魔王の剣   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ


師の背中を押す

氷の通路を歩いていたソウジは突き当たりの氷壁に辿り着き、氷壁が消えて早々に目に映ったのは、弓なりに刀を構える白い八重樫と、氷壁に背を預けて満身創痍といった状態の八重樫だった。

 

流石に黙って見ている訳にはいかなかったので、ソウジは“瞬光II”の状態から“爆縮地”を使って距離を詰め、“閃牙”で居合を放って八重樫の眉間を貫こうとしていた白い四皇空雲の刀身を真っ二つに両断した。

 

 

『……嘘でしょ』

 

「……本当にどういうタイミングなんだよ。これも大迷宮の仕業じゃないよな?」

 

 

白い八重樫は信じられないといったように呟くも、ソウジは複雑なタイミングの悪さに悪態を突きながら、白い八重樫に向かって回し蹴りを叩き込んだ。

 

 

『ッ!くぅっ!!』

 

 

白い八重樫は咄嗟に真っ二つにされた白い四皇空雲と鞘を交差させて直撃を防ぐも、蒼い波紋と共に生じた凄まじい衝撃によって大きく吹き飛ばされる。

ソウジはダメ押しと言わんばかりに紅雪も取り出して白い八重樫に追撃をかけていく。もちろん殺すつもりはない。ただの時間稼ぎだ。

 

 

「そ、そら、やま、くん?」

 

 

紅雪の剣閃で白い八重樫との距離を引き離しながら、ソウジは茫然とこちらを見つめている八重樫に顔を向ける。そして、“宝物庫II”から神水が入った試験管型の容器を取り出し、その蓋を親指でスポンッと開けて八重樫の口に容赦なく突っ込んだ。

 

 

「んむっ!?」

 

 

突然口に入ってきた異物に、八重樫は目を白黒させながら反射的に吐き出そうとするも、そうはさせまいとソウジは八重樫の頭をがっちりと押さえ、口にも手を当てて吐き出せないようにする。

 

 

「吐くなバカ。飲まなきゃ死ぬぞ」

 

 

漸く理解が追い付いたのか、八重樫はソウジの顔を凝視しながら神水を飲み込んでいく。

やがて、神水を全て飲み干した八重樫の体は、重度の火傷も凍傷も嘘のように消えて完全に治っていた。もちろん、失った血液は戻らず、服とブラも切り裂かれた状態のままだが。

 

 

「本当に、空山君なの?」

 

「それ以外の何に見えるんだ、ど阿呆」

 

「で、でも、どうして、何で……」

 

「いい加減に落ち着け。オレは自分の試練を終わらせて、現れた通路を進んだらここに出ただけだ。大方、それぞれの空間と繋がっているんだろうが……さっきも言ったが本当にどういうタイミングなんだよ」

 

「じゃ、じゃあ、本当に空山君が、私を……」

 

 

八重樫は死を免れたと実感したのか、ホロホロと安堵の涙を流しながら、ソウジの頬に触れようとする。だが、触れる寸前で苦しそうに表情を歪めて手を引っ込めてしまう。

 

更に、八重樫は顔を背けながらソウジの体を押して引き剥がそうとする。明らかに普段と様子が違う八重樫に、ソウジは八重樫自身の負、というか本心に心をへし折られたのだろうと察しつつ、元通りとなった白い四皇空雲で紅雪と切り結ぶ白い八重樫を尻目に口を開く。

―――意地の悪い笑みを浮かべて。

 

 

「八重樫。これを使え」

 

 

ソウジは“宝物庫II”からある物を取り出す。そのある物は……

 

 

『「…………え?」』

 

 

ピンクのバックル付きのベルトだった。白い八重樫でさえもそのベルトの存在に思わず硬直してしまっている。

 

 

「この進化した“変身ベルト・マークII”を使えばアイツにも勝てるだろう。だから使え」

 

「……空山君?」

 

 

意地の悪い笑みを浮かべながら変身ベルトを装着させようとしてくるソウジに、装着させられそうになっている八重樫は先程までの縋るような目つきの弱々しい態度から一変、怒気を発しながらベルトの装着を拒み始めていく。

 

 

「躊躇うな八重樫。この“変身ベルト・マークII”は空間魔法を応用し、瞬時に空間魔法と再生魔法を付与した強固な鎧を装着させてくれる。加えて、身体能力、知覚能力も三倍に強化され、“限界突破”も使えるようになる優れものだ。そして、鎧の色はもちろんピンクだ。だから、安心してスーパーピンクナイトに変身するんだ」

