魔王の剣   作:厄介な猫さん

151 / 157
てな訳でどうぞ


面倒な選択

「覚悟しろ空山。これ以上、お前と南雲の好きにはさせない。お前を倒して雫を、アタランテ達を解放し、南雲も倒して香織とユエ達も、みんな解放してもらう!!」

 

 

天之河は殺気を膨らませながらソウジに向かって宣告する。同時に一歩退き、ゴゥ!と風を切る凄まじい音と共に、光そのもので構成されているかのような聖剣の一撃がソウジの首筋目掛けて振るわれる。

その一撃を、ソウジは絶天空山を持つ手の手首を返し、ガキィンッ!という金属同士がぶつかる音と火花を撒き散らして、天之河の渾身の一撃をあっさりと受け止めた。

 

 

「なっ!?」

 

 

その事実に、天之河は驚愕して思わず声を洩らす。対するソウジは冷めきった眼差しを天之河に向けていた。

 

 

「ここまで阿呆だと呆れを通り越してどうでもよく感じるが……オレの女を呼び捨てとはいい度胸だな?」

 

「ッ!?」

 

 

ソウジが放ち始めた、暴風雨の如き濃厚な殺気と大瀑布の水圧の如き圧倒的なプレッシャーに、至近距離で叩きつけられた天之河は意図せずに体を硬直させてしまう。

 

その直後、ソウジは鍔迫り合いとなっていた絶天空山を少し引いてバネのように振り上げる。それによって天之河の聖剣が甲高い音と共に弾かれて手元を離れ、上空にクルクルと昇っていく。

強制的に片腕を掲げさせられた天之河に、ソウジは左足で回し蹴りを放った。

 

 

「ガハッ!?」

 

 

遠心力をたっぷりと乗せられた蹴りは、衝撃音を響かせると同時に、天之河をトラックに轢かれたかの如き勢いで吹き飛ばし、背中から氷壁に叩きつけられる。天之河の背後の氷壁が放射状に大きく粉砕されたことから、その威力は相当なものだと理解できる。

 

だが、それは“限界突破”はおろか、武器さえも使っていない生身の方の足でのただの蹴り。にも関わらず、国宝級アーティファクトを着た状態の相手の内臓にダメージを与えたのだ。

 

ソウジはそのまま“飛爪・鋭”を天之河の右肩に向けて放つ。呻いていた天之河はそれに気付いて横っ飛びで回避するも、その間にソウジは一瞬で回避した天之河との距離を詰め、絶天空山が四本に見える程の速度で切っ先を突きだし、天之河の両肩、両太ももを刺し貫いた。

 

 

「ぐあっ!?」

 

 

刺し貫かれた天之河は地面をゴロゴロと無様に転がっていく。両肩と両太ももから血を流し、何とか立ち上がろうと力を入れるも、上手く力が入らずに地べたを這いずる程度で終わる。

 

 

「ぐ、ぅ……こ、来い、聖剣っ」

 

 

それでも天之河は少し離れていた聖剣に手を伸ばす。聖剣は天之河の呼び声に応えて飛んでくるも、途中でソウジが踏みつけて帰還を止めてしまった。聖剣が主の元へ帰ろうと暴れるが、踏みつけているソウジの足はびくともしない。

 

 

「何故聖剣を中途半端にしか使わない?追加機能を十全に使えば、まだマシな戦いが出来ただろうに」

 

 

ソウジは冷めきった声色で独り言を呟く。特に聞かせるつもりもなかったが、天之河にはバッチリ聞こえていたようで、ソウジを憎々しげに歪めた表情で射殺さんばかりに睨んでいた。

そんな天之河にソウジは絶天空山を肩越しに構える。そのまま、絶天空山から衝撃波を放って()()()()()()()()()()()()握る手に力を込めるも、そこで八重樫が必死に声を張り上げた。

 

 

「お願い!空山君!光輝は私が説得するから止めてっ!!」

 

 

黒い天之河と斬り結びながら、八重樫は焦燥に塗れた表情で助命を願う。殺気とプレッシャーを収めていないことから、止めを刺すと思ったのだろう。

だが、それが致命的な隙となった。

 

 

『雫は少し退場していようか?』

 

 

黒い天之河はそう言って、八重樫に衝撃波を放つ。紅雪が間に入ったことで直撃は避けられたが……

 

 

「あぐぅ!?」

 

 

勇者としての力と、その本人の否定によって強化された黒い天之河の一撃は、防御力が低い八重樫には余波だけで十分に有効打だったようだ。その余波で八重樫は壁際まで吹き飛ばされ、そのまま意識を手放してしまった。

