

 

 

抜刀した構えで残心している助けを求めた灰髪バンダナの人物―――空山ソウジ本人だった。

 

 

 




『フィアさんにだって、空山君は応えてくれないのに無駄なことをと、考えていた……知ったら何て言うかしらね?』

『あら?やる前から無駄と諦めているとは、随分とヘタレな負け犬根性が染み付いていますわね?猫なで声で猫と戯れていた、義妹(ソウルシスター)に貞操を狙われているピンクナイト様?』

(止めて下さいフィアさん……それ以上、何も喋らないで下さい……お願いですから……)

『……え?フィアさんが怖すぎる……って、そうじゃなくて!!』

フィアの毒舌に戦慄する白い雫の図。

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