コツ、コツ、コツ
足音が通路内に響き渡る。足音を立てて通路を歩いている人物は……ハジメだった。
「まだ着かないのか……」
ゴールがまだ見えてこない通路でハジメはボソリッと呟く。
ハジメはもちろん己の虚像に打ち勝っていた。その理由は完全な開き直りであったが。
当然、己の虚像からソウジへの嫉妬―――平凡なステータスながらも戦闘職だったこと、例え望み通りにならずとも願いために前へと進もうとするソウジの姿勢に嫉妬していたのだと指摘されたが……
『そうだな。確かに俺はソウジに嫉妬していた。だが、そんな
と、これにも開き直っていた。
そして、開き直ったままハジメは己の虚像よりも強くなって勝利を収めたのだ。決め手は赤熱化し、“纏雷”を最大出力で纏った義手による抜き手である。……止めは義手の掌からの熱線であったが。
「本当に面倒くさい試練だったな……ユエ達なら問題なくクリアできるだろうが、天之河辺りがヒーヒー言っていそうだな」
ハジメにしては珍しくユエ達以外のメンバーの心配をする。天之河以外に関しては潜る直前の様子から問題ないと踏んでおり、ご都合解釈の天之河には相当堪えそうだと判断していた。
その一番大丈夫だと判断していた八重樫は、己の虚像に心をバキバキにへし折られた後、乙女パワーを上げて試練をクリアしたとは露ほども知らずに。
先の戦闘を思い返しながらしばらく歩いていると、前方に行き止まりが見えた。
「ん?この気配は……」
当然、到着すれば勝手に開くだろうと考えたハジメは、“気配感知”で壁の向こう側から感じ慣れた気配を捉える。内心でユエじゃないことに肩を落としつつも、行き止まりの壁に到着する。同時に行き止まりの氷壁も消え、その先の空間を露にする。……万が一、変化がなければパイルバンカーで壁を破壊するつもりだったが。
取り敢えず、破壊しなくて済んだハジメはその空間に足を踏み入れる。その空間も、やはり大きな空間の中央に巨大な円柱型の氷柱があった。
その傍には、ソウジの愛しの人―――アタランテがいた。周囲にアタランテ以外の気配もなく、さっき抜けてきた通路以外の二つの通路もあることから、既に大迷宮の試練はクリアできたようである。
だが、アタランテの纏う雰囲気は―――暗く、重たかった。
ハジメは何となく、対峙していたであろう己の虚像の言葉に思うところがあったのだろうと察しつつ、アタランテに話しかけた。
「お疲れさん。一応無事にクリア出来たみたいだな」
「……ハジメか」
ハジメの声に、アタランテは幽鬼のように振り返る。やはり、その表情は優れていなかった。
「……そちらは問題なくクリア出来たようだな。部屋は……それぞれの空間と繋がっていたのか」
「だろうな。……それで、虚像のお前に何を言われたんだ?」
ハジメはアタランテの推察に同意しつつ、珍しく何かあったのかを問い掛ける。勿論、普段のハジメならしなことだが、ソウジに再会した時に暗いままでいられると、ソウジが面倒なことになるからだ。
ハジメの質問に、アタランテはハジメから顔を背けながら、ポツリと消え入りそうな声色で話し始めた。
「……もう一人の私に言われたのだ。神に操られる、もしくは壊されないという保証はどこにもないのだと」
「…………」
それだけで、ハジメはすぐに理解することが出来た。そんなハジメに構わずにアタランテは言葉を続けていく。
「知っての通り、私はヤツに作られた存在……その気になれば簡単に壊される存在だ」
「…………」
アタランテの言う通り、確かにアタランテはこの世界の“神”に作られた存在。魔石に似た器官等、真っ当な生命とは言えない箇所は確かに存在する。かつて彼女自身が告白した通り、“愉しみ”の為にわざと生かされたのだ。
「常に私は生殺与奪を握られている身……いつ消えてもおかしくはないのだ。同時に意志を奪われ、命令通りに動く人形になる可能性も」
「…………」
「だから、ハジメ……もし、私がそうなったら、その時は―――」
「却下だな」
アタランテの言葉を最後まで紡がせず、ハジメは速攻で却下した。却下されたことで自身を見つめてくるアタランテに、ハジメは呆れを含ませながらも、真剣な言葉を紡ぎ始めていく。
「そんなことを考えなくても、ソウジはとっくにその可能性に行き着いている。同時に対策を俺と一緒に練っているしな」
「…………」
「お前のおかげでユエがヤツに狙われている可能性が浮上しているし……乗っ取り対策のためのアーティファクトも作成中なんだ。どれも納得のいく出来にならないけどな」
ハジメとソウジは魂魄魔法を修得してから、強奪対策の為のアーティファクトをユエ達に隠れて作成しているのだが、“そこそこ”の出来のアーティファクトは出来れど、“これでいける”と太鼓判を押せるアーティファクトは一つも出来なかった。その為、作っては破棄、作っては破棄を何百回も繰り返している始末なのだ。
