魔王の剣   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ


都合の良い解釈

純白の輝きが大瀑布となってソウジの頭上に降り注ぐ。

寝ている八重樫を背負って氷壁を抜けて早々の光景にソウジの眼差しは鋭くなる。

 

正体は分かっている。単に魔物と勘違いしだけなら、すぐに気付いて死ぬ気で止まるかと一瞬思ったが、その一瞬見えた下手人の眼が正気の色を宿しているようには見えず、加えて背負っていた八重樫の顔をしっかりと見ていたことから、ソウジは嫌な予感を感じながら“縮地”でその場を飛び退き回避した。

 

直後、ソウジが直前までいた場所を凶悪な斬撃が駆け抜けていき、轟音と共に氷の地面と壁に深い亀裂を作り上げた。地面と壁は瞬く間に修復されるものの、その破壊痕から冗談抜きで殺す気満々の攻撃だったことが分かる。もっとも、その前の殺意と込められた魔力量から分かりきっていたが。

 

 

「……ん……んむぅ……」

 

 

そんな状況にも関わらず、八重樫は一瞬身動ぎしたがそのまま睡眠を続行し続ける。そんな八重樫にソウジは内心で呆れつつも、少し離れた場所でニヤニヤと嗤っている試練を受けている人物の虚像を一瞥した後、凶行の犯人に鋭い視線を送った。

 

 

「……一応、弁明は聞いてやるがどういうつもりだ、天之河」

 

 

ソウジは嫌な予感と合わさって、漠然と犯人―――天之河の凶行の理由を察しつつも、単なる間違いの可能性もあるので、若干きつめの口調で問い質す。

その天之河は、氷の地面に半ば埋もれた聖剣を握り締めたまま、ブツブツと何かを呟くだけであった。

 

 

「……が……だ。……で、う……ら」

 

「聞こえないぞ。取り敢えず、お前が相手すべきはオレ達じゃなく、そっちの……」

 

「……オレ達?」

 

 

黒い天之河に視線を向けながら告げたソウジの言葉に、天之河はソウジの言葉の一部に過剰に反応し、前髪の隙間から尋常じゃない輝きを放つ瞳を覗かせ、聖剣を強引に地面から引き抜いた。

 

 

「まるで自分と雫がワンセットみたいな言い方だな?なに、自分のものみたいな言い方をしているんだ?ふざけてるのか?えぇ?」

 

「……ふざけているのはどっちだ?お前の攻撃が八重樫も巻き添えにするところだったんだぞ?とにかく、さっさと試練を終わらせろ」

 

 

聖剣を引きずりながら、血走った眼差しを向ける天之河に、ソウジは嫌な予感が確信に変わりつつも、至極真っ当な正論を叩きつけ、試練のクリアを促す。

しかし、やはりと言うべきか、今の天之河にソウジの言葉は通じなかった。

 

 

「……あぁ、終わらせるさ。お前なんかに言われなくても、全て終わらせてやるさ!!」

 

 

天之河はそう絶叫するや否や、狂気を感じさせる眼差しで“爆縮地”を使い、ソウジに向かって突進した。そのまま、莫大な魔力を込めた光の斬撃を放った。

 

 

「チッ、まんまと堕とされたのか。この阿呆が」

 

「黙れ!お前と南雲が死ねば、全て元通りになるんだっ!!さっさと死ねぇえええ!!!」

 

 

その叫びで、ソウジは天之河の凶行の原因を察した。己の虚像に相当追い詰められた果てに、自身が止めを刺してしまったのだと。本当にタイミングが悪かったことにソウジは顔を顰める。

 

 

「“天翔閃・四翼”!!」

 

 

天之河はそんなソウジに向かって光の斬撃を四つ同時に飛ばす。明らかに殺意と憎悪を滾らせて最大威力で聖剣を振るっている。どう見ても、ソウジをここで殺すつもりのようだ。八重樫を背負っているにも関わらずにだ。

 

 

「おいアホ之河。八重樫まで本当に巻き込むつもりか?」

 

 

襲いかかる光の斬撃をヒラリヒラリとかわしながら、ソウジは事実を天之河に伝えるも……

 

 

「雫から離れろ!この卑怯者!!」

 

 

自分から攻撃しといてこの言い様。完全に心のタガが外れて正気を失ってしまっている。本当に最悪のタイミングで来てしまったことにソウジは内心で自身に悪態をついた。

 

 

「……ん~。な~にぃ?もう少し寝かせ……」

 

「寝ぼけんなど阿呆!早く起きないと地面に放り投げるぞ!!」

 

 

“宝物庫II”から取り出した紅雪で防御結界を張って天之河の“天翔閃”を防ぎながら、駄々っ子のようにむずかる寝ぼけ顔の八重樫に苛立ちを露に怒鳴った。さっさと起きなければ、本気で地面に投げつけるつもりで。

そのソウジの怒声でようやく意識が覚醒し、目の前の光景から戦闘中だと気が付いた八重樫は、すごすごとソウジの背中から降りた。

 

 

「爆睡し過ぎだ。以外と図太いんだな」

 

