魔王の剣   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ


憐れな勇者

キィン!キィン!キィン!キィン!キィン!キィン!ガキィンッ!

 

激しい剣戟の音が部屋に響き渡る。

天之河ががむしゃらに、激しく双聖剣をソウジに振るい続けるが、ソウジはその全てを体捌きと絶天空山一刀だけで完璧に対処していく。

 

焦りもなく、冷めた表情で平然と捌き、的確な位置取りをし続けるソウジに、天之河は益々黒い感情を滾らせる。さらに、幼い頃から鍛え続けた自身の剣が召喚されてから握ったソウジの剣に負けているという事実に、黒い感情が火に油を注ぐかの如く益々滾っていく。そして、無茶苦茶に双聖剣を振り回しながら、天之河は堪えきれないといった様子で喚きだした。

 

 

「お前がっ、お前みたいな、強大な力を得て好き勝手している奴が、わかったような口を利くな!雫のことを本当にわかっているのは俺だ!香織だって南雲なんかより俺の方が本当によくわかっているんだ!誰よりも雫と香織を大切にしてるのは俺なんだ!俺こそが、二人と共にあるべきなんだ!!お前なんかじゃない!絶対に、お前や南雲みたいな奴なんかじゃないんだっ!!!」

 

「……駄々を捏ねるガキそのものだな」

 

 

天之河が振り回す双聖剣を弾き飛ばし、ソウジの絶天空山がその手足を一呼吸で切り裂く。しかし、今の天之河は手足を切られても、文字通り限界を超えた力で治癒して、ダメージを無視してがむしゃらに突っ込んでくる。

その姿はまさに子供。思い通りにならない現状に駄々を捏ねる子供の姿そのものだ。

 

第一、本当に八重樫と香織のことをわかっているのなら、八重樫の相談は悪化せずに解決した筈だし、当時、ハジメの生存を信じていた香織に、ハジメは死んだという前提で安易に話しかけたりしない筈だ。それだけでも、自分にとって都合のいい部分しか見ていないのが丸わかりである。

 

そんな天之河の負の感情に呼応するように、とっくに超えている肉体限界を更に無理やり上げてスペックが上がっていく。大方、虚像と融合した影響だろう。

 

 

「ぉおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

スペック的に見れば、ソウジとて“限界突破”を発動しないと厳しいレベル。繰り出される剣戟の嵐も、かつて戦ったノインツェーンを彷彿とさせる速度と威力だ。それでもなお足りない言わんばかりに力は上昇を続け、天之河は裂帛の気合いが迸った。対するソウジは……

 

 

「…………」

 

 

……無言。

天之河のスペックがノインツェーンレベルと言える程に上昇しても、かつてノインツェーンと交わした気迫の雄叫びが飛び出すことはなかった。そして、“限界突破”に踏み切ることはおろか、二刀流に切り替える気配も、やはりなかった。

 

理由は単純。精神が未熟な上に、杜撰だからだ。逆上して冷静さを欠き、ただ相手を叩き潰して愉悦に浸りたいだけの剣。技のへったくれもない、虚像の力に振り回されているだけの、がむしゃらな、愚劣の剣。

そんな剣では見切りも容易く、そして誰にも……何処にも届きはしない。

 

と、その時、天之河の背後で氷壁の一部が溶け出し通路の出入口が開いた。天之河の剣戟を捌き、雄叫びと罵詈雑言を無視しながらソウジはそちらに視線を向けると、そこからハジメ達全メンバーが出てきた。

 

ソウジと天之河の戦いを見て、ハジメは目を鋭くし、アタランテ達は目を見開きながら呆然と立ち止まる。しかし、天之河はハジメ達に気づくことなく、ただひたすらにソウジを滅殺すべく殺意と憎悪を撒き散らした。

 

 

「お前さえ、お前と南雲さえいなければ、全部上手くいっていたんだ!雫も香織もずっと俺のものだった!この世界で勇者として、仲間と共に世界を救えていた!それを、全部お前と南雲が無茶苦茶にしたんだ!!」

 

「…………」

 

「人殺しのくせにっ。簡単に人を、世界を見捨てるくせにっ!そんな人として最低なお前と南雲が、人から好かれる筈がないんだ!!」

 

「……だから、洗脳したと?」

 

「そうだろ!それ以外に何がある!?洗脳して、お前と南雲は雫と香織、アタランテにユエ、ジークリンデにシア、フィアやティオを弄んでいるんだっ!!洗脳で、龍太郎と鈴の力を無理やり引き上げているんだっ!そんな力はロクなことにならない。勇者である俺が、操られたみんなをお前と南雲の手から救い出して、全部、全部取り戻す!!お前と南雲はもう要らないんだよっ!!!」

 

 

その天之河の滅茶苦茶な言い分はハジメ達にも聞こえていたのだろう。いや、大声で喚き散らしていたから当然とい言うべきか。

 

