「ん……?」
ぼんやりと、鈴の意識が僅かに覚醒する。
ドスドスと音が響き、頬に温かさが伝わってくる。それが、体重の重い人間の足音と体温であると理解した瞬間、鈴の意識は急速に浮上していく。
「あ、あれ?なに?もしかして誘拐?」
「違ぇよ、鈴」
身体を強張らせ、天舞谷口を探りかけていた鈴の耳に、聞き慣れた男の声が届く。
「へ?龍太郎くん?」
「応よ、俺だぜ」
龍太郎の背中に背負われて移動しているのだと分かり、鈴は体から力を抜く。そして、背負われている理由を聞くことにした。
「えっと、どうして龍太郎くんが鈴をおんぶしてるの?」
「そりゃあ、鈴。俺の顔をしたムカつく野郎をぶっ飛ばして出来た道を通ってきたら、同じような部屋の中央付近でお前が爆睡していたからだ。揺すっても起きねぇから、こうして背負って移動することにしたんだよ。……さすがにプロレス技をかけるわけにはいかねぇしな…………色々な意味で……」
「?……うん、そんな起こし方をされていたら寝起きのk…………バリアバーストだったよ」
「……なぁ、鈴。今の間は何だ?一体何を言いかけたんだ?」
龍太郎の質問に鈴はサッと顔を逸らして無言を貫く。あの二人に大分染められたと自覚しつつ。
それだけで、龍太郎は何となく理解したのか、若干内股になって進んでいく。
「でもそっか。あの試練の部屋って他の皆とも繋がってたんだね」
「みてぇだな。この道の先も誰かの部屋があると思うぜ?」
「カオリンかティオさん、ジークリンデさんだといいなぁ。まだ回復しきってないし……って、龍太郎くんも何かボロいけど大丈夫なの?」
龍太郎の大きな背中に収まりながら鈴は龍太郎の心配をする。衣服もボロボロな龍太郎は鈴とは顔を合わせないまま、質問に答えた。
「ん?ああ、このくらいどうってことねぇよ。アバラが数本折れて、肩が脱臼して両腕の骨にヒビが入っているくらいだ」
「それは“これくらい”で済ませていいレベルじゃないよっ!!」
「そうか?肩ははめ直したし、腕も“金剛”で補強してるし後は気合があるから大丈夫だ」
「……気合……便利な言葉だね」
龍太郎の脳筋振りに鈴は疲れたように溜め息を吐きながらも天舞谷口を取り出し、回復魔法と再生魔法、“聖絶”を複合させたオートリジェネに近い場を作る魔法―――“聖絶・生”を展開する。
無論、香織やティオ、ジークリンデには全く及ばず、気休め程度の効果しかないがないよりはマシである。
「お?何かちょっと楽になったぜ。ありがとよ、鈴」
「……本当に龍太郎くんは人間止めたよね。【ハルツィナ樹海】でも思ったけど、龍太郎くんも南雲くん達の領域に足を踏み入れたよね?」
「そうかぁ?一人じゃあ、結構苦戦してるし、南雲や空山にはまだまだ及ばないと思うんだが。それでも、前回と違ってちゃんと戦えているのは確かだけどよ」
「そうだね。……そういえば、龍太郎くんは悩みとかあんまりなさそうなんだけど……あっ、答えたくなかったらいいよ?」
言外に、脳筋に言葉責めされるポイントはないだろと言う鈴に、龍太郎は全く気付かずに、少し間を開けてから答えた。
「……いや、そんな大したことじゃない。単にヘタレ野郎や二番煎じだと罵倒されただけだ」
龍太郎の言葉に鈴は首を傾げる。龍太郎は危険があっても取り敢えず突貫してみる男であり、例の
「いやぁ、昔から、惚れた女にどう接したらいいのか分からなくて、人助けも常に光輝と一緒だったからなぁ。告白したこともない上に大体は光輝や他の男に取られて……ってのを指摘されちまってな」
「……あ」
「それで、遠慮せずに強引にいっちまえって言われたんだよ。今のお前なら、主役になることも、惚れた女を自分のものにできるぞ、って。俺を受け入れれば、それが可能だと手を伸ばしてきてな」
龍太郎の場合は心の闇を突き付けて自滅させるのではなく、理性を失わせて欲望の権化にするという方法で攻めてきたようである。おそらく、龍太郎の負の感情が少な過ぎるから、大迷宮はこのような方法に打って出たのだろう。
「それで、その手を握り返した後、どうしたの?」
「何で手を取った前提なんだよ……?第一、手なんか握らずに顔面ぶっ飛ばしてやったに決まってんだろ」
「へ?どうして?」
「んなことしたら、南雲と空山に殺されるだろうが」
「へ?……………………………………ぇええええええええええええええええええええっ!?!?」
龍太郎の爆弾発言に、鈴は思考が追いつかず、理解した瞬間に驚愕の声を盛大に張り上げた。
「龍太郎くん、お姉様達のことが好きだったの!?え?うそ?ほんとに?」
「……俺があの人達に惚れるのがそんなに悪いことなのかよ?」
「い、いや、そうじゃなくて……そんな素振りが全然なかったから……」
