魔王の剣   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ


タガが、外れる時

天之河光輝。

敏腕弁護士だった天之河完治を祖父に持ち、妹もいる一般家庭の出の人間である。

光輝は子供の頃、完治の子供向けの経験談を聞いて育った。その祖父の弁護士としての仕事より得た経験談が、光輝の正義感の始まりだった。

 

この事に関しては完治を責められはしない。子供の頃は綺麗な話だけでいいと考えるのは至極当然のことであり、光輝が年を重ねれば、いずれ完治はままならない現実も含めた苦い経験談も話していただろう。だが、完治はそれを教える前にこの世を去ってしまった。

 

大好きだった祖父の急死。それが余計に幼かった光輝の中で、ヒーローと憧れていた完治の存在が美化されてしまうこととなった。

加えて、光輝の高いスペックが本来経験する筈だった現実の厳しさを理想通りに乗り越えさせてしまい、理想の正しさをまかり通してしまったのだ。

 

その結果、光輝は自分の正しさを疑わなくなってしまった。光輝の両親はそれを危惧して八重樫道場に通わせたり、雫も含めた親しい人間の幾人かが何度も注意していたが、光輝は変わらなかった。元々のカリスマ、善意一色の行動原理から、大多数の人間が光輝を支持してしまったのも原因の一つだ。

 

当然、光輝の知らないところで数々の問題が起きていた。雫の周りの女の子達からのやっかみも、中村恵里が歪んでしまったこともその内の一つだ。

 

それらも、自分の正しさを疑わない光輝はご都合解釈で自分の正しさを維持してしまったのだ。それも闇雲に光輝に慕う周りによって後押しされることでまかり通ってしまい、その事実に光輝は欠片も気づくことなく、ご都合解釈の癖が根付いてしまったのだ。

 

その“理想の正しさ”は異世界に召喚されたことで徐々に崩れ始めた。平和な日本のみで通じていたことが、殺意と憎悪、超常と非常識、理不尽が蔓延る異世界では通じなかったからだ。その最たる例が、ハジメとソウジに再会した【オルクス大迷宮】での一件だった。

 

そこで始めて、現実の壁というものを光輝は目の前に突きつけられたのだ。手痛い失敗で、光輝は己の中の“子供”を露呈させた。

そして―――

 

 

『香織を南雲に奪われた。だろ?』

 

「ち、違う!奪われたなんて……」

 

 

灰色の髪に黒い鎧を纏った、顔が光輝に似ている()()の嘲りに、光輝は荒い息を吐き、大量の汗を流しながら咄嗟に反論する。

 

 

「雫の言う通り、香織は最初から南雲のことが……」

 

『誤魔化すなよ。俺はお前だぞ?だから、お前()のことは誰よりも分かっているさ。本当は、雫の言葉に納得したふりをしただけで、心の奥底で奪われたと、香織は自分と共にあるべきだと未だに思っている。小学生の頃からずっと一緒で、これからも一緒だと信じていたのに。香織はヒーローである自分のヒロイン()なのに……』

 

「黙れっ!嘘を並べるな!ありもしないことを宣ってっ。俺は惑わされないぞ!!大迷宮の魔物なんかに!!」

 

 

光輝は血走った眼で()()を睨み付け、力任せに光刃を飛ばす。幾筋もの光の斬撃が()()に迫るも、向こうも光輝と全く同じ軌道で光刃を飛ばして相殺。否、その内のいくつかはそのまま直進して光輝に襲いかかった。

 

 

『その割には動揺が酷いな。せっかく錆落とししてくれた聖剣も、それじゃあ宝の持ち腐れだよな?いや、南雲と空山が手を加えたからまともに使いたくないんだろ?あのフロストタートルの時も、聖剣をしっかりと使わなかったからな』

 

「そんな訳ないだろう!?あれが俺の全力……」

 

『また強化されたぞ?本当は分かっているんだろ?』

 

 

()()はそう言って、黒い聖剣の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、特大の“天翔閃”として放つ。その一撃は強化前の“神威”に匹敵する程だ。

光輝は咄嗟に横へと飛んで回避する。相殺は不可能だと、本能的に悟ったからだ。

 

 

『この魔力タンク機構と冷気集束機構をこうやって応用すれば、今のように簡単に威力を上げられる。あの時の“神威”も、これを使えば魔石ごと粉砕できたかもな?』

 

「そ、それは教えてもらわなかったから……」

 

『ほら。そうやって嘘をつくから……また強化されたじゃないか?』

 

 

()()()()()()()ことに固執していた事実に目を背けたことで、()()は再び強化される。

()()は嗤いながら冷気を帯びた“天翔閃”―――“天翔閃・冷”を放ち、光輝は“天翔閃・震”を放って相殺を試みる。だが、()()の放った“天翔閃・冷”を相殺仕切れず、軌道が逸れた斬撃で光輝は軽い凍傷を負ってしまう。