ハジメは全てを察したからか、非常に面倒くさい表情となり、アタランテとジークリンデ、ユエとシアはスッと目を細めていく。フィアとティオも不快そうに眉根を寄せ、香織はショックを受けたように口元を両手で覆っている。坂上と谷口も口を開けて呆然と硬直してしまっている。

 

ソウジは、本当に面倒な奴だと内心で最早何度目になるかわからない呆れを感じながら、ハジメ達に“念話”を飛ばした。

 

 

『そっちは無事に試練をクリア出来たようだな』

 

『ああ。……にしても、相当面倒なことになっているな?』

 

『……その狂信者モドキは一体どうしたのだ?』

 

『ええ。随分なことを仰っていますね』

 

 

アタランテとジークリンデの声色には怒りが滲み出ている。最愛の人を悪し様に罵られた挙げ句、不要だと言い捨てられたのだ。加えて、呼び捨てされたことも気に食わないのだろう。

ソウジは、そんなアタランテとジークリンデに小さく笑みをこぼした。

 

 

『簡単に説明すれば、自分の虚像に負けてご都合解釈全開で八つ当たり中ってところだ。虚像を取り込んで力の底上げまでやらかしている。自分を取り戻せばクリアなんだろうが……無理だろうな。八重樫でさえ、説得しようとしてああなったからな』

 

 

双聖剣を受け流し、流れるように天之河の鼻っ柱に柄尻を叩き込んで怯ませながら、ソウジは気絶している八重樫に視線を向ける。ソウジの視線に釣られて、ハジメ達もようやく八重樫の存在に気づいたようだ。

 

 

『雫ちゃん!』

 

『直撃は防いだから大事はない筈だ。だが、一応見ておいてくれ』

 

『も、もちろんだよ!』

 

『後、ハジメは姿を隠しておいてくれ。オレの時も八重樫がすぐ近くにいたにも関わらず、この阿呆は殺す気で攻撃を仕掛けて来たんだ。……()()()、悪いが頼むぞ』

 

『……オーケー。本当に面倒くさい奴だな』

 

『……フフッ、承りましたソウジ様』

 

 

我を取り戻した香織は慌てたように八重樫の下へと駆け寄り、ハジメもフィアの“幻露”によって、一瞬でその場から姿も気配も消え去る。

香織の動きで、天之河はようやくアタランテ達に気付いたようだ。ソウジから距離を取りながら、そちらに視線を向けて目を丸くし、次いでニッコリと微笑みを向けた。

 

 

「みんな、来てたんだな。待っていてくれ。今、こいつを、この場にいない南雲を倒してみんなを解放してみせるから」

 

 

天之河の言葉に、アタランテとジークリンデ、フィア、ユエとシアにティオは不快を通り越して憐れむかのような眼差しを向ける。代わりに我に返った坂上と谷口が必死に声を張り上げた。

 

 

「何言ってんだよ、光輝!!一体どうしちまったんだ!?正気に戻れよ!」

 

「しっかりして、光輝くん!倒さなきゃいけないのは自分自身で空山くんじゃないよ!!」

 

 

坂上と谷口の心からの叫びも、今の天之河には届かない。現に、二人の言葉に嬉しそうにするどころか憤怒の表情でソウジを睨み付けたのだから。

 

 

「……やっぱり、龍太郎と鈴も洗脳していたんだな。あの特訓が、洗脳の隠れ蓑だったんだな。最初から、俺から全てを奪うつもりだったんだな?どこまで腐ったやつらなんだ!……あぁ、そうか。今、わかったよ。恵里のことも、お前と南雲の仕業なんだな?あんな風に豹変するなんておかしいと思っていたんだ。でも、お前と南雲が洗脳したんだとすれば全ての辻褄が合う」

 

「合うか、あほんだれ」

 

「今更、言い訳は見苦しいぞ。南雲共々、必ず罪を償わせてやる」

 

「お前の阿呆さ加減の方が大罪だと思うんだが……」

 

 

ソウジが半目で呆れるのを他所に、天之河は雄叫びを上げて双聖剣を掲げた。激しく渦巻く魔力の奔流。余波だけで周囲の地面が吹き飛び天井が消滅していく。()()()()()膨大な魔力にものを言わせた“神威”を放つつもりなのだろう。

 

ソウジはそれを呆れた表情で見つめる。オプション機能さえも満足に使わない天之河に、もう試練のクリアはほぼ不可能だと判断し、この茶番を終わらせるためにも絶天空山を鞘にしまう。

 

動きを封じて大技を叩き込むのが定石だが、ソウジは敢えて真正面から天之河を叩き潰すことを選んだ。一応、大迷宮の試練に考慮した形である。

そして、納刀状態のまま魔力と周囲の魔素、冷気を絶天空山へと集束させていく。重力魔法も合わせ、集束量をどんどん上げていく。

 

 

「―――“神威”ッ!!」

 

 