「ち、違うわよ。ただ、単に空山君の背中が気持ちゴニョゴニョ……」

 

「まぁ、今はそんなことよりあっちの阿呆だ」

 

「そ、そんなことって………………え?」

 

 

ソウジの呆れた表情と言葉に八重樫は若干のショックを受けるも、攻撃を放っていた天之河の姿を視界に収めたことで思考が止まったかのように呆けた表情になった。

当然だろう。明らかに殺傷性が高い攻撃を放ってきたのが、慣れ親しんだ幼馴染みだったのだから。

 

 

「見た限り、堕ちたようだ。オレとハジメが諸悪の根源扱いだ」

 

「そんな……」

 

 

天之河の虚像も視界に収めた八重樫は大体の事情を察し、濁った眼の天之河にあらんかぎりの声を張り上げた。

 

 

「光輝!ダメよ!もう一人の自分に負けてはダメ!自分に打ち勝って、正気に戻って!!」

 

 

八重樫の眼差しは心配一色。そんな幼馴染みの言葉なら、一時的に止まる可能性はあっただろう。事実、八重樫は天之河を本心から心配していた。

しかし、そんな八重樫の言葉も、今の天之河には届かず、逆にとんでもないことを口にしたのだ。

 

 

「……大丈夫さ。雫のことは必ず助け出してみせるよ」

 

「光輝?何を……」

 

「空山に洗脳されたんだろう?大丈夫。空山を倒せば解けるはず……例え解けなくても、南雲も倒せば洗脳は確実に解けるはずだ」

 

「本当に何を言ってるの、光輝?どうして……」

 

「空山、元クラスメイトでもただで済むと思うな。お前を、南雲を倒して、香織や龍太郎、鈴、アタランテやユエ達全員にかけられた洗脳を全て解いてやる!!そして、皆と共に、俺は世界を救う!!」

 

 

あまりにも意味不明で、否、手加減抜きのご都合解釈で宣言した天之河は絶句する八重樫を他所に、濁った瞳のままソウジに肉薄して聖剣を叩きつけるように、脳天目掛けて振り下ろす。

ソウジは絶天空山を一刀だけ抜刀し、苦もなく迫っていた聖剣を片手で持った絶天空山で受け止めた。途端、凄まじい衝撃が炸裂し、近くにいた八重樫はその衝撃で吹き飛ばされてしまう。

 

そのまま天之河は顔を歪めてギチギチと鍔迫り合いをするが、ソウジは表情一つ変えずに天之河の顔を見つめている。ソウジは鍔迫り合いをしながらチラリと八重樫に視線を向けて状態を確認するも、大きな怪我はないようだ。

 

 

「……随分と余裕だな?えぇ?」

 

 

天之河は憎悪を滾らせながら聖剣を持つ手に力を込めていく。その表情には明らかに憎悪と憤怒が張り付いており、現実を否定しようというのが丸分かりだ。

 

大方、そこで面白そうに嗤っている黒い天之河に自身の負の感情や現実を散々突き付けられ、それをご都合解釈で誤魔化そうとして、必死に否定していたのだろう。それが決壊寸前のところで自分達が来たことで完全に決壊し、ソウジとハジメを“諸悪の根源”と思い込むことで自分を保とうとしていると言ったところだろう。

本当に、小学生以下の思考回路である。

 

 

「しっかりしなさい光輝!!何を吹き込まれたのか知らないけど、惑わされないで!」

 

「雫……」

 

「聞いて、光輝。自分の嫌な部分と向き合うのが辛いというのは良く分かるわ。私も、中々認められずに、危うく死ぬところだった。でも、それを受け入れないと先には進めないのよ。本当に強くなって沢山の人を救いたいのなら、ここで都合のいい思い込みに縋ってはダメ。光輝の敵は光輝自身。今戦うべきは空山君じゃなくてあそこでニヤついているもう一人の光輝よ!!」

 

 

そんな天之河に、八重樫の必死の説得の言葉が投げ掛けられる。その説得の言葉をかけられている天之河は鍔迫り合いを続けながら、八重樫に向かってにっこりと微笑みかけた。

―――ドロドロに濁った瞳のままで。

 

 

「ありがとう、雫。本当に嬉しいよ。洗脳されているのに、それでも俺を想ってくれてるだなんて」

 

「……光輝?」

 

「大丈夫。あの俺と同じ顔をした魔物は倒すし、空山と南雲からも救い出す。洗脳が解ければ、洗脳で得ていた力も失うだろうけど大丈夫。俺が皆を守るから……好きでもない男の傍に寄り添う必要はないんだ。必ず、雫がいるべき場所に帰してみせるからな」

 

「…………」

 

 

八重樫の言葉は天之河に全く届いていなかった。それどころか、必死に頑張って強くなった八重樫達の力を“洗脳によって得た力”と言い出す始末だ。

そんな天之河の言葉に八重樫の表情が抜け落ちた。そして、八重樫は静かに問い質した。

 

 

「……私がいるべき場所?洗脳で得ていた力?それはどういう意味かしら?」

 