 

 

『これで邪魔が入らないな―――“天翔閃・螺旋”』

 

 

黒い天之河はその結果に満足そうな笑みを浮かべた後、くるりと踵を返してソウジに向き合い、ごく自然な動作で“天翔閃・螺旋”を放つ。もちろん、オプション機能で倍の魔力を注ぎ込んだ状態で、だ。黒い天之河は新機能の使用に一切の抵抗がないようである。

 

螺旋を描いて迫る光輝く斬撃。確実に天之河も巻き込むコースだ。諸共に葬るつもりかは知らないが、ソウジは威力を相当抑え込んだ“爆砕撃”を天之河の手前の地面に放ち、同時にその場から離脱する。

 

 

「うわぁああああ!?」

 

 

余波で吹き飛ばされた天之河は防御姿勢で悲鳴を上げるも、体にはほとんどダメージはなく、吹き飛ばされたことで黒い天之河が放った“天翔閃・螺旋”のコースから外れる。だが、直ぐに情けをかけられたと解釈した天之河は憎々しげに表情を歪めてソウジがいるであろう方向を睨み付けた。

 

そのソウジはというと、天之河が吹き飛ばされる前にいた場所の手前で、軌道を変えてこちらに迫って来る“天翔閃・螺旋”を前に舌打ちしていた。

黒い天之河の狙いは、どうやら自身を天之河から距離を取らせることが目的だったようだ。取り敢えず、“飛爪・鋭”でホーミング機能が追加された“天翔閃・螺旋”の核を切り裂き、霧散させた。

 

切り裂いてすぐ、ソウジは天之河に視線を向けると、天之河の耳元で黒い天之河は何かを囁いていた。その姿は、まるで召喚師を唆す悪魔のようである。いや、実際、甘言を吹き込んでいるのだろう。天之河は血走った眼差しをソウジと黒い天之河に交互に向け、やむを得ないといった様子で頷いたのだ。

直後、黒い天之河姿が霞のように薄れていき、代わりに赤黒い光の粒子が渦巻き始めた。

 

 

『さぁ、ヒーロータイムだ。悪者からヒロイン達を助け出そうじゃないか!』

 

「うるさいっ!お前の指図なんか受けない!今だけ使ってやるだけだ!空山を倒したら、次はお前の番だからなっ!!」

 

 

そのやり取りと同時に、赤黒い粒子は天之河の身の内に入り込み、天之河の体を脈動させ始めていく。

 

ドクンッドクンッ

 

ソウジの耳に届くほど、鼓動の音が部屋に木霊していく。同時に天之河が纏う純白な光に赤黒い線が混じり始めていく。

ゆっくりと起き上がる天之河。見れば、両肩と両太ももの傷口が治ってきている。ソウジは手を出さずに天之河の今の状態を魔眼石で確認していく。

 

どうやら、黒い天之河は天之河に絡み付いて溶け込むように一体化しようとしているようだ。事実、肉眼の方でも、茶色い髪に白いメッシュが入り始め、聖なる鎧に赤黒い線が幾筋も浮かび上がってきている。加えて、聖剣を持つ反対の手には、黒いモヤモヤとしたものが形を帯始め、聖剣の形を取ろうとしている。

 

やがて鼓動の音が小さくなると、天之河は片目を赤黒く染めたオッドアイ、白いメッシュ、聖なる鎧に赤黒い線、白と黒の、二振りの聖剣を持った姿となった。

 

 

「融合して倒そうってか?」

 

「不本意ではあるけど、な。お前を倒せるなら甘んじて受け入れるさ。もっとも、こいつもあとで倒すけどな」

 

「何正当化してるんだ?単に甘言に唆されて負けただけだろ」

 

「好きに嘲るといいさ。何を言っても、お前はもう俺には勝てない。この沸き上がる力があれば俺は全てを取り戻せる!!」

 

「それがどんどん零れ落ちていく原因だというのに……悪癖というよりもはや癌レベルの病気だろ」

 

「御託はいらない!覚悟しろ、空山っ!“覇潰”!!」

 

 

ソウジの心底呆れた物言いと冷めた眼差しに構わず、天之河は全ステータスを五倍に引き上げる“限界突破”の最終派生“覇潰”を使う。おそらく、ステータスに換算すればトータルで一万に届きかねないというレベルだろう。

 

天之河は双聖剣を構える。刹那、その姿がぶれる。

確かに速いがそれだけ。どこに現れるのか、どう襲うのか、容易に想像できる。なので―――

 

 

ズドォンッ!