そうとは知らずチャージが完了した天之河が、自身の膨大な魔力にものを言わせた“神威”をソウジに目掛けて放つ。今までに類を見ない“神威”は、地面と天井を大きく消し飛ばしながらソウジを呑み込まんと迫っていく。

 

もはや津波と形容すべき光の砲撃を前に、顔を腕で庇っている坂上と谷口、香織の治癒で目を覚ました八重樫は焦燥を露にするも、アタランテ達は平然と見つめていた。

理由は単純。ソウジなら、()()()()でやられはしないとわかっているからだ。

 

そのソウジはというと、絶大な威力を内包した光の津波に向き合ったまま、集束、圧縮した膨大な冷気を全て魔力に変換。“瞬光II”と昇華魔法で爆発的に引き上げた知覚能力で“神威”の核を特定。そのまま腰を落とし、居合の構えを取る。

途端、絶天空山の鯉口辺りから膨大な蒼い魔力の光が決壊寸前の如く漏れ出てくる。

 

 

「精々、目に焼き付けておけ」

 

 

ソウジはそれだけ告げ……左足で強く踏み込み、同時に絶天空山を抜刀し、逆袈裟で振り抜いた。

同時に集束していた魔力が一気に解放され、純粋な魔力のみで構成された、津波の如き斬撃が放たれる。

 

ソウジ自身の魔力、“魔素集束”、“冷気集束”に“変換回復”、重力魔法によって集束された魔力量は……ステータスの数値で表すなら、約三十万。

 

そんな馬鹿げた量の魔力の斬撃に……天之河の“神威”は無慈悲に核を切り裂かれ、威力を消失させながら霧散していく。

純魔力の斬撃は核を切り裂いた後、そのまま核の先にいた双聖剣を振り下ろして残心している天之河に迫り―――

 

 

「なっ―――!?」

 

 

驚愕に包まれた表情のまま、その全てを余すことなく呑み込まれるのであった。その光景に、八重樫と坂上、谷口は息を呑む。

轟音も破壊も起こらず、ただただ広い空間を鮮やかな蒼に染め上げ、氷壁をサファイアのように煌めかせていく。まさに幻想的な光景であった。

 

やがて、蒼い斬撃が宙に溶け込むように霧散して消えると、その後には修復されかけている“神威”の破壊痕しかなく、天之河も無傷であった。

 

カランッ!カランッ!

 

硬質な音が響く。天之河が二振りの聖剣を落とした音だ。同時に、黒い聖剣が揺らめきながら、溶けるように消えていく。四つん這いとなった天之河も厨二と形容すべき痛い姿から元の姿に戻りつつある。ソウジの目論見通り、天之河と同化していた虚像は消え去ったようだ。

 

 

「そ、そんな……力が消えて……」

 

 

元の姿に戻ったことで、内にいた虚像の力が消え去ったことで、今の天之河には枯渇寸前の微々たる魔力しかない。加えて、散々無茶したせいで肉体の方も限界を迎えている状態だ。

 

 

「ま、まだ……まだだ……俺は、全部、取り戻して……」

 

 

にも関わらず、天之河はうわ言のように呟きながら、落とした聖剣をふらつきながらも拾おうとしている。

そんな天之河の姿に、八重樫と香織、谷口は哀しげな表情を向け、坂上は苦渋そうに顔を歪めている。ソウジは絶天空山をチンッ、と納刀して天之河の下へと歩み始めていく。

 

 

「……頼む、空山。全部……全部、俺に返してくれ。南雲と一緒に、死んでくれ」

 

 

ここに来ても尚、未だに自分自身と正面から向き合おうとしない天之河に、ソウジは冷めきった眼差しを向けて天之河との距離を縮めていく。

 

 

「違うだろ、光輝。そうじゃないだろ……本当に、どうしてそうなっちまったんだよ……」

 

 

坂上が拳から血が滲み出る程に強く握り、感情を押し殺した声色で呟く。ソウジは天之河の眼前で立ち止まると、八重樫達に面倒くさげな眼差しを向けてから肩を竦め、そのまま天之河に再び向き直って胸ぐらを掴み、持ち上げた。

 

 

「一回人生やり直せ、クソガキ」

 

 

ソウジは静かな、されどよく響く声色でそう告げ、呻く天之河を容赦なく氷の壁に向かって背中から投げ飛ばした。もう、殴る価値すらないからだ。

ドンッ!と音を響かせて、逆さまで氷壁に打ち付けられた天之河は、あっさり意識を飛ばして白目を向き、重力に従って地面に崩れ落ちた。

 

駆け寄ってくる八重樫や香織、他のメンバー達。

ソウジは気絶した天之河を見ながら、本当に面倒くさい阿呆だと、面倒そうに深い溜め息を吐くのであった。

 

 

 




(……ん?八重樫の髪紐がリボンなって、上の服もソウジの予備のやつだな……これはこれは……)

非常に悪い笑顔でカメラで八重樫の姿を写真に収めていくハジメの図。

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