 

「ふざけないで空山君!!そんな変質者扱いされるものなんか使いたくないわよ!!」

 

「ならどうするんだ?」

 

「自分の力で勝つに決まっているでしょ!!変質者扱いされるくらいなら、死に物狂いで戦って勝つわよ!!」

 

 

顔を引き攣らせながら、全力で変身ベルトを拒む八重樫の姿に、ソウジはあっさりと“変身ベルト・マークII”を“宝物庫II”にしまい込んだ。

 

 

「そうだ。こんなもんが無くても、お前は奴に勝てるさ」

 

「っ、わ、私は……」

 

 

まんまと乗せられたことに苦虫を噛み潰したような表情をする八重樫に、ソウジは八重樫の目を真っ直ぐに見据えて言葉を続けていく。

 

 

「忘れるな、八重樫。あれは確かにお前の本心の一部だが全てじゃない。負の側面のみで構成されただけで、“八重樫雫”の大事な想いはアイツにはない。その想いは、お前自身が持っているだろう?」

 

「あ……」

 

 

ソウジのその言葉に、八重樫の瞳に意志の光が戻り始める。その光は、徐々に四肢に力を流し込んでいく。

 

 

「そうやって凹んだということは、ちゃんと奴と向き合っている証だ。なら、後はどうしたいのかを決めて答えを出すだけだ。お前は本当に真面目過ぎるんだからな。もっと適当でいいんだよ。生きてりゃ、後でどうとでもなるし、いざとなったら周りに頼ればいいんだからな」

 

「空山君……」

 

 

ソウジはそのまま紅雪を回収し、氷壁に背中を預ける。そして、自分を見つめる八重樫を真っ直ぐ見返しながら、無自覚で八重樫が一番欲しかった言葉を送った。

 

 

「見ていてやるよ」

 

「っ……」

 

「勝てるまで何度でも挑んだらいい。弟子のオレがいる限り死なせはしないさ。だから、安心して挑め」

 

「……弟子だけが余計よ、バカ」

 

 

八重樫が小声で何かを呟いたが、よく聞こえなかったのもありソウジは特に気にした表情を浮かべず、平然と八重樫の背中を見つめる。笑みを浮かべている八重樫が内心で聞こえていたらどんな表情をするのかと考えていたとも知らず。

そんな八重樫はソウジに背中を向けたまま、静かに、されど、どこか甘えるような声色で尋ねる。

 

 

「……見ていてくれるのよね?」

 

「そう言っただろ」

 

「いざという時は守ってくれるのね?」

 

「そう言ったつもりだが?」

 

「頼ってもいいのよね?」

 

「良いに決まっているだろ」

 

「それじゃあ、いざという時にはお願いするわね」

 

 

白い八重樫に向き合う八重樫の今の表情はソウジには見えない。だが、何となくいい表情をしていることだけは理解出来る。

 

 

「ああ。だから……行ってこい、我が師匠」

 

「……行ってきます、我が弟子」

 

 

ソウジの後押しの言葉に、八重樫は振り返らずに力強く返し、白い八重樫に向かって歩んでいく。白い八重樫はそんな八重樫を納刀したまま静かに待つ。

 

 

『よくもまぁ、敵を前にイチャイチャできるわね?』

 

「イチャイチャしてないわよ。出来ればとは思うけど」

 

『あらあら、そんなことを宣うのね?恋敵を……』

 

「こんな不毛な会話に意味はないわ。生きて、もう一度、私はアタランテさん達に会う。全てはそれからよ」

 

『…………』

 

 

白い八重樫の言葉に、八重樫は全く揺るがずに平然と返す。もう、今の八重樫にはそんな言葉で揺らぎはしない。

―――想いを自覚し、受け入れ始めているから。

 

 

「ケンカするかもしれない。軽蔑されるかもしれない。でも、諦めないわ。私にとっての最良を手繰り寄せてみせる。何度挑戦することになっても、絶対に諦めない。それが、私の答えよ」

 

『結局、戦う女でいるのね?』

 

「そうね。だけど、今更よ。そうやって生きてきて得たものは、もう捨てられないくらい大切なの。そして、きっとこれから先も素敵なものが得られると信じることにする。……それに、戦う女でも、私より遥かに強い弟子が守ってくれるみたいだしね」

 

『それはあくまで―――』

 