 

 

『香織だけじゃない。ユエやアタランテ達も南雲と空山を慕っているのも気に食わないんだろ?あんなに可愛くて強くて魅力的な女の子達は、ヒーローである自分()と共にあるのが相応しいもんな?簡単に人を殺して、切り捨てるような南雲と空山なんかを慕うなんて認められないもんな?』

 

「いい加減にしろ!彼女達は本気であいつらを……それは彼女達が決めることで……だからっ」

 

『南雲と空山の強さも気にくわない。あの強さは本来、自分のものであるべき、だよな?というよりも、あいつらの全てが気に入らないんだよ』

 

「違うっ。確かに、自分勝手なところはあるけど、何度も助けられて……特訓を見てもらって……そんなあいつらを」

 

『嫌ってないって?嘘はダメだ。助けられた時も、感謝より嫉妬を感じていたじゃないか。当時、歯が立たなかったベヒモスを足止めした時……イヤ、香織が積極的に話しかけていた時から、南雲に嫉妬していただろ?そして、何の躊躇いもなく南雲を助けようとした空山にも』

 

「そんなわけないだろ!そんなわけが」

 

『空山の特訓だって、本当は不満で一杯だっただろ。勇者である自分が雫や龍太郎、鈴でさえも強くなっていっているのに、自分だけが強くなれずに置いていかれている状況に、皆を導けず、徐々に足を引っ張り始めている状況に、特訓の主催者である、()()()()()()()()()()()()空山を憎んだじゃないか』

 

「ありもしないことを言うな!俺は、空山を憎んでなんて……」

 

『おいおい、一体、どれだけ俺を強化したら気が済むんだ?』

 

 

己のヒーロー願望と、ハジメとソウジに対する憎悪と嫉妬、香織の独占欲や他者の好意への欲求、ことの中心にいたいという自己顕示欲、徐々に感じ始めている周りへの劣等感……それらを突き付けられても、光輝は自分の言葉を信じて反論する。……無意識に認めることを避けて。

 

当然、己の心の闇を否定することで強化される目の前の存在は、際限なく強化されていく。

()()が黒い聖剣を天に掲げ、眩い光の奔流を噴き上がらせる。光の奔流は天井付近で弾けると、雷を纏った幾条もの流星となって光輝を爆撃し始めた。

 

それを“縮地”で避けながら反撃の機会を窺う光輝だが、表情には焦燥の色が綺麗に貼り付いている。

雷を纏う光の流星群は、若干のホーミング機能と“纏雷”が付けられているために厄介なことこの上ない。避ける際にはギリギリまで引き付けなければならず、少しでもタイミングが遅いと電撃を食らって動き鈍り、そのまま流星群の餌食になりかねない。かといって、相殺ばかりでは反撃に出られずじり貧となる。

 

“あいつらが手を加えたせいで……”一瞬、そんな思いが光輝の胸中に過るも、“正しくない”思いから、それはすぐに頭の奥底封じ込めてなかったことにした。

 

 

「“天翔閃・嵐”!!」

 

 

どうにか爆撃を掻い潜った光輝は、光の斬撃に風の刃が加わった一撃―――“天翔閃・嵐”を繰り出す。見える斬撃は十だが、実際にはその三倍だ。

 

『無駄だよ、“天爪流雨・迅”』

 

 

対する()()は涼しげな表情で流星となって乱れ飛んでいた光弾を一瞬で黒い聖剣に集束させる。それを一条の砲撃に変化させて解き放った。

放たれた雷撃を纏う一条の砲撃は、光輝の放った無数の刃を真正面から蹴散らし、そのまま光輝へと進撃していく。

 

 

「っ、“光鎧”!!」

 

 

回避は間に合わないと判断した光輝は、前方に光のリングが無数に連なった障壁を展開して防ごうとするも、本来の性能に加えて強化された聖剣と、否定によって強化された()()の力が合わさった一撃は、必殺技と称して過言ではない威力だ。

故に―――

 

 

「ぐわぁ!?」

 

 

光輝の展開した障壁は打ち砕かれ、盛大に吹き飛ばされることとなった。地面をゴロゴロと転がり、氷壁にぶつかってようやく動き止まるも、体は僅かに痙攣し、額からは血滴り落ちている。

 

 

『圧倒したいんだろ?南雲と空山を。あいつらを跪かせ、許しを請わせたいんだろ?それで、南雲から香織を取り戻して、ユエ達に好意を向けられて、仲間を先導して、世界を救って、皆を連れ帰って、多くの人達から称賛を浴びて……』

 

「黙れぇえええええっ!!」

 

 

()()の言葉を遮るように、光輝は激情のままに叫び声を上げながら“限界突破”を使い、()()へと突撃していく。

 

使いどころとしては相応しくないのは分かっていたが、これ以上、()()の言葉を聞きたくない、否定したい一心で使った。だって、()()()()()()()()()()なのだから。