「……もしや、概念魔法で」
アタランテのその呟きに、ハジメは不敵な笑みを浮かべて肯定する。その表情は、ユエ達を魅了してきた化け物の笑みだ。
「ああ。最初は魂魄魔法で作ってはいたが、概念魔法を手に入れれば納得のいくアーティファクトが作れる筈だ。何たってそれぞれの“特別”が掛かっているからな。妥協なんざ一切しないさ」
「その流れからだと……あやつを始末せんとする勢いだな」
「当たり前だろ。もし、ユエに手を出したら、泣いて謝ろうが、二度と関わらないと言おうが、徹底的に殺ってやる。投降も降服も一切受け付けず、奴の全てを完封なきまでにぶっ潰してやるさ」
言っていることが完全にヤクザかテロリストである。もちろん、ソウジも同じことを言うであろうことも想像に難くない台詞だ。
「……ぷっ!あはははははははははっ!」
そんなハジメにアタランテは先程までの暗い態度から一変、実にいい笑顔で笑い声を上げていく。
「まったく、こうしてウジウジしていたのが馬鹿らしくなるではないか」
「元気が出て何よりだ。暗いままでいられると、俺がソウジにボコられるんだからな」
「確かにそうだな。早くソウジに会って甘えたいな」
「俺もユエに会って甘えたいから、とっとと行くか」
すっかり元気になったアタランテと共に、ハジメは第三の通路に向かって歩いていく。
「そういえば、ハジメは己の虚像に何て言われたのだ?」
「両親に拒絶される可能性を指摘されたな。開き直ってやったが」
「そうか。ちなみに、ハジメの両親はどんな人だ?」
「父さんはゲーム会社の社長。母さんは有名な少女漫画家だな。どっちもノリがいい人達だよ」
「容易に想像が出来るな。案外、体を張って人の道に連れ戻すかもしれぬな。『息子を連れ戻すのが親の役目だ!!』といった感じでな」
「……あー、十分に有り得るな。何か、開き直ったのが損した気分になってくるな」
そんな感じで会話しながらハジメとアタランテは歩いていると、行き止まりが見え始める。
行き止まりに辿り着くと、予想通り氷壁は勝手に消えたのでそのまま迷うことなく足を踏み入れる。
氷壁が消えた先には、やはり全く同じ構造の空間があり、そこに居たのは……
「貴女は確かに私でしょうがやはり紛い物ですね。私の愛と献身を計りきれないとは、私なのに本当に情けない限りです」
『……私は貴女の心の闇なのですよ?なのに、どうして平然と……』
幾条もの鈍色の杭で身体を貫かれて地面に磔にされた黒いフィアと、大鎌を胸元に携えて溜め息を吐くフィアの二人だった。
「「…………」」
その光景に、さしものハジメとアタランテも言葉を失った。そんな二人に構うことなく、フィアは己の虚像の質問に何時もの微笑を浮かべて答えていく。
「ですから紛い物と仰ったのですよ。私には、お嬢様達から多大な恩があります。夢想はすれど今をとても気に入っているのです。その事をまったく考慮せずに文句を垂れ流す等……その耳と尻尾の毛を刈り取りたくなる程ですよ。使用人のしの字すら理解していないエセ狐さん?」
『自虐してませんか……?』
フィアの毒舌に、黒いフィアはツッコミを思わず入れるも、フィアは微笑するだけで全く揺るがない。その姿は、まさに死神を彷彿とさせる。
「そもそも、私の幻術を見抜けずに嵌まった時点で、勝敗は既に決していたのですよ?」
『……その通りですが、私が貴女を完封なきまでに言い負かして、際限なく強化される幻を見せるなんて……
「そうでしょうか?後、時間になりましたのでサヨラナです。私と宣って無様に敗北した、汚れで真っ黒な狐……いえ、鼠さん」
『サディストォ……』
その言葉を最後に、命を刈り取るが如く心臓を大鎌で貫かれた黒いフィアは哀しく消滅していった。
「「…………」」
「お待たせしました。アタランテ様にハジメ様。では、参りましょうか」
「「……はい」」
とっくにハジメ達に気づいていたらしい、杭を消し去り、大鎌を優雅な動作で収納したフィアの言葉に、ハジメとアタランテは特に言及することなく同意し、新しく現れた通路に向かって歩くのであった。
「今度こそユエに会えるといいな」
「私もソウジに早く会いたいのだが……」
「うーん、なんとなくですが、次は喧嘩している場面に遭遇しそうですね」
「……はは、まさかな」
何故か冷や汗を流すハジメ図。
一方……
「ユエは本当に心が小さいよね?その乏しいものと同じく」
「……香織こそ、まだノイントの肉体を使いこなせていないの?……やはり、所詮は香織といったところ」
「“縛光刃・銀翼”!!」
「……“五天龍”」
「あわわわわわっ!!喧嘩は止めてくださぁ~い!!」
大量の縛光刃(分解付与)を翼のように展開する香織と、五天龍を繰り出すユエの図。
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