「南雲君と香織の為、でしょ?今はそれで構わないわ」

 

 

八重樫は、スッと腰を落とし、軽く足を引き半身となって抜刀術の構えを取る。

 

 

「今の私に余力はない。だから、この一太刀に全てを込めるわ。凌げるものなら凌いでみなさい」

 

『ふふっ、素晴らしい気迫よ。本当になんてタイミングで現れてくれるのかしら。……必要な時に、必要な場所にいてくれる人なんて、物語の中だけと思っていたわ』

 

「確かにそうね」

 

 

白い八重樫の呟きに、八重樫はあっさりと同意し、神経を研ぎ澄ませていく。ソウジに目を向けて苦笑していた白い八重樫も同じように腰を落として抜刀術の構えをとる。

 

互いに急速に膨れ上がっていくプレッシャー。そのプレッシャーの中でも、八重樫の心は深い森の中の泉のように静かだった。自分の背中に、彼の存在を強く感じるから。

だから―――

 

 

「―――ふっ」

 

『はぁっ!!』

 

 

踏み込んだのは同時。

ポニーテールを流星のようになびかせた八重樫と白い八重樫が交差する。

金属音を響かせながら、互いに背を向けたまま、数メートル先で残心する。

 

と、その時、束ねていた髪紐が切れて八重樫のポニーテールが解かれる。同時に交差した地点に真っ二つとなった白い刀身が地面に突き刺さる。

勝ったのは……八重樫だった。

 

八重樫がチンッと小気味いい音を立てて納刀すると、白い八重樫の身体が二つにずれる。そのまま、どこか満足そうに綻んでいた白い八重樫は姿をゆらりとぶれさせ、宙に溶け込むように消えていった。

八重樫は極度の疲労と緊張から解放されたことで、体を傾けて崩れ落ちかけるも、地面に叩きつけられる前にソウジに抱き止められる。

 

 

「お見事。相変わらずの綺麗で洗練された太刀筋だ」

 

 

ソウジは称賛を送りながら、八重樫を地面に下ろしてから、“宝物庫II”から取り出した自身の上着のスペアを渡す。上着を受け取った八重樫は最初は頭に「?」を浮かべて首を傾げていたが、ソウジが無言で背を向けたことで斬られたせいで自身の胸元が露になっていることに漸く気付き、顔を真っ赤に染めながら、そそくさと手早く着替えた。幸い、ソウジの上着は着物をベースにしてあるので多少サイズが合わなくても問題はない。

その間に、ソウジが通って来た道とは異なる第三の道が氷壁を溶かして姿を現した。

 

 

「……出来れば、最初に助けてくれた時に渡して欲しかったのだけど」

 

「戦闘中はそんな事を気にする余裕なんかないだろ。どうせ渡そうとしても、あの時のお前は受け取らなかっただろ」

 

 

ある意味、至極真っ当な正論に八重樫は悔しげに唸る。それでも、ソウジのスペアの服だから別に構わないかと思い直した。

 

 

「それはともかく、歩けるか?八重樫」

 

「正直、貧血のせいで歩くのは厳しいわ……だから空山君、抱っこして連れていってね?」

 

 

八重樫からの遠慮がない要求にソウジは渋い表情となる。正直、人型モードの翼丸で抱えていきたいところだが、それをすれば、間違いなく八重樫は黒歴史を大多数に拡散しようとするだろう。

なので、ソウジは深く溜め息を吐き、仕方なく八重樫の眼前で背を向けて屈んだ。

 

 

「……お姫様抱っこが良かったのだけれど……仕方ないか」

 

 

八重樫は不満を口にしながらも、ソウジの背中に乗り掛かる。背中の柔らかい感触を無視しながらソウジが腰を上げると、途端に回した腕をギュッと絡めて密着した。

 

 

「……本当に遠慮がないな。日本に居た頃は、もうちっと遠慮があったと思うんだが」

 

「もう少し素直になろうと思っただけよ。空山君だって、素直に私の要求を呑んでくれたし」

 

「呑まなきゃ、お前は黒歴史を増やそうとするだろうが」

 

「ええ。もし、ロクでもない方法で運ぶものなら、痛い二つ名を拡散してあげるつもりだったわ」

 

 

そんな遠慮のない会話を交わしながら、ソウジは八重樫を背負ったまま通路を進んでいく。道中で、ソウジの耳元に、八重樫が甘さを含んだ声で囁いた。

 

 