対する()()も同じように“限界突破”を使い、光輝の怒涛の剣閃を余裕で受け止め、捌いていく。

 

 

『人殺しは悪じゃないのか?』

 

「お前は人じゃない!魔物だ!!」

 

 

揶揄するような言葉に、光輝はそう反論して更に剣を加速させる。一本のはずの剣が何本にも見えるほどの剣速だ。

円を描くように途切れることなく振るわれ続ける鋭い剣戟の嵐は、同じ剣戟で完璧に対応されていた。それどころか、逆に反撃されて浅い傷を光輝に刻むほどだ。

 

 

「うおぉおおおおおおおおおおおっ!!」

 

『どうしたんだ?そんなに殺意に塗れて……なぁ、ヒーロー?』

 

 

光輝は雄叫びを上げて聖剣を振るい、持ち得る武技を尽くすも、乱れに乱れた心では本来の力も技の冴えもなく、目の前の存在には全く通じない。

“限界突破”のタイムリミットが迫って来る現実に、光輝の表情に焦燥が滲み始めていく。そんな光輝に、()()は更に精神を揺さぶる言葉をかけた。

 

 

『そんなことじゃ、また奪われるかもな?』

 

「っ、何を……」

 

『気が付いていないふりはやめろよ。俺が気付いているってことは、お前も気付いているってことなんだからさ?』

 

「だからっ!何のことだとっ」

 

『雫は今、誰を見ているのか……ってことさ』

 

「―――ッ!!」

 

 

()()があっさりと告げた瞬間、光輝は全身の血沸騰しかのような感覚を覚えた。声にならない絶叫を上げ、自爆覚悟で衝撃波を至近距離で放つも、()()はあっさりと“縮地”で離脱回避してしまう。そして、嘲笑うように言葉を続けていく。

 

 

『考えたくもないか?香織は南雲に奪われ、雫は空山に……』

 

「死ねぇえええええ!!」

 

『おいおい、それは悪党のセリフだぞ?それに、雫の心が空山に傾いているのは目に見えて明らかじゃないか。無理もないかな?日本に居た時から親しかったし、何度も助けられたし、雫は意外に乙女チックだし?』

 

「ゼァアアアアアアッ!!」

 

 

絶叫を上げながら聖剣を振るう光輝。出力をあげた聖剣の輝きは更に増すが、黒い聖剣の禍々しい魔力の密度はそれを優に超えて上がっていく。心の内で、雫の気持ちを全力で否定して現実を切って捨てようとしているのが原因だ。

故に、全力だが癇癪でしかない一撃は、あっさりと正面から打ち返された。

 

 

「がぁっ!?」

 

『そうか。雫の心も否定するんだな』

 

 

壁際まで吹き飛ばされた光輝に、()()は呆れながら光輝に冷めた眼差しを送りながら歩み寄っていく。光輝は、聖剣を杖代わりにどうにか起き上がり、近づいてくる()()を睨み返す。その眼は、血走っている。

 

 

「ち、違う。雫が空山を……だ何て……そんなことあるはずが……」

 

『八つ当たりしたり、拗ねたり、本心から笑顔を見せたりしているのにか?』

 

「そんなの……俺や香織にだって……」

 

『アタランテとジークリンデと接する空山を見て、不機嫌そうな顔になるのに?』

 

「……単に……場所を弁えないから……それが不快で」

 

『南雲と一緒にいるユエや香織達を羨ましげに見つめて直ぐ、空山に視線を向けたのにか?』

 

「……それは……香織達を……心配していただけで……」

 

『フィアが空山にアプローチする姿を見て、複雑そうな表情をしたのは?』

 

「……雫も……本心では空山を……認めていないんだ」

 

『随分と極まっているなぁ。そんなに信じたくないか?…………ん?』

 

 

()()は不意に何もない氷壁に顔を向ける。そして、すぐにニヤリと実に嫌らしい笑みを浮かべる。光輝はチャンスとばかりに斬りかかるも、見もせずに受け止められてしまう。

 

 

『これは、いいタイミングだな。現実が、ここでやって来るなんてな』

 

「何の話だ―――」

 

 

光輝が吠えようとした瞬間、()()が顔を向けていた氷壁の一部が突然溶け出す。光輝は眼前の存在に注意しながらそちらに視線を向けると、そこに居たのは―――

 

 

「……まだ試練中か」

 

 

ソウジと―――ソウジに背負われて幸せそうな表情で眠っている雫だった。

その瞬間、光輝の中の何かが外れた。

 

 

 




「……すやすや」

「……本当によく寝てるな。…………」

「……んむぅ……」

「……これで良し、っと。思った通り、やっぱり似合ってるし八重樫はポニーテールがトレードマークだな」

人型モードの翼丸と、未使用の白い薄手の手拭いを使い、雫の髪をリボンでポニーテールに纏めたソウジの図。

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