 

 

ソウジは振り返ることなく、連結を解除した一振りの鞘の尻を逆手でおもいっきり突きだし、背後に姿を現した天之河の胸元を“魔衝波”と共にどつき、蒼い波紋を波打たせながら盛大に吹き飛ばした。

 

 

「ゲホッ!ゴホッ!…………ッ!……ふざけるなっ」

 

 

後ろを振り向かずにあっさりと対処された天之河の表情が屈辱に歪む。足に力を入れ、痛みを無視して雄叫びと共に双聖剣を振り下ろした。

 

 

「“天翔閃・嵐”!!」

 

 

放たれるは広範囲に拡散する幾百の斬撃。影に潜んで追随するは三百近い風の刃。既に殲滅魔法レベルである。

だが、その幾百の斬撃の嵐を、ソウジはゆらりゆらりとかわし、かわしきれないものは弾き、あるいは逸らしていく。それどころか、避けながら自然な動作で絶天空山を振りかぶり、払うように振るって“爆砕撃”を放ち、逆に反撃してきたのだ。

 

放たれた衝撃波が斬撃を吹き飛ばしながら進んでいき、天之河の足元の地面に炸裂して天之河を足元からひっくり返す。

そして、ソウジも刃の嵐を潜り抜け、天之河以上の速さで肉薄し、サッカーボールのように天之河を蹴り上げた。

 

 

「ぐぁ!?」

 

 

呻き声を上げながら空中に投げ出された天之河に、ソウジは絶天空山の切っ先を向ける。天之河は咄嗟に“空力”で宙を蹴って逃れようとするも、それよりも速く絶天空山の切っ先が突き出される。

突き出された切っ先は寸分の狂いもなく天之河の肩、両手足の腱を斬り、血を噴き出させていく。さらにソウジはダメ押しと言わんばかりに蹴り飛ばした。

 

再び轟音と共に氷壁に叩きつけられ、氷壁を再び放射状に粉砕しながら地面に落ちていく天之河。だが、そのまま崩れ落ちることはなく、双聖剣を地面に突き刺して踏み留まった。

 

 

「どういうつもりだ?手加減でも……情けでもかけているつもりか?」

 

 

虚像の力で傷が治っていく天之河は怨嗟の声を洩らす。その表情は狂気に染まった血走った瞳に加え、更に凶悪な形相と相まって、完全に悪人の顔になっていた。かつての勇者の面影は既にない。

そんな天之河に、絶天空山の刃先に付いた血を振り払ってからソウジは何てことのないように答えた。

 

 

「はっきり言えば、後顧の憂いを断つためにもここまで堕ちたお前を殺すべきなんだろうが……それを実行すると八重樫と香織はおろか、坂上と谷口も面倒になるし、香織を悲しませたという理由でハジメも面倒になるからな。そっちの方がお前を殺さない場合より遥かに面倒だ。だからコテンパンにボコって、説教や説得はあいつらに任せるさ」

 

 

そう。本来であれば、ここで天之河を殺すべきなのだ。だが、それを実行すれば八重樫達が悲しむし、八重樫に至っては自分が天之河を説得出来なかったからと言って己を責めるだろう。本来は八重樫が背負う必要も、責任を感じる必要もないのだが、八重樫は絶対に自分のせいだと抱え込むだろう。流石に、そんな余計極まりない、傍迷惑な荷物を友人に背負わせるのは頭が痛い。

 

幸い(?)、天之河はまだ本格的に周りに迷惑をかけていないので、まだ引き返せるだろうと判断したのもある。……ミジンコ一つくらいの全く期待しないものだが。

 

 

「ふ、ふざけるな!そんな余裕、すぐに無くしてやる!!」

 

 

自分より周りを考えているような(実際、考えている)ソウジの言葉に、天之河は強烈な不快感を胸中に宿し、双聖剣を振りかぶりながら再び肉薄していく。表情は憎悪と嫉妬に染め尽くして。

そんな天之河を、ソウジは面倒くささと呆れを多分に含んだ冷めた眼差しを向けて絶天空山を構え直すのであった。

 

 

 




(……完全に悪に堕ちた正義という厨二スタイルだな。ハジメが見たら創作のネタにしそうだ)

「ヘックションッ!!」

「……ハジメ、風邪?」

ソウジの考えを察知してくしゃみをするハジメの図。

感想お待ちしてます

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。