「ねぇ、空山君」

 

「なんだ?」

 

「あの時の会話、聞こえていたかしら?」

 

「あの白い八重樫とのか?距離もあったし、声も小さかったから聞こえてないぞ」

 

「そう……」

 

 

ソウジの返答に、八重樫は考えるような素振りを見せる。そして、ソウジの眼前に掌を向けながら再び口を開いた。

 

 

「この手、剣ダコだらけでしょ?やっぱり女の手じゃないって思うかしら」

 

「そう思うなら、ハンドクリームやら何やらで手入れでもしてろ」

 

「それくらいやってるわよ、バカ!」

 

 

あまりにも酷いソウジの発言に、八重樫はソウジの耳を引っ張って怒りを露にする。対するソウジはされるがままで言葉を続けていく。

 

 

「だが、お前らしい綺麗な手だと思う。そこは誇ってもいいだろ」

 

「…………」

 

 

ソウジのその言葉に恥ずかしくなったのか、八重樫は耳を引っ張るのを止めて、誤魔化すように抱きつく力を強める。

 

 

「……助けに来てくれてありがとう、空山君」

 

「助けに来たわけじゃない。偶然だ」

 

「そのわりには本当にいいタイミングよね。オルクスといい王都といい、本当は計っていたんじゃないの?」

 

「馬鹿も休み休み言え。どれも心臓に悪いタイミングだっつーの。香織の時はある意味手遅れだったし……もっと余裕が欲しいところだ。マジで」

 

 

うんざりした表情で返すソウジに、八重樫はクスクスと笑みを零していく。

 

 

「空山君は知ってるだろうけど、私は結構乙女チックなのよ。剣術よりおままごとをしていたかったし、格好良い男の子に守られるお姫様なんかに憧れもしたのよ」

 

「格好良い男の子なら天之河が……って、ないか。そうなら、お前は今頃、天之河に甘えているだろうからな」

 

「あんまり光輝の事を悪く言いたくないけど……お察しの通りよ。昔、光輝に相談して解決するどころか逆に悪化しちゃったのよね」

 

「だから余計に、そういったのに夢を見るようになったという事か」

 

「ご明察。夢の世界の時なんか、自分をお姫様にして騎士との恋物語を体験したくらいにね。我ながら、痛々しいと思ったわ……だから、何度も助けてくれた空山君には本当にすごく感謝しているのよ」

 

「……大袈裟だな。単に……」

 

「私が死んだら、香織が泣いて、香織を泣かせたと南雲君が怒るから、でしょ?それくらい分かっているわよ」

 

 

事実ではあるが正解ではない八重樫の指摘に、ソウジは嘆息しながら八重樫の間違いを指摘した。

 

 

「……それは二割だ」

 

 

ソウジのその言葉に、八重樫はキョトンと目を見開く。

 

 

「二割?じゃあ、八割は……」

 

「残りはお前がオレの友人だからだ。友人を見捨てるほど、非情にはなれないだけだ」

 

 

未だに自分を友人とも思ってくれていたことに、八重樫は少し恥ずかしくなる。

 

 

「……本当に空山君は優しいわね。わざわざ鈴達を鍛えてくれたしね」

 

「……肉壁がすぐに消えないようにしただけだ」

 

「男のツンデレはあまり需要がないわよ。もう、それが建前であることくらい、分かっているから」

 

「…………」

 

 

何を言っても、あっさりと返されそうな気がしてソウジは何とも言えない気分で口をつぐむ。

 

 

「……私、アタランテさんやジークリンデさん、フィアさんに会いたいわ。会って、空山君を好きになったって言うの。どうなるかわからないけど、少し素直になってぶつかってみる…………」

 

「………………………は?」

 

 

今、さらりと爆弾発言をした八重樫に、ソウジは抜けたような表情となって八重樫に顔を向けるも……

 

 

「……すぅ……すぅ……」

 

 

当の本人は寝息を立てて眠ってしまっていた。

どうしてこうなったんだ?と、ソウジは内心で頭を抱えながら、通路を歩き続けるのであった。

 

 

 




「髪を下ろした姿も中々新鮮だな」

「私としては髪を結いたいところだけどね……だから、髪紐を用意してね?」

「そういうのはハジメに相談しろ」

「じゃあ、空山君が南雲君に頼んでね」

「……自分で(ビシッ!)……期待するなよ」

「ふふっ、ありがとう♪」

ロングヘアーの鞭で折れたソウジの図

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