「……それさえも分からないんだな。可哀想に。本当に許せないな」

 

「光輝。答えて」

 

「もちろん、雫がいるべき場所は俺の隣さ。今までもそうだったし、これからもそうだ。それに、洗脳されて得た力だからこそ、こんな短期間で雫達は強くなれたんだと、今なら分かるよ」

 

 

その答えに、八重樫は大きく溜め息を吐いた。

 

 

「……光輝。あの夜のことを覚えているかしら?」

 

「ああ、正しさを疑えっていうやつだろう?大丈夫。雫の言葉で空山と南雲を散々見てきたんだ。やっぱり、あいつらは最低な裏切り者以外の何者でもなかったよ」

 

 

あまりにも酷い天之河の言葉に、黙って聞いているソウジは呆れるしかない。

八重樫の「正しさを疑え」というのは、一つの価値観で全部を推し量ってはいけないということで、常に自身に問答しながら行動し、相手のことも考えるべきという意味を持った言葉だろう。だが、天之河はその言葉を曲解、否、ご都合解釈でねじ曲げてしまった。

当然、八重樫もそんな天之河に更に言い募ろうとする。

 

 

「光輝、いい加減に……」

 

「問答は無用だ。洗脳された雫にはわからないだろうけど、これが“正しい”ことなんだよ」

 

 

だが、天之河はそんな八重樫を問答無用で切り捨て、再びヘドロのように濁った瞳をソウジに向けて意図的に弱めていた“限界突破”の輝きを元へと戻していく。全ては“洗脳”という都合のいい解釈のもとに、自分にとって一番望ましい未来を手に入れる為に。……そんなことをしても手に入るどころか、逆に遠のいていくということに気付きもせずに。

 

 

「光輝っ、止めて!!」

 

 

八重樫が焦燥を滲ませた声色で天之河に静止の声を張り上げるも、当然、天之河は止まらずにソウジに怒涛の勢いで斬りかかっていく。

 

凄まじい速度で振るわれる剣戟の嵐。その嵐を、ソウジは最小限の動きで完璧に捌いていく。同時に、ソウジの眼が次第に細くなっていく。

それを見た八重樫は全身から血の気が引いていく。本気の殺意を向けられて、ソウジが相手をただで済ませるとは到底思えないからだ。何とか二人を、天之河がソウジに殺される前に止めなければと、間に割って入ろうとするも……

 

 

「右だ、八重樫」

 

「え?ッ!?」

 

 

ソウジの突然の警告とほぼ同時に、黒い天之河が八重樫にタックルを仕掛けたのだ。八重樫は咄嗟に四皇空雲をかざすも、八重樫の前に二本の紅雪が割り込み、“金剛”を発動して即席の盾となるも、黒い天之河は紅雪ごと、八重樫を天之河とソウジから引き離した。

 

 

『雫の相手は俺がしておくよ。存分に憎い敵と戦うがいいさ』

 

「このっ、離れなさい!あんたに付き合ってる暇なんて……」

 

『そう言うなよ。俺と雫の仲じゃないか。二人で踊りながら余興を楽しもう。それに、自滅させるより欲望に狂う方があいつ()の試練に相応しそうだ』

 

「勝手なことを!」

 

 

どうやら、自滅を誘うのではなく、己の欲望に勝たせる方向にシフトさせたようだ。勝手に試験官扱いをされたソウジにはいい迷惑である。

ソウジは天之河と再び鍔迫り合いに持っていき、無駄と理解しながらも天之河に言葉を投げ掛ける。

 

 

「おい、天之河。お前の大事な幼馴染みが襲われているんだが?」

 

「……あれは俺でもある。殺しはしないし、多少の怪我は戒めになるだろう。お前や南雲のような奴にあっさり洗脳されたしまったことに対する、な」

 

「……さっき、あれは魔物だと宣ってなかったか?」

 

「俺の感情をコピーして擬態した魔物だろう?なら、雫を殺すようなことはしない」

 

「支離滅裂って言葉を知らないのか?」

 

 

全く筋が通っていない、ご都合解釈の極みというべき天之河の言い分に、ソウジは本当に呆れるしかない。

 

おそらく、本当は気付いているのだ。あれが自分の認めたくない感情から構成された存在であることに。だが、それを認めるということは、自身のドス黒い感情も同時に認めることになるため、天之河はあれを魔物だと断じているのだろう。

ソウジは冷めきった心境のまま、目の前の阿呆をどうすべきか考えを巡らせるのであった。

 

 

 




「光輝!いい加減にして!!龍太郎達の努力まで否定するんじゃないわよ!!」

『だが、あいつ()が洗脳を疑っても仕方ないよな?龍太郎は空山の特訓以来、ヒャッハー!するようになったしな?』

「……………………事実だけど洗脳じゃなくて感化されただけでしょ!?」

『……一瞬だけ洗脳を疑ったな?』

「違うわよ!空山君のスパルタぶりに何とも言えない気分になっただけよ!!」

長~い間から黒い勇者()に反論した雫の図。

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