「……そんな素振りを見せたらどうなると思う?樹海の夢の時なんか、思わずそれを匂わせちまってフルボッコにされたんだぞ」
「……龍太郎くん……哀れ……すごく、哀れ……」
「同情してんじゃねぇよ!!お前、性格が変わってるぞ!!」
可哀想なものを見るような眼差しを向けてくる鈴に龍太郎は吠えたてる。鈴の言動が妙にストレートになっているので、その指摘は間違っていない。
鈴はふと、龍太郎の告白に些細な疑問を持った。
「……あれ?龍太郎くんの告白通りなら、その場合は“奪っちまえ”になるんじゃないかな?どっちもカップルが成立しているから」
「…………」
鈴のその指摘に、龍太郎はピタリと無言になる。少しの沈黙の後、龍太郎は再び口を開く。
「……ユエさん達以外にも、惚れてる女がいると突き付けられちまったんだよ。そいつもまた取られるから、そうなる前にいっちまえって」
「……それだと、どうして龍太郎くんは手を取らなかったのかな?」
ますます首を傾げる鈴に、龍太郎は前を向いたまま、はっきりと告げた。
「鈴も知っての通り、俺が強くなりたかったのは仲間と親友を守るためなんだよ。俺自身の欲望に負けちまったら、皆に合わせる顔がなくなっちまうんだよ」
龍太郎のその言葉に、鈴はあの日―――彼らに付いていくと決めたあの時のことを思い出す。龍太郎は、自分と、仲間を守れるくらいには強くなりたいという理由から彼らに同行したいと願い出た。一緒に同行している時も、ソウジに自身を鍛えて欲しいと土下座する勢いで頼み込んだ。特訓の間も、何度地面に沈められても、汚い言葉で罵倒されても、龍太郎は弱音を吐かずに必死に食らいついてきた。
それが、龍太郎の“強さ”なのだろう。鈴もその強さのおかげで……
鈴はそこまで考えて恥ずかしくなったのか、顔を赤く染めて、龍太郎の背中に顔を埋めた。
「……おい、鈴?」
「……龍太郎くんはすごいよね」
「……それを言ったら鈴だってすごいだろ。あんなことがあったのに、お前は痛みを堪えて必死に頑張っているんだからよ」
「……そっか」
どこか照れ隠しのようにも感じる龍太郎の物言いに、鈴は深く追及することもなく短く言葉を返す。
そんな何となく甘い雰囲気で互いに無言となって進んで行く。やがて、前方に行き止まりが見えてきた。
「お?次の部屋だな」
「カオリンか、ティオさん、ジークリンデさんがいますように……」
“聖絶・生”で多少回復したとはいえ、本格的に回復したい鈴は祈るように手を合わせる。そんな鈴を背負ったまま、龍太郎が氷壁に近づくと、それに反応して溶けるように氷壁が消えていき奥の部屋の入口が開く。
果たして……鈴の願いは半分だけ届いた。
「「……え?」」
部屋に入った瞬間、鈴と龍太郎は信じられないものをみたような声を洩らす。当然だろう。鈴と龍太郎の視線の先には、身体の上半身が地面に突き刺さって沈んでいるティオの姿と、顔を覆ってザメザメと泣いているジークリンデの姿があったのだから。
一体何があったのか、ティオは攻略に失敗してしまったのか、そんな信じられない思いを抱きつつ、鈴と龍太郎は泣いているジークリンデに歩み寄った。
「ジークリンデさん、一体何があったんだ!?」
「まさか、ティオさんの身に何かあったの!?」
「鈴様、龍太郎様……」
鈴と龍太郎の呼び掛けに、二人に気づいたジークリンデは手を顔から離し、本当に申し訳なさそうに言葉を紡ぎ始めた。
「申し訳ありません……あまりにも、ティオ様の落差が激しかったもので……」
「「……ん?」」
この時点で、何とな~く事の顛末が見え始めた鈴と龍太郎に、ジークリンデは言葉を続けていく。
「ティオ様が戦っておられた際、かつての凛々しい姿を……皆様で言うところの“スーパーティオ様”になられて試練を突破された後、『さぁ、ジーク!ご主人様のとびっきりのお仕置きの前に、無事に試練を乗り越えたそなたからも仕置きを受けようぞ!!ハァハァ』とあまりにも酷い発言をなされた為に思わず……」
「「…………」」
つまり、あまりにも酷かった為に、ジークリンデは思わずティオを頭から地面に叩きつけて突き刺してしまったのだろう。その証拠に、僅かに窺えるティオの表情は恍惚としている。
本当にこの人は残念過ぎると、鈴と龍太郎は揃って溜め息を吐くのであった。
ちなみにジークリンデは劣等感を突き付けられたが、竜人族とソウジ達との旅で培った己の誇りで容易く勝利を掴んでいた。
「そういえば、龍太郎くんはお姉様達以外で誰に惚れてるの?」
「…………」
「……ノーコメントということは言いたくないのかな?ヘタレな龍太郎くん?」
「ヘタレで悪かったな!!」
ヘタレの烙印を押される脳筋の図。
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